西瓜を食べる しゃく、しゃく、と涼し気な音がダイニングテーブルの上で飛び交う。向かいで赤い果汁が硝子の器に零れ落ちていく様子を眺めながら、陸もまた、しゃく、と一口齧り付いた。
「……零してますけど」
あ、と小さな口を開けた一織が西瓜に齧りつこうとするのをやめ、陸の手元に視線をやった。
「あ、ほんとだ」
「ほんとだ、じゃないんですよ。西瓜食べるの初めてですか?」
「そんな訳ないだろ。去年の夏も一緒に食べたじゃん」
「皮肉ですけど」
「知ってる」
間髪入れずに返した陸に、一織は面白くなさそうに溜息をついた。
「余所見しないで」
「あのさ、一織の西瓜ちょっと見せて」
「……は?」
陸の無茶振りに、一織はお決まりの表情を浮かべた。何のために、だとか、嫌だとか、それすら返す気にもなれず、たった一文字で陸へ抗議する。
「かわいいよね」
陸の言葉に、一織の眉間の皺が深くなる。一織は声を発することさえしなくなった。
「一織のひとくち、ちっちゃくてかわいい」
それから、と陸は、一織の眉間の皺に比例するように笑みを深くする。
「西瓜についた一織の歯型、かわいい」
「…………はあぁ」
一織の顔は西瓜みたいに赤く染まり、今にも汗が吹き出しそうになった。
(こ、この男……)
わなわなと拳を握り締める一織は、口をぱくぱくと動かすことしかできずにいる。冷房の効いた部屋で冷えた西瓜に齧りついていながら、ただ一人、一織だけが真夏の太陽の下に立っているようだった。
「あれ、恥ずかしい?」
「…………恥ずかしいなんて、」
「ん?」
消え入るような一織の声。陸が聞き返そうとしたその時。
「恥ずかしいなんてもんじゃないんですけど」
「え、そうなの?」
「発想がすけべなんですよ、あなた!」
「待って、かわいいって言っただけだろ どこが 歯型見られて恥ずかしがるお前の方がすけべじゃない」
「やかましいです」
もう知りません、と吐き捨てて一織はダイニングを出ていってしまった。
テーブルの上には食べかけの西瓜がぽつん、と取り残されている。
「……かわいいよな、ちっちゃくて。見たまんまを言っただけなのに……ていうか何だよ、すけべって……言い方は全然かわいくない……」
それでも──と。しゃく、しゃく、と涼し気な音を立て、陸は西瓜に齧り付く。
一織がここに戻ってきた時に約束しよう。
恥じらう一織が歯型を残さなくてもいいように、今度は一口大カットの西瓜を買ってきてあげる、と。