唯一をさがして(仮) 翌朝六時にアークエンジェルはパナマに向けて出港した。数時間で目的地に到着し、初日は周囲の警戒で終わり、途中ブルーコスモスからの攻撃も受けたがモビルスーツの出撃を命じるまでもなく、共闘していた連合軍によって捕縛に至った。
「もうすぐ夜になる。あちらも闇の中で動くようなことはないだろう。コンディション・イエローに移行、ブリッジクルーはブリーフィングの後交替で休息とする」
コノエはそこで言葉を詰まらせる。言ってから気付いたのだ。
「失礼。第二戦闘配備、だな」
その言葉で周囲もふっと緊張を解いたようだった。
艦橋でブリーフィングを済ませ、今後の動きも確認する。コノエにとってアークエンジェルでの初陣で、周囲から何か声が上がるかと懸念したが異を唱えるものはいなかった。
チャンドラに促されて休息に入ることとした。艦長自ら真っ先に、とは思ったが、ラミアスがそうしていることも多いそうである。事後処理を行うクルーもおり、この場は素直に従うことにした。
「コノエ艦長」
艦橋を出たところで背後から呼び止められる。ノイマンだ。
「大尉も休息かな」
「はい。キリシマ軍曹に任せてきました」
「そうか。食事に行こうと思うんだが、よかったら一緒にどうかな」
「喜んでお供します」
二人で連れ立って食堂へ向かう。第二戦闘配備になったからだろう、食堂は賑わっていた。コノエの姿を見て表情を引き締める者もいる。
「人が多いですね。場所を変えますか?」
副官としての働きはあまり期待しないでほしいと言ったノイマンだが、気遣いはなかなかのもので、クルーたちが萎縮しないようにさっさと食事をして立ち去ろうと思っていたコノエの気持ちを先読みしてくれたような言葉だった。
「大尉がよければ私の艦長室はどうかな」
一般的な士官室がどれほどの広さかは知らないが、コノエに与えられた艦長室の方がきっと広いだろう。それに部下のプライベート空間にずかずか入りこむのも気が引ける。
「それではお邪魔します」
食堂で食べるのもいいが、個室の方が落ち着きそうだ。ノイマンとじっくり話をしてみたいと思ってもいたのでちょうどいい。
食事のトレイを受け取りコノエの部屋へ。コノエは執務机へ、ノイマンはソファに座った。
「アークエンジェルの食事は口に合いますか?」
今夜のメニューである生姜焼きを器用に箸で食べながら、ノイマンが尋ねてきた。
アークエンジェルで提供される料理はオーブのものだ。昨夜食べた魚の塩焼きも、コノエには馴染みのないものだった。
「プラントではあまり食べたことのないものだけど、どれも美味しい。しかし、サービスが過ぎるかな、四十代にこの量は・・・ねえ」
二人の視線が主菜の皿へ。そこには山盛りの生姜焼きが載せられている。
「ふっ・・・食器を返しに行くときにそれとなく注意しておきます。歓迎されているんですよ、コノエ艦長」
「それはすごく伝わってきた」
ノイマンが笑い、コノエも苦笑いで返す。
食堂のクルーは「気苦労も多いと思いますがたくさん食べて鋭気を養って行ってください!」とコノエが断る間もなく大鍋からたっぷりよそってくれた。昨夜の魚は一人一匹だったため気が付かなかったが、思い起こせば確かに副菜と味噌汁は溢れんばかりに入っていた。
「少し引き取ってもらえないだろうか」
ちろりとノイマンを見ると青年はソファから立ち上がり、自分の皿を持って近づいてきた。ノイマンの生姜焼きに己の分を半分程取って載せる。
「そんなにいいんですか?」
「四十代の胃をなめてもらっては困るな。段々食べられなくなるから、きみも今のうちにたくさん食べておくといいよ」
年寄りくさい台詞にもノイマンは笑ってくれて、ソファに戻って食事を再開する。気持ちのいい食べっぷりで生姜焼きも、大盛りのご飯もみるみる減っていく。対するコノエはゆっくりと食事を楽しむ。
「美味しそうに食べるね」
「美味しいです」
しっかり咀嚼して飲み込んでからノイマンは答えた。
「食堂も、連合時代はいまいちだったんですが、オーブ軍に所属してから格段に美味しくなりました」
ノイマンは少し考えてから。
「あの頃はゆっくり食事する時間もないくらいストレスに晒されていたので、余計に美味しく感じなかったのかもしれません」
過酷な時代を思い出したのだろう、自嘲気味に笑ってそう言う。
「苦労したね」
「そうですね。あの頃の自分が今のこの状況を見たら驚くと思います。ザフト所属の上官とこうして向かい合って一緒に美味しい食事ができているなんて」
「そうだね、私もまさかアークエンジェルで指揮を執れる日が来るなんて思わなかった」
副菜をつつきながら穏やかな時間を感じる。
