5.保須の後と、これから頭の中の未来フィルム.5
ぼうっと目が覚めた。辺りに人はいない。体を動かそうとして捻ると鋭い痛みが脇腹に疾った。
「いっ………………!」
なにが、あったんだっけ。ここは、どこだろう──。私はぼんやりとしながら目だけで視線を彷徨わせた。
「……………………」
§ § §
暫くして、天哉と天哉の母が憂無の見舞いに来た。
「えっと…………」
誰か解らない。そんな様子の憂無に血みどろの手帳を天哉の母は渡した。憂無は我に返り手帳を読み始める。
「天晴、兄さんは………………!?」
天哉は黙りこくったままだ。天哉の母が告げる。
「あのね、天晴は……天晴は。もう……ヒーロー出来なくなっちゃったのよ……」
天哉の母も天哉も目に涙を溜め言った。憂無は自分の太腿辺りに布団の上から拳を叩き付ける。
「くそっ! くそ! くそぉ……!!」
見えていたのに。解っていたのに。
知らず知らずの内に涙が出ていた。ぽろり、ぽろり。頬をつたって。下唇を血が出る程噛み締める。天哉はか細い声で言う。
「見えていたのか……?」
「天哉」
「見えていたのなら、なんで、なんで言わなかったんだ……! 先生やヒーローに……なぜ……僕に、言わなかったんだ…………」
「……天哉」
憂無は天哉から目を背け、ごめんと言う。
「………………」
病室を静寂が支配する。憂無はぎゅっと両拳を握っていた。
「………………すまない。……俺も、混乱していた……」
「天、哉」
天哉の瞳にはもう涙は無い。しかし代わりに──……復讐の焔が燃え盛っていた。天哉達が病室を去る前、憂無は思わず彼の袖を掴む。
「天哉! …………あの……っ」
踏み外すなよ。
人ととして最低のラインは、そういった意味で憂無はそういった。天哉は安心させるような、しかしどこか不安げな顔で。
「……大丈夫さ」
そう言って去って行った。憂無は眉根を下げる。
§ § §
二週間後、憂無は退院した。まだ抜糸が残ってはいるが、とりあえず元気だ。憂無は飯田家に戻ると天哉の姿が見えないので天哉の母に聞いてみる。
「おばさん、天哉は?」
「天哉は職場体験よ!」
「そっか……天哉、どこにしたって言ってたの……?」
「確か…………」
保須市のノーマルヒーロー、マニュアルさんのところだったかしら……。
ドクン、心臓が一際強く鳴り響く。
「保須………………ま、さ、か」
あの敵(ヴィラン)を探すつもり……!?
憂無は最悪の想像をしてしまい、憂無は震える。天哉へ即座に電話を掛ける。電子音が鳴り響く。………………天哉は、出なかった。
「………………天哉」
憂無は携帯を握り締めた。携帯の着信履歴を見てみると、上鳴からの着信が沢山あった。憂無はメッセージアプリを起動し、上鳴に簡単なメッセージを送った。そして憂無は学校へと登校する。
「おはよー」
「おはよ…………って前宮!? 大丈夫だったの!?」
C組のクラスメイトが質問責めをしてくる。憂無はそれらを軽くいなすと、席へと着いた。
「……なあ」
「うん? なに、心操」
心操が言う。
「『ヒーロー殺し』と会ったんだって?」
「…………………………なんでそれを知ってるの」
ワントーン低い声で心操に問うと彼は言う。
「別に。ただニュースの情報と照らし合わせたらわかる事さ」
「…………そっか」
憂無は手元の手帳に目をやり、深く溜息を吐く。心操は聞く。
「………………大丈夫か?」
「…………大丈夫。それより………………」
心配なのは天哉だ。
そう言いたかった言葉を飲み込んだ。憂無は窓の外を見る。鳥が飛び、羽根が舞い落ちていた。
A組に行こうとして足を止める。
「あ、そういや一週間職場体験なんだった……」
しくったな。
憂無はそう思うと踵を返す。──と、声を掛けられる。
「前宮」
ガサついた低音にくるりと振り返ると、黒ずくめにロープのような物をぐるぐる巻きにしたどことなく小汚い男性がいた。憂無は不思議そうに首を傾げる。
「はい?」
「おまえ、飯田んとこの前宮だろう。……飯田の様子はどうだった」
「えっと……その前に、貴方は……?」
男性はああ、と言う。
「A組担任の相澤消太だ」
なるほど、と憂無は頷き手帳にメモをする。憂無は言う。
「天哉……天哉は、正直心配です。今は不安定だろうし……多分、ヒーロー殺しの事で頭がいっぱいになってる、ので……」
