君はもういないーーカランコロン
と、扉に設置されたドアベルが来客を知らせた。
閉店までは残り30分程。
陽は沈み、辺りが暗くなり始めた頃だった。空には一番星が輝いている。
あまり詳しくは聞かなかったが、この未来にはやはり「野乃はな」が存在する。考えてみれば当然の事だった。あの時代と今は、数十年しか違わない。
『 輝木ほまれ 』
未来に戻ってしばらく経ち、ようやく落ち着いた頃にその名前を検索してみた。
そんな事をしても無意味だとは分かっていた。
調べてみた所でどうしようもないと。
今此処にいるほまれは、プリキュアにならなかった『ほまれ』だ。
ーー『ほまれ』は俺の事を知らない。
出逢えた所で辛くなるだけだと分かっていても。それでも衝動を抑える事は出来なくて。ただ彼女の今を、知りたかった。
ほまれの記事はネットでもすぐに見つかった。
天才フィギュアスケーターとして将来を有望視され、ジュニア大会の優勝、日本大会の決勝など国内外の記事問わず多く出てきた。
でも、それはある時点でパタリとなくなる。
時系列順で最後になる記事は、ジャンプ失敗で優勝を逃した記事。
素人の調べ物だから確実ではないが、以降は大会のエントリー記録もない。
そこで消息は完全に途絶えた。
でも、『輝木ほまれ』が存在する事実を知った。
そして、ただ虚しさだけが胸に残る。
あんなに帰りたいと願った、アスパワワが溢れて笑顔に満ちた未来。
取り戻したかったこの場所に、俺はいる。
それなのに。
心にぽっかり穴が空いたみたいな喪失感。
それが何か、俺は知っている…と思う。
「いらっしゃいませ」
声を掛けて、ハリーは持っていた端末をオフにして立ち上がる。
「まだ、お店開いてますか?」
「空いてますよ」
言って店の奥から顔を出す。
「ゆっくり見てって下さ…」
いつも通りの営業スマイル。
でもその客の顔を見て、それ以上の言葉が出なかった。心臓がドクンと脈打つ。
すらりと伸びた手足にスタイルの良さが服の上からでも分かる。綺麗な黄色の長い髪。年齢は40歳近い…はずだが、そうは見えない。けれど、上品に歳を重ねたであろうその人。
その顔には、見覚えがあった。
忘れるはずがない。
どれだけ歳をとっても、間違うはずがない。
「…ほまれ」
小さく呟く。
「え?」
彼女は不思議そうにこちらを見ていた。
「・・・・・?」
ーー違う。
彼女は『輝木ほまれ』かもしれないけれど、俺の知っているほまれじゃない。
「あ…えーと…いえ、すみません…」
ハリーはあわてて笑顔を取り繕う。
「すみません。ゆっくり見ていって下さい」
「…ありがとう」
彼女は少しだけ不思議そうにこちらを見てから、店内に目をやる。
ビューティーハリーショップは、女の子の憧れが全て詰まったお店。
ほまれが内装や仕入れ商品をアドバイスしてくれて、オシャレになった店。ほまれなら何を置くか仕入れるか、あのキラキラした時代を想像して再現した、少し時代を遡ったレトロ可愛いお店を目指した。
あの一年を、忘れたくなくて。もう一度、今度はこの時代で店を開いた。
「可愛いお店ですね」
服を見ながら彼女が話し掛ける。
「でしょ。カフェスペースも併設してるんで、良かったら今度はお茶でもしに来て下さいね」
ハリーは営業トークで笑い掛ける。
静かな時間だった。緊張で変な汗が出る。自分の心音が妙に煩く響く。
「何だか懐かしい気がして、思わず入ってしまったの。店長さん、思ったより若いからびっくりしちゃった」
笑って、けれど伏せた瞳は揺らいでいるように見えた。
少しだけ考えて。言い辛そうに彼女は口を開く。
「こんな事言うの、変なんだけど…」
彼女はハリーを真っ直ぐに見た。
「私…貴方に、
…何処かでお会いした事があるかしら?」
その言葉に、時が止まったような衝撃を覚えた。
何処かって、何処だ?
この時代の『ほまれ』は、絶対に俺を知らないはずだ。
もちろん俺も中学生のほまれしか知らない。
知っていると答えて、タイムスリップした事を話したら…彼女は何と言うだろう。
真っ直ぐに気持ちを伝えてくれたほまれ。
あの時代で、俺を支えてくれた希望だった。
そんな彼女を俺は、傷付けるしか出来なかった。
本当は、
そんな貴女が、
好きでしたと、今伝えたらーー。
ハリーはぎゅっと拳を握る。
「たぶん、お会いした事はないと…思います」
笑って、嘘を吐いた。
彼女にしてみれば嘘ではないけれど。
「そうですよね。すみません」
彼女は困ったように笑って、ハリーに答えた。
口元に添えた左手には、薬指の指輪が光る。
白のダイヤは、彼女の誕生石だ。
「娘の服を買いに来たの。オススメはあります?」
再び彼女は店内に目をやる。
あっと呟いて、手に取ったのは星の模様がワンポイントにあしらわれたクリーム色のワンピース。少し大人っぽいデザインが、ほまれに似合いそうだと思った。
ハリーは小さく深呼吸をしてから彼女を見た。
「そちらのワンピース、オススメですよ。今なら開店セールで30%オフのお品です」
いつも通りの接客を心掛けて、ハリーは笑う。
ーーもう君は何処にもいない。
笑顔で自分の気持ちに蓋をする。
隠し事は、得意だから。
End***