Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    noa/ノア

    @eleanor_dmei

    20⬆️shipper| tgcf |今は特に🏹⚔️| 雑食 | 字書き🔰

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🍒 🐶
    POIPOI 61

    noa/ノア

    ☆quiet follow

    [FengQing] 慕情なきあと、ある鬼を倒しにいく風信のお話。
    ※原作軸ですが、原作とは連動していません。

    #天官賜福
    Heaven Official’s Blessing
    #fengqing
    ##FengQing

    「将軍……! もう無理です!」
     悲痛な声に風信は振り返った。南陽殿の優秀な神官たちが地面に倒れ込んでいる。意識がない仲間を背負って自らも体を引きずるように後ずさる者。刀でなんとか体を支えている者。どの神官の顔も恐怖と諦めに歪んでいた。
     風信は前を見ずに一気に二本の矢を射ながら叫んだ。
    「わかった! 一旦、上天庭へ戻って援軍を——」
     放たれた矢を受けて、鬼が叫び声を上げる。
    「逃げるぞ!」神官の一人が風信の後ろを指さした。風信はくるりと振り向くともう一度矢をつがえながら後ろへ叫んだ。
    「お前たちは戻れ!」
    「将軍!」
     神官たちの叫び声を置いて、風信はひらりと空中へ飛び上がった。
     逃がしてなるものか。
     こいつは俺の手で仕留めるのだ。
     上空へとぐろを巻きながら昇っていく黒い靄を、風信は追いかけながら矢を射る。狙いは正確なはずなのに、一瞬痛手を追わせてもすぐにまた盛り返す。同じくらいの法力の武神がもう一人いれば——。
     慕情がいれば。
     だが、もう慕情はいない。

    「霊文殿の者が総出で調べましたが、どうにも正体がつかめません」
     南の地で次々と人を襲う強力な鬼がいる——。そんな話が耳に入り、霊文殿に情報の収集を依頼していた風信に返ってきたのは、いつになく歯切れの悪い報告だった。
    「犠牲者にも特に共通点はなし。しいて言うなら南陽殿の信者というくらいですが、今は東南も西南も信者は多いですから。それにこの鬼——」霊文が言葉を切る。
    「なんだ」
    「どうも普通の妖魔鬼怪と違うのです。まだ世に出て間もないはずなのに、すでに凶の等級ほどの強さがある。いえ、もはや絶に近いかもしれません。そして妙なのが、まったく人の気配がないのです」
    「人の気配がない?」
    「ええ、たいてい鬼になる前の人間の時の微かな気配のようなものを持っているのですが、この鬼はそれがまったく」
    「獣の怪かなにかか?」「わかりません」
     風信は眉間に皺をよせて頭を振った。
    「わかった。だがもう待ってはいられない。一度降りて討伐を試みよう」
     そうして、南陽殿の精鋭たちをつれて対峙したものの、風信でも経験したことのないような鬼だった。たしかに掴みどころがない上に恐ろしく強い。神官たちが倒れるにつれて、まるで神官たちの法力を吸っているかのように、強さを増していった。
     だが、南の地を一手に護る武神として簡単に諦めるわけにはいかない。
     風信は叫び声をあげながら、驚くほどの俊敏さで逃げるその姿を追った。
     平原を越え、大河を越え、鬼の残す微かな気配を追う。
     気が付くと、高い山の上、白雪に覆われた地に来ていた。
     さくりと軽い音を立てて足が雪に足跡を残す。
    「クソっ、どこへ行きやがった……」
     吐く息が白く煙る。
    「姿を見せろ!!」
     風信の怒号が静かな銀世界に響きわたり、遠くの木から雪が落ちた。
     その途端、太陽が雲に隠れ、暗く影に落ちた林の木々の間から、黒い靄がぬっと巨大な姿をあらわした。風信は弓を構える。弓を包む黄金色の霊光が炎のように揺らめいた。
     黒いその姿は、恨みに満ちた禍々しい妖気に包まれている。その輪郭ははっきりとせず、何かの人か獣をぼんやりと滲ませたような姿をしている。頭らしい部分には、目と思しき色の少し薄いところがたまに瞬く。だが、その眉間を打ちぬいてもまったく手ごたえはない。腕のように細く伸びた部分が地面を蹴るように動き、瞬く間に風信に襲い掛かる。
     防御の構えをとる間もなく、風信は靄が自分の体を通り過ぎるのと同時に、内臓を引き千切られるかのような痛みに襲われた。耐えきれず膝を折り雪面に倒れ込む。腕をついて激しく咳き込むと、白い雪が真っ赤に染まった。荒く息をつきながら、ぼんやりとそれを見つめる。
     視界がかすむ。頬を生暖かいものが伝い、手の甲で拭う。血かと思ったが、拭った手に赤いものはついていなかった。
     さっき、あの靄のような姿が通り抜けていった時に、かすかに感じたもの——。
     風信はぎゅっと胸をつかんだ。
     ここまで来る間に生まれた小さな疑いは、確信へ変わった。
     頬を伝ったものが、ぽとりと雪に小さな穴を開けた。
     信じたくなかった。だがもう一人の自分が、わかっていたはずだと詰る。
     風信は顔を拭い、両足を踏ん張って立ち上がる。立ち上がった風信を見て、嘲笑うように靄がぐっと身を引いたかと思うとまた襲い掛かる。
     風信は法力を込めて両手に盾を広げる。金色の陣を描く盾にしゃぶりつくように襲い掛かる姿を、万力を込めて押し返す。
    「もう……、やめろ……!!」
     食いしばった歯の間から絞り出す声に抗うように、靄が低い唸り声を上げる。雪の上の足が後ろへ滑り、必死に踏みとどまる。
    「俺は……知っている……お前の、正体を……」
     そして震える唇の間から、目の前の姿へ囁いた。
    「……慕情」
     突然腕が軽くなり、風信はつんのめるように腕をついた。後ろへとびすさった靄が上から風信を見下ろす。その目は赤く光り、風信を睨みつけるように見つめる。風信も赤く濡れた目でその目を見つめ返す。
    「……慕情……お前だろう?」
     風信の目からとめどなく涙が零れ落ち、血に染まった雪に吸い込まれていった。
     その時、風信の耳に声が響いた。
    『風信』
     その声に風信の体が強張る。
    『風信。お前のせいだ……お前が悪い』
     風信は目を伏せた。
    「……俺にはどうにもできなかった」

