五月雨が天井裏にいる話木目の天井に審神者は目を向けた。何か染みがあるわけでも埃が溜まっているわけでもないそこをじいっと見つめる。
彼女はあそこが開くことを知っている。なんなら、今あの上に刀剣男士が一人いることも。
「五月雨」
呼びかけても反応は無い。だがしかし、「いる」と彼女はよく知っていた。
今朝、外に少し用事があった。本当にちょっとそこまでの用事。門から出て通りを少し行って一つ曲がったくらいのところにポストがあるのだ。郵便を二つほど投函したかった。ただそれだけ。つっかけを履いてぱっと行ってぱっと戻って来ただけのほんの五分にも満たない時間だったと思う。それなのに玄関に戻ると眉を寄せた五月雨が「何故、置いていったのですか」と立っていた。
「だってすぐそこまでだったし、ちょっとだけだったから声かけなかった」と当たり前に言ったらなんだかショックを受けたようた顔をしてそのまま黙って引きこもってしまった。彼女の部屋の天井裏に。そこは自分の部屋じゃないんかいとも思ったりするし、ちっちゃい子みたいなことするなぁとも思うけれど、五月雨は顕現してまだ二年も無い。
戦ったり生活したりはそつなくできても刀では持ち得なかった感情のコントロールは難しいのかもしれない、と五月雨を庇うようなことを言えば「また甘やかす」と溜息のように言うのは清光かそれとも歌仙か。どちらともかもしれない。
「五月雨」
呼びかけても相変わらず降りてこない。どうしたものか。放っておいてもお腹が空いたら降りてくるかもしれないが、さらに臍を曲げられそうな気もする。
天岩戸みたいに何か興味を引くことでもあったら自分から出てくるだろうか。好みのお菓子を持ってきてみたり村雲を呼んで来たり。
いくつか思い浮かべながら「うーん」と彼女は頬杖をついて天井を見つめる。
「……」
木目と睨めっこをした彼女は口の横に添えた両手を筒のようにして、小さく、でもいるであろう天井に向かってはっきりと声を向けた。
「………………五月雨、だいすき」
途端に、どったんばったんと物音がした。想定より大きな反応があり、そして静かになる。大丈夫かしら、と彼女が心配になって見守っているとスッと天井が開いてすとんと五月雨が降りてきた。
髪の毛とか襟巻きとかちょっと乱れていて、彼女はつい笑ってしまった。
「ふふ」
「頭」
襟巻きに口元を隠しながらも拗ねた声色は隠さない。
「ごめんごめん」
「頭のせいです」
髪の毛を直しながら五月雨は彼女の目の前に屈む。薄藤の前髪がはらりと揺れる。
「なので……もう一度言ってください」
そう言って遠慮がちに袖を引いた五月雨を彼女は溢れる笑みと共にぎゅうっとしっかり抱きしめた。