短夜に(仮)「いただきまーす!」
パン、と音を立てて手を合わせた陸は、太陽の光を反射させて輝くカレースプーンで色鮮やかなパプリカを掬った。
「お皿をひっくり返さないで下さいね」
「んー、美味しい! 一織も早く食べなよ!」
「そんなに慌てなくても逃げませんから。いただきます」
陸から遅れて手を合わせた一織もまた、きらきらと輝く銀のスプーンでカレーを掬う。じんわりとこめかみに滲んだ汗が、たった一口のカレーで伝い落ちた。
食欲をそそるスパイシーな香りに包まれた彩り豊かな夏野菜は、二人が午前中に収穫したものだ。赤と黄色のパプリカに水茄子とオクラは一織の手で美味しい夏野菜カレーに。みずみずしいトマトは、スーパーで買ってきた玉ねぎとあわせてサラダに。きゅうりはシンプルに、冷やしきゅうりにするべく一織の指導のもとで陸が仕込んだ。美味しく姿を変えた夏野菜が、食べ盛りの二人の胃袋へ次々と吸い込まれていく。
「野菜を素揚げしてカレーに入れても美味しいんですけどね」
「素揚げするの待てなかったもんね」
「あなたがね」
「お前のお腹も鳴ってたぞ」
「いいえ、あなたの方が大きかったです」
ヒートアップしそうなやり取りを制止するように、縁側の風鈴がちりん、と鳴った。
「風流ですねえ……」
「そうだねえ……って、オレ達、なんかおじいちゃんみたくない? 縁側で並んで風鈴の音聞いてしみじみしててさ」
「茶飲み友達みたく?」
くすくすと笑う一織とは対照的に、陸は切なさそうに眉を顰めた。
「おじいちゃんになるまで、」
カレーの器をトレイへ置くと、陸は目を伏せて笑う一織を覗き込む。夏の日差しのせいでも出来立てのカレーのせいでもない、熱を帯びた指先が一織の頬へ触れた。
「おじいちゃんになっても……オレのこと、」
置いていかないで。オレも、一織のことを置いていかないから。
口の中で転がしただけで声にはならなかった陸の言葉を、一織は察したのか小さく頷いた。
陸が触れた所から一織もまた熱を上げ、今この瞬間、この人の隣で生きているのだと実感する。生きて、命を燃やしながら陸に恋をしている。陸と二人、ひと夏では完結しない恋を今まさに。そして、きっとこれからも。
響き渡る蝉の鳴き声を聞きながら、どちらからともなく距離を縮めていく。生きている。蝉も、畑でたわわに実る夏野菜も、自分達も──唇が互いの呼吸に触れ、ゆっくり目を閉じていく。瞼の隙間から差し込む太陽の光は、完全に遮断されようとしていた。
「お兄ちゃんたち、いるー!?」
「わっ……!」
永い時間を思わせる、焦れったくもあった距離は、風鈴の音よりも軽やかな呼び声によって一気に離れていった。それを惜しむ間も与えず、もう一度声が響く。