牡丹雪の彼 綺麗に折りたたまれた小ぢんまりとした紙の封を解く。薄く肌触りの良いそれを縦に広げてみると、大きな文字で『大凶』の文字が目に入った。
「………………」
このおみくじを引いた男は、まさか滅多にお目にかかれない大凶を引くとは露ほど思わず、逆に運が良いのではないかとすら思った。
しかし内容を読んでみると、やはりどれもこれも喜ばしくない事が書かれている。ここまで悪い事しか書かれていないと、流石に神を信じている訳では無い隠し刀でも良い気はしない。
何も言わずただ、じっ…と佇んでおみくじを見ていた彼の様子が気になり、後ろからそっと覗いて見れば、今まで見たことのない結果の中身に、これが原因で落ち込んでいるのだと考えた福沢は、相手の肩に慰めるように優しく手を置いた。
「そう落ち込まないでください」
自分から初詣に誘った手前、嫌な思い出として残らぬよう励ましの言葉をかける。
「……お前はどうだったんだ?」
訊かれた福沢は握っていた手を開いておみくじを広げると、隠し刀とは真逆の結果だった。
「……大吉か……良い事しか書いてないな」
「ええ。大吉の中でも珍しいような気がします」
今年はいい年になるな、そう言って大凶のおみくじを枝に結ぶ姿を見て、
「…………僕と一緒にいれば運が相殺されるのではないでしょうか」
つい、胸の内にくすぶっている想いが、ぽろりと口からこぼれでた。
さり気なく、何度も彼に想いを伝えているのだが応えてくれた事は一度もない。
「………………そうだな」
――ほら、言葉では肯定しているものの、この間が、声色が、拒絶している。優しくて冷たい。まるでふわふわとゆっくり舞い落ちてくる、牡丹雪のような彼。
『好き』とはっきり言葉にしたら消えてしまいそうな雰囲気が彼にはあって、曖昧な関係がずっと続いている。僕の想いを知っているにも関わらず、受け入れる事は決してしない。
しかし、こうやって何かに誘えば必ず付き合ってくれ、困り事があれば真摯になって共に考えてくれる。今回だって、他の人との飲みを断って来てくれたようだった。
嫌いな人にはしないであろう、思わせぶりな態度な分、想う心の置き場所が定まらない。
だから、たまに、彼の心が何処にあるのか確認するような言葉を投げかけてしまうのだ。今のところ何処かわかったためしはないが。
お前の幸運を奪い取ってしまうのは忍びないから、そう言って、振り向きざまに見えた顔が、手のひらで溶ける雪のように儚い。
「あなたが不幸になるくらいなら、運なんて要りません。…そもそも運だけで事を成すのは無理ですよ」
「……それはそうだが、こんなご時世だ。運はあった方がいい」
「…頑固ですね。……何があなたをそうさせているんでしょうか」
「…………………………すべて…」
言葉を選んでいるのか、暫しの沈黙のあと静かに口を開いた。
……すべてに決着がついて、まだ私を想っていてくれていたら、その時は――