短夜に(仮) 山の向こうに陽が沈み、薄闇が空を覆った。民家から溢れる灯りと街灯がぽつり、ぽつりと星のように煌めき、夜の風景を浮き上がらせる。優しい灯火は線香花火にも見え、明るくもどこか寂しさをも抱かせるようだと、陸はぼんやりと眺めた。
「ちょっと、動かないで下さいよ。火をつけられないんですけど」
余所見をしていた陸を一織は咎めた。
「あ、ごめん」
かちっと音がして、着火ライターの先に再び火が灯る。これも優しい灯火だ、と陸は微笑み、そして切なそうに眉を寄せた。一織が陸の表情に気づく前に、二人の間で赤い火花が眩く弾け、橙色から黄色、緑へと変化していく。
「わあ、綺麗……!」
縁側から歓声が上がる。小さな掌が、手持ち花火の音に負けないくらいぱちぱちと大きな拍手をした。
「やっぱり、ちなちゃんもやりたくなったんじゃない?」
「ううん、ここから見てるだけでいいの」
「七瀬さん、怖がる子供に無理強いはいけませんよ」
「これ見て気持ちが変わったかなって……ごめんね」
「いいよ、りくお兄ちゃんは悪くないもん」
「良かった! ありがとうね」
生温い風が肌を撫で、庭の草木や縁側の簾を揺らしていく。陸の花火の赤い火花もまた揺れた。ちなつに火が飛ばないよう、けれどちなつにも花火がよく見えるように陸は体の向きを変えていく。数秒後、煙と火薬の匂いを残し赤い花は散っていった。
「じゃあ次ね。ちなちゃん、次はどんなのが見たい?」
「うーんとね、今のしゅーって細長いやつ、もう一回見たい!」
「ススキ花火ですね。いいですよ」
「その次は、お花みたいなやつがいいな」
「お花みたいなやつ……? これかな?」
「こっちですね。スパーク花火って言うんですよ」
「そうなんだ! いおりお兄ちゃんはなんでも知ってるね」
ちなつが一織を尊敬の眼差しで見つめながら、足をぶらぶらと揺らす。その動きに合わせて、彼女の浴衣に描かれた金魚がまるで泳いでいるように揺れた。