あの、応援合戦を見た時。
類が考えた演出が青組の皆に受け入れられ、それが実現しているのだとわかった。
類がこの応援合戦に全力で演出をつけていることがわかった。
その時、類が皆に受け入れられたことを心から嬉しく思った。類の演出はすごいだろう!と敵ながら誇らしくすら思った。
だが、
その思いを直接類に伝えようと類の元に向かった時に類がクラスメイトに囲まれているのを見て、体育祭が終わった後に類に会いに行った時、類が応援団の皆と楽しげに会話するのを見て。
オレは、自分の中に芽生えた感情に気づかないふりをした。
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「類くん!類くん!もっと応援合戦の時のこと教えて〜!!」
「ミクにもミクにも〜!!」
えむくんとミクくんがぴょんぴょんと僕の周りを目をキラキラさせながら飛び跳ねる。二人が僕の話を楽しそうに聞いてくれるものだから、僕も楽しくなってきて応援合戦の時のことを次々と彼女らに話した。
そうやって話していると、団員達が自分の演出を受け入れてくれたこと、クラスメイトが自分のことを否定せずにいてくれたこと、そんなことを思い出して思わず表情が綻ぶ。
「いつまで応援合戦の話をしているんだ。類のチームの応援合戦が素晴らしかったから話を聞きたい気持ちはわからんでもないが、そろそろ帰る時間だろう。」
と、そこで先程まで離れたところでルカさんと会話していた司くんがいつのまにかこちらに来ていて僕たちに声をかけた。
スマホを見ると時刻は20:00過ぎ。
体育祭の後、応援団の打ち上げがあったため僕たちが集まった時間も遅く、皆それぞれの自宅からセカイに来ていた。
あまり遅くまでセカイにいるのも良くないだろう。それに、体育祭があった僕たちはもちろん、部活の大会があったえむくんも元気そうに見えるが体に疲労は溜まっていることだろう。
そう考えた僕は彼の意見に同意する。
「そうだね。もし、家族が部屋に訪れた時に僕たちがいないとなれば心配をかけさせてしまうかもしれないし。続きはまた今度にして今日は解散するのがいいかな。」
「「え〜!!!!」」
もっとお話し聞きたかったのに〜!、と不満げな表情をしているえむくんとミクくんを微笑ましいような少し呆れたような様子で司くんが笑う。
「全く。家族に心配をかけさせるわけには行かないだろう。それに二人がそんなに応援合戦のことを聞きたい、と言うのならば今度オレが録画を持ってきてやる。」
「録画?そんなものをとっていたのかい?」
「いや、オレはとっていないのだが放送部が毎年映像を撮って保存しているようだ。配布等はしていないようだが貸し出しぐらいはできると思うぞ。」
「あぁ、青組の団長が最初に集まっていた時に去年の映像を流していたねぇ。あれ、毎年撮っているものだったのか。」
「映像!?ってことはみんなの応援合戦が見れるってこと!?」
映像、と言う言葉を聞いた途端、えむくんは目をキラキラと輝かせていた。そんなえむくんに司くんはあぁ!と元気よく答える。
「応援合戦だけじゃないぞ!体育祭全ての映像を撮っているらしいからな。体育祭でのオレ達の活躍も見られるぞ!」
「ってことは〜寧々ちゃんの活躍も見れちゃうってことだね!」
「わ〜!楽しみ!!」
そう言って再びぴょんぴょんと飛び跳ねるえむくんやミクくんに対して寧々は少し嫌そうな顔をしていた。運動が苦手な寧々はところどころバテていたし、あまり見返したくないのだろうなと察して苦笑いをする。そんな僕を寧々は不満そうに睨んでいたが、今日のところは解散するぞ!という司くんの一言により、彼女から何か言われることはなかった。そうして僕たちは解散し、それぞれ元にいた場所へと戻ることにした。
シャラシャラん、と何度も聞き慣れた音に合わせてスマホが光り、皆元の場所へとそれぞれ帰って行く。
僕も帰ろうと、セカイにいる間はずっと流れていた『セカイはまだ始まってすらいない』を止めた。
「あれ‥?」
しかし曲を止めてもセカイから出られる気配がしない。不思議に思ってあたりを見回すも、司くんやえむくん、寧々の姿は見当たらない。
つまり、セカイから出られないのは僕だけ‥?
