真夏の栄光は誰の手に!?チキチキ!ビーチバレー大会!!「あ~つ~い~よ〜…」
8月、真夏の暑さが一層厳しくなっていた。最高気温が30度を超えるなんてことは最早当たり前の事、乙和はこの暑さに耐えられず事務所の机にグッタリと突っ伏していた。
「乙和さん大丈夫ですか?」
「何やってんのよ…大体事務所はクーラー効いてるんだからそんな暑くないでしょ?」
そんな乙和に心配そうに声をかけるのは咲姫、その一方でため息混じりに言葉をかけるのはノア。対照的な問い掛けに対して乙和は力の無い声で返した。
「大丈夫…じゃないかも。涼しいって言ったってそれはクーラーが効いてる個々の部屋だけじゃん。ただでさえここに来るまでで暑さにやられているのに、何の目的も無く外に出たく無いし暑さを我慢して外に出るだけのメリットがないじゃん…。それこそ海で遊ぶとかなら喜んで外に行くけどさー」
口を尖らせながら不満をこぼす乙和、ここ数日は撮影などで夏らしい事はあまり出来ていないが為なのか随分とふて腐れている様だった。
「あのねぇ、それは乙和に限った話じゃないでしょうが?衣舞紀も咲姫ちゃんもそれこそ私だって同じ仕事に出てるし遊びたいわよ!」
思わず乙和の不満に誘発されるかの様にノアの口からも不満が出てくる。ただでさえ暑苦しい空気が険悪な空気と交わり一触即発の事態になりかねない、そんな時だった。
「話は聞いたわよ!」
『衣、衣舞紀(さん)!?』
声の主は他でもない。フォトンメイデンでも頼れる衣舞紀、そしてその手には一枚のチラシがあった。
「乙和、海で遊ぶなら喜んで外に出るって言ってたわよね?」
「ま、まぁ…」
「確かに乙和は言ってたけど…」
「じゃあ行きましょう!」
『え!?』
突然の宣言に驚く三人の前に衣舞紀は手にしていたチラシを差し出す。そこに書かれていたのは
『ビーチバレー大会?』
「そう、今度の日曜日にこのビーチバレー大会が開催されるのだけどフォトンメイデンの宣伝も含めて参加しようと思ってるの」
そんな衣舞紀の説明に対しノアは若干の不安があるのか手を挙げて意見を述べ始めた。
「で、でもビーチバレーって二人チームでしょ?私とか遊びならまだしも大会なんてとてもじゃないけど…」
「そこは大丈夫よ!私のパートナーはズバリ乙和、貴女だからね」
「わ、私!?」
再びいきなり名指しで指名を受けた乙和の顔には動揺の色が見える。
「乙和、確かマリンスポーツが得意だったはずよね?」
「ま、まぁそうだけど…でもビーチバレーってマリンスポーツには入ってないよ?」
「えぇ、そうね。でもマリンスポーツを得意としているって事はそれだけのバランス感覚や運動神経を持っている。そう判断した上での選出よ」
衣舞紀のその考え、選出は最もだった。乙和の特技の一つにはマリンスポーツが入っている。そしてマリンスポーツの多くは水上や水中といった地上とはまた違う不安定な場所で行う為、バランス感覚や運動神経は通常よりも高い。選ばれるのは必然的だった、それでも突然の選出に変わりは無かった。
「でも…本当に良いの?」
「大丈夫よ、期待してるわ。もしも優勝したら1週間分クレープをご馳走するわ?」
「よーし、全力を尽くすぞー!!」
(ちょ、チョロ過ぎる…)
クレープの誘惑、それは乙和に絶大な効果を発揮するのだった。こうして半ば衣舞紀に乗せられた乙和はビーチバレー大会に参加する事となった。
そして日曜日
「海だぁぁぁぁぁ!!」
「こら!乙和!!ストップ!!日焼け止めクリームぐらい塗って!!」
雲一つない夏晴れとなった青空の下、海に向かって全力疾走する乙和とそれを追いかけるノア、それを笑顔で見ている衣舞紀と咲姫とフォトンメイデン全員の姿があった。
ビーチバレー大会に出場するのは衣舞紀と乙和の二人であるが海に行ける、夏らしい思い出が出来る、と言うことでノアと咲姫も来ていた。ビーチバレーの大会は午後からということで午前中は海で泳ぐ事にした。
咲姫やノアはまだしも大会に出る乙和が果たしてこの午前中から体力を消耗しても良いのか不安ではあるが当の本人はまるで気にしていない様子だ。海を満喫し、かき氷を食べ、ブルーハワイシロップで舌を真っ青にさせたりとただ海に遊びに来ているだけにも思えた。
しかし大会直前になれば当初の目的を思い出したかのように衣舞紀と互いに連携の練習や作戦の組み立てなど打ち合わせをしていた。ちなみに作戦は乙和が拾って衣舞紀が決める、と言うシンプルなもの。果たしてこの午前中から体力を消耗しても良いのかノアや咲姫の頭に不安が過るが当の乙和本人はまるで気にしていない様子だった。
