圭藤そろそろ鈴虫の大合唱が響いてきてもいい頃合いだというのに、天気予報はまだ猛暑日が続く見込みだと真っ赤な画面で脅してくる。
「ああーあつい、キモい、背中溶けてる」
夏休み中飽きることなく聞かされてきた要圭の鳴き声は、新学期になっても絶好調だ。湿気と汗で明るい髪の毛をくたくたにしながら、重いカバンと体を鎧のように引きずっている。
「葵ちゃんあっついよー、暑くない?お腹すかない?アイス食べたくない?」
「そうだな圭ちゃん、俺は帰ってメシの支度だよ」
おやつコールを適当にあやしながら今夜はどうすっかーなんて冷蔵庫の中身を思い出していると、「お?」、両目を落っことしそうなほどまんまるにした要が、まばたきも忘れてこちらを見つめている。
「葵ちゃん、」なんてワナワナ声を震わせて、散歩に行く前の犬みたいにソワソワをグッと我慢して、それでも瞳の輝きは夕方のグラウンドで一番星みたいにぴかぴか光る。
暑いキモいと騒いでいた奴と同一人物とは思えない、あんまりにもな変わりっぷりに、ぶふ、とあわてて口元を押さえた。
要がぐぐっと、こちらに詰め寄る。
「もう一回呼んで、さっきの、俺の名前、」
「んだよ、圭ちゃん」
「もう一回、」
「圭ちゃん」
「もう一回!」
「圭ちゃーん」
先ほどまでのゾウのような足取りはどこへやら、スキップすら始めそうな要の様子に、ついついつられて浮かれてしまう。
「ふふ、」「へへ、」「ふふふ、」、つりあがったほっぺたが、元に戻らなくてなんだか痛い。
たしかにあちぃな、なんてぱたぱた自分を扇ぎながら、駅とは逆方向に歩き出す。
「じゃあアイスでも食って帰るか、圭ちゃんの奢りで」
「うん!?ええ、おお!?」
「何味にすっかなー、圭ちゃんどうする?」
「あっちょっ、ズル、ズルいって葵ちゃん!」
言葉とは裏腹に、君の顔はへらへらと溶けている。