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    ばじとらワンライ作品です
    血ハロの話を時系列順に並べてみました!
    話が全て通じてるわけではないです💦

    #ばじとら
    punIntendedForAHatchet

    血塗れの運命も貴方となら2003年9月15日

     九月になっても衰えを知らない日差しが、オレを責めているようで落ち着かない。
     眩しい。暑い。眩しい。
     ギラギラと輝く太陽は善人も、罪人も等しく照らす。その平等さは優しさなんかじゃない。それは太陽の残酷さの表れだ。
     照りつける太陽に熱を持った髪も、頬を滑り落ちる汗も、総てが不快だ。
     あれから一ヶ月経って、世界はいつも通り回っている。

     一虎はいないのに。
     

     沸き上がる感情は、オレが抱くべきではない感情だ。そうわかっていても込み上げるこの感情を誰にぶつけることもできず、不愉快な日差しの中を一人で歩くことしかできない。
     「なんでだよっ…!」
     次々と襲ってくる苛立ちに、思わず知らない家の塀を殴った。ざらついた表面が皮膚を裂こうと、衝撃で拳が痛もうと気にならない。
     「なんで、なんでっ、なんで…」
     抑えることのできない感情に突き動かされて走り出す。誰もいないところに行きたい。アイツらが、いないところに行きたい。
     肺の痛みも灰色の視界も気にせずに我武者羅に走ってたどり着いたのは、いつの日か一虎と出会ったゲーセンだった。
     「っはあ、はあっ、くそっ…」
     ゲーセンが入ったビルの裏に座り込む。ビルの陰になっているココでは、日差しが幾らかやわらげられている。息を整えようと目を瞑れば、瞼の裏にアイツらの笑顔がちらついた。
     オレが思っていいことじゃないのに、オレにそんな資格なんてないのに、それでもアイツらの笑顔に苛立って仕方がない。

     なんで『いつも通り』でいられンだよ。
     なんでオレは許された?世間に。仲間に。マイキーに。おかしい、おかしい、おかしいだろ。
     マイキーの幼なじみだから?友達だから?一虎が主犯だから?なんだよ、それ。一虎だって仲間で、友達だろ?オレだって共犯だろ?
     汗とは違う冷たい水がオレの手を濡らした。
     「雨…」
     上を見上げれば、あんなに明るかった空が灰色に変わっていた。次第に威力をあげる雨が容赦なくオレの服を濡らす。
     雨の音が世界からオレを切り離した。それでもオレの思考は加速していくばかりだ。
     「主犯と共犯ってなんだよっ…」
     なんでオレを許すんだよ。なんでオレを一虎と同じにしてくれねえの?なんで同じ罪を背負わせてくれねえの?
     地獄まで一緒だって言ったのに、なんで今オレらは一緒にいられねえンだよ。
     夏とは思えない冷たい雨がオレの体を冷やすのに、目元だけがやけに熱い。
     「…くそっ、くそっ!」
     目元を強引に拭って、そのまま隣の室外機を殴った。硬い衝撃音が雨の音を切り裂く。
     「ふざけんなよっ…」
     なんでオレだけ許されるンだよ。
     なんでアイツらは同じ笑顔ができるンだよ。一虎がいねえンだぞ。忘れちまったのかよ。忘れてえのかよ。
     目から零れ落ちた熱い液体と冷たい雨水が混ざりあった生温いものが頬を伝って落ちた。雨が緩やかに威力を落としていく。
     アイツらの笑顔を見る度に、一虎の笑顔を思い出して胸が悲鳴をあげる。
     黄金色の大きな瞳が細められても、それ以上に輝きを放つ笑顔を、誰が覚えている?
     「オレと一虎の何が違うンだよ…」
     濡れた髪をぐしゃぐしゃに搔き乱した。
     「なんで、オレだけ…」
     一虎のいない東卍が辛くて嫌でたまらない。
     雨が止んでもまだ、髪から滴る液体がオレの顔を濡らす。
     雨音が消えてもたらされた静けさが、オレと世界を再び繋げる。一滴ずつ落ちていく雫の音に、思考が落ち着いていく。
     わかってる。この怒りは悔しさと自分への怒りだと。アイツらの笑顔はアイツらの優しさだと。その優しさが今のオレにとって残酷でも、アイツらが好きだから、六人で創った東卍が好きだから、東卍から離れることはできない。
     たとえ全世界から呆れられても、アイツらから見捨てられても、許されなくても、一虎といたいと思うのに。

