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    PONZU00__0

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    ばじとらワンライ作品②
    最終軸集めてみました!

    #ばじとら
    punIntendedForAHatchet

    穏やかな世界で
     「じゃーん!お前らこれを見ろ!」
     夕日に染まった神社で、バラバラだった視線が一気にオレに集まった。パー、ケンチン、三ツ谷、場地、一虎。全員が口々に何かを言いながらオレの方に近づいてくる。
     「なんだよ、マイキー」
     「あ?写真?」
     「写真?誰の?」
     「ちっせえ…ガキ?」
     「ゲッ…これオレじゃねえか!」
     場地の一際デカイ声に、興味なんてなさそうだった他のヤツらの声が一気に勢いをもった。
     「うわ、ホントだ。場地じゃん、ふ、かわいーじゃんっ、ふっ…は」
     「うるっせえな!笑い堪えられてねえンだよ!」
     「木の棒持ってなにやってんだよ」
     「覚えてねーよ!」
     「何歳の頃の写真だ?」
     「知るか!」
     場地を弄り倒すパー、ケンチン、三ツ谷とそれに苛立たしげに一々反応する場地。男子中学生の人目を憚ることのない声で、オレたちしかいない神社はどんどん騒がしくなっていく。だがその中に一虎の声がないことに気がついた。
     目で一虎を探すと、ジッと写真を睨む一虎を見つけた。あー、なるほど。嫉妬深いとか重いとか言われる一虎のことだ。たぶん自分が持っていないような写真が気に食わないのだろう。
     写真を一番近くに居たケンチンに渡して一虎のもとへ歩く。ケンチンが写真を手にしたことで勢いを増した四人の会話を余所に、一虎に近づいた。
     「かーずとらっ!」
     「おわ!マイキー!」
     一虎の肩に手を回して顔を近づける。
     「なんだよ」
     一虎は驚いたような困ったような顔でオレを見た。
     「オレに嫉妬した?」
     ニッコリと下から覗き込むように一虎の顔を見ると、一虎はきょとんとした顔でオレを見ていた。
     あれ?
     「嫉妬?なんで?」
     「え、だってオマエ写真睨んでたじゃん」
     「え?」
     思わず二人して頭に『?』を浮かべて見つめ合う。
     「写真どーやったら貰えっかなと思って見てただけだぜ?」
     「…マジで?」
     「マジ」
     あれ?全然嫉妬してないじゃん。

     「おい」
     一虎と見つめ合っていたら、後ろから不機嫌極まりない場地の声が聞こえた。
     「あ?なんだよ。今一虎と喋ってンだけど」
     一虎の肩を引き寄せて場地を睨むと、場地が盛大な舌打ちをした。は?何コイツ。
     場地は見たことのない目でオレを睨むと一虎の腕を掴んだ。
     「知らねー。帰ンぞ、一虎」
     「は?」
     「ちょ、場地?」
     オレから一虎を奪うように引き剥がして一虎を抱き寄せると、場地は一虎を連れたまま荒々しい足音を立てて神社を立ち去った。

     「あれ?場地帰ったん?」
     「マイキー怒らせたんじゃねえの?」
     場地と話していた三人がまだ笑いながら一人取り残されたオレの方に歩いてきた。
     「別になんもしてねーし」
     「そうか?場地お前のこと見て不機嫌になってたぞ?」
     「は?」
     ワケわかんねーヤツだと思っていたが今日は本当にワケがわからない。まさか一虎と話していただけでキレられるとか。しかもすげえ目してたし…ん?
     ずっと嫉妬深いのは一虎だと思ってた。オレも、ケンチンもパーも三ツ谷も。でも、今すごくそのことに違和感がある。
     「…ケンチン、場地って嫉妬深い?」
     「は?そんなイメージねえけど」
     「三ツ谷、なんで?」
     「オレ?えー、なんか一虎の方が嫉妬深いイメージあるから?」
     「パーは?」
     「オマエが場地が嫉妬するとことか想像できねーって言ってただろ」
     「オレか…」
     そんなことを言った過去のオレをぶん殴ってやりたい。オレはずっと勘違いしていた。嫉妬深いのは一虎じゃない。場地だ。
     「何か言ったか?」