「こういう積み重ねの一つ一つが、世界の確執を解いていく切っ掛けになればいいね」
今は小さくてもコンパスのような組織が広がっていけば、いつか世界は変わっていくだろう。今はただ、目の前の相手と手を握り合って進むだけだ。
「連合時代はコーディネイターやザフトという存在がとても遠かったんですが、ヤマト准将に出会ってザラ一佐やエルスマン中尉と関わって、ナチュラルもコーディネイターも根本は同じなんだって気が付きました。私たちはきっと手を取り合っていけると信じています」
ノイマンの目は若者らしく輝いていた。
「そうだね。私もそう思う」
食事が済んだタイミングでノイマンに声を掛ける。
「もう少しきみの時間をもらえるなら明日からの作戦会議と私の戦法や兵法について話しておきたいんだがどうだろう、副長」
あえて副長と呼ぶと、青年は嬉しそうに頷く。
「もちろんです。艦長」
ノイマンは優秀な副長だった。
士官学校での成績は平均、軍籍になってからも突出して秀でたものはないと本人は言うが、とにかく「聞く力」がある。理解しようとする人間は成長が早い。
コノエが話すものを零さないようによく聞き、自分の中で話を咀嚼した上で分からないことを質問する。意見もするがそれに対する反論もよく聞き、考えた上でまた口を開く。
ミレニアムのトラインは全てをそつなくこなし命令に従順、周囲のクルーの考えを察し配慮する能力に長けた優秀な副長であるが、ノイマンは命令を聞いて遂行し、その上で己の考えの元、行動を起こせるタイプの優秀さがあった。なるほど、アークエンジェルで揉まれてきただけはある。
「そろそろ終わりにするか」
時計を見ると一時間ほど経っていた。これ以上ノイマンの休憩時間を奪うのは忍びなく、きりのいいところでコノエは終了の声を出す。
「あの」
ソファに座ったノイマンは、タブレットから顔を上げてこちらを見る。
「ん?なにか気になるところでもあったかな」
「いえ。そうではないのですが・・・」
やや言い淀む。
「ここには私ときみしかいない。なんでも言っていい」
副官との関係は良好なものに保っておきたいし、戦闘に臨むにあたり少しのすれ違いも避けたい。
「艦長のおしゃっていること、戦法もよく理解できました。気になる点もありませんし、安心して艦長の指揮で動けます。ただ」
「ただ?」
執務机の天板に両肘をついて顎を乗せる。
「私にここまで手の内を見せてよろしいのかな、と」
そう言われ、コノエは目を丸くした。
ノイマンはこう言っているのだ「もし今後敵対関係に戻るようなことがあれば、今日ここで話したことがあだになになってコノエが不利になるのではないか」と。
ノイマンの目は真剣そのものだったが、コノエは思わず噴き出してしまった。
「ふふ、大尉はおもしろいことを言う」
「・・・私は真剣ですが」
コノエは片手をひらひらと振って見せた。
「そうだね、申し訳ない。でもきみがさっき言ったんじゃないか。『我々は手を取り合える』って。なら今この瞬間を信じなくてどうする」
コノエは依然おかしそうに口角を上げていたが、ノイマンの方は顔を赤くした。自分の言葉の矛盾に恥ずかしくなったらしい。
「そう、ですね」
青年は恥ずかしそうに、肩を小さくして俯いてしまった。
「ノイマン大尉」
呼びかけてやると恐る恐るという風に顔を上げる。
「きみが最初に言っていただろう。私をラミアス大佐だと思って接すると。なら私もきみをトライン少佐だと思って接する」
ノイマンは深緑の目を開き、それからふわりと表情を緩めた。
アークエンジェルを案内してもらったとき隠し事をせず開示する姿勢を見せてくれた、その姿勢には同じように応えたいと決めたのだ。
「それに、もしいつか袂を分かつことになっても、今日のこの時間がきみや他の命を救うことになるならそれでいい」
たとえそのときに撃たれるのが自分であっても。
『第一戦闘配備、第一戦闘配備。各自持ち場に就け。パイロットは各モビルスーツに搭乗。繰り返す、第一戦闘配備・・・』
けたたましくアラートが鳴り、コノエとノイマンは同時に腰を上げていた。
「結局たいした休憩もできなくて悪かったね」
艦長室を出て足早に艦橋に戻る。
「艦長こそ。それに、座って食事ができただけで充分です」
艦橋では慌ただしく情報が飛び交っていた。コノエは艦長席、ノイマンはキリシマと交替するように操舵席に座る。
「状況報告」
コノエの言葉にチャンドラが端的に報告する。
「グリーン275、アルファ18に戦闘反応。熱源照合、地球連合軍とブルーコスモスのモビルスーツ多数」
「母艦は」
「現在不明です」
「駆り出された以上は見ているわけにもいかない、アークエンジェル発進する」