フォウイレ本日はお日柄もよく、御参加の皆様におきましては有意義な取引が出来たものと存じます。
貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございました。どうぞお帰りの際は、お足元にお気をつけて。
テメエ!ふざけてんのか!なんて怒号にも、笑顔を絶やさず真摯にお見送りいたしましょう。ご自分の立場をあまりよく理解されていないようですが、貴方がたはこれから全員三途の川へと向かっていただきますので。
岩肌に叩きつけるような雨粒を浴びながら、フォウはあらためて本日のお客様をぐるりと眺めた。さすが、神にも見捨てられた“地球“なんて場所にたむろするゴロツキどもだ。目は血走り、セリフには品性が無く、これっぽちも可愛げがない。
どいつもこいつも私に掠め取られた権利書をなんとか取り戻したいのだろう、焦りのあまり隠されなくなった殺気がひしひし伝わってきてみっともない。
そのくせ、人数ばかり揃えただけでもう勝ったような気分になっているのだ。たしかに私は肉体労働の苦手な線の細い若輩者に見えるかもしれないけどね、実はそこそこ長生きをしているんですよ。まあ、この人数差を戦って勝てと言われたら面倒くさすぎて御免だけども。
ふう、と息をついて雨で張りついた前髪をぬぐう。
切り立った崖、はるか下で生命を飲み込まんとうごめく水面、すべての証拠を洗い流す雷雨、なんて悪役ロイヤルストレートフラッシュがよくもまあ揃えられたものだ。地球の気候は管理できない、だから自分たちみたいなロクでもない人間に利用されてしまう。
いくらでも隠蔽できてしまう状況っていうのは、相手も同条件だって覚えておいたほうがいいですよ。
「それでは、またのご利用をお待ちしております」
最期にとびっきりの笑顔を添えて、フォウは崖から飛び降りた。仰向けに飛んだせいで、サングラスに雨がバタバタあたる。
少し寒い。
腹が減った。
我々は死には嫌われた人生を送っているけれど、人が死にゆくときの感覚はこのような感じなのかな、と妄想する。
残念ながら、体感する日はまだ遠い。
「フォウ、」
雨雲から守るように、巨大な男が降ってくる。重力に逆らって真っ直ぐ手を伸ばせばすぐに腕を掴まれて、ぐるりと空と海とが反転した。
雨風が遮られて温かい。
抱き上げられて体が軽い。
まるで背中に羽根でも生えたみたいだ、「早かったですね、イレブン」、天からの遣いの顔を覗きこむ。状況だけ確認すれば、ふたりして真っ逆さまに落下しているのに。
「上の連中は?」
「全員殺した」
「フェイクの証拠は?」
「全てばら撒いた」
「完璧です。これで休暇に入れますね」
よしよし、と雨を含んで重くしなだれる黒髪へ指を入れる。こそばゆいのか、もっとと強請っているのか、イレブンはぐりぐり頭を寄せてきた。
甘やかしすぎましたかね、なんて躊躇するのは一瞬だ。少しくらいハメを外したっていいじゃないか、これから捲き上げた他人の金で謳歌するバカンスだ。
「さて、どこへ行きますか。海の底まで見える南国?北の果てに溶けない氷っていうのもあるらしいですよ」
「全部行く。全部、フォウと」
「あはっ、欲張りでよろしい。それなら、行き先はイレブンに預けましょう」
もう一度くしゃくしゃと頭を撫でて、その首元に両腕を回す。落下は上昇に似ている。辿り着けないほど上空にあるGARDENだって突き抜けて、宇宙旅行にだって出発できそうだ。
「着地は任せましたよ、イレブン」
ああ、と笑い声が耳元をかすめた気がした。
顔が近すぎて、よく見えなかったけれど。