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    ᴅᴀʏ𝟣𝟣

    ランブリング・ララバイ太陽が好きでした。

    皆を照らし、恵みを与え。それでいて圧倒的な輝きは絶やさずに。

    それが、己が身を焼き焦がすほどの熱であっても。

    いいじゃありませんか。

    対価を払わずに得られる栄光など、塵に等しいのですから。

    何物の価値にも、成りはしないのですから。



    「ママ、おはようございます」

    「ええ、おはよう。」

    オートミールがキッチンへ顔を出す。かつては7人分が飛び交っていた日常の挨拶も、気が付けばママとオートミール間で交わされる一対一のみのコミュニケーションになっていた。

    それに比例するように、1日のうちに会話する総数も目に見えて減っているように思う。

    この生活が悲しくないといえば嘘にはなりますが、いずれこうなるということは初めから分かっていましたから。

    ぼくが最後まで残ってしまったことには、少しだけ思うところもありますが……でも、必ず誰かがこの立場にならなければいけないのなら、ぼくでよかったとも思いますよ。

    ぼくのせいで、誰かを悲しませたくはありませんから。

    「ママ、ぼくもお手伝いしますよ〜」

    「あら、ありがとう。……と言っても、もうママ一人でも大丈夫なくらいの量なのだけれどね。」

    ママは少し寂しそうに微笑む。それに、オートミールは何も返さなかった。否、返すことができなかった。

    ママの言葉に含まれている意味。気持ち。聞かなくたって、ありありと伝わってくる。

    ……それはぼくも、ママと同じでしたから。

    忘れなんてしませんけれど。7人が揃っていた時の賑やかさをすぐには思い出せなくなってきたというのも、また事実です。

    この静かさに慣れてしまった自分が、少しだけ嫌になる。

    でも、だからこそ。

    今だからこそ、できる話もあるということです。

    「あ、そうでした。ママ、お願いしていたものは届きましたか?」

    「ええ、ちょうど良かったわ。昨日届いたのよ。」

    オートミールの問いかけに、ママは笑顔で頷き答える。

    「日傘でしょう?たしかに、曇ってても紫外線は届いているというものね。」

    一般常識として”紫外線は身体に悪影響を及ぼす”というものは周知の事実である。それでは、一体なぜ、具体的に、どのように、身体に対して影響があるのか?そう問われて解答できる者は決して多くはないだろう。

    一般的に太陽光に含まれている紫外線は近紫外線と呼ばれ、それぞれ波長の長さ別にUVA、UVB、UVCの3種類に分けられる。そのうちUVAとUVBはオゾン層を通過するが、UVCは地球の大気に吸収されるため、地表に届くことはない。

    UVAは長波長の近紫外線で、地表に到達する紫外線の99%はこれにあたる。主に皮膚の真皮層に作用し、蛋白質を変形させる。一般的に紫外線は老化の原因であるといわれる原因の一端がこの紫外線によるものである。

    一方で細胞を活性化させる作用もあり、日焼けする際にメラニン色素を活性化させて褐色に変色させるのはこの作用である。

    UVBは中波長の近紫外線で、主に皮膚の表皮層に作用する。身体が防御反応として色素細胞がメラニンを生成し、結果として皮膚が赤くなり痛みを生じさせるのである。有害性としてはUVAよりも高いが、代わりにオゾンに吸収される割合も多い。

    ……尚、これは現在の地球の話ではない。まだ空が青く、高く澄み渡っていた頃の地球の話である。

    オゾンホールも無く、温暖化もまだ緩やかであった頃の話である。

    ママは白いレースで装飾があしらわれた小振りな日傘を両手で持ち、そのままオートミールへ手渡そうとした。それをオートミールは静かに首を振って謝絶する。

    え?とママは首を傾げた。その視線は、オートミールが欲しいものではなかったか?間違えてしまっただろうか?そのような感情が渦巻いているのだろうということが見て取れる。

