メイドの日「魈……俺は今、問題を抱えている」
「鍾離様が問題を……? それは、一体どのようなことでしょうか」
いつになく神妙な面持ちで鍾離は椅子に腰掛けていた。テーブルに肘をつき手を組む様は、今から巧妙な策でも発表する、かの岩神のようだった。
望舒旅館、魈が寝泊まりしている部屋に鍾離は来ていた。ひとまず話を聞こうと茶を入れ鍾離に出し、魈も向かいに座った。
「忙しさのあまり、家が散らかってしまっている」
「……ここへ来られる回数を減らしてはいかがでしょうか」
そう日が経たないうちに、なんでもない話をしに鍾離は望舒旅館へ訪れている気がしていた。特に用はないと言っているので、その時間を使って片付けをすれば良いと思ったのだ。
「それは駄目だ。魈と会う時間を減らす訳にはいかない」
「さようでございますか……」
「巷ではこのような時、メイドを雇うものらしいが、生憎俺は他人に家の中のものをあまり触られたくはないのだ」
「なるほど……」
つまり、魈と会う時間は減らしたくはないが忙しく家の中が散らかっていると、そういうことのようだ。
「では……我が鍾離様の家に行けば解決するのではないでしょうか」
「なに?」
「あ……部屋を見られたくないのであれば、伺うのは控えますが……」
「そうしよう」
「?」
「魈。メイドとして、俺の家に来てくれないか?」
「え、えっと?」
「実はもう衣装は用意してあるんだ。魈と二人ならば、すぐに片付くに違いない。ならばすぐに決行しよう。今から時間はあるか?」
「時間は……ありますが……」
まるで言い出すのを待っていたようだった。鍾離は顔をあげ、真剣な眼差しで魈を見ている。
衣装という言葉は引っかかったが、半ば疑問の残るまま鍾離に手を掴まれ、あれよあれよと仙力を使いあっという間に鍾離の家に来てしまっていたのであった。
「この……衣装は……?」
「これがメイドの衣装というものらしい」
「なるほど……」
鍾離の衣装棚に似つかわしくない、目立ちすぎる白のフリルのついたエプロンが掛けてあったのだ。
「これは、今の衣服の上に着れば良いのでしょうか……?」
「それでも良いが、折角弥怒が縫った衣服を埃まみれにする訳にはいかないな。これも専用のものがあるらしい。ほら、これだ」
「なるほど……」
これを本当に魈に着せようと思って用意されたのか疑いたくなるようなほど、裾の広がったスカートがついたワンピースを鍾離は広げて見せていた。
とりあえず着てみて欲しいということで、鍾離の前で装具を外し服を脱いでワンピースを頭から被ってみた。勿論こんなに丈の長いワンピースなど着たことなどはない。
鍾離の前だということも気にせず着替えていたが、じっと観察するような視線を向けられていることに気付いてしまった。しかし、今更恥じらうような仲ではなく、急に別室に行くのも間が悪いと思った。
「……上衣は、背中のチャックを閉めるのですね」
「髪を挟むといけない。俺が閉めよう」
実は気にしているのは魈だけで、早く着替え終わって欲しくて見られていたのかもしれない。後ろを向き、お願いしますと答えると、チャックを閉めるジーという音がした。少し胸の辺りが窮屈に感じた。
「この服の上に更にエプロンとは……動きにくそうですね」
「そうだな。しかし似合って……いや、なんでもない」
エプロンまで身につけたところで、早速と片付けを手伝おうと思った。一歩足を踏み出す度にスカートの中についているフリルが足に絡まって転びそうになる。機能性としては、限りなく零に近いと思った。
「この裾……もっと短くても良い気がします」
「それは危ないから止めた方が良い」
「……何がでしょうか?」
「なんでもない。さて、本を本棚に戻してくれないか」
「? 承知しました」
どんなに物が散乱しているのかと思っていたが、魈からすればさほど散らかってはいない鍾離の部屋であった。言われた通りに魈はテーブルに積まれた本を本棚に順次戻していった。鍾離は鍾離で衣装棚の整理を始めていた。