     早く会いたい。触れたい。笑顔が見たい。
     どうすれば壁に隔てられたアイツと離れないでいられるんだろう。声も表情も伝わらないのに。
     「字…」
     そうだ。字なら、手紙なら、声も表情もなくても、一虎と繋がっていられるかもしれない。
     「便箋買わなきゃな」
     水を含んで重くなった服のまま、今度は明るくなった空の下を手紙を書くために走った。


    2005年10月20日

     あの夏は永遠だと思っていた。

     「う…、ぐ、うぁ」
     身を包む熱気と照りつける日差し。
     少年の無邪気な笑顔と空にまで轟くような笑い声。
     「…やめろ、くる…、な」
     鉄とオイルと血の臭いが薄暗い空間で混ざって鼻を刺激する。
     すべてが煩わしく苛立たしい。壊したい。でもそこに在るのに触れられない。思い出したくもない記憶が、なんで、なんで、
     「一虎ァ」
     額に感じた冷たい感触に急速に感覚が引き戻される。誰かの手だろうか。
     「大丈夫か?」
     ぼやけた視界に見馴れたシルエットが浮かぶ。
     「場地…?」
     視界の端にちらつく色々がここは芭流覇羅のアジトだと口々に告げてくる。ふと頬が濡れているのに気がついた。無機質で冷たい空気とは裏腹に、オレの体はじっとりと汗をかいていた。徐に体を起こす。夢…か。
     「別に。なんもねえよ」
     「ホントか?魘されてたぞ?」
     「大丈夫だって」
     場地はまだ何か呟いているがもう無視する。
     あの夏は、あの友情は、永遠じゃなかった。壊れちまったから。マイキーのせいで。壊れたってことは最初から永遠のモノなんかじゃなかったってことだ。だって、今オレの隣に居るのは場地だけなんだから。
     隣の場地に目を向ける。場地は何を思ったのか自分のトップクの袖でオレの汗を拭ってきた。最後にくしゃりと湿った頭を撫でるのを忘れずに。
     「オレはずっと一緒にいるからさ」
     ずっと、ずっと、ずっと…か。
     ずっととか永遠とか、それほど信用ならないものはないのに。永遠だと思ったあの夏ももう過ぎ去った過去で、今のオレは永遠なんてモノは嘘だと知ったのに。
     それでも場地との関係は永遠だと信じたい。
     「場地」
     気遣わしげにオレを見る場地の口内に自分の舌を忍ばせる。
     「ん…」
     場地の低くて甘ったるい声が漏れる。この声を聞けるのは自分だけだという特権さえも、永遠を信じる理由にはなり得ないのに。 
     信じたいのに信じられない。
     オレは永遠なんて言葉は使えない。