    「ああ、すみません。そういうわけではなくて」

    すぐに弁解をする。そんな顔をさせたかったわけではないので。

    「ぼくが欲しかったものはそれであっていますよ。想像していたものよりもかわいいですが、それは問題ではありません。ぼくはかわいいものが好きですからね~」

    「ただ、それはぼくが使うためのものではなくて……」

    「ママに、使ってほしくてお願いしました」

    「え?ママに…?」

    あまりに想定外だったのだろう、ママは素っ頓狂な声を上げた。そうして日傘とオートミールとを交互に見つめ、首を僅かに傾げる。

    「はい。ぼく、ママと外をお散歩してみたかったんです」

    「もちろん、ママは日に当たることができないこと、分かっています。でも、お天道様の下をママと歩いてみたかったんです」

    「だから、日傘があれば大丈夫かと思いました。でも…だめなら、だめと言ってください」

    「散歩…ママと?」

    オートミールの申し出にママは再びきょとんと、というよりは少しばかり思案するように押し黙った。

    「……やっぱり、だめ…ですよね」

    いいんです、分かっていたので。無理を言っているのはぼくの方ですから。

    そう言って、オートミールはほんの少しだけ寂しそうに微笑む。顔は無意識に伏せられていた。

    「…いいえ、いきましょう。せっかくお誘いしてくれたものね。」

    「いいんですか?でも、日が……」

    ママの快諾に、弾かれたように顔を上げる。純粋に驚いて、そして嬉しかったのだ。だけれども、一方で心配の気があるのも事実だった。

    実際に、ママが一度も日向に出ていないのを知っている。とは言っても、この家には窓があるから、完全に日光を浴びないというのは些か無理がある話ではあるのだが。

    だが確実に、日光がママの身体に少なからず影響を与えているのだろうということも分かっていた。

    「ええ、そうね。」

    ママはオートミールが何を言いかけたのか、粗方見当がついているのだろう。ひとつ頷き…けれども、それは否定ではなかった。

    「けれど、気にしなくていいのよ。…もう、そろそろだから。」

    「それに、オートミールが誘ってくれて、とっても嬉しいもの。ママのこと、考えてくれたんでしょう。」

    「…そうですか。ふふ、ありがとうございます。ママとお散歩できるの、嬉しいです」

    それにオートミールは多くを話さず、前向きな笑みのみで返答した。

    無論、含みのあるママの言葉に引っ掛からなかったのかと問われれば、それは否である。だけれども、それが何を意味しているのか察せないほど、無知でもなかった。

    なるべく、考えないようにしていたことでしたから。

    「それじゃあ、行きましょうか。」

    差し出された手に、そっと人差し指を乗せる。ママの手は幾分か成長し大きくなったとはいえ、オートミールの人差し指のみを握り締めるので精一杯のようだった。

    そして引かれるまま、中庭へ続く扉を潜り光に包まれていくママの背中を見つめていたのだ。



    「やっぱり、日差しがとても強いわね。」

    久方ぶりに浴びる直射日光の、突き刺すような光量に思わず目を細める。

    見上げようとして、ふと視線に影が落ちる。そちらへ目をやれば、オートミールが腕を持ち上げ、ママと太陽との間に隔たりを作っていた。

    「ママ、眩しくはないですか?」

    「ああ、ごめんなさいね。オートミールを日除けにしてしまって。」

    「気にしないでください、ぼくも最近わかったんです。腕が大きいと、こんな使い方もできて便利ですよ〜」

    ふふ、とママが微笑んだ。手元では手慣れない様子で日傘を開きながら、それでも目線はオートミールを見つめている。

    やがてパッとそれが開けば、小さく丸い影が咲いた。地表のそれは留まらず移動していき、やがてオートミールの頭上で止まる。

    「オートミールも入りましょう。焼けてしまうわ。」

    気付いて見上げ、それから視線をママへ移した。ママが日傘を傾けてオートミールへ差し出している。

    「いえ、ぼくは機械の身体ですから、気にしないでいいんですよ〜。ママが使ってください」

    「そう…?でも、この日差しは体に毒だわ。」

    ママはほんの少しだけしゅんと肩を落とした。それが何故だか、駄々を捏ねる小さな子供のように見えて、思わずふっと笑みが溢れる。

    「やっぱり、ぼくも入ります。ふたりで入ったほうが楽しそうですし!」

    「ふふ、それが良いわ。紫外線に当たり続けるのって良くないもの。」

    ママはパッと顔を明るくさせ、満足そうに頷いた。それからオートミールの隣に並ぶと、相合傘のように2人の中央に差して、ぎゅっと肩を寄せる。小さな丸い影の中には、少しだけ収まりきらなかった。

