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    ラヴ

    お箸で摘む程度

    TRAINING研究部
    感覚からヴィクターを想起してみるノヴァのお話。
    move movement poetry 自動じゃないドアを開ける力すら、もうおれには残っていないかもなぁ、なんて思ったけれど、身体ごと押すドアの冷たさが白衣を伝わってくるころ、ガコン、と鉄製の板は動いた。密閉式のそれも空気が通り抜けてしまいさえすれば、空間をつなげて、屋上は午後の陽のなかに明るい。ちょっと気後れするような風景の中に、おれは入ってゆく。出てゆく、の方が正しいのかもしれない。太陽を一体、いつぶりに見ただろう。外の空気を、風を、いつぶりに感じただろう。
     屋上は地平よりもはるか高く、どんなに鋭い音も秒速三四〇メートルを駆ける間に広がり散っていってしまう。地上の喧噪がうそみたいに、のどかだった。夏の盛りをすぎて、きっとそのときよりも生きやすくなっただろう花が、やさしい風に揺れている。いろんな色だなぁ。そんな感想しか持てない自分に苦笑いが漏れた。まあ、分かるよ、維管束で根から吸い上げた水を葉に運んでは光合成をおこなう様子だとか、クロロフィルやカロテノイド、ベタレインが可視光を反射する様子だとか、そういうのをレントゲン写真みたく目の前の現実に重ね合わせて。でも、そういうことじゃなくて、こんなにも忙しいときに、おれがこんなところに来たのは、今はいないいつかのヴィクの姿を、不意に思い出したからだった。
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    あられ

    MOURNING空夜
    近衛と姫様
    近衛の日にギスギスラヴを添えて
    空夜 やけに冷える夜だった。
     回廊の石壁は氷のように冷たく、吐く息が白く浮かんでは消える。護衛のために姿勢を正して見通した回廊は燭台の灯りだけでは心許ない暗さだ。堅牢な石造りのハイラル城内は外敵の侵入を拒むには適しているがその分暗く、こんな夜更けには底冷えしてしまう。
     背後の重厚な扉を一枚隔てた向こう側で、姫様は暖かく過ごされているだろうか。暖炉の薪は足りているのか、綿のたっぷり詰まった毛布も用意されていただろうか。近衛の隊服を着込んだ自分でさえ寒さを感じているほどだ。我慢強い姫様とて、今夜の冷気は堪えるだろう。
     姫様の部屋付きの侍女たちがどれほど主君の体調を慮っているか、外野として口に出すことはなくとも気に懸かる。姫様はご自身のこととなると、特に言葉を控えてしまわれるひとだから。だからその変化を見逃さないようつぶさに見守っているのだがどうも姫様には誤解されているように思われる……。それでも己が嫌われようと、姫様の御身が第一であることには変わりない。それが姫付きの近衛騎士にできる唯一の仕事だと自負しているからだ。ともかく、姫様が寒さに震えていやしないかどうかだけが目下の懸念事項だ。
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