     「場地、好きだぜ」
     





     あの夏は永遠だと思っていた。

     「う…、ぐ、うぁ」
     身を包む冷気と仄かに顔を照らすネオン。
     苦しみに歪んだ表情と静かなアジトに響く呻き声。
     「…やめろ、くる…、な」
     オレの膝の上で眠る一虎の口から漏れる苦し気な声が耳から脳を貫く。
     愛しくて大切で、他の誰の意志でもなく、自分の意志で隣に居たいと願った唯一のヤツ。でもこんなに近くに居るのに、なぜか遠い。
     「一虎ァ」
     それでもとにかく一虎を苦しみから解放してやりたくて、額をそっと撫でた。
     「大丈夫か?」
     一虎がぼんやりと蜂蜜色の目を開けた。
     「場地…?」
     視界を占領する一虎は疲れた顔をしている。額には汗が滲んでいるのに、その体は冷たい。そして頬には涙が伝っている。傷ついたような表情がスッといつもの表情に戻った。一虎がゆっくりと体を起こす。
     「別に。なんもねえよ」
     「ホントか?魘されてたぞ?」
     「大丈夫だって」
     嘘だ。じゃあなんで、お前は泣いてることに気づいてないんだよ。苦しんでることに、なんで気づいてないんだよ。
     一虎がオレを見た。涙は止まっていない。自分のトップクの袖を軽く引っ張って一虎の頬を優しく拭う。どうにか泣き止んで欲しくて汗で湿った一虎の髪をくしゃりと撫でた。
     「オレはずっと一緒にいるからさ」
     ーだから泣くな、とは言えなかった。
     オレは絶対永遠にお前と一緒にいる。これは決意だ。でも苦しんでるお前は嫌だ。だから、あの夏を取り戻してみせる。
     あの夏は、あの友情は、永遠だと信じてる。確かに一度壊れちまった。オレはそれを止められなかった。でも一度壊れても、いや何度壊れても修復できる、それが永遠ってモンだろ。
     「場地」
     一虎の舌がオレの口に侵入してきた。
     「ん…」
     再会した時から、一虎との間に距離を感じてる。二年前にはなかった筈の距離を。わかってた。一虎は一度壊れちまったらもう信じられないヤツだと。
     だからこそ、オレはお前から絶対に離れない。
     絶対、オレのこと信じさせる。

     「場地、好きだぜ」

     オレもに決まってンだろ?
     
    2005年10月21日

     身を包むこの白いMA-1がどうにも気に入らない。東卍の黒い特攻服と対を成すようなこの白が、視界に入る度にオレを苛立たせる。何より許せないのは、一虎がこの白いMA-1を喜んで着ていること。一虎が東卍を嫌っていることはわかってる。それでも、どこの誰かもわからないようなヤツが用意した特攻服なんて着て欲しくなかった。しかもオレの知らないところで、なんて最悪だ。

     「一虎ァ」
     「…何?場地」
     ニッと笑って一虎を見る。
     「デートしようぜ」
     「…は?」
     一虎の心底意味がわからないという声が静かな夜に響いた。

     「ここに居たってすることねえだろ?ならどっか行こうぜ」
     努めて明るい声で話しかける。気を抜くと一虎が着ている白いMA-1への不満が声に滲みそうだ。
     目の前に座る一虎は怪訝そうな顔でオレを見ている。一瞬考えるような仕草を見せた後、一虎が徐に口を開いた。
     「行く」
     一虎からの賛同に喜ぶのもそこそこに、それだけ言って扉の方へ歩いて行く一虎の腕を掴んだ。
     「なんだよ」
     一虎が軽くオレを睨む。そんなの怖くねえっつの。
     「お前、デート特攻服で行くの?」
     「へ?」
     呆気にとられている一虎の白いMA-1を急いで脱がせて、自分のものも脱ぐ。
     「じゃ、行くか」
     ワケがわからないという目でオレを見てくる一虎の手を握って、今度こそ扉に向かって歩いた。

