「こんなところで、どうしたの」
珍しく、鯖人が正論を言った瞬間であった。彼が登場時の突風で巻き上げた海水が、りんねに頭から襲いかかっていることに目を瞑れば、だが。
「……おやじには関係ないだろ」
「いやぁ…さすがに目の前で自殺行為じみたことをやってる息子がいるのに関係ないって言うパパはいないんじゃない?」
「お前なら言うだろ、というか半分くらいは急に現われたお前のせいだろうが!」
今すぐにでも殴りたいところだったが、生憎と絶妙に間合いを取られていた。構うだけ時間の無駄だと切り替えて、またざぶざぶと海を掻き分けていく。
「……まさかとは思うけど女の子が沈んじゃったりしたの? なら隠蔽するから早く上がった方が良い。そんなところにずっといたら風邪引いちゃうよ?」
「お前じゃ無いんだからそんなことはしなっくしゅん!」
状況をおさらいしよう。季節は秋、時間は夜、場所は海である。そんな寒空の元、Tシャツ一枚で海に浸かっているのが六道りんね。……普通に考えて自殺行為以外の何物でもない。一般人に見られたら速攻通報されるだろうし、鯖人だって、これでいて結構本気で心配している。
「言わんこっちゃない……。こんなところで倒れたら死んじゃうよ。死神も人間も関係なく」
「うるさい。お前には関係ない。とっとと帰れもしくは命数管理局に自首でもしにいけ」
言っている内容に反して、声は若干震えている。暗くてよく見えないが、手も顔も不健康な色だった。どうせ裸足だろう足も、きっと無事ではないはずだ。
「何探してるの」
「……指輪。銀色の。そこら辺の若者向けの店で買った奴だから金にはならんぞ」
盗むと思ったから言わなかったんだ、等と言っているが、鯖人とてさすがにそこまで悪党では無い、はずだ。多分。
それが依頼人関連なのか、あの三つ編みの少女に貰った物なのかを聞く気にはなれなかった、から、にこりと微笑んでりんねを担ぎ上げる。
「分かった。探してあげるからりんねはこれで終わり、大人しく寝なさい」
反論する暇すら与えずに雑に気絶させ、霊道経由でカンパニーに放り込む。丁度美人がいたので、「適当に着替えさせてからぼくの部屋に寝かしといて」と頼んでおいた。
翌朝、鯖人の部屋で気絶――ではなく眠っていたりんね(案の定風邪は引いた)を叩き起こす声があった。霊道を通って声の聞こえる方へ行ってみれば、声の主は何やら光る物を掲げている。
「りんね、これで合ってるか?」
「合っているが……お前、これは働いたことにならないのか?」
「え~? あの後近くで仕事してた社員たち呼び出して総ざらいさせただけで、ぼくは何もやってないし~?」
夜には無かったクマに、びしょ濡れの髪と肌、雑に社員から引っ剥がしたのだろうサイズの合っていないTシャツとズボン姿でそれを言われても説得力は無い、が、下手に追求して面倒なことになってはたまらないので"そういうこと"としておくことにする。
「……感謝する……」
自分でも聞き取れるか怪しいくらいの声量だったが、地獄耳なのか何なのか、目の前の男には聞こえていたらしい。一瞬だけ、鯖人らしくない――まるで世間一般の暖かな父親のような――眼をした物だから、つい瞠目してしまった。
「はい、どうぞ。落とし主には、落とさない自信がないなら海に持って行かないようにって伝えておいた方がいいよ」
特に渋られることも無く普通に手渡された銀色の指輪が、朝日を反射して眩しかった。
(24/06/23)