     「ケンチン。やっぱ場地が怒ったの、オレのせいだった」
     さっきオレを見ていた場地の目は、獲物を横取りされた獣みたいに怒りと不満でいっぱいで、そのくせ一虎を見る目は独占欲と愛がぐちゃぐちゃに混ざってどろどろに甘かった。あれが嫉妬じゃないのなら何が嫉妬かわからなくなる。
     場地の新たに知る一面に苦笑が漏れた。
     幼なじみのオレが知らない場地を引き出した一虎に、少しだけ嫉妬しちまう。
     

     あーあ。明日からどうからかってやろうかな。


     「あつ…」

     まだ五月の上旬だと言うのに真夏のような暑さだ。
     場地の部屋にはエアコンがないから、この部屋は外と同じくらい暑い。その上、窓を開けていても風はちっとも吹き込んではこない。額にじんわりと汗が滲む。だが普段なら不快極まりないそれも、今はそれを上回る不満で気にならない。
     今日、ゴールデンウィークじゃねえの?
     せっかくの休みだというのに、なぜコイツは机に向かっているんだ。しかもオレが居るのに。…そもそも場地が来いと言うから来てやったのだ。なのに、コイツはオレを見ないでノートばかり見ている。
     「おい、場地、オマエさ」
     「一虎ァ」
     文句の一つでも言ってやろうと思った途端に、突然場地がオレの名前を呼んだ。いきなり場地から見つめられて自分でも驚くくらい鼓動が速くなる。
     「っ、なんだよ」
     場地の真剣な眼差しに鼓動がどんどん速くなる。ようやく場地がオレを見たのに、今度はオレが場地から目を離したい。
     場地が口を開く。いったい何を言うつもりなんだろう。


     「光源ってなんだ…?」


      ∞
     
     「は?」
     え、第一声それ?てか何の話だよ。オレの心臓に慰謝料払えよ。オレ、馬鹿みたいじゃん。つうか何?光源?理科?
     「オマエ、理科ベンキョーしてんの?」
     「おう」
     なんで今?オレ居るじゃん。てかそれ中学でやるトコじゃん。ホントになんで今?
     言いたいことが次々と沸き出てくる。だがそれが言葉になることはなかった。
     「なんか面談?で獣医なりてえっつったら中学から理科やり直せって言われてよォ」
     あ…
     「大変だよなァ」
     …そんなこと言われたら、文句なんて言えなくなる。場地の夢を邪魔するようなことは、絶対にしたくないから。オレには夢なんてないから、その思いは場地から夢を聞かされた時からどんどん強くなるばかりだ。
     「光源、知ってるか?」
     「ん、あれだよ。なんか自分から光るやつ」
     場地がよくわからないという顔をした。
     「あー電球とか、太陽とか」
     「月とか!」
     自信満々の声が頭に響く。
     「いや月はちげーよ」
     「はー?光ってンじゃん」
     「あれは太陽の光を反射してんだよ」
     大丈夫かコイツ。全然覚えてないじゃん。本気で心配になってくる。
     「じゃあ月は自分で光れねーのかよ」
     「だからそう言ってんだろ」
     だけど、この感じが嫌いじゃない。
     「太陽は月光らせられるくらい光ってンのか…!」
     すげえ、とかマジかよ、とか場地が太陽への賛辞を口にする。

     太陽、か。オレにとっては太陽はきっと場地だ。あんなくそみてーな場所から連れ出して、居場所をくれて。場地の隣だから、オレはきっと息ができる。
     ーじゃあ月は自分で光れねーのかよ
     ふと、さっきの場地の言葉が頭をよぎる。
     …あ、オレ場地が居なかったらーー

     「ならオレにとっての太陽は一虎だな」
     
     「え」
     場地がなんでもないというふうにシャーペンを動かしながら言った。
     「だってオレ、オマエが居なかったらなんもできねえもん。ベンキョーだって今オマエが居なかったらゼッテーやめてる」
     目の前の場地は笑顔で、でもどこか照れ臭そうだった。
     やめろよ。そんなん、オレを呼んだ理由、言ってるようなもんじゃん。
     ベンキョーやめんなよって冗談混じりに伝えたいのに口を開いたら違う言葉が出てきそうで何も言えない。思わずうつむくと場地が顔を覗き込んできた。
     「顔あけー」
     「っ、暑いんだよ」
     「目元濡れてっけど」
     「汗だよ汗!」
     「ふーん?」
     場地がニヤニヤしながらオレを見る。
     「ま、そーゆーことにしといてやるよ」
     オレの頭をポンポンと軽く叩いて、場地はノートに目線を戻した。

