10/26:いたずら上手「……駄犬、何だその衣装は」
廊下で会ったパーシヴァルに声を掛けられたヴェインは、返事より先に、両手を広げて爪を立てた動物のようなポーズをとった。
「へへ、ワーウルフだぜ!かっこいいだろ!」
うきうきとした声色のまま、続けて狼の鳴き真似を始めてしまったので、パーシヴァルは堪らずそれを制する。
改めて、ハロウィン前に仮装をしている理由を問うと、寄港中の町で行われるハロウィンに向けた催し物の宣伝イベントに、ヴェインを含む一部の団員たちが仮装をして手伝うことになったらしい。
「ならば尚更だ。そのだらしない尻尾をどうにかしろ」
「ほぇ?」
パーシヴァルの目線を辿ると、衣装の尻尾がだらんと床に着いていた。歩いている時は気付かなかったが、いつの間にか外れかけていたようだ。
後ろを向け、とジェスチャーで指示を出されたので、ヴェインは素直にパーシヴァルの善意を受け入れた。
「一緒に参加するか?飛び入り大歓迎って町長さんも言ってたぜ」
「断る。他にやることがある」
悩む素振りもなく素っ気なく返すパーシヴァルに対し、ほんの少しだけ不服に思ったのか、ヴェインは勝手に納得したように溢した。
「パーさん、悪戯とか下手そうだもんなぁ」
「……今、礼以外を言える立場か?駄犬」
パーシヴァルの手がぴたりと止まったかと思えば、徐々に何かを締め付けるような、布が限界まで引っ張られる時に聞くようなギチギチという音が迫り来る。
「パーさんやめて!暴力反対!ごめんなさい!!お慈悲を!!」
痛覚がないはずの尻尾が、只事でない状況に見舞われているような気がしたため、ヴェインは恐怖のあまり許しを請う。
そうこうしている内に直してもらった尻尾をぶら下げ、ヴェインはパーシヴァルに改めて礼を言うと、イベント会場へと向かった。
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宣伝イベントが無事に終了し、グランサイファーに戻ってきたヴェインはほくほくと満足げな表情で廊下を歩いていた。
ヴェインの仮装は中でも特に評判で、大人も子供も尻尾を見る度に笑いかけてくれたの様子を思い出しては頬がゆるむ。誰一人、ワーウルフの仮装だと気付いてくれなかったものの、そんなことが気にならないくらい楽しんでもらえたことがヴェインは嬉しかった。
角を曲がろうとしたところで、逆方向から向かって歩いていた団員と鉢合わせになったので、ぶつからないようヴェインは歩みを止める。
「ん?白竜の……」
「ア、アグロヴァルさん!?……様!」
フェードラッヘの隣国であるウェールズの王、そしてパーシヴァルの兄である存在を前にし、ヴェインは姿勢を正した。しかし、咄嗟に出てきたのはパーシヴァルと彼の話をするときの呼び方だった。
ヴェインはすぐさま敬称を言い換えたがすでに遅く、気が付けばアグロヴァルはくっくっと喉を鳴らしていた。
「良い。今の我は同じ騎空団の一団員よ」
いくつか言葉を交わし終えると、二人はそれぞれの方向に向かってその場を後にする。しかし、すれ違う瞬間に何かに気付いたのか、アグロヴァルがヴェインを呼び止めた。
「止まれ」
「は、はい!!」
先程まで喋っていた時の声と雰囲気が変わり、真剣な声色での唐突な命令に、ヴェインに緊張が走る。
ある一点を見つめていたと思えば、突然アグロヴァルは確信を得たような、高らかな笑い声を響かせた。
「我が末弟は悪戯の腕を更に磨いたようだな」
面白がるように呟くと、良い物を見せてもらったと言って改めてその場を去った。
ぽつんと廊下に一人残ったヴェインは、アグロヴァルの発言を基に思考を巡らせると、まさか、と焦ったように尻尾の方へと手を伸ばす。
付け根の辺りに着いている何かを慎重に外し、目の前に持ってくると、カボチャのランタンの飾りがついたオレンジ色のリボンが現れた。
脅かしているのか、もしくは揶揄っているようにも見えるカボチャの飾りの舌に貼られたステッカーにはたった一言、見覚えのある右上がりの文字で”油断大敵”と書かれていた。
「やられたぁ!」
悔しさは一瞬だけ通りすがり、すぐに別な感情へと変化した。
これは降参するしかないとヴェインが呟くと、気持ちのいい笑いが溢れ続けた。