幸せ色、しゃぼん玉「幸せ色、しゃぼん玉」
最近、ルームサービスとして修行中の元野良アイルーのチビ太の様子がおかしい。
嬉々として出かけて行った修行も、とぼとぼと肩を落として帰る日が多くなっていた。
気になった八雲は、それとなくカルネにチビ太の様子を聞くが、カルネも最近は大半の時間をウツシと共に新人研修のお手伝いをしている為、分からないとしょぼんと耳を下げて首を振られる。
どうやらカルネもチビ太の様子が気になっていたようだった。
そんなある日、八雲はチビ太の落ち込んでいる原因に触れることになる。
八雲はだんご粉の手伝いの合間に、今日も新人研修に向かうウツシに弁当を届けに集会所へやってきた。
最近、さらに執拗に絡むようになったウツシからなんとか逃れると、ふとチビ太の様子を覗いてから帰ろうという気なり、集会所準備室へ足を向ける。
暖簾の隙間からこっそり中を覗くと、集会所にいるベテランルームサービスのアイルー、コマからノウハウを教わっていたチビ太は真剣に小さな手を動かして一生懸命にメモを取っていた。
別段変わりがないようだが……
そんな時、コマがチビ太に書類を渡した。
「今日もオトモ広場の掲示板にこれを貼ってくるにゃ……きっと今日は大丈夫にゃよ?」
その言葉にチビ太は途端に元気を無くす。
「……はいにゃ。」
そこまで見ていた八雲はとぼとぼと書類を風呂敷に入れて担いで来たチビ太に見つからないように柱の影に隠れる。
そして肩を落として集会所を出るチビ太を見送ると、八雲はコマの元に向かうことにした。
あの口ぶりから何か知っているかもしれないと踏んだのだ。
八雲が中へ入ると集会所で武具屋を営むハモンの二番弟子、ナカゴがにこやかに手を振る。
「やぁ、こんにちは!」
「いらっしゃいにゃ~!」
ナカゴが挨拶すると、隣に座るオトモ武具屋のコジリも挨拶をしてくれた。
「こんにちは、ナカゴさん。コジリもこんにちは。」
「珍しいですねぇ?今日はどうしたんです?」
ハンターではない八雲が武具屋に立ち入るのが珍しかったのかナカゴは書き物をしている筆を置く。
「あ、いや。最近チビ太の様子がなんかおかしいから。……コマ、何か知ってる?」
コマは心配そうな八雲の顔を見ると、実は……と前置きをしてぽつりぽつり話始めた。
大概、里にいるアイルーは商会を経由してやって来るため人と暮らすことに慣れたアイルーばかりだ。
だが、突然野良からルームサービス見習いという転身を遂げたチビ太に皆警戒をしているようだ、と言うのだ。
そうでなくても本来アイルーは縄張り意識が強い動物の為、よそ者が入りづらいという状況は珍しくないらしい。
それでもチビ太は仲間に入れてもらおうと交わされることのない挨拶をしたり、会話に入ろうと努力していた。
しかし中々実を結ばない努力に意気消沈してしまったのだとコマは話す。
「そうだったんだ……」
チビ太のそんな状況をすぐに分かってあげられず、八雲は申し訳なさそうに眉を下げた。
「でもこの状況はチビ太には可哀想ですねぇ。なんとかならないかなぁ。」
ナカゴがうーんと首を捻る。
この状況は八雲にも覚えがあった。
八雲も突然カムラにやってきたよそ者で、同年代の子供達と打ち解けるようになるまで時間を有したものだ。
あの時は、確か……。
突然八雲がガバッと顔を上げる。
「そうだ!俺に考えがある!」
八雲はそう言うと幼い頃の記憶を辿った。
それはまだ八雲がカムラにやってきて間もない頃。
まだ右目の傷が完治せず包帯を巻いた姿に気味が悪い、親無し子、よそ者と善悪のつかぬ里の子供達に冷やかされて仲間はずれにされていた。
