四季が似合う君へ「スイさん、ごめんなさい…、せっかくのお出かけなのに…、ボク、そのこんなに暑いの知らなかったから…」
「いいよ、だってこんなに暑いのシキが耐えられるわけがないもん。天気予報見て、大丈夫かなって思ってたし…。そうだ、せっかくだから私がお昼作るね」
「スイさんが…、ボクのために…!?」
毎月恒例となったシキがスイと出かける日の朝、シキは早めに朝食を食べ終え、準備をしながら、公安管轄の寄宿舎に共に住むイアンに「今日は暑いらしいのだけど、スイさんと会えるのが楽しみ…」話をした。
すると仕事に向かう準備をしていたイアンは眉間に皺を寄せ、「ミカグラの夏はひどく暑いと聞く。今日の天気は昨日とはうって変わって猛暑だというが…。貴様が耐えられるとは相当思えん…。今まで地下にいた貴様に取っては死に値する…」と厳しく現実を突きつけると、シキは「だっ大丈夫だよ。だって出かけるだけだし…」と言い返した。
流石に体力がイアンと比べたら無に等しいが、出かけるだけで参ってしまうわけがないと、シキはイアンは心配性だなと思いつつ、「それじゃあ行ってくるね…」と出かけようとしたところイアンに「待て」と止められ、冷えたスポーツ飲料水を渡された。
「えっ…、あっ、ありがとう…、イアン」とシキは礼をしつつも、相変わらず子供扱いだなとシキは肩を落としながら、スイと約束したアマアマルールーまでバスに乗り継ぎ向かったが、間違っていたのは自分だった。
照りつける太陽。
バスの冷房と外の温度の激しい差。
アスファルトから熱が反射し、じわじわと暑さが体力を奪う。
山登りも辛かったが、この気温に自分はもうすでに負けそうだった。
イアンがくれたスポーツ飲料水がなかったら干からびていたなと思いつつ、スイとカフェで落ち合うと、もうその頃には、シキはへろへろになっていた。
そんな兄を見、スイは「シキ!」と名を呼び、タクシーを呼ぶと、シキを押し込むように乗せ、急遽本日はスイの家で過ごすことになり、ソファーの上で休ませてもらっていると、スイが昼食を作ってくれると言うのだ、シキは大きく目を見開き、驚きと申し訳なさでどうしたら良いかわからなくなった。
「そんな驚かないでよ。そうめん茹でるだけだから。あっ、シキはそうめん知ってる?」
「そうめん…?知らない…」
「お母さんが暑い夏はよく作ってくれたんどけど、でも簡単でね、この細い麺を茹でるだけだよ。だからちょっと待ってて」
「そうなんだ…、楽しみだなぁ。ありがとう、スイさん」
お母さんと聞き、シキの胸がしめつけられた。
会うことができなかった、ずっと求めていた家族。
どうあがいても母親の温もりを感じることはシキには不可能だが、妹のスイを通して家族を知ることができるのはシキにとって幸福であった。
だが、今のシキは暑さのせいで、あまり食欲がなく、せっかく用意してくれた食事も口にできるだろうか不安だった。
でもお母さんの味を知りたいと、調理するスイをシキはじっと見つめていた。
すると途中、スイの姿が白い湯気で見えなくなってしまい、シキは一体なぜとソファーから起き上がり、慌てて、彼女のもとへ向かうと、汗をかきながら、「シキどうしたの?」と首を傾げる妹がいた。
「スイさんの姿が見えなくなったから心配だったんだ…」とシキは答えるとスイはくすくす笑い、「ありがとう、シキ」と礼を言い、「今茹で上がったから、あとは冷やして締めるだけ。シキはそうだ、冷蔵庫から麦茶出してくれる?」と話すとシキは何度も首を縦に頷き、スイの手伝いを始め、二人で昼食を準備をした。
「できた!えっと…、そうめんは、箸で掴んで、このつゆに麺をつけて食べてね。こんな感じ…」
「うっ、うん…」
そうめんを前にした二人は手を合わせていただきますと挨拶をすると、スイがシキにそうめんの食べ方を見せてあげた。
ずるずるっと勢いよく食べるスイを見、シキはスイは結構大胆なのだなと思いつつ、慣れない箸で麺を掴み、めんつゆにそれをつけ、啜ってみると、冷たい麺と濃い麺つゆが絡み、さっぱりと食べやすく、シキは不安げな表情から、一気に目を輝かせ、満足そうな顔を見せた。
「美味しい。食べやすいし、これならお腹いっぱい食べられそう。スイさん、ありがとう」
