いらいら、ざわざわ、むかむか。
自分の気が立っているのが分かる。あと一歩、何かの拍子にこれが溢れてしまうことが分かる。だからそんな日は、早く帰ってしまうに限るというもの。
家に付いたらまず、かばんを思いっきりソファに向かって投げた。適当な部屋着に着替えて、堅苦しいヘアセットはさっさと崩してしまう。コンタクトなんてものは、外したら即ゴミ箱へポイだ。
そしたら次は、飯を食べる。だが、こういった時にすぐウーバーやコンビニに頼るのは三流のやること。俺は中々出来るやつなので、冷蔵庫には週末につくり置いておいたものがある。もやしと人参のナムルに豚ひき肉のみそ炒め。あとは冷凍ほうれん草をレンチンしたものとキムチなんかをぜんぶまとめて米の上にのっける。最後に卵黄を添えてやれば、あっというまになんちゃってビビンバだ。残った卵白は乾燥わかめと出汁入りみそと熱湯で味噌汁に早変わり。彩りも栄養も手際も申し分ない、我ながら上出来の夕飯だろう。
ローカルニュース番組が地元の名店を紹介していくのを眺めつつ食事を済ませた後は、さっさと洗い物を済ませて、そのまま風呂に入る。いつもは使わないちょっと高めのボディソープとトリートメント。湯舟にはたっぷり湯を張って、いつもの3倍くらいゆっくり身を清める。風呂場はいい具合に音が反響するから、なんとなくまろび出た鼻歌もやけに上手い気がした。
風呂上りはそのまま髪を乾かし歯を磨き、やっぱり少しだけ良いスキンケアを使う。肌が乾燥しやすく荒れやすいから、実は結構気を使っているのだ。まぁ、誰に言うわけでもないけれど。
そこまで終えて時計を見ると、短針はちょうど9を指していた。21時。いつもならまだ風呂にも入っていなくて、時期によっては帰宅さえ出来ていないこともある。つまり、寝るにはかなり早い時刻。
ソファの上には先刻投げ出した鞄。録画機は容量ぎりぎりまで埋まっているし、本棚の前にはフィルムさえ剝がしていない本が積み上がっている。
やるべきことが無いわけではない。けれど、今日はいいのだ。
今日みたいな日は、そんなものには目もくれず、さっさと布団に入ってしまうに限るのだ。むかつくあいつがくれた、馬鹿みたいにでかいぬいぐるみが待つ場所へ。
「ほんっとありえないよな、あいつ!」
真っ白いシーツとタオルケットの間に身体を潜り込ませながら思わず出た愚痴に返ってくる声は無い。だってここにいるのは、どれだけ大きくて温かくとも無機質なぬいぐるみで、あいつではないから。こちらが丁寧に整えてこれみよがしに甘い香りを纏ってやっても、奴はそれをみすみす見逃す間抜けなのだ。
だから、これはほんの少しの慈悲だ。
自分が先に行って待っていてやろう。目印代わりのおおきなぬいぐるみを抱えて。
そして遅れてやって来たあいつがへらへら笑いながら駆けよってきた暁には、その身体に思いっきりタックルして言ってやる。「ごめん」って。