「あれれ〜?類くん、どうしたの?」
「何故だか曲を止めても元の場所に戻ることができないんだ。」
「えぇ〜!!」
「何で何でー!?」
「オレ、ちょっとKAITO呼んでくる!」
ミクくん達にも原因はわからないようで、ざわざわと騒ぎ出す。そんな中、レンくんがこのセカイのことを一番よく知っているであろう、KAITOさんを呼びに行ってくれた。KAITOさんが来るまで待っているしかないか。とそう考えていた時、
「類〜!!!!!!!!!!!」
と自分の名前を呼ぶ大きな声がした。
声のする方へと振り向くと、先程帰ったはずの司くんがこちらに駆け寄ってきていた。
「おや、司くん。忘れ物かい?」
「んなわけあるか!類がセカイから出られない、とルカから聞いてな。慌てて戻ってきたんだ!!」
「ルカさんが‥?」
あまりルカさんに行動力があるイメージがなかったためつい、驚いてしまう。
こういった時、のほほんとしながら僕らを見ていそうなのに。
それに、あたりを見渡すが司くんを呼んだというルカさんの姿はない。
「ルカなら眠くなったと言ってフラフラとどこかに行ってしまったぞ。気がきくんだかマイペースなんだか‥。それよりセカイから出られなくなったって本当か!?」
「あ、うん。そうみたいなんだ。曲を止めることはできるのだけど、一向にセカイから戻れる気配がなくて。今、レンくんはKAITOさんを呼びに行ってくれているところだけど‥‥。」
「司くん!類くん!!」
その時、ちょうどKAITOさんが慌てた様子で姿を現した。
「レンから事情は聞いたよ。セカイから出られないみたいだね‥。」
「KAITOは何か知っていたりしないか?」
司くんがそう尋ねるとKAITOさんは困ったような表情を見せた。
今のところ、セカイに違和感を感じたりはしていないらしい。もしかしたら気づけていないだけでセカイに何か変化が起きているかもしれないが、その原因を見つけるのには時間がかかるかもしれない、と。
KAITOさんにも原因がわからない以上、今の状況では何もすることができないだろう。僕もセカイを探索して原因を見つけるべきなのだろうが体育祭の疲労がきていて、それは体力的に難しい。
そのため、今日はここで眠ることにした。
幸い、この賑やかなセカイにも睡眠をとるに適した静かな場所があるようで、ミクくん達がその場所へと案内してくれた。司くんは自分も共に残ると言ってくれたが、彼の家族が心配するだろうとお断りした。彼はそれに不満げにしていたが、家族を心配させるわけにはいかないと思ったのか明日すぐに会いに行く、と言ってセカイから去っていった。
司くんが去り、ミクくん達も原因探索に行くと、騒がしかった辺りもしんと静かになる。
セカイにもこんなに静かな場所があるのか。
案内された時もそう思ったが、人がいなくなることでより一層静かな空間であると感じた。
だが、それでもどこからか微かに流れている明るげな音楽や優しく光るライト。
司くんの暖かさを現しているような空間が心地よく、僕は横になるとすぐに眠ってしまった。
***
「類〜!!!!いるか!!!」
次の日、司くんの大きな声がして目を覚ます。
あたりを見渡すと知らない空間。
微かに聞こえてくるワンダーランドの音楽によって自分が何処にいるのかを思い出した。
「類!!」
起き上がった僕を見つけた司くんがさらに大きな声で呼びかける。ビリビリと感じられるような大きな声に司くんだなぁと思いながら彼に返事をする。
「おはよう、司くん。」
「あぁ!おはよう類!朝食を持ってきたからこれを食べながら話そう。」
そう言って司くんは僕の目の前にお弁当を差し出してきた。蓋を開けると卵焼きやウィンナー、唐揚げなどなど少し朝食には重たいのでは?というくらいしっかりとしたおかずが詰められていた。
「昨日の夜から何も食べていないだろう?打ち上げて多少は食べていたかもしれんがそれでも足りんだろうと思い多めに入れてきた。ここからすぐ出られるかもわからんしな‥。」
「ありがとう。お腹が空いていたから助かるよ。」
「ならよかった。それでどうだ?何か変化はあったか?」
「いや、今のところは変わらず、と言った感じかな。さっきもう一度曲を止めてみたけれど、戻る気配はなかったよ。」
「ううむ‥‥。ここにくる前にKAITOに会ってきたんだがやはり原因はわからないそうだ。どうしたものか‥。」