     「さっみいわ!」
     一虎の大声がオレの耳を貫く。なんだよ、元気じゃん。
     「お前バカじゃねえの!?なんで十月に半袖で外歩くんだよ!さみいわ!」
     一虎が歩きながら繋いだ手をブンブン動かしてオレに不満を訴える。だがこの手を離さないということは歩くのが嫌ってワケじゃないんだろう。
     「おい!場地聞いてンのかよ!なんっ…ちょ、え?」
     繋いだ手をグイッとオレの方に引いて、喚く一虎を抱き寄せる。
     「これで寒くねえか?」
     冗談のつもりで聞いたのに、頬に触れた一虎の頬が氷のように冷たいことに気づいて、胸が痛んだ。あの特攻服を脱がせたくて強引に一虎を連れ出したことを今さらながら後悔する。
     「ワルい。半間が用意した特攻服、お前に着てて欲しくなくて脱がせちまった。寒くさせて…ごめん」
     「え…」
     少しでも一虎の体を温めたくて思わず細い体を抱き締めた。
     「ちょ、場地、離せって」
     「やだ」
     離すかよ。オレのせいでこんなに体冷やしちまったのに。頬はだんだん熱を帯びてきている気がするが、まだ足りない。もっと温めてやりたい。
     「こ、これじゃ歩けねーだろ?デートすんじゃねーのかよ!」
     そう言われて渋々腕の力を弱めると、間髪入れずに一虎がオレの手を掴んで歩きだした。
     どんどん前を歩く一虎の表情は見えない。だが赤く染まった耳を見て、体が温まったんだろう、と少し安心した。
     「一虎、どこ行くんだよ」
     「デートの定番に決まってンだろ」
     一虎が振り返らずに答える。オレの手を握る一虎の手がじんわり温かくなってきた。
     デートの定番なんて知らねえよ、と言ってやりたくなったが、男子特有の敗北感を味わいたくなくてやめる。
     夜の街を手を繋いで二人で歩く。しばらく無言で歩いた後、一虎が立ち止まった。
     「…ラブホ?」
     思わず呟くと、一虎がオレの耳に唇を寄せた。
     「仕返し」
     「え?」
     一虎に引きずられるようにしてなけなしの金で一番安い部屋に入った。部屋に入った瞬間、一虎に床に押し倒される。
     「おい、一虎っ、何すんだよ」
     一虎が馬乗りになってオレを見下ろす。
     「最後まで脱がせてよ」
     「え」
     「あっためて」
     今になってこれからすることを理解して、顔に急速に熱が集まる。
     顔を真っ赤にしたオレを見て、一虎が満足そうに笑った。

    2005年10月22日

     「ばじ…早く、しろよ」
     緊張してか、痛みを恐れてか、一虎はきゅっと目を瞑っている。
     キンキンに冷えた耳朶に触れると、小さく肩が跳ねた。鈍い光を放つ安全ピンを耳に当てる。一虎の細い指がオレのTシャツにくい込んだ。
     「…いくぞ」
     「ん…」
     今から一虎の耳に安全ピンを刺すという緊張感と、今から一虎の体に穴を開けるという高揚感。
     それらが快感となって身体中を駆け巡る。



     愉快そうな笑みを張りつけて、一虎が男に何かを頼んでいる。一虎の身長をゆうに超す長身と手の甲の特徴的なタトゥー。その手は安全ピンを掴んでいる。
     塞がった一虎の耳の穴に、男ー半間が安全ピンを突き刺した。その瞬間、笑みが剥がれて一虎がきゅっと目を瞑った。それを見て半間が大袈裟に笑う。
     二人の行為に眩暈がした。身体の内から沸き上がる不満と苛立ちが喉を焼く。今にも叫び出して殴りかかりたい。
     「はんっ…ーー」

