記憶の檻 続き 二杯目の紅茶を蒸らしてる途中でハンジがポツリと呟く。
「ねぇ、リヴァイ…私の事好きだった?」
突然の過去形で聞かれた質問に驚く。
「もしよかったら最後にハグしてくれない?そしたらちゃんと病院に帰るから」
不自然な作り笑顔を一目で見抜いたリヴァイは直感的に何か嫌な予感がした。
「わかった」
ハンジの細くなった体を傷つけないようにそっと優しく腕を回す。久しぶりに感じる彼女の体温は酷く冷たかった。
「ありがとう…リヴァイ」
そのまま冷たい頬にそっとキスをする。パッとわずかに赤く染まる頬。ハンジは咄嗟に口を手で覆った。
リヴァイは少しぬるくなってしまった紅茶をハンジに注いだ。それを一気に飲み干したハンジは立ち上がった。
またハンジが遠くに行ってしまう。そこはかとない恐怖を感じたリヴァイは咄嗟に腕を掴んだ。
「いくな」
「どこにもいかないよ…ただ病院に帰るだけ」
どこか不適な笑みを浮かべた彼女の本心が全く見えないが彼女が遠くに行く事だけは事実だ。
「ならせめて仮眠でもとってから病院へ戻ろう」
「いやこのまま行かせて」
「どこの病院だ。送っていく」
「いや、大丈夫だ」
リヴァイは上着を羽織りまた外出の支度をする。
「一人で大丈夫だから」
「心配するといったら?」
強引に外に出ようとするハンジを押さえ込む。最早軽いパニック状態だったかもしれない。記憶の中の彼女はいつも知的で凛としていてそしていつも好奇心にあふれていたがどこか年齢不相応な大人の雰囲気も纏っていた。一体何が彼女を空白の4年あまりの間にここまで変わらせたのか、過去の快活な彼女に戻れるのであればそうしてあげたい。
「放っておいて‼︎このまま綺麗な思い出のままでいたいんだ」
玄関でホロホロ泣き出した彼女を今度は優しく連れ戻す。
「わかってる。私やっぱりおかしいよね。突然押しかけて突然泣いて」
一筋、また一筋と落ちる涙はハンジの頬を濡らした。リヴァイは心配から引き留めただけで泣かせるつもりはなかったのだ。
「…泣くな…すまなかった」
折れそうなハンジの体を再度抱きしめる。見た目よりもだいぶ細くなった体に気づきそっと腕を回し包み込む。
「病院を教えてくれ…俺から連絡を入れる」
たっぷりと時間をおいてハンジはこくりとうなづいた。
とりあえず冷えてるであろうハンジの体をあたためるために風呂にお湯を張る。リヴァイも徹夜明けなのだ、自身も風呂に入りたい。
ハンジはお湯を張っている間に勤務先の下請けの工場を視察した際に運悪く火災に見舞われた事。その火災がトラウマになってしまい毎晩のように悪夢に苛まれ、心の糸がぷっつりと切れた事をぽつりぽつりと語った。その日以来、食が喉を通らない。その事を気にせずに働いていたが、ある日とうとう職場で倒れ療養のためにも退職し入院していた。これが空白の4年間の間に起きた事らしい。
ちなみに精神科病棟は常に出入り口は施錠されていたが、風呂場の細長い窓に体を潜らせて逃げ出してきたらしい。今頃、患者の脱走に気付いた病院はそちらでもパニックを起こしているはずだ。
涙が乾いた頃にハンジに風呂を勧めた。高校の頃は「風呂キャンセル界隈」と自称ていた彼女だが、男物だが、着替えとタオルを渡せば大人しく風呂に向かった。幸いな事にリヴァイのアパートのお風呂には窓がない。ハンジが逃げ出す心配は無さそうだ。
インスタントの味噌汁を棚から取り出しケトルでお湯を沸かす。お椀に入れさっと溶かせば簡易的な朝食の完成だ。ハンジがお風呂に入っている間に味噌汁をさっと流し込む。
「お風呂ありがと」
「インスタントだが、味噌汁はキッチンに置いてある」
髪の毛からポタポタと落ちる水分をタオルで拭きながらハンジが出てくる。味噌汁がある事だけを伝え、リヴァイも風呂に入る事にした。