10/30:パンプキンスープ ハロウィン前日にもなると、町はすっかり祭一色の雰囲気に染まり、様々な場所がハロウィンの飾りで埋め尽くされていた。
色とりどりの装飾に対し、誰よりも間抜けな顔を晒しそうな隣の男は、意外にも、ある飾りを見た瞬間顔をしかめていた。もっとも、それは一瞬の出来事で、声をかける間もなくすぐに想像通りの、だらしない表情に変わったため特に言及せずにいた。だが、互いの目的の店へと行くため、途中の道で分かれた後であっても、あの時のヴェインの、らしくない困り顔が頭のどこかに居座り続けた。
用事を済ませて艇内に戻れば、グラン達が何やら頭を悩ませている様子だった。理由を尋ねると、どうやら艇内に置く飾りのことで相談していたらしい。
「カボチャのランタンの量、今年は少し減らそうかって話してたんだ」
曰く、大量に置き過ぎれば、ランタンの見た目が苦手な団員に悪いのではないかという思いやりからの悩みだった。確かに、最近はこの騎空団の団員も増え、幼い年齢の者も多い。広い目線で考え、団長としての役目を果たそうとしている家臣の姿には素直に感心出来た。
「カリアゲの兄ちゃんも苦手なんだもんな」
だが、不意打ちで飛び出して来たビィの発言には納得出来なかった。あれでも一応、奴も立派な大人だ。それどころか誇り高き白竜騎士団の副団長という立場でもある。
「駄犬に気を遣う必要はないだろう」
思うよりも先に言葉として出したことで、グランからは少々冷ややかな目を向けられる。
「……遠くから見ても、それが置いてあると分かる位置に飾るようにすればいい。身構える準備が出来れば多少は気が楽になるはずだ」
いたたまれずに案をひとつだけ置いてその場を去ると、やけに嬉しそうなグランの感謝の言葉に見送られた。あのしかめ面の要因がこんな形で判明するとは思いもしなかったが、何故だかどっと疲れてしまった。
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持ち込んだ書類の整理も全て終え、遅めの夕食を取ろうと厨房へ行くと、誰かが料理をしている気配がした。風に乗って漂う香りは甘いが、菓子類が作られているものとは違っていた。
「パーさんお疲れ」
見覚えのある背中は鍋の中身が焦げないようにゆっくりと杓子で混ぜていた。こちらを振り向くと小さく笑い、まるで俺が来ることがわかっていたような声色が少し癪だった。
「それは……スープか?」
正解、と言うヴェインの横から覗き見ると、鍋の中は黄色で埋め尽くされている。甘い香りはカボチャのものだったらしい。
「小さい頃も、こうやっていろんな料理にして、カボチャのお化けを退治してきたんだぜ」
「何の話だ」
「俺がカボチャのランタンの顔が苦手ってこと、気にかけてくれたんだろ?」
昼間の出来事について、グランが話したのだろう。言わなければ良いことを、わざわざ口に出す男に当てつけるように溜息を落とした。
「気にかけたつもりはない」
「えー?」
焦るどころかにやにやと頬を緩める表情が鼻につき、文句の一つでもぶつけようと思ったが、その直後、今までかき混ぜていたカボチャのスープを小さなカップに入れてこちらに渡してきた。
「味見してくれよ」
出来立てのスープの甘い香りが空腹を刺激する。意図が分からず考えあぐねていると、ヴェインは先ほどよりも柔らかく笑った。
「パーさんの好みの味に寄せたくてさ」
妙に楽しそうなヴェインの態度はいつもの様に腹立たしかったが、混ぜ込まれた誠意は邪険に出来ず、観念してスープをひとくち含んだ。ミルクに溶けて舌触りが良くなったカボチャのとろりとした風味が広がる。奥底に感じるスパイスの香りは正直にいうと好みの強さだった。
「塩を足せ、少しでいい」
ふざけた調子で了承するヴェインを尻目に、黙々とスープを飲み進める。
カボチャ自体が追熟された良い素材なのか、このままでは少し甘過ぎる。それが本当にカボチャの甘さだったのかは、カップが空になった今となっては知る由もなかった。