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    hoshina0018

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    hoshina0018

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    主福です 匂いのお話

    #RotR
    #主福

    狼煙 隣りの隠し刀の口から吐かれる紫煙を見つめながら溜め息をついた。
     いつもより美味しそうに喫んでいるように見えるのは、僕が喫みたくても喫めない状況だからだろうか。
     いつもであれば腰に下げている竹筒から煙管が顔を覗かせている筈なのだが、今は空だ。朝、一服した時におそらくそのまま自室に置いてきたのだろう。
     そんな失態なぞ知らない彼が柱に背中を預け、のほほんと煙を器用に輪の形にさせている。
     その輪を食べてしまいたい。最初は嫌いだった煙草も、今や禁煙するのが難しい程、生活に無くてはならない存在になってしまっていた。
     
     僕の羨ましげな視線に気付いて彼は目を細めて笑うと、ずい、と近付き、持っている煙管で軽く筒を叩いた。
    「どこかで失くしたのか」
     唇が開くと口内に残っていた紫煙が漏れ出て、そこから葉の燃えた匂いの中に混じって普段の煙草とは違う匂いが香ってくる。
     花や香のような女性が好んで纏う華やかな香りとは全く別の種類で、どことなく香ばしい匂いなのだが落ち着く好い匂いだ。
    「……いえ、自室に置いてきたみたいです。よく気が付きましたね」
     落ち着く匂いとは言ったものの、彼との距離が近く、心臓がいつもより早く鼓動を打つのを自覚した。それに気付かれないよう、しゃんと背筋を伸ばして平静を装う。
    「これだけ見つめられてはな。何か理由があるのかと煙管入れを見たら空だったから。失くしたのでなければ今日一日の我慢で済むな」
    「…その我慢も、誰かさんのせいで限界が近いですが。…それはそうと…これ、独自で調合した葉ですか?」
     なんの事やら分からぬようで、隠し刀は首を傾げた。
    「いや、何の変哲もない、いつもの煙草だが」
    「え?なんだか少し香ばしい匂いが後からくる気がしたので、てっきり」
     僕の言葉を聞いた彼は喫み終えた葉を灰吹に出し、新たに一摘み丸めて火皿に詰めた。煙草盆に顔を寄せ一息吸うと、あっという間に火がついて煙が上がる。
     ほら、と差し出された煙管を受け取り喫むと、確かにいつもと変わらない煙草の味と匂いだった。
    「……おかしいなぁ」
     そう独り言を呟くと、今度は僕が首を傾げる番だ。
    「前、酒の席で芸者が言っていたのだが…なんでも、好いた相手の匂いは好みの香りがするらしい。今のも煙草の匂いだけではなく、もしかすると私自身の匂いも混ざっていたのかもしれない。……なんて」
     自分で言っておいて恥ずかしくなったのか、頬を人差し指で軽く掻いている。それにつられて、こちらも胸がそわそわと浮ついてきた。
    「――そ…れは、どういった意味ででしょう。『好いた相手』の定義が、気の合う者――例えば友としてなのか、それとも、その…色恋としてなのか――」
     色気のある会話というものに触れてこなかった故にこういった雰囲気に慣れておらず、気恥ずかしさであえて空気の読まない発言をしてしまった。しかし、前から感じていた、他の人とは違う彼へのこの感情の正体をはっきりさせる為には、この無粋な問いを投げかけた事は案外悪くなかったかもしれない。
    「さぁ…それは芸者に訊かないとわからない。だが、どちらにせよ好かれているのなら嬉しいよ。私はお前の匂い、好ましく思うよ」
    「……え」
     野暮な質問に嫌な顔せず答えてくれた彼の返答に、何とか保っていた平常心が、分かりやすく崩れていく。
    「……顔、赤い」
     伸びてくる指の甲が頬にそうっと触れると、そこに傷が出来たかのようにじんじんと熱を帯びていくのが分かる。
    「……あなた自身は、先程の『好いた相手』をどういった意味で捉えて、僕の匂いが好きだと言ったのですか」
     返ってくる言葉が色恋の方であればいいと、心の中で願っている時点で彼への想いは明白だった。
     じっ…と彼の目を見ていると、僕の手から煙管をひょいと取り上げ再び煙を吸いこんで、吐く。紫煙は僕の顔のうぶ毛を優しく撫でていく。
    「……こういう意味だよ」
     煙管を忘れて良かったと思う日が来るなんて、後にも先にも今日だけだと、彼の綻んだ顔を見て思った。
     火皿から燻る煙は、始まりを告げる合図のように風に揺れて上へ上へと昇っていった。
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    zeppei27

    DONEいつもの主福の現パロのハロウィン話です。単品でも読めます。本に書下ろしで書いていた現パロ時空ですが、アシスタント×大学教授という前提だけわかっていれば無問題!普段通りの場所の空気が変わるのって、面白いですね。
    幸なるかな、愚かな人よ 最初はクリスマスだった。次に母の日が来てバレンタインデーが来て、父の日というなんとも忘れられがちなものを経てハロウィンがやって来た。日本のカレンダーでは直接書かれることはまだまだ少ないものの、じわじわと広まった(あるいはメディアなどの思惑に乗って広められた)習慣は、お花見よろしくお祭り騒ぎをする格好の理由として大流行りを迎えている。街中に出れば、芋栗南瓜くらいしかなかった秋の風景に、仮装衣装が並び、西洋風の怪物や魔女、お化けといった飾り物が目を楽しませてくれる。
     秋と言えば何といっても紅葉で、その静けさと味わい深さを愛していた福沢諭吉にしてみれば、取り立てて魅力的なイベントではない。寧ろ、大学で教鞭を奮う立場にとっては聊か困りものでもあった。校門前には南瓜頭を被った不審者が守衛に呼び止められ、学生証の提示を求められている。ブラスバンド部が骸骨が描かれた全身タイツを着て、ハロウィンにちなんだ映画音楽を演奏し、それに合わせて黒猫の格好をしたチアリーダーがぴょんぴょん跳ねる。ここぞとばかりに菓子を売る生協の職員は魔女で、右を向いても左を向いても仮装をした人間が目立った。まともな格好をしている人間が異界に迷い込んだ心地とはまさにこのような状態を指すだろう。
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