フォウとイレブンオレたちの家からは海と空がよく見える。
そのほうがいいと、フォウが言ったからだ。
地上に人間が住めなくなって久しいが、人類の抜け殻はそこかしこに残されている。
海岸沿いに建つ、白い壁の大きな窓の家。
「そうですね、しばらくここにしましょうか」と彼が頷いてから、もうどれほど経っただろう。不在にしていることの方が多くて、よくわからない。
久しぶりに踏んだ床の埃の上で、「ああ、やっぱり我が家が一番ですね」、フォウはううんと伸びをする。明日は床を綺麗に磨こう。白い肌が汚れてしまう。
ディナーの前にやることがある、と言って、彼はバルコニーに続くガラス戸を開け放った。潮の臭いが波のように襲いくる。死んだ動物の臭いだといつも思う。
「フォウ、食事は」
大海原を一望できる特等席へ、フォウは小さな瓶を並べ出した。赤、黄色、緑、紫、摘んだ花でも活けるように、色とりどりの瓶を夕陽に透かす。
「まあそう焦らないでくださいよ。せっかくキミとディナーなんだから、おめかしくらいしたいでしょう?」
瓶の中身はマニキュアらしい。たしかに、先の作戦ではフォウに拳銃を握らせてしまった。反省すべき点だ、その爪先の色ですら、欠けさせてはいけなかったのに。
すまない、と呟きながら隣へ腰かける。聞こえているのにいないフリ、「何色にしましょうかねー」なんてフォウはマニキュアと指先を見比べている。
「オレは赤がいい。あの夕陽の色だ」
「選んでいいなんて言ってませんよ、イレブン。けど、まあ、悪くない選択肢だ」
どうやら、彼の機嫌を損ねてはいないらしい。落ちていく陽の光にかざされて、赤色のマニキュアはキラリと輝く。
本当は、フォウの瞳の色だと思っていた。それは彼にとてもよく似合って、誇らしい。
「オレにも、施してくれないか」
つい、欲望のままに口にしていた。
目に見えるところにいつもフォウがいるのは、なんだかとても良いことのような気がして。
「嫌ですよ」、願いはあっさり一蹴されて、かわりに手の甲を取られた。
透明な瓶のフタが開けられる。科学的な人工の臭いが、ツンと鼻を刺激する。
「キミ、いつも指先ぼろぼろにしてるでしょう。すぐ再生されるからって、どうせ塗り直すのは私なんですからね」
白いハケが、さあっと親指を撫でる。
魔法のようにピカ、と爪先が輝いて、まるで海のごとく夕陽の色を映し出す。
それは、フォウの瞳の色だと思った。オレにとてもよく似合って、誇らしい。
「おめかしが終わったら、ディナーにしましょう」
ネイル、剥がしちゃダメですよ。
そのほうがいいと、フォウが言うなら。