そう言って司くんはうんうんと唸りながら考え込む。
僕もお弁当を口に運びながら原因は何かと考えてみる。
セカイに原因がないとすれば僕のスマホ端末に何か原因が?いや、しかしセカイという不思議な現象に対してスマホという機械の問題が関与するとは思えない。では、このセカイは司くんの思い出できているため、司くんの心境に何か問題が起こり、それによってセカイにエラーが起きている、というのは。
「ねぇ、司くん。何か悩みとかあったりしないかい?」
「悩み???いまこの現状について悩んでいるが。」
「そうでなく、この現状になる前に何か悩みや嫌なことがあったりしないかい?もしくは体調がすぐれないとか。君の想いからできたセカイならば君の心境や体調の問題で不具合が起きてしまってもおかしくはないだろう?」
「つまり類は俺の体調不良、もしくは悩みによってセカイに不具合が起き、類が出られなくなっていると考えているのか?」
「その可能性はあるかな、と思って。何か心当たりはないかい?」
「心当たりか‥。」
そう言って司くんは再び口を閉ざしてしまった。
本当の想いを忘れていたときも彼自身は忘れている自覚がなかったそうだから、心当たりがないのかもしれない。しかし、その時はKAITOさんやミクくんは司くんの本当の想いを知っていた。なら、なぜ今回は二人にもわからないのだろうか。
「やはりこのセカイを探索するしかないかな。セカイのどこかにヒントがあるかもしれないし。」
「む‥そうだな。とにかく探してみないと始まらん!」
セカイのどこかにきっと元に戻れるヒントがある。
そう考えた僕たちは気持ちを前向きに切り替え、セカイを探検することにしたのだった。
***
「類〜!!いるか〜!!!」
司くんの大きな声で目を覚ます。
彼の声に起こされるのももう慣れてきてしまっている。こうやってはい、と手渡される弁当にも。
僕がセカイから出られなくなって1週間がたった。
休みもとっくに過ぎてしまい、家にも学校にも行かない生活ではあるが、不思議と焦りはなかった。
このセカイの居心地がいいからか、帰りたいという欲求があまりないのだ。
もちろん、両親に心配をかけさせてしまっていることや、こうやって司くんに迷惑をかけてしまっていることには罪悪感はある。しかし、ここにいれば司くんがいて、寧々やえむくんが会いに来て、ミクくん達がいて。僕のショーを受け入れてくれる人とそれをみて楽しんでくれる人がいるのだ。なら別にしばらくはここままでもいいのではないか、なんて愚かなことを考えてしまっても仕方ないだろう。
‥‥それに、セカイから出られなくなってから司くんが今まで以上に僕に会いに来てくれた。
休みの間は朝からずっとそばにいてくれて、学校が始まっても昼休みになればお弁当を二つ持って会いに来てくれる。彼は責任感が強いから、だから会いに来てくれているのはわかっているけれど、それでもこうやって今まで以上に彼と関わって、彼が自分だけを見てくれる時間が長いのは嬉しかった。
だからこそ、このままてもいいのではという気持ちが僕の中にはあった。
もぐもぐと口を動かしながら今日の予定を考える。今日は平日で司くん達は学校があるから昼に司くんが会いに来てくれるまでは僕一人。
原因探索に行くか、ショーの準備をするか。
ここ1週間、あれやこれやと様々な方法で元の世界に戻る方法を探したが一向に戻れる気配はなかった。帰りたいという意欲もない僕はこれ以上見つかるかわからない原因を探索するよりも、ショーの準備をするべきだと考え、そしてそれを司くんたちに提案した。最初、寧々は原因探索を優先すべき、と言って反対していた。
しかし、意外にも司くんがすんなりと司くんが僕の案に賛成したことで僕の意見は通された。
寧々も最後には原因探索も行うことを条件に折れてくれたのだった。
セカイから出る意欲のない僕が一人で原因探索をする気にはなれない。寧々が持ってきてくれた機材に槍途中のものがあったなと思い出し、僕はワンダーランドのセカイの音を聞きながら、昼まで作業をした。
***
「類!」
司くんの明るい声に振り向く。
そこにはお弁当を二つ持った司くんが立っていた。
それによって今の時間が昼であることを知る。セカイにいるとどうも時間感覚が狂ってしまうなと感じながら彼の元へと駆け寄る。