     場地はオレの気持ちをどれだけ理解したんだろう。
     自分が誰かにとって太陽みたいな存在になれるなんて思っていなかった。だから今、場地の太陽みたいな存在になれてるってわかって、本当に嬉しくて嬉しくて堪らない。
     オマエはオレを太陽みたいだって言うけど、オレはオマエから貰ってばっかりだよ。
     だからさ。太陽の光を反射する月みたいに、オレもいつかオマエから貰ったモンを返してみせるよ。
     でも、だから、それまではオレのことを照らして。ずっと、オレの隣にいて。
     そう願って、場地の肩に頭をのせた。
     

     「人殺しは地獄に堕ちるんだって」

     穏やかな日曜の昼。場所は真一郎クンの店。オレと一虎はマイキーとドラケンと真一郎クンがバイクをいじってるのを見ながらダベっていた。
     そんな中、唐突に放たれた物騒な言葉。どこか記憶に引っかかる、そのワード。
     「…一虎?」
     一虎の羨むような、妬むような視線の先に居るのは、楽しそうに笑い合う三人。一虎にとって、地獄は育った環境なのかもしれない。そんな風に思ってしまう、そんな視線。
     「地獄ってどんなとこだろうな」
     暗い瞳で、一虎がそう呟いた。

     人殺し。地獄。その言葉を聞く度に、目の奥で明滅する記憶。
     黒いフードを被ったオレと一虎。暗闇の中で、一虎が真一郎クンに凶器を振り下ろす。鈍い音と広がる血。
     白いトップクを着たオレと一虎。砂埃の中で、一虎がオレにナイフを突き刺した。経験したことのない痛みと、それを遥かに上回る強い使命感。
     存在しないはずの記憶は、やけに生々しくオレの脳裏に再生される。オレは生きていて、真一郎クンだって目の前で笑っているのに。

     何かを言わなくてはいけない。一虎に、人殺しなんて言葉も、地獄なんて言葉も、言わせたくない。コイツには、笑っていて欲しい。
     言いようのない焦りに駆られて放った言葉は、記憶のどこかで、どこかのオレが言った言葉だった。
     「…この先どんな地獄が待っててもオレは最後まで一緒だから」
     「え?」
     一虎が驚いたようにオレを見る。
     「あー…別に変な意味とかねえから…」
     やべえ。完全に変なことを言ったかもしんねえ。
     「確かに」
     「は?」
     「お前が居ない世界は、地獄かもな」
     そう言って一虎は笑った。だが短くない付き合いだ。一虎が笑った顔の下に滲ませている、寂しそうな顔に気がついてしまった。そんな顔をする理由はわからない。それでもその表情はオレの胸を痛ませるには十分だった。
     クソッ。ダサすぎる。笑って欲しいなんて思いながら、言った言葉は『オレ』自身の言葉じゃなくて、しかも結局一虎に寂しそうな顔をさせちまった。そんなの許せるワケねえ。
     「一虎!」
     「うおっ…何だよ」
     「さっきの、言い直させてくれ」
     もう一回。今度は自分の言葉でオマエに伝えたい。
     「は?いや、別にあんなんただの世間ばな」
     「一虎」
     一虎の肩を掴んで目をじっと見つめる。
     「…なんだよ。下らねえ説教とかだったら聞かねえぞ」
     「違う」
     一虎にそう断言した後、スッと小さく息を吸って、言った。
     「オレは!一生オマエの隣に居るから!だから地獄になんて行かせねえ!」
     「なっ、おま、」
     さっきまで怪訝な顔をしていた一虎の顔がみるみる赤くなっていく。見開かれた金色の瞳には、いっぱいにオレが移っていた。ん?あれ?またなんか変なこと言っちまったか…?
     「おい、一虎どうし」
     「え、なに場地プロポーズしてんの!?」
     「こらっ、マイキー!」
     「お前ら…」
     楽しそうに目を輝かせるマイキーと気まずそうにすまねえ、という顔をする真一郎クン。そして呆れたようなドラケンと目の前で赤くなっている一虎。
     ー一生オマエの隣に居るからー
     あ。
     「いや!ちげーよ!プロポーズとかそーゆーんじゃ」
     「こういうのは勢いも大事だぜ…!」
     「ちょ、真一郎クン…」
     真一郎クンがオレに向かってグッと親指を立てる。
     「場地ィ、漢気見せろよ」
     「ドラケン…」
     ドラケンがニカッと笑いながらオレを見る。
     「あーあ。一虎可哀想に。場地のせいで顔真っ赤じゃん」
     マイキーがニヤニヤしながら一虎に抱きついて一虎の頭を撫でる。
     「てっめ…!」
     マイキーが決定打となって、何かのストッパーがはずれる。
     マイキーの腕の中から一虎を奪って、もう一度肩を掴んだ。
     「…ばじ?」
     真っ赤な顔の一虎がオレの目に映った瞬間、ストッパーが完全になくなった。
     「一虎、好きだ」
     今、オレの顔は赤いに違いない。
     「…オレも」
     そう言ってはにかむように笑った一虎の顔は、今まで見たなかで一番綺麗で可愛かったから。


