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    hoshina0018

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    hoshina0018

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    #主福
    #RotR

    遣らずの雨に小腹が空いて立ち寄った団子屋で、焼いた団子に醤油がかかっているだけの素朴な物を二串頼む。
    引きも切らずに用事を頼まれ、あちこち走り回っている隠し刀は、それ相応に腹が減りよく食べる。その為か、腹持ちのいい団子を好んで食べた。
    江戸には多くの団子屋があるので、どの店の物が美味いのか食べ比べするのが、最近の彼の趣味だ。
    近くに写真館もあれば歌舞伎座もあり、人通りも多く活気づいている。
    屋外の縁台に座り、団子が来るまで街の様子を眺めながら一息ついた。


    そう待たずに皿に乗った団子と茶が提供され、焼きたての香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。早速、熱々のそれを口に含みながらふと、空を見れば、日が雲に隠れどんよりとした天気になってきた。
    これはひと雨来そうだと思いながらも、本日の用事を全て済ませた後なのでゆっくり味わって食べる。すると、傍に生えている紫陽花の葉が浅く頷くように揺れた。ぽつりぽつりと水音がする。雨が降り始めたのだ。
    それを見た隠し刀は皿と茶を持ち、急いで店の中へと避難する。雨はどんどん強くなり、出来るだけ濡れぬよう足早に駆けて行く人々を脇目に見ながら茶を啜った。


    団子を食べ終わり、代金も支払った後もまだ雨は降り続いていた。客もそれほど居ないため雨宿りさせてくれと、店の者に許可をとって居座っているが、いつまでもここにいる訳にはいかない。
    次に雨足が弱くなったら出て行こう、そう思っていた時、本を片手に持ち番傘を差して歩く福沢の姿を見つけた。
    声をかけようと店から出たところ、向こうも隠し刀に気付いたらしく、こちらへいそいそと駆けてくる。
    「こんな所で会うなんて奇遇ですね。」
    好いた相手を見つけ、お互いに自然と顔が緩む。
    「そうだな。おかげで助かった。この雨の中どう帰ろうかと考えていたところだった。」
    「おや、僕ではなく傘が目当てでしたか。」
    「いや、お前も、だ。」
    「ふふ、それなら宜しい。お望み通り入れてあげましょう。」
    店員に世話になったと告げて、さり気なく福沢の手から傘を取り、持ち上げて歩き出す。
    「……もっと…近くに寄らないと、肩が濡れます。」
    そう福沢は言うものの、番傘は男二人を覆うくらいの丁度良い大きさで身を寄せあわなくとも濡れる事はない。ただ理由をつけて恋人とくっ付いていたいだけなのだ。
    隠し刀の袖をくいと、照れているのか控え目に引っ張る。
    隠し刀は甘え下手な福沢の想いを汲んで、何も言わずにそっと身を寄せた。

    こそばゆい雰囲気の中、ざあざあと地面を叩きつける雨粒が二人の足下を濡らす。傘の油紙に雨の弾く音が響き、なんだか世界にたった二人しかいないような錯覚さえする。
    暫く無言が続いたが、ちっとも苦ではない。寧ろ心地よいとさえ思う。これも想い合う二人だからこそなのだろう。福沢と懇ろな関係になるまでこんな気持ちを知らずにいたが、なかなか良いものである。毎日新しい発見ばかりで新鮮だ。

    手に持っている本が気になり、先に沈黙を破ったのは隠し刀の方だった。
    「そういえば、書物屋へ行ってきたのか?」
    「ええ。お目当ての本があるか見に。」
    「その手に持っている物か。」
    何故か福沢は顔を伏せ、頬をほんのり赤らめながら本を胸の前でぎゅっと抱える。
    「…はい。北越雪譜という本なのですが、雪国の…取り分け、越後の風俗や暮らしが事細かに綴られているんです。」
    「へぇ…珍しいな。そういう本には興味無いのかと思っていた。」
    「……あなたの故郷が…雪深い所だと、仰っていたので…」
    もごもごと恥ずかしそうに話す相手に胸が温かくなる。
    「私の事を知りたくて、書物屋まで足を運んでくれたのか。」
    黙ってこくりと頷く恋人が、堪らなく愛おしい。今すぐ抱き締めたい衝動に駆られるも、ここは往来だと自分に言い聞かせ、ぐっと堪える。
    「それなら直接、私に聞けばいい。私もお前の故郷の事が知りたい。」
    「…話をちらっと聞く限り、辛い思い出が多そうでしたので聞くのを躊躇っていたんです。あなたにそんな記憶を思い出させたくなくて…」
    「…まぁ、確かにあまり良いものではないが…でもそれだけではない。お前さえ良ければ、知っていてもらいたい。」
    そう言うと、福沢は嬉々として顔を上げる。
    「勿論…!知りたいです。あなたの事、もっと…」
    その言葉を聞いて辛抱たまらなくなった隠し刀は、二人を包み隠すように傘を窄め、福沢の口に唇を重ねる。傘で見えないのをいい事に、愛しい相手もそれに応えた。

    少し歩き、気付くと雨と晴れの境界線に来たらしく、地面が半分に色分けされていた。
    「ここから土が乾いてますね。」
    雨のせいにして堂々と街中を寄り添って歩く事が出来なくなり、少し残念そうに呟く。
    もっとくっ付いていたいのは隠し刀とて同じである。傘の中の甘い世界をもっと噛み締めていたい。そう思い、雨の散歩のおかわりを提案してみる。
    「もう少し…傘、差して歩かないか。」
    振り向くと、すぐ後ろではまだ雨の帳が掛かっている。
    「ふふ、たまにはこういう日があっても良いかもしれませんね。是非、故郷の話を聞かせてください。」
    そうして踵を返し、再び雨の中に飛び込むのであった。
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