     「ばはっ♡場地ィ、寝てンのかァー?」
     「うおッ!半間…クン」
     愉しげな半間の顔が目の前に迫ってきて、思わず仰け反る。正直、別に近くで見たい顔ではない。
     唐突に引き戻された現実世界についていけず、言葉に詰まる。周囲を確認するが、どうやらここにはオレと半間しかいないらしい。
     「夢でも見たかぁ?」
     半間がニヤニヤと笑ってくる。
     出所した一虎と再会してから、何度も見ている夢ーいや、白昼夢のようなものか。何をしていても頭をよぎるあの映像。
     再会した後、いつの間にか一虎はまたあの鈴のピアスを着けていた。オレの知らない間に。穴は塞がっていたはずなのに。
     「一虎にピアスの穴開けてやったの、半間クンすか?」
     「あ?」
     不機嫌そうな声を出した後、半間はオレを見て楽しそうに目を細めた。
     「ひゃは♡前はお前が開けてやったのかぁ?場地ィ」
     気味の悪い笑い方が耳に残って不愉快だ。人のことを暇潰しの玩具としか思ってないようなコイツがどうにも好きになれない。今も、どうせコイツは、オレを新しい玩具としか思っていないんだろう。
     「そっスけど」
     不機嫌を隠さずに答えると、半間は笑みを深めてオレに近づいてきた。心底愉しそうなその表情が大嫌いだ。
     「アイツ、お前の時も目ェ瞑ってた?」
     耳元で囁かれたその言葉に、夢の中で体験した不快感が再来する。
     「ばはっ♡」
     半間の笑い声が聞こえる。ふざけんな糞が。オレは、オレらはテメーの玩具じゃねえんだよ。
     「…一虎は?」
     「煙草買いに行かせたんだよ。そろそろ戻ってくンじゃねえか?ーーほら」
     半間の後ろから軽やかな足音とともに一虎の声が聞こえてきた。
     「半間クン人使い荒いっスよ。煙草全然見当たんねーし、どこで買ってンすか?」
     「うるせーなァ」
     二人の砕けた会話に不快感はどんどん高まってくる。これ以上聞いていたら頭がおかしくなりそうで、煙草を半間に渡そうとする一虎の手首を掴んで半間と一虎の間に入った。
     「場地?どうしたんだよ」
     怪訝そうにオレの顔を覗き込む一虎の、もう片方の手首も掴んで一虎の顔の高さに固定する。必然的にオレと一虎の距離が近づいた。
     一虎を空中に磔にして、一虎の咥内に舌をねじ込む。一虎がきゅっと目を瞑った。
     「んっ…ふ、」
     くちゅ。
     逃げ腰な一虎の舌を捕らえて自分の舌を絡ませる。
     「んんっ…ぅ…ぁん」
     何秒経っただろうか。一虎の手首はピクピクと波打っている。
     「ふ、んぅっ…」
     だんだんと一虎を支える手に力が必要になってきた。そろそろ限界か、と一虎の口を解放する。
     「っ、はぁっ…ばじっ」
     涙目で肩で息をする一虎を抱き寄せて、一虎の代わりに一虎の手から取った煙草を半間に渡す。
     「コイツ、オレのなんで」
     そう言って一虎を抱き抱えて一虎が入って来た方向に向かった。
     自分が穴を開けたときの快感と、半間が穴を開けたことへの不快感。結局そのどちらも独占欲だ。くだらないとわかっていても、オレのモンだと示さずには居られない。
     「ハッだりぃ♡お前ら」
     後ろから聞こえた半間の笑い声は無視した。
     
     
     

    2005年10月23日

     日差しが遮断されたこの場所で、考えるのはいつかの潮の匂いとアイツらの笑顔。


     身勝手な自由が跋扈するこの場所は、いつしか暗闇に包まれて人の気配がなくなっていた。
     半間クンは早々に消えた。
     構成員たちは全ていなくなった。
     それでも一虎は、主のいなくなった煙草の匂いに包まれたまま、破れたソファで丸まっている。
     …猫みてぇ。
     気ままで、自由で。でも臆病。いつも敏感に警戒してて、自分から離れていくクセに、気づいたら隣に来てて。何考えてンのかわかりにくくて。

     「一虎ァ、今日もここに居ンのか?」
     「またそれかよ…」 
     苛立ったような気だるげな声がソファから返ってきた。
     一虎は家に帰ってない。それどころかろくに寝ねえし飯も食わねえ。毎晩毎晩この場所で夜を明かす、人間らしさを失ったような生き方をするコイツが、嫌で嫌で仕方がない。せめてオレの家に連れていきたいが、その提案は早々に拒否されていた。

     どこかの誰かの煙草の匂いが染み付いたソファ。
     画面がチカチカと点滅する壊れかけのゲーム台。
     微小な光たちが明滅するだけの薄暗い空間。
     埃にまみれた荒んだ空気。
     凡てが重苦しく纏わりつくような妙な熱気。
     何もかもが気に食わないこの場所から、とにかく一虎を連れ出したい。