「司くん。今日もありがとう。昼休みの度に来るのも大変じゃないかい?お弁当もわざわざ作ってくれてるみたいだし‥。」
「なに気にするな!オレがしたくてやっていることだからな。類がセカイから出れない以上、オレができることはやりたいんだ。」
「ありがとう。ならお言葉に甘えさせてもらうよ。けど、やはり早くこのセカイから出られるようにならないと、だね。」
そう言ってお弁当を受け取る。
早くこのセカイから出られるようにならないと、なんてそんなに思っていもいないのに建前のように言ってしまった。
弁当の蓋を開けると相変わらず美味しそうな具材が詰まっていた。司くんのお弁当はいつ食べても飽きないなと思いながら口に運ぶ。
野菜の全く入っていないお弁当。以前なら少しくらい食べろと言っていたのに何故かここ1週間、渡されたお弁当には野菜が全く入っていなかった。
そのことを考えて、ふと違和感を感じた。
どうして司くんは突然僕に野菜を食べさせようとしなくなったのか。
僕をセカイに閉じ込めてしまったと罪悪感があるからか?いや、しかし彼は罪悪感を感じていても野菜を抜く、だなんてことで罪を償おうとなんてしないだろう。
一つ、違和感を感じてしまえば、更に別の違和感にも気づいてしまう。あの時、どうして僕が原因探索を遅らせる提案をしたのに彼はすんなりと受け入れたのだろうか。意外にも受け入れられた、だなんて彼のことを知っていたらあり得ないじゃないか。
だって司くんは何よりも家族を大事にする人だ。僕と同じくらいショーに一途ではあるけれど、今、この状況で彼が家族よりもショーを選ぶだろうか。
彼なら僕の家族に心配をかけているこの状況を良くないと考えているはずなのに。
そんな彼が僕の提案を受け入れるだろうか。
彼ならば必死に原因を探そうとするのではないか。
今まで気づかなかった違和感がどんどんと膨らんできてしまい、おかずを口に運ぶ手が止まってしまう。
そんな僕に気づいた司くんは心配そうに話しかける。
「どうした?類、体調がすぐれないのか?」
そうやって訪ねてくる司くんはいつも通りの司くんで。違和感なんて、無いはずなのに。
「‥‥ねぇ、司くん。」
「なんだ?」
「もしかして君、何か知っていたりしないかい?」
「なんのことだ?」
そう言って、僕の突然の質問にきょとんとした顔で答える司くん。その様子は隠し事をしているようには見えない。
司くんの様子がおかしいと感じるのはただの僕の勘違いなのかも知れない。司くんが罪悪感を抱いて、僕に野菜を無理に食べさせようとしないことだってあり得るし、原因が見つからない状況で無意味な探索をするりももっといい案があると考えていて、僕の案に同意したのかも知れない。
きっとそうに違いない‥。
彼の様子を見て、そう考えた。
けれど、何故だか僕は司くんに抱いた違和感は拭えなかった。
***
昼休みが終わり、司くんが立ち去った午後。
午後も作っている途中のロボを完成させて、それから探索に行こう。そう考えた僕は手を止めていた作業を始める。授業が終われば司くんがこちらに来るだろうからそれまでに見せれるようにしよう。
それに、集中して作業をしていれば自分の中に芽生えている不穏な考えも消え去ってくれるかもしれない。
そう思いながらガチャガチャと機械をいじっていると久しぶりの人物が姿を現した。
「あら〜。類くんじゃない。学校はどーしたの?」
「ルカさん。」
彼女と会うのは僕がセカイから出られなくなった日以来だった。あまりにも見かけないものだから他のみんなに聞いてみたが彼女はいつもフラフラとしているから1週間ほど見かけないことはおかしくないらしい。だからか、彼女は僕がまだセカイから出られないことを知らないようだった。
「実はまだセカイから出られなくて。」
「そうだったの。類くんはまだ魔法にかかったままだったのねぇ‥‥。」
「魔法?」
魔法。
そういえば彼女は僕が応援合戦を作り上げる際、言いたいと思っていることを言えなくて悩んでいた時、お話しできない魔法と例えていた。
今回は僕がセカイから出られない魔法にかかっている、と言っているのだろう。
前回は自身では克服したと思っていた、幼少期のトラウマが原因でお話しできない魔法にかかっていた。
ということは今回も自分では自覚のない何かが原因でセカイから出られない可能性もあるのではないか?今までずっとセカイかもしくはセカイを作った司くんに原因があると考えていた。しかしそうではなく、僕自身の問題だっとしたら。