八雲が意地悪をされる度に、ヒノエやミノトがやってきて庇うものだから子供達は余計に八雲に歩み寄ることはしなかった。
その日も里の子供達の意地悪を受けていた八雲は川に面した土手で一人膝を抱えていた。
「八雲、こんなところでどうしたんだい?」
ふいに上から声をかけられ顔を上げるとそこにはニコニコと八雲を覗き込むウツシの姿があった。
「……なんでもないよ?」
八雲は心配をかけまいと無理やりに笑みを作ると首を横に振った。
ヒノエやミノトから八雲のことを聞いていたウツシは何も知らない体でふうん、と相槌を打つ。
「よし!八雲、兄ちゃんと遊ぼうか!」
ウツシは今思いついたような顔で八雲を抱っこして持ち上げた。
「え?え?でも」
「兄ちゃん、可愛くて綺麗で面白い遊び知ってるんだ!八雲にも教えてあげる!……それとも兄ちゃんとは遊びたくないかな?」
八雲はぶんぶん、と激しく首を横に振るとウツシの腕をそっと掴んだ。
「遊びたい……」
ウツシはその言葉に、にこりと笑みを浮かべる。
「そうと決まれば!早速!兄ちゃん号発進!」
そう言うとウツシは八雲を肩車して軽やかに走り出した。
そして家に着いたウツシが八雲に渡してきたのは液体の入った竹の水筒と竹の管だった。
「?これを飲むの?」
不思議そうに渡された水筒を口に持っていこうとする八雲をウツシは慌てて止める。
「わー!違う!違う!飲んだら毒だからね!お腹痛くなっちゃう!これはね、こうすんの」
ウツシは八雲の後ろに回り込むと抱きしめるようにその体を包み込み、小さな手に自身の大きな手を重ねた。
ウツシの先導で管を水筒の液に浸すと口に咥えた。
「八雲、優しくふーってしてごらん」
八雲はウツシの言われるままに優しく息を吐いた。
すると細い竹の管から光を浴びて七色に輝く透き通った玉が数個飛び出し、ふわりふわりと宙に浮かんだ。
「すごい!すごい!ウツシ兄ちゃんすごい!」
八雲は大興奮してウツシを振り返る。
「これはね、しゃぼん玉っていうんだよ?可愛くて、綺麗で、面白いでしょ?」
「うん!」
久しぶりに見た八雲の満面の笑顔にウツシもつられて笑った。
「じゃあ今度は外でやってみよう!どこまで高く飛ばせるか競走だぞ!ほら、おいで!」
ウツシが差し出した手をすぐにきゅっと
握った八雲を嬉しそうに引っ張ると里の広場へとやってきた。
そこには里の子供達が遊んでおり、突然にやって来たウツシと八雲を見ると広場の端に寄ってしまう。
ウツシはそれを気にせず、八雲の隣にしゃがみこむ。
「ほら、今度は一人でやってごらん」
子供達が自分を遠巻きに見ていることに尻込みしていた八雲の背中に優しく手を添えてやると意を決したように頷いて、先程教えて貰った手順通り、水筒に竹の管を浸すとふーっと息を吹き込んだ。
すると今度は先程よりも沢山のしゃぼん玉がふわりと宙に浮かぶ。
それを見た子供達はわー!っと歓声を上げ飛んでいくしゃぼん玉を追いかけ始めた。
八雲はその光景に楽しくなりひと吹き、またひと吹きと次々としゃぼん玉を作り出していく。
そうしてしばらくすると八雲と同じ歳くらいの男の子が興奮気味に八雲達の前にやってきた。
「ねえ!それどうやるの?俺にも出来る?」
前のめりにそう聞かれた八雲は慌ててウツシを見る。
ウツシはにこりと微笑んで戸惑うその背中をとんっと押してやった。
「ほら、行って皆に教えてあげな?」
「……うんっ!」
ウツシの言葉に嬉しそうに笑うと八雲は男の子とともに子供達の輪の中心で楽しそうにはしゃぐ。
ふわふわと浮かんだしゃぼん玉は子供達の楽しい笑い声にパチリと弾けた。
コマから話を聞いた次の日、八雲は早速チビ太を遊びに誘ってオトモ広場へやってきた。