実際、二人の心配は杞憂だった。午前中海で泳いでいたとは思わせない様な機敏な動きと驚異的なスタミナでボールを拾う乙和、選手のみならず観客達すらも驚かせる強烈なスパイクを叩き込んで得点を積み重ねる衣舞紀。
「つ、強すぎるぞ!あのチーム!!」
「どこに落としても拾われるんだけど!?」
「いや、スパイク怖すぎる!死ぬぞあんなのまともに受けたら!!」
戦々恐々、相手チームは成すすべもなくただ点を取られて気が付けば試合終了。相手にペースを掴ませず勝ち進む二人、立ちはだかる敵も何のその、圧倒的な差でねじ伏せるその様は最早鬼神の如く。試合を進めるごとに注目はより一段とあがっていた。
「いえーい、準決勝進出!」
「順調に勝ち進めてるわね」
ピースサインを見せる乙和とまだまだ余裕だと言わんばかりの衣舞紀。
「二人共、とても格好良かったですよ」
二人の戦いぶりに感心するのは咲姫
「いや、二人共化け物なの?相手チームが可哀想に思えてくるわ…」
そして味方でありながらも異常な体力と実力に驚きを越えて恐怖しているのはノアだ。
「あと二つ勝てば優勝だね」
「ええ、もちろん狙っていくわよ!」
『オー!』
まさにこの二人に勝てるチームはいない、優勝するのも必然的だろう。ノア達だけでなくギャラリーのほとんどは思っていた。
当然準決勝まで来ると相手チームの強さも格段に上がり、失点も積み重なっていく。それでも破竹の勢いでそれ以上に点数を重ねる二人。
マッチポイントから最後も衣舞紀がスパイクを決めて勝利を決めたその時、常勝を続けてきた衣舞紀と乙和のチームに異変が生じた。
「ッ!?」
衣舞紀がほんの一瞬、一瞬だけだが顔を歪めたのだ。
「やったー!決勝だぁ!!」
しかし勝利のハイタッチを交わしに来た乙和にその表情を見せることなく決勝戦進出を喜んだ。
「本当に強いわね、けどこれで…」
「これでいよいよ残すは決勝戦だけ…ここまで来たら優勝ですね、衣舞紀さん!」
「え、えぇ!咲姫の言うとおり残り一試合、決勝戦も勝つわよ乙和!!」
「もっちろん!!」
そして迎えた決勝戦、相手は昨年度の優勝チーム。まさに難敵、最後の相手に相応しいチームだ。だがそれに負けない程の実力を見せ付けてきた衣舞紀と乙和チーム。初出場初優勝か、はたまた連覇となるか、注目が集まる一戦。
「さ、行ってくるわね!」
「頑張って下さい!」
「あと一勝でも油断しないで!」
「分かってるってば!もう…?」
試合は一進一退の攻防になる、はずだった。しかし試合が始まってすぐに感じた違和感、何か様子がおかしい。
(衣舞紀のスパイクに力が無い…?)
そう、ここに来て衣舞紀の様子が明らかにおかしくなっていた。何かを気にしているのかスパイクが決まらない、むしろ相手が拾ってカウンターを決められるという防戦状態となっていく。異変が確信に変わったのはリードが三点差に開いた時だった。
「…審判!!タイムアウトお願いします!!」
乙和が突然タイムアウトを要求、衣舞紀もそのタイムアウトでベンチに戻ろうとするが乙和は衣舞紀の身体を止めた。
「乙和?」
「ノア!咲姫ちゃん!!手伝って!!」
切羽詰まった声にただ事ではないと瞬時に察した二人は乙和の指示通りに肩を貸して衣舞紀を支えた。ザワつく観衆と相手チームの選手、心配そうにする声や視線も少なくない。
「あ、あはは。ごめんごめんちょっと失点重ね過ぎちゃって…」
「衣舞紀、正直に答えて。さっきの準決勝の時、足ケガしたでしょ?」
乙和からの突然の問い掛けに驚きを隠せないノアと咲姫、それは衣舞紀も同様だった。衣舞紀が何とか言おうとするが乙和は間髪入れずに続ける。
「さっきから細かく足首を回したり、ジャンプ力が下がって妙に気にしてると思ったからもしかしてと思ったけど…何で行ってくれなかったの?」
乙和の目には若干ながら怒りの感情が含まれていた。誤魔化せない事を理解した衣舞紀は観念した様に答え始めた。
「…言い出しっぺの私がそんなの言えるわけないでしょ?半ば強引に誘ってここまで連れてきて…ただでさえ迷惑をかけてるのにこれ以上迷惑なんてかけられないから…」
「迷惑?そんなの一回も思ってないよ!」
乙和の口から怒号が上がった。驚く衣舞紀に対して乙和が続ける。
