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    Mame_moyashiya

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    Mame_moyashiya

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    アイボリー邸に来る前のセバスチャン(名前は便宜上セバスチャンということにしてます)とバイト仲間な夢です。元イラスト最高なので是非ご覧ください!

    役得ってつまりそういうこと。その日、少女たちの住む町にとんでもない大雪が降った。
    少女は昼頃起きたその瞬間から窓の外に広がる銀世界を見て目を丸くして、壁を貫通する寒さにぶるりと身を震わせつつもワクワクした気持ちで白い息を吐いた。

    少女はスマートフォンで「記録的豪雪、不要不急の外出は控えて」といったニュースを確認して、これはさすがに今日のバイトはないな……と安心していた。
    突然降って湧いた休日だ。あたたかな布団にこもって映画でも見ようかな、お茶淹れようかな。おやつあったっけ……と夢想していたところ。
    ピコン、という通知音と共に送られてきたメッセージを見て「マジ!?」と思わず声を出した。
    『今日、豪雪ですがお店はいつも通り営業です!今日シフトの皆さん気を付けて来て下さいね』
    親しみやすさを演出するために末尾につけられた笑顔の絵文字すら憎悪しそうになって、とりあえず通知を三回確認してから溜め息をついた。
    今日は絶対に休みだと思っていたのに。自分はキッチン担当だから暖かいキッチンでぬくぬくピザを焼いていればいいが、こんな日に配達担当のシフトが当たっている人はなんて可哀想なんだろう。
    目下、問題はどうやって店まで出勤するか、である。普段少女は電車で通勤していたが、今日はおそらく、普段通りの運行をしていないだろう。休みどころか、今日はいつもより早く家を出なければ間に合うはずもない。
    少女はもう一度大きくため息をついて、柔らかな安息の地……ベッドから出た。
    身支度を、しなければならなかった。


    「いやあお疲れさま!来てくれてありがとう。お客さん少ないかもしれないけど、いつも通りよろしくねぇ」

    客が少ないと思うなら店を閉めたらいいのに、と喉元まで出かけたものの、少女は店長が心の底から悪い人というわけでないことを知っていたので口からは出さなかった。きっと上からいろいろ言われたりするんだろう。
    あーあ……と考えながら手を洗っているうちに、コンコンとノックの音。もう一人のアルバイターがバックにやってきたのだった。

    「あー、お疲れ様です」
    「お疲れぇ」

    今日の可哀想な配達員くんはセバスチャンだった。
    彼は少女と同期で、時たまキッチンのヘルプに入る時以外はずっと配達担当をしている。ピザ屋のロゴが付いた原付を飛ばしては得意の営業スマイルでチップを掻っ攫ってくるのが日常だった。店では全くそんな様子は見せないが、どうやら接客時はとても好青年を装っているらしい。実際、少女の大学で同じ講義をとっている友人は、少女のバイト先を教えると「セバスチャンって名札の男の子がすごい神対応だったとこか!」とニコニコ言っていた。
    そんな彼は不機嫌そうにメットを外し、ぺちゃんこに潰れた髪から細かな水滴を滴らせながら「今日ピザ頼む客なんていないっすよ、いたらサイコパスに決まってる」とぼやいた。

    「今日まさかバイクで来たの?」
    「え?いつも通りそうだけど」
    「えぇ……絶対危ないって」
    「そうだよ。いくら若くてもやめた方がいい、店長も昔バイク乗ってたけど怪我してやめたんだから……」
    「はいはい」

    セバスチャンは慣れた手つきでタイムカードを切りながら、黒のキャップを被っていつも通り、配達の準備を始めた。

    「ああ、そういえば。セバスチャンくんは注文入るまで駐車場の雪かきしててよ。ちょっと休んでからでいいから」
    「え、私もですか?」
    「いやいや、きみはいつ注文来てもいいように待機してて。中の掃除とかもお願いね」

    少女が青年の方を半分苦笑いで見やると、セバスチャンはやはり少女の予想通り、苦虫を噛み潰したような顔で店長を見ていた。店長はそれを見てみぬふりをして……よろしくね、とタブレットを片手に管理人室に引っ込んでしまった。バックルームには今日の夕勤バイターが二人取り残された。
    さっきは「いつも通り営業します」と連絡が来たものの、今日のシフトは極限まで削られている。比較的歴が長く家も近い二人が抜擢されたといったところか。
    先ほどのセバスチャンの発言通り、こんな悪天候の日にわざわざピザのデリバリーを頼むような血も涙もない人間はとても、とても少ないのだ。きっと今日は暇になるだろう。

    「マジで意味わかんねえ、俺が男だからだろ?最悪だ」
    「配達担当だからだって。私も掃除頑張るし。グリストもやれたらやるし」
    「はあ、本気でピカピカに磨いてくれ、床とか」
    「わかったよ、そっちもよろしく」