「よかった。もし飽きたならネギとか胡麻とかつゆに入れて食べると味が変わって美味しいよ。あとこれも食べよ」
「こっ、これは…」
「おばあちゃんのトゲワニの揚げ出し。この間もらったんだ。昨日のだけも、夏は冷やして食べると美味しいんだよ」
「そう…なんだ…」
スイはおいしいと嬉しそうな顔を見せてくれたシキに微笑み返すと、そうめんの隣に置いてあったタッパーに手をかけ、その蓋を開けた。
するとそこには、二人の祖母であるコズエの手料理が入っており、中身はシキとスイの母親であるイズミの得意料理であるトゲワニの揚げ出しだった。
最近スイが、コズエに頼み、トゲワニの揚げ出しの作り方を教えて欲しいと頼んでから、コズエはレシピを教えつつも、二人と会うときは必ずそれを持ってきてくれた。
母ではないが、祖母の味を口にすることができ、シキはやはり皆との未来を選択してよかったと味わうたびに幸せを感じていた。
シキはいつもそれを受け取ると、おばあちゃんがせっかく作ってくれたからとその日のうちに全て食べてしまうため、冷やして食べるという発想は全くなく、とても不思議に思った。
それに、それ以上に冷たい食事は今までの経験から美味しいと感じたことがないため、妹が美味しいという理由がわからなかった。
しかし、スイが嘘をつくわけがないとシキは口にすると、野菜と肉がコズエが丁寧に作ってくれた出汁にさらに染み込み、旨みが増しており、冷たいおかげで、暑さを気にすることなく、箸が進んだ。
「本当だ美味しい…。不思議だ。冷たい食事はあまり美味しくないものばかりだと思ってたから…」
「シキ…、ならこれかもずっと一緒にご飯食べよう。知ってるかもしれないけれど、ミカグラには四季があって、春、夏、秋、冬って季節によっておいしい食べ物があるの。それに天気も春は暖かくて、花がたくさんだし、冬は雪が降るし、秋は紅葉が綺麗だよ」
「紅葉…、ブロッサムでも見れるの?」
「うん。山のほうに行けば見れるよ。そうだまた山登りしようか…」
「山登り…」
冷たい食事は美味しくないと言われ、スイは兄の過去を察したが、過去を掘り起こしても何も生まれないと、ならばこれからは共に食事を楽しもうと提案した。
だってこの島には自分が胸を張って勧められる美味しいものがたくさんある。
それに景色もまた格別だ。
シキはずっと地下にいて、あまり意識したことがないかもしれない。
だったら妹である自分が見せてあげたいし、一緒に見たいと心から思った。
家族との思い出をこれからたくさん作りたいから。
こう、これから二人でたくさんの思い出を作ろうとスイはシキに提案すると、シキは口籠もった。
山登り。
初めてマイカを訪れた時、シキは息を切らし、苦しそうに登っていたのをスイは覚えている。
その日、スイはシキと初めて手を繋いだ。
あの時は何も知らず、実の兄がいたなんて夢にも思わなかった。
両親が亡くなり、1人になったスイにとって、シキは大切な存在であり、もっと思い出を作りたいと思ったのだが、無理させるわけにはいかないとスイは大変なら大丈夫だと話そうとすると、先にシキが口を開いた。
「わかった。イアンに頼んで体力つけるようにする」
「うん…!頑張ってね。シキ…」
「この暑さにも負けないようにしなきゃ…、そっ、それに、コテツくんがプール行きたいってゴンゾウさんにねだってるって言ってたから…」
「いいね。私も行きたい!みんなで行こう!」
「うん」
妹の誘いを無碍にはできないとシキは頑張るとスイに話すと、スイは嬉しく、頑張ってねとエールを送った。
その妹の声援にシキはこくりと首を縦に振り、今からイアンに頼んで夏の暑さも克服したいと話した。
以前ゴンゾウから「シキ殿はプールをご存知か?」と聞かれ、シキは首を傾げると従兄弟のコテツから連れて行って欲しいと言われたという。
コテツもまたシキの家族であるため、シキはゴンゾウに調べておくと話したことを思い出したのだ。
それを聞いたスイもまた、家族であり、かわいい弟分であるコテツとプールに行きたいと目を輝かせ、みんなで行こうと話すと、シキはそのスイの宝石のような瞳の輝きに引き込まれ、彼もまた笑顔という宝石を輝かせた。
つづく