     「なァ、一虎ァ」
     「うるせーな。帰りてえなら帰れよ」
     いよいよ本格的に一虎が怒りを顕にしてきた。何度も同じことを言われるのを、コイツは人一倍嫌うから。
     「ちげーよ。散歩、しようぜ」
     「…は?」
     意味がわからないという声が薄暗闇に響く。
     めんどくさいとうるさいほどに表情で語ってくる一虎の手を引いて、ソファから立たせる。
     帰れ、なんて言わない。だってオレは、ずっとコイツの隣に居たいだけだから。でもその場所はここなんかじゃねえ。
     「行くぞ!」
     冷えた一虎の手を握りしめて、日差しが遮断された空間から月明かりの下に駆け出した。
     「っ、おい!どこ行くんだよ!おい、場地!」
     一虎が走りながら叫んだ。苛立った声。きっと後ろを振り向けば、オレと同じくらいの身長の小さな男は、オレを睨んでいるんだろう。
     「いーじゃん!どこでも!」
     「は?!」
     一虎に負けないくらいのデカイ声で叫んだら、さらにデカイ声で返された。
     走りながら叫び合うとか、夜にすることじゃねえな、なんてマトモなことを考えて笑っちまう。
     「芭流覇羅来てから全然二人きりになれなかったしさ!」

     ーー常識も正しさも捨ててきたクセにって。

     「それにさ!」
     立ち止まって後ろを振り向く。もちろん手は繋いだまま。予想通り一虎はオレを睨んでいる。
     「二人で手繋いで走るとか、映画みてーで楽しーだろ?」

     効果音がつきそうなほど大袈裟にニカッと笑う。コイツを笑顔にする方法なんて、オレにはそれくらいしか思いつかないから。険しい顔をしていた一虎の顔がくしゃっと崩れた。言うならばワケがわからないという顔。
     「いや、ワケわかんねえし。オマエの映画のイメージどうなってんだよ…」
     笑顔なんかじゃない。でもさっきまでの顔よりよっぽどいい。
     「知らね。いーから行こうぜ」
     「マジかよ…」
     いかにも嫌そうな声。だか一虎の目には確かに楽しそうに光が差した。
     気持ちと言動が一致しない、めんどくさいヤツ。それでも、いや、だからこそ好きで大切で仕方がない。そんなところまで猫みてえなヤツ。

     「ん」
     一虎が手を差し出してくる。繋げ、ってことだろう。ホント、素直じゃない。
     でもわかりにくい一虎のことをわかることができるのはオレだけだって自負がある。だって、常識も正しさも捨てられるくらい、コイツのことが好きだから。
     「ん」
     答えるようにそう言って、一虎の手を握る。

     どこを走っているのかわからなくなるまで、人気のない場所を二人で走った。手を繋いだまま。くだらないことを話しながら。

     当然、これは映画じゃないから思い通りの未来は来ないし、行き先は決まっていない。
     でも、これは映画じゃないからエンドロールも来ない。行き先だって決まってなくてもいい。たとえそれがいつだろうと、そこが地獄だろうと、一虎が居れば何もかもが正解だから。