     どこかの世界のオレは、一虎に地獄でも一緒だと言った。でもオレは絶対一虎を地獄になんて行かせねえ。何があっても、ずっと隣に居る。
     どこかの世界のオレに、そう誓った

    4。

     場地のことは好きだ。
     場地が居なくなったら生きてることが耐えられないくらいには。
     こんなオレの隣に居てくれるとこも感謝してる。

     でも一個だけ不満。
     それは場地がオレを場地の学校に行かせてくれないこと。
     なんで?オレら付き合ってンじゃん。普通学校くらい行くだろ。つうかダチでも行くもんじゃねえ?
     オレは場地の学校行って「コイツオレのだから」って周りのヤツらに牽制したいし自慢したいのに。学校に隠したいモンでもあんのかよ、アイツ。クソダセェガリ勉スタイルならもう知ってるっつーの。…まあ、あれもかっけーけど。
     場地の学校に行こうとすると毎回先手を打たれて、結局まだ一回も場地の学校には行ったことがない。千冬に聞いてもロクな返事は返ってこねえし。

     というわけで今。オレは場地の学校の校門の前に立っている。今までは場地に許可を求めていたからダメだったのだ。今日は授業が終わったと同時に教室に乗り込んでやる。



     「ねえ、場地圭介って知ってる?」
     廊下を歩いていた女子に適当に声をかける。もちろん人懐っこい笑顔で。小柄なその子はオレの顔を見てほのかに頬を染めた。かーわいー。まあオレは君に興味ないけど。
     「あ、えと、同じクラス、です」
     お、やった。今日はツイてる。
     「じゃあさ、君のクラスまで案内してくんない?」
     「あ、あ、えと、こっちです」
     どんどん頬を紅くするその子は緊張か計算かゆっくりと廊下を進んでいく。アハハ。速く歩けよバーカ。
     「あ、ここです」
     「はーい、ありがと」
     最後にまた笑いかけてやると、その子は喜びと期待のこもった瞳でオレを見てきた。はーい、うざぁーい。
     それ以上構う気にもなれず、ようやく辿り着いた場地のクラスに足を踏み入れる。後ろが五月蝿い気がするが気にしない。
     「ばぁじ♡」
     出会い頭に場地のメガネを奪いとる。
     なんだか周りの視線が騒がしくなった。
     「は?一虎?なんでここに…!?」
     場地が焦ったような困ったような顔でオレを見た。なんだよ、それ。手放しで喜ぶとは思っていなかったけど、流石に傷つく。
     「一虎、なんで来たんだよ。来るっつってなかったじゃん」
     場地が焦りながら話しかけてきた。あーもう、なんでそんなこと言うんだよ。
     「…場地のバカ」
     「は?」
     「なに困ってんだよ、そんなにオレが来たの迷惑だった?」
     さっきから場地は周りをチラチラと気にしている。きっとそういうことだ。
     「いやっ、それは…!」
     「ほら!すぐ否定できないってそういうことだろ!」
     「ちがっ、ちょ、一回来い!」
     場地は力強くオレの手を引いてどんどん人のいない方に進んでいく。ああ、ほら。どうせオレのこと見せたくないんだ、他のヤツらに。恋人が男なんて普通じゃねえもんな。
     「悪かったよ、もう帰る!」
     場地の手を振り払って立ち止まる。なんだよ、言ってくれればよかったのに。そんなん優しさじゃねえよ。
     「おい、待てって!」
     場地がもう一度オレの手を掴む。
     「一虎、お前のこと迷惑とか思ってねえよ、ただ、その、さ」
     「もういいし…帰るから」
     手を振りほどこうとすると、場地が何かを言う代わりに握りしめる力を強めてきた。
     「お前のこと他のヤツらに見せたくなかった」
     ほら、やっぱそうじゃん。場地の顔を見ていられなくて、ぎゅっと目を瞑る。
     「もういいって!」
     もう聞きたくない。もう帰らせてくれよ。
     「聞けって!…だから、お前可愛いから他のヤツらに見せたくなかったんだよ」
     「…え?」
     今、場地なんて言った?恐る恐る場地の顔を見る。
     「他のヤツらがお前のことそーゆー目で見るから嫌だったんだよ!お前はオレのなのに…」
     「さっきだってみんなお前のこと見てるし」
     「でも、傷つけてごめん」
     次々にそう言う場地はさっきの女子よりよっぽど照れてて、顔はさっきの女子よりよっぽど赤かった。 
     「え、かわい…」
     オレの彼氏が可愛いすぎる。オレのこと大好きじゃん。
     思いがけない場地の告白に、感じていたはずの怒りも悲しみも何もかもを喜びと愛おしさが侵食していく。

