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    hoshina0018

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    hoshina0018

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    現パロ主福です
    この距離でしか見えない景色

    #主福
    #RotR

    星を綴る しん、と静まり返った夜、窓から射し込む街灯の明かりだけが光源の部屋で、二人の荒い息だけが聞こえる。
     仰向けになり甘い余韻でくったりしている福沢の額にキスを落とすと、隠し刀は名残惜しそうに重ねた体を離して自身を引き抜いた。
     白濁色の液が溜まったスキンを手際よく結び、空の箱と一緒にベッド横のゴミ箱へ捨てると、汗がぽたりとシーツに滴り落ちて今しがた終わった情交で出来た染みの一部になった。

     
    「平気か?」
     枕元のティッシュを数枚、諭吉に渡すと、自らの体液で汚れた腹の上を丁寧に拭き取りながら首肯した。
    「シャワー浴びれるか?このまま寝てしまってもいいけど…どうする?」
     諭吉は気怠げにベッドから降りると、五○○mlペットボトルの水を一気に半分まで飲んだ。
    「…浴びます。あなたは?」
    「うーん…一緒に浴びると…またしたくなるから後で浴びる」
    「べ……別に、一緒に浴びようなんて言ってませんよ」
     軽口に、馬鹿、と照れ隠しに言い放ち、脱衣所に向かった恋人の背中を見送ると、微笑ましさに口角が上がる。床に落ちているTシャツと下着を身につけると、ベランダに出る窓を開けた。
     夏の面影を若干残した風がレースカーテンをふわり膨らませると、粗熱を取るように部屋の熱さが一掃されていく。このくらいの気温ならば汗冷えしないだろうと、煙草とライターを持ってベランダに出た。
     周りを見渡すと殆どの家の電気が消えている。深夜二時なのだから当然だ。皆の寝静まったこの時間帯が、何も考えず頭を空っぽにするのに丁度よく、一番好きな時間なのだ。
     
     ぼうっと煙草を喫んでいると自分の使っているボディソープの匂いが香ってきて、横を見ればシャワーを浴び終えた諭吉が隣りに並んでいた。
    「一本貰ってもいいですか。僕のきらしてしまって」
     手に持っている煙草に目線をやりながらそう言われたが、残念ながらこれが最後の一本だった。
    「すまない。今吸っているので終わりなんだ」
    「おや…そうでしたか。なら仕方ありませんね」
     恋人にあげれる程の長さは見るからに無く、諭吉もそれを了承したようではあるが少し残念そうにしている。
    「……コンビニ行くか」
     室外機に置いてある灰皿に煙草を押し付け火を消す。一番近くの店まで歩いて十分程度だ。散歩がてら買いに行くのも悪くない。
     諭吉もそれを望んでいたらしく、早く行こうと言わんばかりに部屋へと戻っていった。

     部屋の中では街灯で分からなかったが、外へ出て空を見上げるとほぼ欠けの無い月が空高く昇っている。まさに夜道を歩くのに適した日だ。
    「……もう秋ですね」
     乾かしたばかりの髪を夜風が揺らすと、諭吉は気持ち良さそうに目を細める。
    「ああ、涼しくなり始めてきたな。諭吉の好きな紅葉はまだ少し先だが、それもあっという間に来るだろう。今年は――」
     ――何処に紅葉狩りへ行こうか
     そう言いかけて飲み込んだ。
     紅葉を待たずに諭吉は日本を発つ。二年の海外赴任が決まり、渡米するのだ。
     出発は明後日で逢えるのは今日で最後だ。…にもかかわらず、恋人と離れる実感がまだ湧かずにいる。
    「……残念ですが、今年は一緒に観れませんね」
    「そうだな。…まだ諭吉が居なくなるイメージが出来なくて…つい」
    「そんなものですよ。僕もあまり実感が無いですから。出張で何度か行っていますし、物件だって会社が用意してくれた部屋を使うので」
    「……なら、帰ってきた年に何処へ行くか考えようか」
     早すぎませんか、と苦笑しながらも顎に手を添えて考え始めたようだ。
    「去年と同じ場所ですと…紅葉は勿論素晴らしかったですが、人が凄くて紅葉より人を見に行ったと言っても過言ではありませんでしたし…ゆっくり出来る穴場があればいいですね」
    「ああ、山道の渋滞には参ったな」
     気の早い話しながら住宅街を歩いていると、近隣の生垣の隙間から白い花が咲いているのが目に入った。
    「……珍しい。月見草だ」
    「え?」
    「知らないか?夕方から夜にかけて咲く花で、時間が経つと花弁が白からピンク色に変わっていく。そして朝が近付くとしぼんでしまう一日花だ」
     諭吉は、少し腰をかがめてほう、と呟くと、生垣を覗き込んだ。
    「……たった一晩しか咲いていられないのに、新月に咲いた花は少し可哀想だな」
    「何故です?」
    「名前の通り、月が見たくて夜に咲くのなら月が出ていない日なんて残念極まりないだろう」
    「…植物なのでそんな考え持ち合わせていないでしょうが…今咲いている花は月が見れて良かったですね」
     身も蓋もない事を言ってのける恋人に今度は私が苦笑する。
    「諭吉はロマンが無いなぁ…」
    「ロマンが無くて悪かったですね」
     顔を見合わせ、近所迷惑にならないよう小さな声で笑う。
     月の光で照らされている薄い花弁は少し透けて見え、儚く美しく、立ち止まりじっと見詰めていると、紅葉の代わりに月見草狩りですね、と諭吉が言った。
     あまり長い間立ち止まっていては不審者に間違われるかもと思ったが、心配せずともこの時間のせいか生垣の家も電気が消えており、幸い通行人もいない。それを良い事に、少しの間二人で花を愛でた。