     それは、あまりにも突然で、あっけない終わりだった。
     遡れば事の発端は、西南の地での内紛だった。それは見る間に国を真っ二つに裂き、戦火が慕情の管轄の地を覆っていった。
     だが、人界の戦に手をだしてはならないことは、慕情と風信は誰よりもわかっていた。もどかしくあれど、収まるのを待つ他ない。人々の山のような祈願も、かなえられるものは限られている。
     玄真殿に武運を祈って戦へ立った子が物言わぬ姿となって帰ってきたのを見た親が玄真殿に火を放ったとて、誰が責められるだろうか。
     みるまに玄真殿はその力を失っていった。だが、玄真殿を転落させたのは、人間たちだけではなかった。
     西南の地での戦火は収まるどころか、玄真将軍の管轄の西隣の地、別の神官の管轄の地にまで広がった。その地の神官は、慕情を責めた。曰く、玄真将軍が己の地を守ろうと隣へ戦火を飛び火させたのだと。
     そんな馬鹿な話があるか、焚火の火の粉じゃないんだから、神官が一吹きして戦火をあっちやこっちにやれるわけがないと風信は嗤った。だが、他の神官たちは違った。
     玄真将軍ならば、ひょっとすると——。そんな疑念がじわじわと暗く広がっていく。だが慕情は、じきに反論するのをやめた。
     根拠もなくそんな馬鹿なことを言うなと何故言わないのかと風信は詰った。だが、慕情は鼻で笑い呆れたように白眼をむいて言った。
    「私がどれだけ反論したって、彼らは自分が信じたいことしか信じない」
     風信もその言葉に言い返すことは出来なかった。
    「いつも言っているだろう? 上天庭の奴らなんて信用できない連中ばかりだ」
     慕情は吐き捨てるようにそう言った。それが、風信が聞いた最後の言葉だった。

     風信は俯いたまま震える唇を噛んだ。慕情の声が聞こえた。
    『知っているか? 私は、最後、お前のところに行った』
     俯いた風信の目が見開かれる。
    『もうお前しかいないと。お前なら信じられるかもしれないと。それなのに——』
     風信の口の中に血の味が広がる。次に来る言葉に耳を塞ぎたかった。
    『そのときお前はいなかった……!』

