フォウイレギラギラ照らす太陽が、雲ひとつない青空が、キラキラ波打つ大海原が、私はわりあいと好きだった。
そんなことを言うと、彼は眉をひそめるかもしれない。ではなぜせっかく大好きな海辺に来ておいて泳ぎもせずにじっとしているのか、サングラスに長袖パーカーなんて日差しを全ガードする装備に身を包んでいるのか、一体何を楽しんでいるのか、問われたら自分でもうまく答えられる自信はない。
それでも、星座を知らなくても夜空を眺めてしまうように、名前を言えなくても花畑に目を奪われるように、私は寄せては返す波を見つめている。
理由なんてなくてもいいのだろう。なんといっても、今日はバカンスなのだから。
「フォウ、何か買ってくるが。君は何にする」
ざぶざぶと海をかきわけて、巨大な壁が歩いてきた。休日まで背後にピッタリ張りつく生き霊のようになっていたイレヴンに、せっかくですから、あなたはあなたで自由にしていいんですよ、と首輪を外してやったのは自分だ。内心ウズウズしていたのだろう、「少し泳いでくる」と波間に消えていった彼の“少し“は私の想像よりはるかに長く、昼食の時間はとうに過ぎている。
「ずいぶん楽しそうですね、イレヴン。私も嬉しいですよ。連れてきた甲斐がある」
ぼたぼたと海水を滴らせる青年にタオルを放り被せてやる。わしわしと拭き取ってやるには、少し足を伸ばさなくてはならない。濡れた犬が飼い主に身を寄せるように、イレヴンがぐ、と頭を突き出した。
こうなると少し面倒になるのが良くないところだ。動かしていた手を止め、まだ体を屈めたままの彼に傘の柄を向けてやる。隠れ蓑にぴったりな、人ふたり覆えるほどの大きな日傘だ。
「たまにはあなたのお誘いに乗ってみましょうか。もちろん食事の調達ではなく、ちゃんとしたランチのお誘いに、ですけど」
右腕はすぐに軽くなり、視界にはふっと影が落ちる。ギラギラ照らす太陽が、雲ひとつない青空が、キラキラ波打つ大海原が、とたんに彩りも魅力も失くしてゆく。
ああ、映る景色に必要なピースがひとつ欠けただけだっていうのに、嫌だ嫌だ。
「わかった。何が食べたい」
「アナタの好みに合わせます。休みの日くらい、思考の機会を減らさないと」
「……」
「私の趣向を汲み取らなくていいんですよ、面倒くさい」
「だが、フォウの嫌いなものは外さないと」
「おや、アナタの知り合いには好き嫌いのあるフォウさんという方がいらっしゃるんですか」
それでも、小鳥のさえずりに朝の気配を辿るように、川のせせらぎに立ち止まって耳を傾けてしまうように、私は隣をゆく男とのラリーに耳をそばだててしまう。
理由はわかっているけれど、まあ、今はどうでもいいだろう。