今まで全く考えたことのなかった可能性に気づき焦りを感じる。また、無意識のうちに僕が何かをしてしまっているのではないか。
けれど、今回は全くと言って心当たりがない。自分に原因があると考えてみても何が原因なのかわからないのだ。
僕がセカイに残る理由。それはなんだろうか。
このセカイが心地いいいから?だが、それは以前からずっと思っていたことで、突然セカイから出られなくなったこととは結びつかない。
じゃあ何か外に出たくない理由がある、からか。自分では気づけていない、何かがあるのかもしれない。
では、その何かとは。一番可能性が高いのは体育祭だろうか。でも、体育祭は‥‥
「類!!」
名前を呼ぶ大きな声にハッとする。
目の前には司くんの顔があり、驚く。思っていたより考え込んでしまっていたみたいだ。何度も僕の名前を呼んでいたのか、司くんは心配そうな顔をしていた。
「考え込んでしまっていて呼ばれているのに気づかなかった。ごめんね。」
「それは別に構わんが‥。体調が悪い、とかではないのだな?」
「それは大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。」
「ならよかった。だが、何についてそんな熟考していたんだ?」
「ここから出られない原因について改めて考え直していてね‥。」
「原因について?」
「うん。もしかしたら君ではなく、僕に原因があるのではないかと思って。」
類に‥?と言って司くんは不思議そうな顔をしていた。彼も僕に原因があるかも知れない、という考えは一切なかったのだろう。そんな彼にルカさんに相談した時のこと、そうしてこのことから考えられる考察を話す。
「なるほど‥。考え方はわかったが、しかしそれとこれでは別問題ではないのか?類の気持ちの問題でオレの想いからできたセカイに影響が出るとは思えんのだが。」
「だけど、これだけ原因を探しても見つからないということはその可能性もあるってことじゃないかい?そもそも司くんのセカイに僕たちが行き来できること自体が不思議な話な訳だし。」
「いや、しかし‥‥。」
そう言って司くんは何かを考え込むように口を塞いでしまった。きっと原因について考えているのだろう、そう思った僕は再び自分自身と向き合って原因を考える。
先程も出した通り、やはり体育祭がここ最近で一番心境の変化があった事だろう。しかし、体育祭は僕が自分の思いを伝えて、それを受け入れてもらった。さらにはいつもは僕を避けているクラスメイトにも受け入れてもらえた。それが外に出たくないという感情と繋がるのだろうか。
だってあの時、応援団のみんなに受け入れてもらえて、それで僕は‥‥
「なぁ、類。」
先ほどまで黙って考え込んでいた司くんに呼ばれ、彼の方を見る。そこで再び、ずっと感じていた違和感を感じた。
「‥‥司くん?」
「なんで今、応援団のことを考えるんだ?
ここはオレのセカイなのに。オレの想いでできたセカイ。オレのもの以外無いセカイ。なのになんで今あいつらのことを考えた?ここにはオレしかいないのに。」
「つかさ、くん?」
違和感なんてもんじゃない。
明らかに司くんの様子がおかしい。
彼は何を、言っているのだろうか。
だってまるで、
「ここにいれオレしか見えないだろう?類の演出に応えられるのはオレしかいないだろう? なぁ、類、類。」
オレだけを、見てくれ
そうやって僕を見つめてくる司くんを見て、僕はずっと感じていた違和感の正体に気づいたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「なぁ、ルカ。類が相談していたことって何だったんだ?」
「ん〜?あぁ、体育祭の時のこと?」
「あぁ。あの時はオレも応援合戦の準備で忙しく、類の様子を気にすることができなかったからな。座長として、何で悩んでいたのか気になってな。」
半分本当で、半分嘘。
座長として気になっているのはもちろんだが、オレ個人として類が悩んでいたことを知らなかったのが嫌だった。
「そうねぇ。類くんは自分が言いたいとおもっているのに応援団のみんなに言えな行ことがあって、悩んでたみたい。」
言いたいことが言えない。それはきっと過去のことが関係しているからだろう。