     ちゅっ
     そっと場地の赤い頬を唇で触れた。場地がわかりやすく動揺している。
     「教室でしよ」
     「は?」
     耳もとでそう囁いて、動揺している場地をさらに動揺させた。
     「見せつけてやろーぜ」
     場地がそんな心配してくていいように、オレら以外の全員にオレはお前のモンって主張してしまえばいいだろ?
     


     久しぶりに二人で早くあがれたと思ったのに。
     学生のオレともう社会人の一虎ではどうしたってバイトのシフトはずれてしまう。今日は珍しく二人とも同じ時間にあがれたから、それこそ久しぶりに一緒に昼飯でも食いに行こうと思っていた。


     「傘持ってねえよ…」


     さっきまでスマホを覗き込んで、昼飯どこで食う?なんて話しながら歩いていた。久しぶりの好機にお互いテンションが上がって、もう長い付き合いなのに肩が触れ合っているだけで嬉しかった。
     晴れが続くと疑いようのなかった空から大粒の雨が勢いよく落ちてくるまでは。
     突然の雨に慌てて近くのドラッグストアに駆け込んだものの、服は既に相当の雨を吸っている。
     水分を含んだ服が体に纏わりついて鬱陶しい。羽織ったカジュアルシャツのおかげで下のTシャツがあまり濡れなかったのがせめてもの救いだ。
     「一虎ァどうする?」
     このままでは昼飯も食いには行けないだろう。そう思って隣にいる一虎に話しかける。だが返事が返ってこない。
     「一虎?」
     チラリと一虎を見る。そんなつもりなかったのに、一虎を見た瞬間思わず一虎に魅入ってしまった。
     雨に濡れてつやめく金と黒の長髪。
     白い肌を滑り落ちる髪から滴る水。
     一瞬の出来事が網膜に焼き付けられる。
     や、ば…
     濡れて透けた白いTシャツと首に張りついた髪の毛が色気をそそる。
     体の中で熱いものが疼くのを感じた。
     エロ…
     一虎はオレの視線に一切気づかず雨に魅入っている。
     この時間が永遠に続けば良いと思うのに、ちらほらと感じる不愉快な視線がそれを許さない。他のヤツらがチラチラと一虎を見ている。それが苛立たしくてならない。
     ここ傘売ってっかな。早くここから出て、これ以上オレ以外の人間に一虎を見せることを許したくない。
     「一虎、傘買って帰ろうぜ」
     他のヤツらを牽制するように一虎にすりより腰に手を回した。透けて露になった一虎の体のラインをオレの体で隠す。
     「傘?」
     「あ?」
     「傘なしで帰ろうぜ!」
     一虎が目を爛々と輝かせてオレを見る。
     「は?」
     傘なしで?オレ、お前が濡れるのが嫌なんだけど。とは言えなかった。でも、いつもはマイキーからうんざりするほど一虎に弱いとからかわれていても、今だけは負けるワケにはいかない。
     「いや、お前濡れたら風邪ひくだろ」
     「ひかねーし。つかもう濡れてるから関係なくね?」
     ぐっ…
     「あー…ほら、濡れたらめんどくせえだろ。帰った後」
     「いやだからもう濡れてるって」
     うぐっ…
     「…濡れたら髪傷むぞ」
     「場地そんなん気にするタイプだっけ?」
     うっ…
     「ね、場地、ダメ?」
     一虎がオレの顔を覗き込んで、じっとオレの目を見つめてくる。
     やめろよ。オレはその顔にヨエーんだよ。
     「…わかった。でもこれだけは絶対着ろよ」
     カジュアルシャツを脱いで一虎の肩にかけた。
     一虎が肩にあるオレのシャツをぎゅっと握る。
     「やった!早く帰ろ!」
     「へいへい」
     結局また負けた。マイキーに知られたらまたさんざん弄られる予感しかしない。それでも、マイキーにからかわれるのはウゼェけど、一虎に負けるのは嫌いじゃない。
     無意識に笑みが浮かぶ。
     子どもみたいに外に走り出した一虎を追って、雨の中を歩いた。