     
     自動ドアが開いて入店音が鳴る。真っ先に煙草を買わず店内を見て回っていると、棚に陳列されているスキンが視界に入った。さっきの情事で使い終わった事を思い出して手に取ってみるが、これから当分使う予定が無いと考えると今買っても意味が無い。
     そう思い、箱を元の場所に戻した途端、恋人の旅立つ実感が湧いてきたようで胸に隙間風が吹くような寂しさを覚え始めた。
     それと同時に持っているカゴがずしりと重くなる。予想はつく。おそらく諭吉が酒を入れたのだ。その証拠に缶がころころとカゴの中を転がる音がして、重さが片側に寄った。中を見れば、やはりビール缶二本が仲良くくっついている。
    「眉間に皺を寄せないでください。暫く逢えなくなるのですから、一杯くらい付き合ってくれてもいいでしょう?」
     諭吉は私がビールが嫌で顰め面していたと思っているらしい。確かに私は祝い事や特別な日、付き合いで仕方なく飲む事はあっても、自ら進んで飲む事は滅多に無い。買ってもそれは諭吉が来た時用にと置いてある物で、自分用ではないのだ。それを知っているからこそ、彼は勘違いしたのだろう。
    「……分かった。一杯だけな」
     今更、寂しくなってきた、と言ったら困らせてしまうだろうか。誤解を解かぬまま、恋人の願いを聞き入れた。

     それぞれの煙草と、ビール二缶を買ってコンビニを出る。店の前のベンチで飲もうかと思ったが、店内の明かりに引き寄せられたバッタや蛾が占領しており叶わなかった。せっかく夜風が気持ちいいのに家で飲むのも勿体ない気がして、すぐ近くにある公園のベンチで乾杯する事になった。
     手で軽くベンチの砂を払い、腰掛けた諭吉にビールを手渡す。カシュッと気持ちの良い音をたてて諭吉が飲み口を開けると、中で炭酸の泡が弾ける音が聞こえてくる。恋人の、待っていましたと言わんばかりの期待に満ちた顔を見ながら、自分の分も開けた。
     軽く缶を当てて乾杯し一口飲むと、炭酸自体が久し振りだったせいか、パチパチとした刺激が鼻の奥にまで広がって意図せず目に涙が浮かぶ。
     涙が引っ込むまでの間、諭吉の喉仏が忙しなく上下に動くのを凝視していると、こちらの視線に気付いて口を離した。
     美味しい、とふにゃり笑う姿に、暫くの間はこの幸せそうな顔が見れないと思うと寂しさに拍車がかかる。
     特別な日にしかしない飲酒が、旅立ちが間近だと痛感させられ、引っ込むどころかこのままだと溜まっていきそうな涙を隠すようにビールを煽って誤魔化す。すると何かを察したのか、諭吉がそっと肩に頭を預けた。
    「シャワー浴びてないから…」
     汗の匂いが気になってやんわり止めるよう促すが全く気にする様子もなく、そのまま目を瞑ってしまった。
     出国の準備で忙しくしている合間を縫って来てくれたうえに、こんな夜遅くまで起きているのだから疲れが出たのだろう。寄りかかった重みを、体温を、いつにも増して手放したくなくなってしまう。
     隣りから香る自分と同じボディソープの匂い。いつもスキンを常備してある部屋。キンキンに冷えたビールの入っている冷蔵庫――これらのあたりまえが、あたりまえでなくなっていくのだろう。それがまた、あたりまえになっていく。そんな日常に慣れてしまうのは嫌だ。
    「……せめて真夏であれば、今より別れも辛くなかったのかな」
     誰に言うわけでもなくボソリと呟いた独り言は、背後の新聞配達のカブの走行音で掻き消されたかのように思えたが、肩に寄りかかった恋人は聞き逃してくれなかった。
    「ふふ、もう酔ったのですか」
    「…そうみたいだ。……寂しさを自覚してしまうとこんなにも離れ難くなるものなんだな」
     寝たと思って呟いた弱音がしっかりと届いていて気恥しくなり、酔ったふりをすると諭吉はゆっくり話し始めた。
    「……あなたは先程、新月に咲いた月見草が不憫だと言っていましたよね」
    「うん?言ったが…どうした?」
    「まぁ聞いてください。月が見えない代わりに星々の輝きを月見草は知ると思うんです。それは見たかった情景ではないかもしれませんが、月の出ていない暗闇だからこそ気付く美しさでしょう?」
     諭吉は優しく諭すような声色で続けた。
    「なので僕たちは逢いたくてもすぐには逢えない距離まで離れてしまいますが、そんな状況を楽しめる僕たちなりの星空を探しませんか」
    「……お前こそ酔ってるな。随分とらしくない、ロマンチックな事を言う」
    「あなたの真似です。それに…募る寂しさも、あなたを想って湧いた感情なら悪くない」
    「そんな風に思える余裕があるんだな。私にはまだ無いけれど…その考え方は好きだ。別れを惜しむのではなく、その先を考えていこうとする姿勢が諭吉らしくて」
    「そうですか?お褒めに預かり光栄です」
     前向きな言葉で少し心が軽くなり、ぬるくなった残りのビールを飲み干すと、先程のカブが遠くの方で聞こえた。
    「……そろそろ戻りますか」
     そうだな、と私は頷いて、空き缶をビニール袋に入れ片付けると、手を繋いで帰路に着く。
     月明かりが二人を優しく照らし、伸びた影の先にはピンクに染まった月見草が眠る準備をしていた。


