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    ファウストの祈りと誰かさんへの当てつけみたいな話。※革命時代の捏造

    記念日に弔いを 伸び放題の蔦が地を這い、地面を緑色に染め上げる。部分的に黄色く変色した低木草が風に揺れると、周囲は一瞬で青臭い匂いに包まれた。
     鬱蒼としたこの場所は昼間でも薄暗く、人間の姿はない。鳥の囀りや虫の鳴き声も聞こえない。ただ、風と葉擦れの音だけが虚しく鼓膜を支配するばかりだ。
     土地の精霊の気配さえ微かなこの地には、気が遠くなるような大昔に人が生活を営んでいたであろう断片──明らかに人工物と思われる何かの欠片や埋められたような古い井戸の跡が、茂みの奥にひっそりと隠れている。
     生活の営みの断片だけではない。人々の生活が崩壊していったことを示すような土地の荒れ方が、今も所々に残っている。土地が荒れ、そして長い年月をかけて強い生命力の植物だけが繁栄していった様子が伺えた。
     永らく訪れる者のいなかった中央の国の外れ──険しい山が隔てる国境付近で、かつて革命軍が死闘を繰り広げたことは、わずか数行でのみ書物に記載され伝えられている。しかし、どれほどの命が失われたのか、戦の規模までは明確に記載されていなかった。
     戦で命を落とした人間達は間もなく訪れた終戦のすぐ後、その亡骸は共同墓地へ葬られ、建国を機に建てられた聖堂で鎮魂の祈りを捧げられている。
     革命軍を率いた一人、聖ファウストの銅像の元で。

     そよいでいた風が突如、轟音を上げ、低木草を大きく揺らした。吹き上げられる緑に紛れ、黒衣がぶわりと舞った。
    「……どうやら僕は歓迎されていないようだな」
     自嘲を零しながら、男は荒れ果てた土地をぐるりと見回した。ざわざわと音を立てる風に紛れ、どこからともなく精霊達が集まってくるのを五感で感じた男──四百年前、この地で革命軍を率いていたファウストは、それでも歩を進めていく。
     鬱蒼とした茂みを掻き分けながら辿り着いたのは、そこだけ結界を張ったかのように植物の自生していない乾いた土が広がる場所だった。地割れの跡が残るそこに、ファウストはゆっくりと跪いた。

     魔法使いの死は、人間と違い亡骸が残らない。石となり砕け、誰かに食われるか人間の手に渡り売られるか、或いは、そのまま忘れ去られてしまうか。
     この地で命を落とした魔法使い達の石は、終戦を迎えても誰にも拾われることはなく、無論、弔われないままで、今どうなっているのかは知る由もない。
     何故なら彼、ファウストは、終戦を迎え中央の国が建国されたその時、既に行方知れずになっていたからだ。
    「僕を憎んでいるか」
     故郷を捨て、他国へ身を潜めた僕を。
     もう一度問うた。しかし、ファウストの問いかけに答える仲間は、もういない。
    「……憎んでいるだろう」
     自分についてきたばかりに命を落とした仲間達。自身の死を誰にも知られず、鎮魂の祈りも捧げらないままのかつての仲間達。
     彼らの魂を鎮められるのは、火刑にかけられながらも生き伸びてしまった自分だというのに、四百年もの間そうしなかったこと、ただ世界を呪ってきたことを、失った仲間達は憎んでいるだろうと、ファウストは感じ取った。この精霊達の騒めきが答えだった。
    「《サティルクナート・ムルクリード》」
     詠唱と共にゆっくりと振ったファウストの指先に微かな光が灯ると、色とりどりの花弁が次々と青天井へ舞い上がっていく。かと思えば渇いた土の上へ花弁が踊るように降り立ち、一帯が花畑と化した。
     花弁が舞う美しい景色のせいか、或いは、ファウストの魔法に刺激されたのか。中央の国の精霊達はぼんやりと淡い光となり姿を現し、先程までのざわめきとは違う、統率の取れた動きをするようになった。
    「……すまなかった」
     自分を信じついてきてくれた仲間たちの最期に、この腕で抱きしめ、労い、弔ってやれなかったこと。彼らの魂にも等しいマナ石を拾ってやれなかったこと。許されなくともいい。彼らに伝えたかった。
     せめて自分が鎮魂の祈りを捧げてやらねばと思えるまでに四百年もかかってしまったけれど、どうか安らかに──ファウストは帽子を脱いで渇いた土の上に置いた。穏やかになった風が、オリーブ色のやわらかな髪を揺らす。
     ファウストは紫水晶の瞳を閉じるとグローブを脱いだ指先にキスを落とし、大地をそっと撫でた。かつての仲間達が石になりその欠片が零れ落ちた大地を、彼らへの感謝と、懺悔と、鎮魂の意を込めて。
    「《サティルクナート・ムルクリード》」
     ファウストが再び顔を上げ詠唱すると、縦横無尽に地を這っていた蔦はみな同じ方向を向いて互いに絡み合い、変色した低木草は緑を取り戻し、渇いた土が徐々に潤っていく。ファウストの指先から舞い上がっていた花弁は種子となり、潤い出した土へ降り注いだ。
    「また来るよ」
     目深に被った帽子の下で、ファウストが慈しむような笑みを浮かべた。その笑みは、国宝の絵画に描かれた紫の瞳の青年そのものだった。
     ファウストの黒衣が翻ると、彼の背後で小さな光の玉がふわふわと舞った。ファウストを見送るように、英雄を称えるように。
    「……ああ、でも、」
     お前だけは、弔ってやらないからな。
     ファウストの呟きは、穏やかな風に紛れ消えていった。



     それは、中央の国、建国四百周年記念日のよく晴れた昼下がりのことだった。
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