     ピンポーン
     「う、ん…」
     ピンポーン
     「んー…」
     ピンポーン
     「…」
     ピンポーン
     「うっせえな!誰だよ!」
     スマホの表示は午前八時を示している。
     非常識というほどの時間ではないが、昨日、ようやく大学に合格した場地の合格祝いをやったもんだから、オレは全く寝足りない。一人暮らしってだけで選ばれたこのボロアパートの一室で、朝までずっとどんちゃん騒ぎ。ようやくアイツらが帰ってからまだ二時間しか経ってない。際限なく飲んだ酒のせいで頭は痛いし床は死ぬほど汚い。空き缶やらつまみのゴミやらが至るところに転がっている。
     どうせアイツら以外訪ねてくるヤツなんていないんだから、きっと今インターホンを鳴らしてるヤツはセールスか大家かそんなところだろう。そう思って無視を決め込んでいたのに、随分しつこい。そのしつこさに苛立って再度無視を決意する。
     「おい!一虎!居るだろ?開けろよ!」
     と思ったのに、聞こえたのは聞き馴れた大声。
     「へ?場地?」
     予想外の相手に驚いて脳が叩き起こされる。慌ててドアに走り寄って扉を開けた。
     「開けンのおせーよ」
     「あーごめ、ん…え?」
     立っていたのはスーツ姿の場地だった。初めて履いたのであろう革靴は光沢を放ち、長い手足は深藍の濃く暗い青色にすっきり収まっている。垂らした長い黒髪とワイシャツの白、スーツの深藍。そのコントラストは場地の持つ雰囲気と完全に調和している。このスーツを選んだ人間は、きっと嫉妬したくなるほど場地をよく知っているに違いない。
     頭痛も忘れて思わず見惚れていると場地が我が家同然といった風に家の中に入ってきた。
     「それ、スーツどうしたんだよ」
     「ん?さっき家帰ったらオフクロがくれた。合格祝いだってよ。入学式で着ろとかなんとか」
     「ふーん」
     何だ、場地の母さんか。
     三ツ谷が作りてえって言ってたのに、なんて軽口を叩きながら、心の中ではスーツを用意したのが場地の母親だったことに安堵していた。
     「つうか何でオレん家来たの?」
     「一虎に一番に見せたかったから」
     「あ、おう…似合ってンじゃね?」
     場地が恥ずかしげもなくそんなことを言うから、むしろこっちが照れてしまう。
     「顔赤~」
     場地がオレを見ながら笑っている。その顔が悪戯が成功した子どもみたいで何だか意地悪したくなった。
     「うるせえ。ネクタイ忘れてるくせに」
     「あーくそ、急いでたから忘れちまった」
     「あ」
     残念がる場地を見て良いこと思いついた。場地の母さんにはちょっと悪いけど。
     「どした?」
     「これあげる」
     押し入れを漁って出てきたネクタイを場地に着ける。
     「虎柄?」
     いつだったかパーとふざけて買ったネクタイがこんな形で役に立つなんて思ってもみなかった。
     「スーツ着るときは絶対これ着けろよ」
     スーツ着てる場地はカッコいいから、大学で変な女にとられないかずっと不安だ。だから。
     「いいけど、何で?」
     「んー」
     こんなの何の牽制にもならないけど、ちょっとだけ場地はオレのだってアピールしたい。なんて、こんなことオレは恥ずかしげもなく言うなんて無理だけど。
     「ないしょ」
     でも、ネクタイを贈る意味くらいは教えてやろうかな。
     
