未成年は意地と愛でできていたい(希望形)お題箱 20210803
白いカチューシャをつけたピンク色の髪のAsは、窓ガラスを隔てて下を見ている。彼女の視線の先には、色鮮やかな振袖を着た人型のAsたち。それから視線を引き離すようにして、部屋のカーテンを引き、窓に背中を向けた。
彼女が着ているのは何の変哲もない、ただの白いワンピースだ。太ももあたりの生地を少し引き上げて、がっくり、という言葉が相応しい溜息をつく。
そんな彼女の目の前に、ふわりと別のAsが現れる。白い妖精のような、クリオネのようなそれは、ふよふよと浮きながら彼女を見ている。
そして、白い妖精のようなAsは、くるりと彼女の周りを一周した。
次の瞬間、ピンク色の髪のAsがいた場所が変わる。
どこかの部屋から、大きな落とし穴に落ちたように。目を見開く彼女に、妖精のようなAsは笑うように体を震わせた。
そしてまた一度、彼女の周りをくるりと回る。
彼女が着ていたワンピースが、落ちる勢いではためくスカートの端から赤い花びらへと変わっていった。最初は一枚、二枚だったものが、どんどん花びらへと変わっていき、彼女の姿が花びらに埋もれてしまう。
そして花びらの空間をつきぬけるようにして現れた彼女は、とんっと地面に降り立つ。
彼女が身につけていたものは、それまで着ていた白いワンピースではなかった。黒のレースの手袋に包まれた手を見て、そろりと腕を上げる。そしてひらりと揺れる長い袖を見て、彼女は目を丸くした。腕を包み、垂れる上等な赤からゆっくりと視線を動かす。胸元でひらりと揺れる黒いリボンの端の少し下、胸下に巻かれた黒とグレーの市松模様の帯に赤い花の飾りがついた帯留めを見て、彼女は顔を上げた。
それと同時に、彼女の顔の前で、妖精のようなAsが一回転。
どこからともなく現れた彼女と同じぐらいの大きさの鏡は、すっかり姿が変わった彼女を映し出す。
足下は白の足袋に黒の草履。パッと見ただけでわかるぐらい上等な赤の振袖を引き締めるような帯と帯留め。首元には黒いリボン。ピンク色の髪はひとつに結い上げられ、花飾りに彩ろられていた。
白い妖精のようなAsが、彼女の傍に寄る。
妖精のようなAsの視点であろう、彼女が大輪の花が咲くような笑みを浮かべた。
ーー人生に一度の日を、特別にしよう。
フレーズに続いた単語が、どこかの店の名前であることに気づいて、竜はようやく広間に大きく出された映像から目を離した。
50億のアバターを突破しても、さらに拡大を続けるインターネット空間〈U〉では、様々なものに溢れている。
その中でも、全世界で50億アバターを突破しているという事実から、様々な業界のCMが流れることは珍しいことではなかった。
けれども、いつもは廃墟エリアーー正確には自身の城にしかいない竜が、わざわざ人混みに紛れるようにしてメインストリームにいるのは、今のCMを見るためだった。
歌姫〈ベル〉の初CMーーそれが、今しがた竜が見ていたものだ。〈ベル〉の歌がCMに使われることは、珍しくない。けれども、彼女自身がCMに出演することは、初めてだった。
「ベル、綺麗」
「うん。そうだね」
ベルのオリジンーー鈴が、成人式を迎える年にオファーがきたCMだったらしい。当然、依頼した方は鈴が成人式を迎えることを知っていただろう。
鈴と初めて会ってから三年、竜ーー恵は十七歳になった。三年前と比べると大人になったはずだが、恵自身は十七歳だからどうということはない。大人になっていればいいと思っても、十四の頃から変わった気はしない。
そんな恵とは違い、鈴は成人の際に「節目だから」と笑っていた。
未だ節目を迎えていない恵にはわからないが、鈴にとっては大事な機会だったのだろう。このCM以外にも、幾つかのCMにも歌以外で出演しているようだった。もっとも、それは鈴ーーベルの傍にいるから知っているだけで、公にされたCMはまだ今回の一本だけだ。
同じ映像が、繰り返し流される。
最初の悲しげな表情、ガッカリというのが相応しい表情から一転して慌てだし、そして驚いて、最後は花が咲くように笑う。
コロコロと変わる表情は、普段のベルよりも少しぎこちない。けれども、同じベルだから当然、普段のベルがする表情とよく似ていた。
それを、CMという形で大勢のAsが見ている。
「ベル、歌以外でも出るんだ」「意外だよね〜」「ころころ変わる表情がかわいい」「何だか親近感わく」「ベルはこんなに表情を変えない!」「一気に親しみやすくなって好き」「歌だけで良かったのに」
少し意識するだけで、外野の人間がざわざわとCMのベルについて話している。肯定的な意見も、否定的な意見も、竜には同じくらい胸がムカムカして、気づけば眉間に皺が寄っていたらしい。
「シワ、取れなくなるよ」
天使Asーー知の指摘を受け、無言で爪先を眉間に当てる。少しだけ力を入れて、皺を伸ばしていると、天使はクスクスと笑い声をあげながら竜の周りを舞う。
「ヤキモチ? ヤキモチ?」
「ヤ、キモチ、なんかじゃ……ない、し」
「意地っ張り」
「怒るぞ」
クスクスと笑いながら、ふよふよと浮かぶ天使に溜息がこぼれる。竜の溜息を聞いても、天使は変わらず楽しげに笑うだけだ。
「竜、ベル大好き。ヤキモチ、変じゃないよ」
「変とかじゃない。……子どもっぽいだろ、ヤキモチなんて」
天使の方を見なくて済むように、天使がいる方向と反対側を見る。
そして自分が出した言葉を反芻して、密かに落ち込んだ。
そう、子どもっぽいのだ。色んな人間が、ベルの色んな表情を見るのが嫌だ、なんて。自分だけの表情だったのに、なんて。
そんなことを思う自分と、今までとは違うことに手を伸ばすベルーー鈴を思って、竜ーー恵は、ぎち、と歯を噛みしめた。
鈴は未だに恵を出会った時から変わっていないと思っているのか、恵を子どものように扱う時がある。
そのことに腹が立つことはないけれど、悔しいと思うのは別だ。
子ども扱いして欲しくない。対等な人として扱って欲しい。面倒を見る見られるの一方通行な関係ではなくて、頼り頼られる関係が欲しかった。
静かに瞼を下ろす。深く息を吸い、吐く。そして瞼を開いた先では、ちょうど振袖衣装へと姿を変えたベルの映像が流れている。
それを真っ直ぐに見つめ、最後まで見た後、恵はくるりと映像に背中を向けた。とん、と軽く宙を蹴る。何度か繰り返し、廃墟区域のさらに奥ーー自身の城へと向かう。
とりあえずは、この間誘われた武闘トーナメントとやらに参加してみよう。
『頼ってもらうために強くなろう』という、天使が聞いたら子どもっぽいと笑いそうなことを考えている竜だったが、幸いなことに誰にもその考えはバレなかった。
後日、竜が参加した武闘トーナメントで優勝したのは、年上の女性に恋する年下の意地というべきか。愛の力と言うべきか。悩ましい所だった。