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    hoshina0018

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    hoshina0018

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    #主福
    #RotR

    薄紅の秋の実に異国の男女が互いを見つめ合い、体を密着させ、ゆらゆらと体を揺らしている。そのうち女性がくるりと回ると、金魚草の花弁のようなドレスの裾が広がった。
    そんな仲睦まじい光景を、ここ横浜貴賓館の窓から隠し刀は眺めていた。
    福沢に勉強を教わり始めてひと月くらい経つだろうか。夏特有の湿気を含んだ風が、徐々に涼し気な風に変わる秋。その間にこの西洋人が中庭の花畑でくるくると楽しそうに踊るのを何度か目にした。そして今日も踊っている。
    「…今日はもう終わりにしますか。」
    目線が机の上の書物でなく、外に向いているのに気付いた福沢はそう提案する。
    「あ…いや、すまない。続けよう。」
    書物に向き直るも、暫くすると再び上の空で外を見る。今日でもう三度目だ。
    そんな隠し刀を見て、やれやれと呆れ半分の溜息がでる。
    「…らしくないですね。今日の授業は退屈でしたか?」
    いつも真剣に励む優等生なだけに心配になる。体調でも悪いのだろうか、それとも先程から見ている窓の向こうに何かあるのか。
    「いいや、お前の教え方は上手いし、面白い。ただ…あれを見ていると不思議に思うんだ。」
    はて、あれとは一体何だろうかと、隠し刀の目線の先を辿ると、西洋人の男女が踊っていた。
    たまに踊っているのを見た事がある福沢は、ああ、と納得したが、彼が何を不思議がっているのかいまいちわからなかった。すると、心を読んだかのように隠し刀が話を続ける。
    「いつもにこにこ笑いながら踊っているが、あれはそんなにも楽しいものなのか?」
    「うーん…どうでしょうね。僕はああいう西洋の踊りは踊った事が無いですから何とも言えませんが…」
    くすくすと上機嫌に踊る姿は確かに楽しそうである。じっと観察すると、二人が纏う雰囲気がふわふわと甘酸っぱい、例えば林檎の香りが漂ってくる様なそれで、互いを見つめる瞳は暖かく、情愛に満ちている。これは恋をしている者達の空気だ。
    「…あの方達は踊っていなくても二人一緒にいれば、何をしていても楽しいのではないでしょうか。」
    どういう事だ?と隠し刀が首を傾げる。
    「ええと、恐らくですが…想いあっていると言いますか…恋をしていると言った方が伝わりますかね。」
    「恋…恋か…」
    隠し刀はそう呟いて考え込んでしまった。そういった感情を経験した事が無いのか、なかなかピンと来ないようだ。
    「私はお前といるといつも楽しい。折り目正しいと思いきや、黒船に忍び込んで勉学に役に立ちそうな物を拝借する、などと突拍子もない事を言い出したり、今日のように勉強を教えてもらう時間もあっという間に過ぎていく。…これも恋なのか?」
    「そ、それを本人に聞くんですか…?」
    突拍子も無いことを言うのはどちらなのだろうかと、福沢は少し動揺した。恋心の有無はわからないが、隠し刀に好意を持たれる事自体は嫌な気はしない。しかし、いきなり告白も同然の事を言われたのが気恥ずかしくなり、それを悟られぬよう軽く咳払いをして取り繕う。
    「……僕にはわかりかねます。貴方の心は貴方にしかわからないので。…それに、恋というものは相手に触れたいと思ったり、心臓の鼓動が早くなったりするものらしいですよ。」
    ふむ…成程な、と隠し刀は呟き、こう続ける。
    「…私は今まで刀として生きてきて、自分というものが無かった。それが当たり前だった。…でも、これからは自分の意思で生きていく。その為に私は私の事をもっと知りたい。…だから手伝ってくれないか。」
    そう言ってゆっくりと椅子から立ち上がり、指先を机の上へ滑らせながら福沢の方へと近寄る。
    「この感情が恋なのか、何なのか…」
    教えてくれ、先生。
    耳元でいつも聞いている声とは違う、しっとりした声色で囁かれ、心臓が跳ねるのを感じた。
    「あ、」
    予想外の行動と自分に起こった現象に戸惑い、何と返したらいいかわからず、餌を求め水面から顔を出す魚のように、はくはくと口を動かす事しか出来ない。先刻、自分で言った言葉が頭の中をよぎる。
    『心臓の鼓動が早くなったりするものらしい』
    らしい、というのは人がそう話していたのを聞いただけで、福沢自身の経験ではなかった。言わば受け売りである。…そのはずだった。
    隠し刀の顔が耳から離れると、真っ赤になった福沢の顔が目に入る。
    「…鼓動は早くなったか?」
    目を細め、にやりと笑う。
    「ぼ、僕で試さないでください…!」
    熱くなった耳を手のひらで押さえる。まだ声が反響しているように感じて、心臓が五月蝿い。
    「すまない、悪戯がすぎた。でも…これでわかった。」
    今度は手を引かれ、隠し刀の右胸の辺りに押し当てられる。
    「これが答えだ。」
    そう言って隠し刀は先程とは違い、柔らかい笑顔を浮かべる。二人から微かに林檎の甘酸っぱい香りが漂っていた。
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