    愛について


     初めて一虎に会ったとき感じた胸のざわめきに、これが恋だと思った。

     だから、愛なんて嫌いだと言った一虎に、恋ならいいだろ?なんて言っちまった。あの頃のオレには、恋と愛の違いなんてこれっぽっちもわかっていなかったから。

     そのことを、今も後悔している。

     ガキだった頃から十年近く経って、オレも一虎も大人になった。
     「愛してる」って言葉はないけど、それでもオレと一虎は恋人同士でキスもセックスもする。そこに許された感情は恋で、許された言葉は「大好き」までだけど。

     一虎の長くなった髪も、大人びた金色の瞳も、すべてがあの頃よりもずっと綺麗で可愛くてカッコいい。十年経っても、仕草も声も表情も、一虎のすべてがあの頃と変わらずオレを魅了する。
     その度に、一虎が愛しくて愛しくて堪らなくなる。一虎に、愛してるって伝えたくて堪らない。

     それなのに、『オレ』がそれを許さない。一虎に愛してると伝えたくなる度に、白いMA-1に身を包んだ十四歳の『オレ』がオレの前に現れる。

     ー一虎のこと裏切るなよ
     ー一虎のこと泣かせたら許さねえ

     ずっと、そう言い続けている。

     いつだったか、一虎は愛には裏切りがつきまとうと言った。


     「だってさ、そうじゃなかったら母さんは父さんと離婚しなかったハズだろ?」
     たぶん秋だった。一虎が感情のない顔でオレに告げた。オレは何も言えなかった。
     「ね、だからさ、オレのこと愛さないで。ずっと大好きでいて」
     懇願するような一虎に、オレは頷いてしまった。

     それは他愛ない会話の中の一コマで、ガキだったオレにはよくわからなかったけど、あの時の心底嬉しそうな一虎の笑顔は一生忘れられないだろうと思ったことだけ、覚えている。


     きっと『オレ』が言っているのはこのことだ。あの時オレは、一虎に愛してると言わないと約束してしまった。
     わかってる。人一倍裏切られることに敏感な一虎のことだ。オレに「愛してる」なんて言われたら、裏切られたと傷つくに決まっている。

     でも、それでも、一虎のことが大好きなんて言葉では言い表せないくらい大好きなんだ。

     大好きだ。ずっと抱き締めていたい。
     大切だ。絶対に手放しなくない。
     愛しいんだ。守りたい。オレが、オレの手で。

     この気持ちを全部、何もかも言い表せる言葉が、この気持ちを全部、一虎に伝えられる言葉が、オレには「愛してる」以外わからねえ。

     ー一虎のこと裏切るなよ

     『オレ』がオレを睨んでくる。

     わかってるよ。オレだって一虎のこと傷つけたくない。裏切りたくない。
     でもさ、それ以上に一虎に愛には裏切りがつきまとうなんて、そんなこと思って欲しくねえんだよ。
     愛には裏切りがつきまとうかもしれない。
     でもそうじゃない愛もあるってオレが証明してみせる。オマエへの愛を裏切るなんてこと、オレは絶対しないから。
     だから、オレにオマエを愛させてくれ。





     「一虎ァ」
     テレビを見ている一虎を後ろから抱き締める。
     「なんだよ、珍しーじゃん」
     楽しそうな一虎。
     オレ、きっと今からオマエのこと傷つけるけど、最後は絶対に笑顔にしてみせるから。
     
     だから

     「愛してる」

     『オレ』も、見とけよ。

     この裏切りが、オレの一虎への愛だから。
     
     
     
     
     
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