欲張り者の話「零くんが好きだよ」
零は特に驚いた様子を見せなかった。だって、互いに気づいていたから。
零が薫を好きで、薫が零のことを好き。
互いに知っていながらこれまでその気持ちを何とか表さないようにしていたのだ。
けれどその境界線を今飛び越えた。
「我輩は……」
その表情が苦しそうなのはきっと薫の告白を拒否しようとしているから。それもわかる。わかってしまうくらい、もう一緒にいたのだ。
朔間零は人間を愛している。けれど受け取ることに臆病なのは、幼い頃からの周囲の彼への接し方が理由としてあるのかもしれない。
そしてきっと、誰か一人に向けて愛を告げることにも。
「俺はさ、勝ち目のない勝負はしたくないのね」
「ほう」
「零くんは俺のことが好きで、俺は零くんのことが好き。簡単なことじゃん」
「簡単なことではないよ」
零が首を振った。
長年の考えはどうしたって変えることが難しい。薫だってよくわかってる。
「俺はね。零くん。欲張りなの」
「そうかや?」
「そうだよ。アイドルの俺はファンのみんなに愛されたいし、愛を返したい。零くんもそうでしょ?」
「もちろんじゃ」
ファンのみんなに愛を届けて、愛をもらう。アイドルとは何と欲張りで愛おしい。
「でも、羽風薫個人としては朔間零の愛が欲しいし、愛したいって思ってるよ」
薫の言葉に零が一瞬ぽかんとしたように口を開けた。その姿も様になっているのだから、何だかずるい。
「零くんは? 俺のこと、どう思ってる?」
「我輩は……」
先ほどと同じ言葉。それでも意味が違うのだ。
「我輩は、たった一人を愛するのが怖いんじゃよ。それでも、おぬしのことを愛したいと思っている。薫くん」
「じゃあ俺の恋人になろう。俺のこと愛してくれるんでしょ?」
「おぬし、なかなか強引じゃのう」
くつくつと笑う零の顔は心なしか穏やかだ。
「強引だよ。だからあんたの相棒を今やってます」
最初に手を引いたのは零だ。強引に、薫をステージに立たせたのは零だ。けれど、今こうして二人もアイドルをしているのは薫が零の手を引いたから。思えば強引だったかもしれない。それでもあの時よりももっと楽しい毎日を送っているのだからそれも許されるだろう。
「薫くんを愛しておるよ」