    帽子を脱いだセバスチャンは全部を諦めた様子でバイト用のコートを羽織り、配達用の原付が停められたガレージの方へ歩いて行った。

    そして、小一時間ほど経った頃。少女は調理台の周りをすっかりきれいに片づけて、残り少なくなっていた調味料やその他材料を補充して……調理器具の漂白まで行っていた。
    正直グリーストラップの洗浄はやりたくない。やりたくないし店長に押し付けてしまいたいところだが、雪かき係、もとい配達員も頑張ってくれていることだしと向き直る。
    ちょうどその時、当のセバスチャンが不機嫌な顔のままキッチンに入って来た。
    寒さのせいか鼻の頭が真っ赤になっていて、髪と肩には雪がうっすら積もっている。
    はあ、とため息を吐いたセバスチャンは靴をギュ、と鳴らして少女の方を見た。

    「マジで車一台すら通らなかった。誰だよ今日シフト行けますって言ったの。時給三倍じゃなきゃ割に合わねえ」
    「あ、おかえり。雪かき終わったの?お疲れ様」
    「や、雪強くなってきてもうやってもやっても終わらなさそうだからいったん休憩」

    少女は紙コップを二つ用意して、水と熱い紅茶をそれぞれ入れてカウンターに置いた。セバスチャンがコートを脱いでハンガーにかけて乾かしているうちに、ついでにと店長にも声をかける。

    「店長お茶飲みます?」
    「あー、いいの?ありがとう、助かるよ」

    この店は色々と緩いので、バイトが勝手にお茶をいれたりしてもそうそう怒られることはない。水をがぶ飲みしてからセバスチャンは目を細めてお茶を飲んだ。あち、と言いながら鼻に皺を寄せて舌を出すのが男の子っぽかった。
    時刻は普段ならキッチンだけでも三人体制でピザを大量に焼いててんやわんやになっているくらいだが、今日は本当に静かだった。
    陽気な店内BGMさえも今日は絞られていて、外界の音も雪に吸収されて静かだった。

    「デリバリーもテイクアウトも、注文来ないっすね」
    「そりゃそうだって」
    「はあ、ちょっとは来ると思ったんだけど……今日は早めに閉めよっかな」
    「そうしましょ」

    少女は店長にここ掃除しました~、と軽く報告して、後はグリストと床だけですねと締めくくった。店長はお茶を飲みながら適当にありがと、と言って、足りなさそうなもんあったら言ってねとだけ言ってまた管理人室まで戻って行った。

    「まだ雪かきする?」
    「やりたくねえ。拷問だよアレ。穴掘ってまた埋めてを繰り返す奴」
    「雪やまなさそうだもんね」

    セバスチャンはスマホをいじって、天気予報の画面を少女に見せる。少なくとも、今夜未明までは雪は止まなさそうであった。
    少女はその下の、電車の遅延と運転取りやめのニュースを見て少し青くなった。家帰れるかな、と不安になったのだ。その様子を認めたセバスチャンは自分でもその画面を見てみて、ああ、と合点がいったようであった。

    「あー電車?ヤバかったら俺のバイク後ろ乗るか?」
    「乗らない。メットないでしょ、まだ死にたくないし」
    「どういう意味だよそれ」

    二人はしばらく毒にも薬にもならない雑談をしていたが、雪が弱まったのを見てセバスチャンがしかたねえ、やるか、と立ち上がった。
    コートは随分乾いてきているように見えて、しかし中は少し湿ったままだったのだろう。セバスチャンはうげっと口から出して、それでもそれ以上の文句は言わずに外へと飛び出していこうとしたとき。
    随分やつれた様子の店長が部屋から出てきた。手には仕事に使う用のガラケーがあり、どうやら上からなにか連絡があったようであった。

    「うん、今日は閉店。二人とももう上がりでいいよ。タイムカードも元々の時間でつけといてあげるからね」

    セバスチャンと少女はやったー!とはしゃぎ、ハイタッチしてガッツポーズをした。
    体よく肉体労働をさせられただけだというのに、特にセバスチャンは本当に何の意味もなく重労働をしただけだというのに、学生二人はのんきで単純で、とにかく現金であった。
    二時間分不労所得だ!と喜んで、〆作業にとりかかろうとする背中に店長がさらに嬉しいひとことを投げかけた。

    「あ、そうだ。注文来なかったけど頑張ってくれたしなんか奢ったげる。ついでに家か最寄り駅まで店長の車で送るからバイクは置いていきなさい。あぶないからね」
    「え、いいんすか!?」
    「ハンバーガーショップ……開いてるかなあ。ダメならコンビニスイーツとかでいい?」
    「あざす!!」
    「めっちゃ嬉しいっす」

    セバスチャンはウキウキで店長最高!と小さく叫び、直ぐに帰宅できるように大急ぎで作業を行って帰りの準備をした。そもそも注文なんて一件も入っていないし、少女が時間中ずっと掃除をしていたから、信じられないほどすぐに終わった。

    店長の車の後部座席で二人、なに奢ってもらう?とワクワク話す二人。店長の車は煙草の匂いがするし暖房の効きも悪い。その寒ささえもがなんだか特別な気分を倍増させて、興奮冷めやらぬこどもたちは目を輝かせていた。
    薄暗い車内でも、セバスチャンの普段はクールに、そして少し不愛想に決めこんでいる顔が寒さと高揚で赤くなっているのがわかる。
    少女はその笑顔を横目でちらりと見て、お客さんはこんなくしゃっとしたような顔がいつでも見られるのだろうか。それなら、それはちょっとだけ羨ましいかもな、と小さく思ったのだった。
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