     ただ願わくば、その時一虎には笑っていて欲しい。
     常識も正しさも捨ててきたオレの、身勝手な願いが叶うことを、月明かりに願った。


    2005年10月26日

     十月の海は肌寒い。
     湿った風が頬を撫で、服と肌の隙間をすり抜ける。
     風に靡く髪が視界を遮って、目の前の一虎を隠す。
     海に行きたいとせがんできた一虎を連れて海に来たものの、早々に帰りたくなってきた。
     「場地、お前は海入んねーの?」
     「は?」
     嘘だろ、アイツ、海に入ってンのか?
     オレを邪魔する髪を強引に払って一虎を探す。目の前に居たはずの一虎は、随分オレから離れて、腰まで海に浸けている。
     「っ!一虎!こっち戻れ!」
     ああ、嫌だ。
     月だけを映す暗い水面。月明かりを鈍く反射する真っ白な肌。踊り狂う黒い髪。煌めく金色の瞳。見惚れるほど美しいそれらが、今は嫌だ。美しければ美しいほど消えてしまいそうで、オレのもとに永遠に戻ってきてくれない気がして、胸が張り裂けそうになる。
     「一虎…!」
     「なに焦ってんだよ。じゃあ場地は入んなきゃ良いだろ」
     そう言って一虎はどんどん海に入っていく。
     「一虎!待てよッ!」
     普段だったら絶対にこんな季節に海なんて入らない。寒いし冷たいし、海に入るなんて正気じゃない。相手が一虎じゃなければ。
     理屈じゃないんだ。だから、ただひたすら衝動に駆られて走り出す。
     靴が濡れる。ズボンが水を吸う。一歩踏み出す毎に足が重くなる。水はなんとかオレを一虎に近づけまいと、オレの邪魔をする。
     水飛沫が顔を濡らす。手が水に当たる。
     クソ、冷てえな。
     一虎が驚いたような、笑っているような顔でオレを見ている。何もかもがスローモーションで、水飛沫を上げているはずなのに音が聞こえない。全ての感覚が一虎だけに向けられている。
     あと少し、あと一歩、あと一瞬。
     「一虎!」
     だらりとぶら下がった一虎の腕を掴む。抱き締めることはしなかった。抱き締めたらその細い身体が折れてしまいそうだったから。でも、この手はもう離さねえ。
     「場地、大好き。ホント」
     甘い蕩けるような声で一虎がそう言った。
     やめろよ。そんなこと言うなよ。お前が死んじゃうんじゃないかって、オレを置いてっちまうんじゃないかって、不安になるだろ。
     「お前、何したいんだよ。わざわざこんな季節に海なんて」
     一虎が楽しそうに笑う。
     「                       」
     どんな言葉でも形容できないほど綺麗な笑顔で。
     「なんてな、冗談」
     一虎が緩くオレの首に腕を巻き付けた。


    2005年10月29日

     あの日の炎が、永遠に忘れられない。
     夜の暗闇の中でただ燃え盛る炎が。無機質じゃない、感情の詰まったあの空間が。
     何かはわからない。でもあの日、確実にオレの何かが変わった。


     東卍との抗争まで夜はあと二回。この場所に健全な暇潰しの道具なんて殆どない。しかも壊れかけのゲーム機にはとっくのとうに飽きている。それでもここに居るのは、ここ以外にオレの居る場所なんてないから。でも、今はここに場地が居るからかもしれない。
     場地はいつだってオレを救い出してくれるから。あの日も、昨日も一昨日も。だからきっと今日も、これからも。
     
     「なァ一虎、抗争が終わったらさ、どっか行こうぜ」

     ほら。

    §§§
     「ゴゲンって知ってっか?」
     場地が得意気な笑みを浮かべながらそう言った。
     ゴゲン、ゴゲン?あ、語源か。いや知らねえワケねえだろ。オマエじゃねえんだぞ。
     「知ってるに決まってンじゃん」
     「知ってンのかよ…」
     場地が唇を前に突き出していかにもつまんねーという顔をした。表情がコロコロ変わる場地につい口元が緩んでしまう。笑みを貼りつけるのが得意なオレには、感情を顔に出すことに迷いがない場地がずっと羨ましい。絶対言わないけど。
     「はーん。場地、最近知ったンだろ」
     「うっ…」
     からかうように言えば、今度は悔しそうに口を歪ませた。どうやら図星だったようだ。思わず笑えば、場地に笑うなと怒られる。
     二年前にも何度も繰り返した他愛ない会話で夜の空虚を埋めていく。まるで二年の空白を埋めるように。
     