「……そうか。…………おまえも難儀な『個性』だがヒーロー科に来るならそれ相応の覚悟はしておけよ」
「っ……はい!!」
憂無は力強く返事をした。
§ § §
午前の授業が終わり、憂無は昼食を摂りに大食堂へと向かう。その途中、上鳴から連絡があった。
『前宮! よかった〜! 飯田に聞いても「大丈夫だ」しか言わなくてよ……。心配したぜー? も〜』
『ごめん、携帯見てなかった』
そう返信すると憂無は携帯をしまった。今回は日替わり定食Aを選ぶ。定食を乗せたトレーを持ちつつ席を探していると声を掛けられる。
「ここ、空いてるけど」
「心操!」
ありがとう、そういいつつ憂無は心操の向かいの席へと座った。心操はカレーを食べていた。憂無は定食をゆっくりと食べる。もぐもぐと咀嚼していると、心操が再び憂無に声を掛ける。
「なあ」
「?」
憂無は不思議そうな表情で心操を見る。
「敵(ヴィラン)……ヒーロー殺しってどんな奴だった」
心操は心底申し訳ない表情で聞いた。憂無はああ、と食べながら言う。
「ごめん、記録してないから覚えて無いんだわ」
「…………そうか。悪い」
「なんで謝るのさ」
「いや………………」
心操はやはり申し訳無さそうな表情をした。
「ま、気にしないで」
食べ終わった憂無はそう言ってひらりと手を振ってトレーを返却口へと戻しに行った。
憂無は手帳で以前、雛を戻した木の下へと向かう。鳥の鳴き声がチチチ、と聞こえた。憂無はハンカチを地面に敷くとそこに座る。そして彼女は持っていたスケッチブックを開き鉛筆で親鳥と雛達を観察しながら描き始めた。授業の開始ベルが鳴る頃には描き終わっている。スケッチブックを閉じると憂無は満足げに立ち上がり、ハンカチをはたいた。砂に塗れていたハンカチは元の綺麗さを取り戻す。そしてC組の教室へと戻った。
§ § §
ヒーロー職場体験。飯田天哉はノーマルヒーロー、マニュアルのところへと来ていた。内心、思う。
僕はあいつが、許せない。
§ § §
三日後。憂無は家族から天哉が、職場体験中にヒーロー殺し、ステインに襲われエンデヴァーに助けられた、そう連絡を受けた。天哉の事は天哉の父母が迎えに行った。戻って来た天哉の包帯を見て憂無は叫ぶ。
「天哉!?」
大丈夫なの!?
「ああ、心配を掛けて……すまない。俺は大丈夫だよ」
「本当に…………?」
心配げな表情をする憂無に天哉は言う。
「ああ、大丈夫さ!」
天哉の笑顔は曇り一つないものだった。
§ § §
爆豪の髪型はピッチリ八:二に整えられている。それを見、大爆笑した挙句イラストを描いた憂無は掴み掛かられるが──切島に庇われた。ドクドクドクと心臓が早鐘を打つ。
§ § §
天哉と共に雄英へと向かう。憂無は『予知夢』で見た爆豪を見たいと思いそのまま天哉に着いていく。
「? C組に行かないのか?」
「いーからいーから」
憂無はそう言って教室へと着く。人はいない。当たり前に人はいない。
「…………やっぱり一回C組(教室)に戻るよ」
「そうか!」
そう言って天哉と別れた憂無はC組に通学鞄を置く。暫くすると、A組へと向かった。
「やっほー!!」
A組メンツに元気良く声を掛ける。A組の皆とは何回か会ったり話したりしているので、もう知り合いである。ちなみに、A組と間違えてB組に突撃した事もあるのだ。
「あー前宮だ!」
と芦戸。
「前宮ちゃんこんにちは〜」
と麗日。
「はよ! 前宮!」
と上鳴。
それらに対して憂無は元気良く返答する。
「おはよう!!」
ニッコリ笑顔だ。
「よ、よお! おはよう前宮……!」
切島に言われ、憂無はピシリと動きが止まった。ギギギ、と油を差していない機械のような動きで切島に返答する。
「お、おは、おはよう…………き、き、き、切島……」
面映い雰囲気の二人の空間をぶち壊すように爆音の声が聞こえた。
「どけ!! ザル耳!! 切島ぁ!!」
憂無は凄い勢いで爆豪を見る。……そして。
「ぶっ……ぶぁっはははははははー!!」
大爆笑した。憂無に掴み掛かろうとする爆豪に彼女は早い段階で避けた。切島も遅れて爆豪を見る。そして瀬呂も。
アッハッハッハ! マジか!! マジか爆豪!!
二人揃って笑い転げる切島と瀬呂。それに対して爆豪は。
「笑うな! クセついちまって洗っても直んねえんだ……おい笑うなブッ殺すぞ」
「やってみろよ八:二坊や!!」
アッハハハハハハ!!
