あかい目のかいぶつサマあかい目のかいぶつサマ
※赤い目のアルハイゼンを一度でいいから書いてみたかったけれど、何だかいつも通り変なものになってしまった。何でもありな人向け。
あ、
振りかざされた拳に気付いたのと同時に左頬がカッと熱くなる。途端、視界も急変。
薄暗い室内でぼんやりと浮かぶ白い天井と、ぎろりと光る赤い、瞳。
またか、
自身の下腹部に響く殴打音を聞きながら、己の仕事が荒事を解決することでよかったと思う。そうでなければ無意識に受け身をとることだってできなかっただろうし、急所を気付かれないように避けるなんて芸当できなかったと思うから。
「考え事とはいいご身分だな、セノ」
眼前の男にはバレていたらしい。赤い目がぎりりと細くなったかと思えば、両手が首元にかかる。感情に任せて絞めあげられてしまえば、ぱくぱくと口を開けることしかできなくなる。止めさせなければならないのはわかっている。自分の右手を上げかけて、止めた。
「どうして君は、いつもそうなんだ」
首にますます力がかかっている。明日はローブを脱げない。
「どうして君は、俺を見ないんだ」
肩を震わせて男が哭く。
「どうして君は俺だけを愛してくれないんだ」
男の神の目が光り出す。
「俺は君をこんなに愛しているのに」
左手を首から離した男は手中に小さな刃を創り出した。
「俺のために生きてくれないなら、俺のために死んでくれ」
男は左手を俺の心臓目掛けて振りかぶった。呼吸はまだ整わない。身を捩ろうにも予想以上に右手の力が強すぎる。
間に合わない。反射的に目を閉じて衝撃に備えたが、一向に刺された感触はない。恐る恐る目を開ける。
「アルハイゼン……?」
彼は自作の刃を自分の右腕に刺していた。首の圧迫感が完全に無くなったことを確認して、顔を覗き込む。
「セノ」
己の名前を呼ぶ男は穏やかな緑色の目をしていた。
「アルハイゼン、手当をしよう」
切り傷が浅いことを確認して、勝手知ったソファの下に常備されている救急箱を取りに行く。アルハイゼンは玄関から動く気配がない。救急箱の中身が減っていないことを確認し、止血剤と包帯を取り出して、彼の腕に巻きつけた。
「セノ」
「本物じゃなかったのが幸いしたな。これくらいの傷なら目立たなくなるよ」
「セノ」
「夕飯もまだだろう?これから作るのも面倒だから、プスパカフェで何か買って……」
「セノ」
アルハイゼンが背後から抱え込まれてしまった。首筋に当たる吐息がくすぐったい。少しだけ変色した腹を撫でるアルハイゼンの頭頂部に手を伸ばして、髪を撫でてやる。
「セノ」
「うん」
「君の手当がまだだ」
「これくらい平気だ」
「俺が平気じゃない」
「うん」
「セノ」
「うん」
「俺は君を傷つけてばかりだ」
「アルハイゼン」
「セノ」
「お前は何も悪くないよ」
「せ、」
「だからお前は何も気にしなくていいよ」
振り向けば、インクの滲んだような瞳が見つめていた。対の瞳を閉じ込めるように頭を抱き込んで、腕の中の恋人が眠るまで、穏やかな心音に耳を傾けた。