     「じゃあこれは知ってっか?」
     「あン?」
     ひとしきり騒いだ後、また場地が得意気な顔で言った。
     「運命と目的地ってゴゲンが一緒なんだと」
     は?運命と目的地?マジで?いや、てかさ。
     「全然漢字とか違うじゃん」
     「あー、違う、漢字じゃなくて、何、アルファベット?だっけ」
     アルファベット…英語か。ディステニーとディスティネーション、だっけ。
     「どうやって書くんだよ」
     「知るかよ」
     オマエ、中学行ってたンじゃねえのかよ。こういうことじゃなくて綴り覚えろよ、バカ。…いや、場地に訊いたオレがバカだったのか?
     「つか、語源一緒だとなんなの」
     「ん?なんだっけ。なんか、モトは同じ単語?みたいな?ワリ、忘れたワ」
     場地が悪びれずにさらりと言った。
     「オマエさ…」
     呆れたように苦笑を漏らしてみたものの、そんな大雑把なところも好きだと感じてしまうのはきっと相手が場地だからだ。
     「でもなんかミョーに覚えててさ」
     場地がまっすぐオレの顔を見る。
     「…あっそ」
     なんとなく気恥ずかしくて顔を反らした。
     同じ単語、ね。くだらねえ。運命と目的地なんて、全然ちげーだろ。目的地は自分で決められるけど運命は自分では決められねえ。そんなん、全然別モノじゃん。それなのに、どこが同じなんだよ。


     「だってさ、目的地も運命もどっちも変えられるモンじゃん?」

     オレの心を読んだようなタイミングで場地が言った。場地の顔は笑っていた。でもいつもみたいなニカッと笑う笑い方じゃなくて、もっと微笑むような大人っぽい笑い方。
     「あ、…」

     ー目的地みたいに運命が自分で決められるなら、こんなクソみてーな運命、絶対選ばねえのにってずっと思ってた。どうせ運命は自分で決められねえからって、このクソみてーな運命を諦めてた。あんな家に生まれて、あんな親で、絶望するなって言う方がムリだって。
     場地に出会えたから、それだけがこのクソみてーな運命を肯定する唯一の理由だった。この先にだって期待なんてしてなかった。マイキーさえ殺せれば、もうどうだっていいような気がしてた。

     なのに、

     その笑顔はオレの凍りついた心を融かすには十分な熱を持っていた。

     「一虎に言いたくてさ、忘れられなかった。綴り?は忘れちまったけど」

     それどころか、胸も顔も熱くするような、そんな威力すら持っている。

     「なァ一虎、抗争が終わったらさ、どっか行こうぜ」

     今度は、ニカッと笑う子供っぽい笑い方。
     ああ、ずりいな。そんなことされたらわかっちまうじゃん。二年前と同じように話すのも、そんな顔で笑うのも、そんなこと言うのも、全部オレを笑わそうとしてるんだろ?場地は優しいから。
     
     「じゃあ」

     東卍も芭流覇羅もないところに行きたい。
     オレらを知ってるヤツなんて一人もいないところに行きたい。
     運命が変えられるなら、この先に期待したって許されるはずだ。だったら、オレは、

     「二人で海行こうぜ」

     場地と一緒に生きたい。夜だけじゃなくて、昼の明るい時間も、明るい場所で。

     「おう、約束な」

     場地がいつもの笑顔で笑った。

     今度はこんな薄暗いところじゃなくて、明るい陽の下で笑ってよ。大人っぽい顔じゃなくて、子供っぽいその顔で。

     こんなオレたちに、昼は眩しすぎるけどさ。

     どんな運命でも、場地となら、変えられる気がするから。

    2005年10月31日

    刺された場所が熱い。
     でも動かなきゃいけない。
     ごめん。一虎。お前から離れちまって。お前にオレを刺させちまって。

     『このまま場地と海に沈みたい。何もかも投げ捨てて』

     ごめん。あの時いいよって言ってやれなくて。お前と死んでやれなくて。
     死ぬのが嫌だったワケじゃない。ただ、お前が死ぬのが嫌だったんだ。
     ごめん。オレの我が儘に付き合わせて。

     「気にすんなよ、一虎」
     
     ごめん。今もお前を死なせたくなくて。



     
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