その間憂無はサラサラとピッチリ八:二に分けられた髪型の爆豪を描いていた。
「ぷっ……くくくくくくく……」
それも、笑いながら。爆豪は切島と瀬呂の襟ぐりを掴み上げ、ぎろりと憂無を睥睨する。
「爆破したろかザル耳ぃ……!!」
もう爆豪の髪型は元の爆発頭に戻っていた。憂無は大仰に溜息を吐くと、爆豪に向かってご挨拶をする。
「さよーなら、八:二坊やクン!」
「前宮ァァ!!」
切島と瀬呂から手を離しボンボンと掌から小さい爆発を起こす爆豪に背を向け、憂無はC組へと戻って行った。
§ § §
憂無は担任にヒーロー科への編入希望を届け出していた。辞退したとはいえ、ガチバトルトーナメントベスト16である。一応、実力はある。そして、彼女に見初められた。
「イイ! イイわ! 貴女……青春を感じる!! 青春の青臭さを!!」
そう──ミッドナイト、である。職員室で担任に熱烈なアプローチをしていたところが見られたのだ。ミッドナイトは言う。
「これから貴女のコーチをする事になるけれど……覚悟はいいわね? ビ・シ・バ・シ、扱いていくわよ?」
「……望むところです」
ふんす、と憂無は意気込む。ヒーロー科職場体験。それが終わってからすぐ憂無がミッドナイトに師事をするのであった。ミッドナイトとの訓練はキツい。彼女が自他共に認めるドSでもあるからだ。だが、それだけではない。彼女が憂無を認めているからでもある。故に──憂無は頑張れる。ミッドナイトとの訓練において近接戦、それから中遠距離に対応する為憂無専用のサポートアイテムを発注する事となった。何しろ現場ではいちいちメモ等していられない。サポートアイテムが来るまでの一週間、筋トレ等の基礎トレーニングを中心にやっていく事となった。
今日も今日とてこそこそと切島を隠れてスケッチする憂無。A組でチラ……チラ……と切島を見ていると時折目が合う。そして憂無は慌てて目を背けた。隠れてスケッチしている時、麗日に声を掛けられた時は憂無の口から心臓が出そうであったのだ。その時はスケッチを中断して、麗日の方をぐりんと向いた。
「な、何かな?! 麗日!!」
「いや、何描いとるんかなと思って……」
何描いとるん?
憂無は慌てて取り繕う。
「イヤベツニナニモカイテナイヨ」
「えぇ……?」
前宮ちゃん怪しい! と麗日。憂無は慌てに慌ててスケッチブックを落としてしまう。
「あっっっ」
「あ」
開かれたページは何の当たり障りも無い、親鳥と雛のイラストだった。麗日は言う。
「何で慌てとったん……??」
慌てるような絵には見えんけど。
「いや、その、絵見られるのが恥ずかしかっただけだよ……ウン……」
憂無は視線をウロウロと彷徨わせ、言った。そっか! と麗日は納得してくれたので憂無の心に極小の罪悪感が残るが。
§ § §
スケッチブックが落ちた時、俺はあいつの描いてる絵が見えた。あの、落ちた雛であろう小鳥と親鳥の絵で。前宮はあの後も気にしてんだな、と思った。ただ、ただそれだけで。胸は熱くなる。いいやつだな、前宮。
§ § §
一週間後。サポートアイテムの録画&再生機能のあるゴーグルと、折り畳み式特殊合金長警棒が届いた。ミッドナイトは言う。
「使い方は聞いてるわね?」
はい! と憂無は頷く。
「それじゃあ……行くわよ!」
ミッドナイトが纏う極薄タイツを破き、『個性』の『眠り香』を発動する。憂無は折り畳み式特殊合金長警棒の持ち手のゴムを足に引っ掛け思い切り地を蹴り上げた。そうすると折り畳み式特殊合金長警棒は折り畳まれていた5cmから本来の長さの2mにまで展開する。強い衝撃を与える事で折り畳み式特殊合金長警棒は使えるようになるのだ。それのお陰で大跳躍を果たし、ミッドナイトから距離を取った憂無。しかしミッドナイトは──……。
「距離を取るだけじゃ敵(ヴィラン)は倒せないわよ?」
そう言って鞭をしならせる。憂無は口と鼻から息を吸わずにミッドナイトの前に姿を現した。ミッドナイトは憂無を鞭で捉える。しかし憂無の左腕だけは拘束されておらず、持ち手のゴムを思い切り引っ張る形で持ち、ミッドナイト目掛けて折り畳み式特殊合金長警棒を発射した! だが。ミッドナイトは至近距離で発射されたそれを避け、憂無を縛る鞭をぎちりぎちりと締め上げる。
「いっ……ででででで!!」
「ふふ……惜しかったわね」
ミッドナイトは微笑むとトドメと言わんばかりに鞭を締め上げる。──そして、解放した。
「サポートアイテム初日にしては良かったじゃない、上手く使えていたわ」
「はい、ありがとうございます。ゴーグルも便利で……サポート科の人たちには頭が上がりません」
「ふふ、そうね。後は……練度かしら?」
頑張りましょうね。
ミッドナイトのその言葉で憂無は大きい声で言う。
「はいっっっ!!」