     ◇◇◇

     諭吉へ
     アメリカでの生活は少し慣れただろうか。今こっちは夜の二時だから、そっちは仕事をし始めて少し経った頃…それとも、休みの日でゆっくり家で本でも読んでいるのだろうか。海外へ行った事すら無い私では上手く想像がつかないのが残念だ。
     ところで、日本で最後に逢った夜、遠距離でこそ楽しめるものを見つけようと私に言ったのを覚えているか?あれから自分なりに考えてみた結果、手紙を書くのはどうだろうと思い筆を執っている。これまで通り電話やメッセージアプリも使うが、時差があったり忙しくてなかなかタイミングが合わない事もあるだろう。その点、手紙なら着信や通知音で眠りを妨げる心配も無いし、一日一回ポストの中身の確認だけで済む。
     手紙では返事をするまでもないような些細な事を書いていこうと思う。まぁ、日記みたいなものと捉えてもらっていい。
     どうだろうか。これを私達の夜空の星にするというのは。勿論、これはこれから増えるであろう数多の星の中のひとつだ。他にも何か楽しめそうな事を見つけられれば書いて送ろう。
     諭吉も日常の取り留めのない事でも、なんでもいいから手紙で教えてほしい。これなら返事を待つ間も楽しめそうで良いだろ?
     それと、つい先日にいつもの煙草ではなく、諭吉の吸っている銘柄を買って喫んでみたら傍に諭吉が居るような気がして、とても良かった。お前の言う「悪くない寂しさ」はこういう事なのかと、少しだけだがわかった気がする――

     便箋に恋人の紡いだ言葉が羅列している。
     遠く離れた場所にいる僕を想いながら書いてくれていると思うと、心がじわり温かくなっていき、口角が自然とあがっていく。
     新しい環境に慣れるべく気を張っていた心が、あの夏と秋の狭間に戻る。二人で過ごしたゆっくり流れる時間に思いを馳せれば彼を恋しくなる気持ちもあるけれど、その分、会えた時の喜びも大きいだろう。
     最後まで読み終え、差出人の名前を指でなぞると顔を上げる。ジャケットを羽織り、秋の柔らかい日射しの中へ封筒と便箋を探しに歩きだした。
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    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。七夕を楽しむ二人と、夏の風物詩たちを詰め込んだお話です。神頼みができない人にも人事を超えた願いがあるのは良いですね。
    >前作:昔の話
    https://poipiku.com/271957/11735878.html
    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
    星渡 折からの長雨は梅雨を経て、尚も止まぬようであった。蒸し暑さが冷えて一安心、と思ったが、いよいよ寒いと慌てて質屋に冬布団を取り戻そうと人が押しかけたほどである。さては今年は凶作になりはすまいか、と一部が心配したのも無理からぬことだろう。てるてる坊主をいくつも吊るして、さながら大獄後のようだと背筋が凍るような狂歌が高札に掲げられたのは人心の荒廃を憂えずにはいられない。
     しかし夏至を越え、流石に日が伸びた後はいくらか空も笑顔を見せるようになった。夜が必ず明けるように、悩み苦しみというのはいつしか晴れるものだ。人の心はうつろいやすく、お役御免となったてるてる坊主を片付け、軒先に笹飾りを並べるなどする。揺らめく色とりどりの短冊に目を引かれ、福沢諭吉はついこの前までは同じ場所に菖蒲を飾っていたことを思い出した。つくづく時間が経つ早さは増水時の川の流れとは比べるまでもなく早い。寧ろ、歳を重ねるごとに勢いを増しているかのように感じられる。
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