類の演出は素晴らしい。けれど、それは一見危険を伴いように見えてしまう。それを類自身も幼い頃に身をもって知ってしまった。だから、応援合戦に演出をつける時も、そのことで悩んでいたのだろう。
だが、類は自分の思っていることを応援団の仲間たちに言うことができた。
それはあの応援合戦を見れば一目瞭然だった。
「ルカは類にどんなアドバイスをしたんだ?」
「いいえ、私はアドバイスはしていないわ。」
「え?」
「わたしは類くんがわたし達やえむちゃん達にしかお話しできない魔法にかかっているのかと思って、魔法使いを探そうとしたの。でも、類くんはわたしが魔法使いを見つけるよりも前にちゃんとお話しできたみたい。」
魔法、だなんていかにもこのセカイで暮らす住民らしい。
ルカの話を聞いて、自分自身か、もしくはセカイ以外の誰かのお陰かはわからないが、類は自分のやりたい演出をオレたち以外にも遠慮せず言うことができるようになったのだと分かった。
類が思うままに演出をつけられて、それを受け入れてくれる人がいる。
そのことに良かったと感じると同時にもやもやとした気持ちがあった。
えむやミクに楽しげに応援合戦の話をする類を見る。その表情は嬉しそうで、楽しそうで。
自分の中のもやもやが更に強まった気がした。
まるで類の演出が自分達以外に受け入れられることに不満を感じているような。
いや、そうじゃない。
類が自分以外に全力で演出することが、自分以外に対してあんなふうに笑っているのが、オレは‥‥。
***
ルカから類がセカイから出られなくなった、と聞いた時は驚いた。
そして、それと同時に少し嬉しい、と感じてしまった。だって、類がセカイから出られなければ、類はオレだけを見てくれるから。
そう考えた時、オレは自分の気持ちをはっきりと自覚した。そして、自分がしてしまったことも。
類はセカイから出られない魔法にかかったのだ。
そして、その魔法をかけたのはオレで。
最初は無意識でしてしまったことだった。だが、自分が原因だとわかった時、少しだけなら類を独り占めしてもいいのではないか、なんて考えてしまった。
それが良くなかった。
1日だけ、もう1日、もう少し‥。
類が自分の想いでできたセカイにいる。自分だけのセカイに。そう思うとどんどんと欲が出てきてしまった。
明日には元の世界に帰さなければ、と思っているのにオレは類にかけた魔法を解くことができなかった。
次第に最初のころは戸惑い、早くセカイから出ようとしていた類から何故かここから出ようとする意志が感じられなくなった。類がセカイから出るどころか、ここでショーを作ると言い出した時には類をセカイから出さなくてもいいのではないか、なんて考えがオレの中に芽生えた。
だって、類もこのセカイに残ることを望んでいるのだろう?
ならばそれでいいではないか。
ずっとここにいて、ここでショーを作って。
このセカイには割となんでも揃っているし、食事だってオレが毎日類の好む弁当を作ってやれる。
何も、問題はない筈だ。
なのに、今日の類は昼から様子がおかしかった。
突然弁当を食べる手を止めたかと思えば何か知っているのではないか、なんて聞いてきて。
あの時、咄嗟の演技で誤魔化したが類にバレていないかとヒヤヒヤした。しかし、その後類からの追及はなく、何も問題なく終われたとそう、思っていたのに。
放課後になって、類に会いに行けばまた、類の様子がおかしいかった。突然、セカイから出られない原因は自分にあるのではないか、なんで考え出して。
オレが否定しても、今もなお考え込んでいる。
何故だ。どうして、今更ここから出ようとする。
焦りと戸惑いでオレは類に話しかけることができない。
そんな中、類がぽつりと何かをつぶやいた。
「だってあの時、応援団のみんなに受け入れてもらえて、それで僕は‥‥」
その言葉を認識した時、自分の中の何かが壊れた。
「なぁ、類。」
オレは類に呼びかける。
「‥‥司くん?」
「なんで今、応援団のことを考えるんだ?
ここはオレのセカイなのに。オレの想いでできたセカイ。オレのもの以外無いセカイ。なのになんで今あいつらのことを考えた?ここにはオレしかいないのに。」
そうなるように、オレが魔法をかけたのに。
「つかさ、くん?」
「ここにいれオレしか見えないだろう?類の演出に応えられるのはオレしかいないだろう? なぁ、類、類。」
オレだけを、見てくれ。