創くん 入寮の日
どうして俺は、今ここにいるのだろう。
友也はその自問自答を心に抱えながら、昔からよく遊びに来ていた紫之家の居間に、正座をしている。隣には創、そして目の前のちゃぶ台を挟んだ向こうには、創の両親が並んで座っていた。
創の両親は、創に似て朗らかな優しい顔立ちの夫婦だったが、今日はいつもよりも大分表情が固い。特に母親の方は肩にぐっと力が入っているようで、食い入るように創の方を見つめている。
普段ならほっと安らぐような優しい空気に包まれている紫之家は今、かつてないほどの緊張感が漂っている。経年劣化の古めかしさはありつつもどこか懐かしさと温もりを感じるこの家が、ここまでの冷たい静寂に溢れるところを友也は見たことがない。
こんな時には、明るい子供の笑い声でも聞こえてきたらいいのに……と願ってはみたが、友也が遊びに来るといつも礼儀正しく挨拶をしてくれる弟妹は、席を外すよう言われているらしく姿が見えないままだ。
ごくりと息を飲むのも躊躇うような、ピンと張り詰めたような無言の間。それをついに破ったのは、隣の創だった。
「お父さん、お母さん、ぼくは意見を曲げる気はないです」
「創」
「ぼくは来年から、ESの寮に入ります」
「……お母さんは反対。あなたまだ十六才じゃない、家を出る年じゃないわ」
「うん、お父さんもそう思うな。今まで通り、家から通うんじゃだめなのか?」
そう、これこそが優しく穏やか紫之家に緊張を走らせた、家族会議の議題だ。そして友也がこの場にいるのは、この意見の対立をどうにか収めることができないかという大役を任された為。
正直、家族の問題に自分なんかが口を出していいものか不安でもある。目の前の大人はいつもよりやけに大きく見えるし、その意見は最もなようにも聞こえてきて、子どもの友也にその隙をつけるようには思えない。こんなところに自分が来たところで、解決なんてできやしないのではないのか。寧ろ邪魔になるだけじゃないのか。
弱気になった友也が俯くと、影になったちゃぶ台の下が視界に入る。正座する膝に添えられた創の真っ白い手は、密かに震えていた。創にとって、大好きな親に逆らうというのは初めてのことだろう。
そんな創に、来てほしいと、頼りになるからと言われた先程の声が、友也の耳にふわりと蘇る。
……覚悟を決めるしかない。友也はごくりと息を飲むと、ユニットリーダーとして、創の親友として顔を上げる。
そして目の前に座る大人たちを、友也は真っすぐに見つめた。