    小柄な2人であるとはいえ、大きく成長したママと、大きな腕を持つオートミール…結局、小さな日傘からはお互いの肩がはみ出ている。

    「ありがとう。…少し、我が儘を言ったみたいになってしまったわね。」

    ママは少し照れくさそうに俯きかけるが、表情は緩やかなままだった。それにオートミールも笑みで返答する。

    「それに……ふふ、とても久しぶりだわ。こうして太陽の下を歩くのって。」

    それでも、日に晒された肩など気にも留めていない様子で日傘の下から濁った空を見上げたママの横顔は、心なしかとても嬉しそうに見えた。

    ママの顔はもう既に立派な大人の女性であるのに、その表情からは以前のような少女性が滲み出ているように感じられる。

    ぼくはそれがなんだかとても懐かしく思えて、嬉しくなりました。

    久しぶりに、”ママ”に会うことができた気がしたので。

    「昔は平気だったんですね」

    「ええ、もちろん。…そうね、でも、それももうずっと昔のことだから忘れてしまったけれどね。」

    太陽って、こんなに眩しくて暖かかったのね。ママはそうぽつりと溢して、日傘を握りしめた。

    オートミールはそれを隣で静かに見つめていたが、やがて口を開く。少し悩むようにはくはくと開閉してから、再び口を開いた。

    「……ママは、どうしてぼくのお願いごとをきいてくれたんですか?」

    「オートミールからせっかくもらったお誘いだもの、応えたいでしょう。」

    「はい、もちろん。ママが一緒に来てくれて、とても嬉しいです」

    オートミールは嬉しそうに頷いた。だけれども、すぐに眉は下がり寂しげな表情に戻っていく。

    「…今までは、ママは外に一度も出ていませんでした。ママは、お天道様の光を浴びられないと聞いていましたから。だからきっと、ママはそのような不調なのだと思っていました。ぼくだけでなく、おそらくみんながそう考えていたと思います」

    「お願いしたぼくが言うのは、矛盾しているかもしれません。でも、ママは今日ぼくのお誘いを受けてくれました。つまり…日の下を、歩いているじゃないですか」

    「日傘を差しているとはいっても、これだけで身体が浴びる日光の全てを遮ることはむずかしいと思います」

    「……もし、ママが…ぼくのために身体を、というよりは…命を、犠牲にしているのなら……」

    「”そろそろ”というのが…ぼくだけでなく、もしかして…ママのことでもあるのなら……」

    紡ぐうちに弱々しく、掠れそうになっていくオートミールの言葉を、ママは静かに聴いていた。

    だけれども、最後。徐々に核心に迫り行こうとするオートミールの言葉が詰まった時、ママはオートミールの手にそっと触れ、ゆっくりと首を振る。

    「……違うわ、オートミール。」

    「そうね、確かに…ママの身体は、日光の影響を受けるわ。それは確かに、ママが受けた実験の結果であり、つまりママは…オートミールたちと同じ、治験体の1人だったの。」

    「けれど、日光はママにとって悪というわけではないわ。もちろん、とても良いわけでもないけれど。」

    「そうなんですか…?」

    「ママの容姿、昔と変わったと思うでしょう?」

    「……はい、成長したように見えます。とても、はやいスピードで」

    「そうよね、正しい見解よ。」

    オートミールの返答に頷き、それまではオートミールの腕を見つめていたママは、視線を持ち上げてオートミールの顔へ向けた。

    「その要因は、日光にあるわ。植物と同じように、ママの身体は日光を養分として成長するの。」

    「植物、ですか…」

    オートミールがぽつりと呟く。それは、特段意外だというわけではなかった。ママの頭部に生えているものを見れば一目瞭然ではあったからである。

    「それで……ううん、言葉で説明するより、見せたほうが早いかもしれないわね。」

    「…オートミールが、聞きたいのなら。見たいと思うのなら。話すわ、ママのこと。ママが知っていることなら、全て。」

    「ママの、全て…」

    オートミールはただ鸚鵡を返すので精一杯だった。同時に、これは自分が暴いて良いものなのだろうかと一瞬困惑する。

    いいえ、聞きたくないわけではないんです。もちろん、ぼくにも知識欲はありますし、ぼくたちを取り巻く環境の話ですから、ずっと興味はあったんです。この家のこと、ママのこと。