八雲の姿を見ると、すぐさま嬉しそうに子ガルクが傍に来てちぎれんばかりに尻尾を振るとキャンと鳴く。
当のチビ太は場所がオトモ広場と分かるとささっと八雲の後ろに隠れてしまう。
八雲はそんなチビ太の手を優しく引いて
、邪魔にならないよう広場にある大樹の麓にある祠まで歩いていった。
そうしてチビ太にしゃぼん玉液の入った水筒と竹の管を渡す。
「今日はこれで遊ぼう!」
「これは?何だにゃ?」
チビ太は不思議そうに管で水筒の底を突く。
「これはね、こうすんの」
八雲は自分用に持ってきた管を水筒に差し入れるとふぅ、と息を吹き込んだ。
するとふわふわとしゃぼん玉が浮かび上がりオトモ広場の宙を舞う。
チビ太は大きく目を見開いて瞳をキラキラと輝かせた。
「すごいにゃ!綺麗だにゃ!」
「チビ太にも出来るよ。やってみな?優しく息を吐くんだよ?」
チビ太は興奮気味にカシカシと管を水筒に漬けるとふぅーっと優しく息を吐く。
ほわりほわりとしゃぼん玉が生まれ、オトモアイルー達やガルク達の元へ飛んで行った。
チビ太は楽しそうに次々としゃぼん玉を生み出していく。
沢山のしゃぼん玉に囲まれたオトモ広場の動物達は大興奮して、いつの間にかチビ太にもっと作れとせっついていた。
アイルー達に手を引かれチビ太は笑顔で仲間の輪に入っていく。
その光景にうずうずしていたオトモ雇用窓口に遊びに来ていたイオリが
「僕も!僕もやりたい!」
とアイルー達の輪に入り、さらに賑やかなことになっている。
「大成功、だね!」
ふいに後ろから声をかけられ振り向くと、ウツシがニコニコと笑って立っていた。
「ウツシ兄ちゃんの受け売りだけどね」
八雲は肩を竦めて手に持っていた管でしゃぼん玉を作る。
「それでもチビ太を笑顔にしたのは八雲だよ?」
ウツシは嬉しそうにイオリやアイルー、ガルク達と遊ぶチビ太を見て八雲の作り出したしゃぼん玉を人差し指で突く。
すると目の前で弾けたしゃぼん玉の液が八雲の顔にかかった。
「わっ!ちょっと!目に入っただろ!」
「ははっ、ごめんごめん」
ウツシは目を細めて微笑むと、するりと頬に手を添え親指で目元を擦ってやる。
「おー!やってんねー!懐かしいなぁ!しゃぼん玉」
そんな二人に港からの荷物を広場に運び込んできたツリキが声をかけた。
「ツリキ!」
「よっ!八雲」
ツリキは笑顔で挨拶代わりに手を上げる。
そう、あの時八雲に最初に声をかけた男の子はツリキだった。
あれから時が経ってもツリキとあの場にいたホバシラとは親友と呼べるほどの仲だ。
ウツシがくれた幸せの種はしっかりと今も根付いている。
「……ありがとう」
八雲は当時の気持ちを思い出し、隣でツリキと談笑するウツシにこっそりと呟いた。
「ん?八雲、何か言ったかい?」
まさか反応するとは思わず、八雲は慌てて首を横に振った。
「何も?」
ウツシはそう?と八雲の頭をよしよし、と優しく撫でる。
八雲は顔をしかめると、うざったそうにウツシの手を避けた。
「出た!ウツシ教官の必殺過保護攻撃」
ツリキは相変わらずだなぁと笑いながら揶揄うと、そうだと手を叩いた。
「なあなあ!懐かしついでに競走しない?誰が一番しゃぼん玉をデカく出来るか!景品は俺の親父の土産品、異国おつまみセット!」
「よーし!乗った!」
ウツシは即答すると、やる気を見せて何故かストレッチを始める。
「相変わらずだな。……いいよ、俺も参加。」
八雲も二人のノリに乗じてやれやれと肩を竦めた。
その後、チビ太を筆頭にガルクやオトモアイルー達は八雲達が作り出す多彩なしゃぼん玉を追いかけていく。
そうして暗くなるまで、いつまでも楽しそうな声がオトモ広場に響き渡っていったのだった。