この魔法は当分封印!ランダルは「できた!」と大きな声を出し、よろこび勇んで部屋から飛び出した。
彼の部屋は薄暗くて黴臭くて埃っぽくて、どこまでも謎に包まれている。
本棚から飛び出した魔術書がまるで塔のようにうずたかく積み上げられていて、それがとても乱雑で飽きっぽい彼の性格そのものを示すようであった。
ランダルは本日、何かいたずらに使えやしないかと新たな黒魔術の開発に精を出していて……そして新たな魔法を生みだしたのだ。
それも、とっても有用でロマンチックな魔法だ!
彼の体のどこかが振れている間だけ、その相手の考えていることがそっくりそのままわかるという代物であった。
まだ試作段階なので、そんなに長時間は効力を持たない。
それでも誰かにこの魔法をかけてみたい。その一心でランダルは部屋を飛び出したのだった。
例えばこの家にいるペットの誰か……特にキャットマンやセバスチャンはあまり饒舌でないから、彼らにかけてみようか。それともルーサーに?などと考えているうち、ランダルはリビングにてテレビをぼんやりながめる少女に出会った。
彼女はつい最近、アイボリー邸の近くで迷っていたところを誘拐……もとい保護された子で、ランダルとは違って物静かで落ち着いた子供であった。
少年はこの子に魔法を試そう、と思い立ち、低い小さな声で呪文を唱えた。
そして少女に向かって歩いて行き、彼女のとなりにいきなりどすんと座った。こうすれば人間はびっくりして動けなくなり、その隙に逃げられなくなる。ランダルはヒトを追い詰める時、いつもこうやって逃げ場をなくしてからことに及ぶのだ。
「やあ、なにしてるの」
「あ……えと、映画、見てます」
「それは見たらわかるよ!……ああ、ハートオブウーマンか」
それはなんとも都合よく、心が読める主人公の物語であった。ランダルはニコ……と不気味に笑って手を組んだ。それは彼が悪だくみをしている時の癖であり、ランダルがそうしている時はあまり近寄るべきではない。
彼女の心を読んで、「今こんな風に考えてたでしょ!」なんて言ってみたら、きっとビックリするだろうな。
そう思って、ランダルはポケットに手を突っ込んだ。あれも違うこれも違うと色々探ってから銀紙に包まれたチョコレート(少し溶けたものだ)を取り出して、彼女に「これあげるよ」と言ってみる。ありがとう、と彼女が言ってくれたので、そっと足を組みなおして少女のぴったり隣に座り、その手を取った。
「はい、どうぞ……うっ!」
瞬間、ランダルの脳裏に響いたのは少女の声。それはもちろん心の声だ。
『ランダルくん、ちょっと照れてる?かわいい』
『手、冷たい。大丈夫かな』
『急に手を握られたらどきどきしちゃう』
ランダルの想像とは全く異なり、それはずいぶん甘ったるいセリフであった。
あまりアドリブが得意でない彼は想定外のことに動けなくなってしまい、顔を真っ赤にして黙り込む。
その間中、彼の頭の中にはずっとランダルを慮るやさしい愛の言葉が注がれていた。
ランダルは女の子からそういった言葉を送られたことなんて一度もない。だから、どれだけ緊張しようが恥ずかしかろうが、その手を離すことなんてできなかったのだ。
だってとっても嬉しかったから。
少女は何が起こっているのか分からないまま、傍らで顔を赤くして目をそらす少年を見た。だというのに手を離さないのはなんとも不思議で、でも好きな人が隣にいてくれるのが嬉しかったから何も言わなかった。
手袋越しの彼の手は冷たくて、ずっと触れているとそれだけで体の芯から冷えてしまいそうだった。
けれど彼女は「手が冷たい人ほど心は温かいというものね」といいように捉え、照れて少し火照ったリンゴの頬に笑みを浮かべた。
そんな無邪気な彼女の、淡くて甘い恋心がランダルに今も筒抜けになっているとはついぞ思わず……甘ったるい言葉の量にランダルが脱兎のごとく逃げ出してしまうまで、ずっと隣でニコニコ手を握っていたのだった。