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    sayuta38

    鍾魈短文格納庫

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    sayuta38

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    しょしょドロライ15回目
    14回目のお題「大人/子供」

    #鍾魈
    Zhongxiao

    大人と子供「子供を、五歳くらいの男の子を見ませんでしたか?」
    「いや、見ていないが……」
     高校からの帰り道のことだった。帰路につく途中にある公園の前で魈は女性に声を掛けられたのだ。事情を尋ねる前に、公園で遊んでいたのに目を離した隙に子供が居なくなってしまったと言っていて、この辺りを必死で探しているとのことだった。
    (この女……)
     話半分に女性の瞳を見る。自分と同じような、それでいて少しだけ石珀色によく似た瞳を持つ女性だった。
    「……少し、探すのを手伝おう。その者の特徴は?」
    「! ありがとうございます」
     いなくなった男児の特徴を訪ねた。茶髪で、母親と同じ石珀色の瞳をしているとのこと。公園に来ても、大体遊具で遊ぶ訳ではなく草花や虫をじっと観察している事が多いと教えてもらった。
    (おそらく、鍾離様なのだろう……)
     自分が仙人としての生涯を終えた後、ただの凡人として生まれ変わることなど想像していなかったのだが、同じく鍾離がどこかで生まれ落ちていてもなんら不思議ではない。自分より年下の鍾離など想像もしたことはなかったが、一目見たいと思ってしまい、捜索の手伝いを買って出てしまった。
     母親は近くを探しに行くといって走り去ってしまった。魈はいなくなったという公園の中へ踏み入り、辺りをざっと見渡す。他に数人子供が遊んでいるが、その中に鍾離のような姿は見えなかった。
    「あ」
     公園の真ん中に大きな木があった。ふと見上げると、幹の上に腰掛けて眠っている男児の姿があった。腹の上に絵本を抱えているその姿は、おそらく鍾離であると確信できた。
    「鍾離様」
     幹に手をついて、そっと声を届けてみる。ゆっくりと男児の瞼が開き、石珀色の瞳が見え隠れしていた。ぼーっと宙を見て、それから下にいる魈を見た。目があった。石珀色の瞳。やはり、鍾離に間違いなかった。
    「……お前は、誰だ?」
    「あ……えっと」
     なんということだ。鍾離に以前の記憶はなく、魈のことを知らなかったのだ。何と説明すればいいか、頭が真っ白になってしまった。だって、これまで一度だって、何千年と生きて最期には段々記憶が薄れていた時だって、魈のことは最後まで覚えていたあの神に、今面と向かって誰だと聞かれてしまったのだ。
    「魈と、言います……」
     なんとか絞り出すように名乗った。喉が締まって、胸をぎゅっと掴んだ。どこかで「魈。久しいな。息災でなによりだ」と言ってくれる鍾離の姿を想像していたのだ。鍾離の世界から、いつだって魈のことは捨て置いて貰って構わないと思っていたけれど、実際そうなってしまうと呼吸をするのもままらなくなる。
    「魈、俺は降りられなくて困っていた。手伝ってくれるか?」
    「……もちろんです」
     なんとか息を吐き出し、魈は幹に足を掛け、鍾離の傍へと登っていった。
    「随分と、高くまで登られたのですね」
    「うむ。高い所の景色を感じながら本を読むのは、趣があってよい」
     母親は五歳だと言っていたが、五歳にしては口が達者だと思った。どんな難しい本を読んでいるのかと思ったが、絵本の題名は幼い子どもなら一度は読んだことのあるような童話の一つだった。
    「降りますので、少し……失礼します」
     鍾離を片手に抱え、魈は木から降りていく。鍾離は本を抱え、楽しそうに笑っていた。
    「助かった。礼を言う。母にも伝えなくてはな」
    「ああ、鍾離様のお母様なら、先程あなたを探して走り回っていました」
    「それは申し訳ないことをした。今度は母を探すのを手伝ってくれるか?」
    「それは構いませんが……」
     鍾離にとって、今魈はどういう風に見えているのだろうか。いきなり目の前に現れた高校生を不審に思ったりしないのだろうか。
    「うわっ」
    「ん? どうした?」
    「いえ、なにも……」
     鍾離にぎゅっと手を掴まれたのだ。この歳の子どもからしたら、何でもない行動なのだろう。気を取り直して、母親が走っていった方へ鍾離と手を繋いで歩いていく。
    「魈、魈か。魈……」
     魈と言う名前を何回も鍾離は唱え、口で転がしていた。思い出せないのならば、そのままで良いと思う。魈を思い出すことが良いことだとも限らない。今日、この一時を別れたら、もう鍾離に会うことなどほぼないと言えるだろう。
    「お前は、いつもこの時間にここを通るな」
    「よく知っていますね」
    「俺はよく木の上で本を読んでいる。いつも綺麗なお前が通るから、気になっていた」
    「そうでしたか」
     帰り道だから、確かに毎日通る道ではある。まさか見られていたとは知らず、驚いて繋いでいた手に力がこもってしまった。
    「今日、名前を知れて、嬉しくなった」
    「……我も、鍾離様にお会いできて、嬉しく思います」
    「また会えるか?」
    「……っ」
     会える、会えないで言えば、会えるというのが返答になる。この公園によく来ているのならば、鍾離の家はここからそう遠くない所にあるのだろう。
    「我のことは……お忘れください」
    「なぜだ?」
    「それは……」
     自分で言いながら、ぎゅうう、と胸が痛くなった。鍾離は鍾離の世界を生きている。本当は明日も明後日も鍾離に会いたい。同じく木の上で並んで座り、なんでもない今の暮らしのことを聞いてみたい。しかし、今自分が交わることは、鍾離の世界を変えてしまうことになる。
     胸が痛くて、痛くて、このままだとこの手を離せなくなると思った。だから、離す。鍾離と繋いでいた手を、そっと離した。
    「魈?」
    「あそこにあなたの母親がいます。もうすぐこちらに目を向けて駆け寄ってくるでしょう。だから、ここまでです。鍾離様」
    「なんで泣いてるんだ?」
    「……夜叉に、涙など不要です。では」
     母親が鍾離の姿を捉えた。その瞬間を狙って魈は走り出した。魈! と名を呼ぶ鍾離の声が聞こえる。何千回と呼ばれた名前だった。一度でも無視したことはなかった。すぐに馳せ参じて傍へ寄っていた。でも、今は、鍾離が魈のことを忘れているのならば、傍にいることが許されない。

    「鍾離様……。どうか、我のことを思い出さないでください」
     鍾離の名を呼ぶのも最後にしよう。明日からは帰宅のルートも変えなければ。走って走って、鍾離のいない世界に帰る。一目見れた。ただ、それだけで良かったのだ。

     ……しかし、別れ際にどうしても、さよならだけは、言えなかった。
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