恋人セラピー「……ただいま」
「おー、おかえり」
ようやく家に帰ってこれた。過度のストレスに疲弊しきった体を引きずって、這うように玄関のドアをくぐる。リビングから出迎えにきた男は、ちょうどシャワーを浴び終わったのだろう、首にバスタオルだけを引っかけて、引き締まった肉体を惜しみなく晒している。
「……………はぁ」
「あ?どうしたんだよ、んな辛気くせえ顔して」
問いかけに答える気力もなくて、そのままソファに腰かけて脱力する。
今日は生放送のワイドショー番組に出演した。
テーマはアシストロイド依存について。
定期的にオンライン出演しているニュース番組の数分のコーナーとは違い、一箇所に集った有識者たちが2時間にわたって議論するという、なかなかヘビーな内容だった。
一言でも失言すれば、その内容がピンポイントで拡散されて、バッシングに繋がりかねない。俺の属する研究所のバックにいる方々は番組のスポンサーでもあった。のしかかるプレッシャーはいつもの倍以上だ。
そして、それよりもさらに苦痛だったのは、早朝から撮影スタジオで大勢の人間に囲まれて過ごさねばならないことだった。平静を装ってお手洗いに行っては、込み上げる吐き気をなんとか抑え込んでいた。潔癖のきらいがあった俺は、人が多いところのにおいが苦手だった。
項垂れて黙り込んだ俺の目の前にブラッドリーがズカズカとやってくる。お気に入りのボディソープの香りがふわっと鼻腔を掠めて、ほんの少しだけ心が落ち着いた。そのまま甘えたことを口走りそうになる。でもそれだと負けた気がして悔しい。俺は俯いたまま、精一杯ふてぶてしく振る舞った。
「………はやく、下履いたら?見苦しいよ」
「は?なんだよ、いつもこれでヒンヒン言ってるくせによ」
ブラッドリーは文句を言いつつも派手な柄の下着を身につけると、俺の横にドカリと座った。
「生放送、見た?」
「あたりまえだろ」
「…………見ないで、って言ったのに」
「いいじゃねえか、まぁ、ちっとばかし緊張してる感じはあったけど、よく喋れてたと思うぜ」
「……俺、変なこと言ってなかった?」
よっぽど俺が不安そうにしていたからか、ブラッドリーはふいに俺の頭を掴むと、くしゃくしゃと撫でてきた。
「いつも通り、まともに受け答えできてた。俺様が保証してやる」
そのままグイッと顎を掴まれて唇が触れてしまうくらいの至近距離に整った顔立ちを寄せられる。視線を逸らしたいのに燃えるような薄紅の瞳がそれを許さない。甘く微笑みかけられて、体の力がへなへなと抜けていく。
それに気づいたブラッドリーは俺の腰を抱き寄せながら後頭部に手を回すと、少し強引に深く口付けてきた。
口内を優しくかき混ぜられて、身体中が甘い痺れに支配される。帰路で感じていた、辛いとか、嫌だとか、しんどいとかそういった負の感情がすべて絡めとられて消えていく。代わりにどうしようもない安堵感と心地よさが広がって、もっと深く繋がりたいとねだるように自らも舌を絡ませた。
ブラッドリーはゆっくりと俺の体を押し倒して、慣れた手つきでシャツをするりと脱がせた。
身を委ねて目を瞑ったところで、
――カンカンカンカンッ!!!!
急にけたたましい金属音が響いて、ハッと我に返った。
目を開けると、迷惑そうに眉をひそめたネロがソファの後ろから俺たちを覗き込んでいる。
「あのさ、お二人さん、いいところで悪いけど、そういうのは寝室でやってくんない?」
「邪魔すんなよ、ネロ」
「次、リビングで盛ったら当面の間、肉抜きにしてやるからな」
チッと舌打ちをしたブラッドリーは、まだ熱に浮かされてポケーッとしていた俺をいきなり両手で抱きかかえた。急に体が宙に浮いて、慌ててバタついたけれど、そんなのへでもないといったように、俺の額にキスを落とす。
「ちょ、ちょっ、なに!?」
「おまえさん、今日はもうつかれたろ?俺が風呂、入れてやるよ」
「おまえ、もうシャワー浴びてるだろ……」
「んなこと、気にしなくていいんだよ」
不敵にニカっと笑うその顔にドキリと心臓が高鳴った。歳下のくせに余裕綽々のその態度。思わずムッとして悪態を突きつつも、大人しく運ばれてるんだから世話がない。
きっとこの後、もっとドロドロに甘やかされてしまうんだろう。