    でもいざ当事者となると、少しだけ怖いです。今までこの家で過ごした思い出とか、常識とか。そういうものが簡単に崩れていってしまいそうな気がして。

    …ぼくが持ち合わせている常識なんて、たかが知れてはいますけど。

    「……それは、ぼくに話しても…いいんですか?」

    「…どうかしらね。今まではあまり、こういうことを明かしたことはないことは確かよ。」

    「けれど、オートミールが…いいえ、ここに来るこどもたちはみんな、知る権利があると思うの。」

    「……そうですか。それなら、教えてほしいです。ママのこと。ぼくで……良いのなら」

    しばらくの沈黙の後、オートミールはこくりとひとつ頷く。返答までに時間を要したのは、迷い故ではなかった。それは、覚悟だった。

    ……きっと、ビスならこういう時に即答できるのでしょうか。

    でもぼくは、"この"家が好きですから。みんなとママと暮らすこの家が。

    みんなが大好きですから。ママが大好きですから。

    「ええ、では…行きましょうか。」

    同じように頷いたママの顔は、成熟した顔立ちだということも相まってとても真剣なもののように思えた。いつもの緩やかな笑みは抑えられて、双眸に宿る星が鋭く輝いている。

    差し出された手に、そっと腕を持ち上げて乗せた。だけれど、ママが重たくならないよう、完全には預けない。

    そうして手を繋がれ、中庭を後にして向かった先は、立ち入ってはいけないと言われていた部屋の前だった。

    「…ここ、入ってはいけないと聞いていました」

    「ええ、そうね。けれど、ここにあるの。」

    「ママのこと、ですか…?」

    オートミールの問いに頷きのみを返し、ママはドアノブを捻る。

    開いた先に見えるのは無機質な廊下。ねむる家とはテイストが明らかに違っている。光源はなくただコンクリートが打ち付けになっているだけの、だけれど何故か明るい。

    コツコツ。カチャカチャ。

    2人の足音が空間に響き、反射して帰ってくるその音だけを聞いていた。

    「この先よ。」

    再び現れた扉の前で一言ママが呟き、そうして開く。どうぞ、と促されるまま部屋に足を踏み入れたオートミールが、見上げて一番初めに感じたのは困惑だった。

    「これ、ママが……」

    「ママが、たくさん」

    言葉の通りの光景だった。

    その部屋は、ゲームのマップならいかにも研究所と名を付けられそうな無骨な内装だった。モニターがたくさん取り付けられているパソコンに、書類やバインダーが積み上げられた机。

    それから、壁際にずらりと並べられた何人ものママ。

    正確にはママ…現在の成長したママに似たような何かと、木が融合したような奇妙な造形だ。ママの表皮を根が這い、頭部からは枝が無数に伸びている。その先には青々とした葉が育ち、紫の小さな果実をいくつも実らせていた。

    それが、いくつもいくつも。ずらりと一列に植えられて…植えられて?並べられて?なんと言えば良いか分からないが、とにかくたくさんあるのだ。

    「これは、全てママだったものよ。」

    伏せられたまつ毛を困惑したように揺らすオートミールを見つめて、ほんの少し眉尻を落とす。

    驚いてしまうのも無理はないわ。どの子も同じ反応だったもの。けれど、もう少しだけママの話を聞いて頂戴。

    今、最後のこどもが廃棄されてしまう前に。こうしなければいけない気がするから。

    「ママはさっき、日光を浴びて成長すると言ったわね。結論から言うなら、これがママが辿り着く最終的な姿よ。」

    そうして、己が知り得る"自身"についての情報を、ぽつぽつと語り始めるのだった。これはどのような心境の変化か、この時点では完全に気付いてはいなかった。

    だけれども、それは決して保身や凌ぎではない。もっとこう…温かくて、切なくて、献身的な。

    そう、例えば。慈愛のような。

    頭部から生えた枝に、そっと手を添えた。

    「ママはこの家にずっと昔から居るとも、言っていたわね。正確には、生まれ直している…と言うのが正しいかもしれないわ。」

    「生まれ直している、ですか……?」

    「記憶を引き継いだまま、身体を新しく作り直しているの。そうして成熟し切った身体はこんな風に、ママとしての役目を終えるのよ。」

    なるほど、そう言うことだったのですね。

    未だ人類には到達できていない、不老不死という域。それはもはや神の領域であるのだろうが、これほどに技術の発展した現代においても、延命以上の壁は越えられないでいた。

    一体何故か。最大の課題は肉体の保持である。人間の身体はどうにも脆く、齢100前後で滅ぶよう、遺伝子にデザインされているのだ。

    身体を乗り換えているというのなら、長い時間を生きていると聞くよりも納得ができます。

    「そうだったんですか…じゃあ、ママも……」

    「ええ、その通りよ。ここに並ぶ日も、もう近いでしょうね。」

    ママの淡々とした同意に、思わず眉を顰める。

    きっとママはぼくの後なのでしょうけど、でも。それは、とても悲しいです。

    「ママはね、悲しくないわ。怖くもないの。オートミールと…こどもたちみんなと、同じことだもの。お揃いよ。ママが、こどもたちにしてあげられる、唯一のことだもの。」

    だから、そんな顔をしないで頂戴。そう言って、ママの手がオートミールの頬にそっと触れた。

    「……ママの手、温かいです」

    頬を緩く伝っていった熱が酷く優しいものであったということを、オートミールはきっと生涯忘れはしないだろう。

    ……けれど、それなら。そのようなことが成し得ていられるというのなら。果たして、ママは本当に失敗作なのだろうか。

    抱いてしまったその疑問は、ぼくが失敗作であるという事実を、ありありと顕著に照らし出していた。
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