「本当に嫌なら私は最初から断ってたし、ここまで一緒にやらなかったよ!迷惑だなんて思ってない!!むしろ今ここまで隠そうとしてきた事の方が迷惑だよ!」
「乙、乙和…」
「普段の私は確かにドジしてそれこそ周りに迷惑をかけてるけど…それでも同じフォトンメイデンなんだから、同じメンバーなんだから頼ってよ!!」
乙和の溢れる感情に思わず黙り込んでしまう衣舞紀、心配するノアからはこんな提案もされた。
「私は…この試合棄権するべきだと思う。フォトンメイデンのメインの事を考えればこれ以上は流石に…」
しかしそのノアの意見に被せる様に乙和は衣舞紀に問い掛けた。
「私は衣舞紀が判断した通りにするだけ、続けるなら続けるけど衣舞紀はどうしたい?」
「乙和!!」
「ノア、気持ちは分かるけど今戦ってるのは私と衣舞紀なの。ここは衣舞紀の意見を尊重させて」
真剣な表情を見せる乙和にノアはそれ以上何も言えなかった。そして衣舞紀の出した結論は…
「…諦めたくない。ここまで来て諦められるわけ無い!!」
続行だった。その判断を聞いた乙和はすぐさま咲姫とノアにテーピングと湿布を用意させる。その間に乙和は新たな作戦に切り替える。
「そしたら衣舞紀はなるべくジャンプしない様にトスを中心にして。厳しいボールとかスパイクは私が決めるから」
「乙和…」
「大丈夫、勝ちたい気持ちは一緒だから」
そう告げた乙和、足首をテーピングでガチガチにした衣舞紀は作戦通り前線に入りトスを上げることを中心にプレーをした。
「やぁぁぁぁぁぁ!!」
相手チームからの鋭いスパイクを砂まみれになりながらも必死に拾う乙和、そのボールを繋げて打ちやすいところへトスを上げる衣舞紀。スパイクを決めるのももちろん乙和の役割。
疲労は間違い無くあるはず、しかしプレーはますますキレが掛かっていく。最早体力だけでなく勝利への執念、そして衣舞紀の分も戦う気持ち、それらが今の乙和のプレーを引き出していた。
最初は防戦一方だった試合展開も次第に勢いを取り戻し互角、さらに優勢まで持ってきた。3点差をひっくり返して迎えたマッチポイント、相手からのサーブを受け衣舞紀から最高のトスが上がる。
「これで…終わりだぁ!!」
最後に決めたのは乙和だった。審判から得点のホイッスルが吹かれたと同時に割れんばかりの大歓声が起こった。
「衣舞紀!!やったよ!!」
「二人共おめでとう!」
「おめでとうございます!」
「わ、わ!ちょっと皆!?」
試合後すぐに衣舞紀の元へ駆け寄り抱きかかえた三人、負傷しながらも死力を尽くし勝ち取った優勝、喜びを爆発させたその光景に会場からは再び大歓声が挙がった。
試合後の帰りの電車内、すっかり疲れ切った乙和と咲姫はボックスシートで衣舞紀とノアにそれぞれ寄りかかりながら眠っていた。ノアは心配そうに声をかける。
「重たくない?」
「全然、今日一番頑張ってたしね」
そう答える衣舞紀の表情は確かに嫌がる様な雰囲気は無かった。眠る乙和の頭を撫でながら衣舞紀は続けた。
「本当に今日の乙和は頼りになったわ。普段とは大違い、隠し通せる自信があったのに見抜かれた上にまさか乙和からあんなに怒鳴られるなんて思ってもなかった」
「今日の乙和は確かに熱かったかも」
「【同じメンバーなんだから頼ってよ!】か…、確かに心配させない様に強がってたわね」
深く噛みしめるように、しかし嬉しそうに衣舞紀は話す。
「乙和はまた違った意味でリーダーの素質があるのかもね」
「…もしかしたらそうかも。まぁ乙和がリーダーになったら私達大忙しになりそうだけど」
「ふふっ、でも…それももしかしたら良いかもしれないわね」
ちょっとした異変に気付ける眼、他人を思いやる気持ち、喜びを分かち合える気持ち、どれもリーダーに欠かせない大切なモノ、それが乙和に秘められている。それが知れたのも優勝カップと同じかそれ以上の収穫となったかも知れない。こうして暑く、熱い非常に充実した一日となった。
翌日
「アタタ…も、もう少し下…」
「下…ここ?」
「ひゃあ!?冷たいけどそこ…ううっ、現役アイドルがこんな湿布をいっぱい貼ってるなんて見せられないよ…」
「まぁ、普段使う筋肉とはまた別の筋肉を使ったりしてたしね。何より昨日は誰よりも一生懸命頑張ってたし言わば名誉の傷みたいなものよ」
「そ、そうかな?」
「ちなみにその名誉の傷はこことかですか?えいっ」
「ひぎゃああ!?の、ノアぁぁ!!」
「やれやれ…」
(やっぱり乙和は頼れるリーダーより頼られる方が似合ってるかもね?)