     ある日、西の地に出る厄介な鬼の対処に協力してほしいという依頼が南陽殿に舞い込んだ。請われれば拒むことはできない。風信はそこへ向かった。確かにかなりてこずる鬼だった。だが、他殿に協力を求めるほどのものだろうか。嫌な胸騒ぎがして急ぎ上天庭へ戻った。
     風信が戻った時には、すべてが終わっていた。
     慕情は姿を消し、玄真殿は上天庭から消えていた。
     何があったのだと神官たちを問い詰めても、芳しい答えは返って来なかった。慕情は神籍を奪われ天界を追われた、それだけだと。
     たとえ自分がいても、上天庭の神官たちが束になってかかれば玄真殿を潰すことなど造作なかっただろう。そう自分に言い聞かせようとした。
     だがそうだろうか。
     反論することをやめた慕情に対する腹立ちには、いつしか慕情に対する微かな疑念が混じるようになっていた。
     自分は信じることが出来たはずなのに、信じなかった。
     自分だけは信じるべきだったのに、信じることができなかった。
     気づいた時にはいつだって遅すぎるのだ。

    「悪かった……」
     風信はがくりと雪に頭を垂れて絞り出すように言った。今更許してくれと言ってももう遅いのだとわかっている。だが、ここで諦めることはできない。ぐっと顔を上げる。
    「悪かった! 俺はお前を守ることができなかった! お前を信じて他の神官たちを諫めることすらできなかった!」
     だが、そんな言葉にはなんの意味もないとばかりに、怨念に満ちた靄はゆらりと揺れながらさらに大きくなる。
     慕情とて悔しくないわけはなかったのだ。
     いつまでたっても、蔑まれ、誤解され、認めてはもらえずに、貶められる。
     内に溜め込んだものが強ければ強いほど強力な鬼となる。法力を失った慕情に襲いかかった神官たちは、彼を恨みと悲しみに膨れ上がった鬼に変えてしまった。
     目の前の黒い姿の後ろには、茫漠たる闇が風信を誘い込もうとするように口を開けている。
     あそこに吸い込まれてしまえば、慕情と共に鬼になれるだろうか。
     だが、そうするわけにはいかないのだ。
     地響きのような唸りとともに、黒い姿が再び風信に襲いかかる。
    『これが、私の本性だ』
     怒りとも悲しみともつかない声が風信の耳の奥を揺らす。風信は盾を構えその姿を射るように見つめて叫んだ。
    「俺も、他の神官たちも、卑劣だった! お前を信じなかった。だが——」
     黒く伸びた腕が盾を恐ろしい力で押し、僅かに罅が走る。風信はさらに法力を振り絞った。
    「だが、そんな奴らに、お前が何者か決めさせるのか?!」
     一瞬、襲い掛かる力が弱まった。風信は、黒い靄の奥で光る赤い眼を睨みつけながら叫んだ。
    「お前は、いつだって、自分が何者かは自分で決めてきた。他の奴らが、なんと言おうと……」
     黒い姿を包んでいた靄が少し薄れ、その形が僅かに人影を宿す。
    「慕情、お前は自分がだれだか知っているはずだ! 元の姿に……戻れ!」
     目の前の姿が自らに抗うように身をくねらせる。
    『もう……無理だ』
     その時、風信が片腕を高くかかげた。
     その手に握られたものを見て、黒い姿は動きを止めた。
    『それは——』
     かすかに震えた声が響く。
    「そうだ」風信は手の中の固いそれをぐっと握る。「お前の斬馬刀だ」
     慕情の斬馬刀。
     神官たちの手で粉々に折られたそれを見た時、風信が怒りであげた咆哮は雷鳴となって天を揺らし、無念に流した涙は大雨となって地に降り注いだ。
    『お前が……直したのか?』
    「ああ」
     それは単なる刀ではない。鍛え直せばいいというものではなく、風信の力でもそれはあまりに困難だった。
    「血雨探花にも頭を下げた」
     ふんと鼻を鳴らすのが聞こえた気がした。だがそれは、本心でないときのいささか控え目なそれで、風信の口元にほんの一瞬、かすかな笑みが浮かぶ。
     どうやっても方法を見つけることが出来ず、意を決して鬼王の足元に額をつけた風信に、あいつなどどうでもいいが、鬼界に居られるのも目障りだ、そう言って投げつけるように渡された書物。読みなれない難解な書を隅から隅まで読み、残滓のように残った慕情の法力を増幅させ、なんとか蘇らせた斬馬刀。
     黒い腕が伸び、そっとそれを掴む。その途端、黒い姿が震え、空気が振動した。
    「戻ってくれ。戻って来てくれ、慕情」
     朧げな靄が少しずつ形を持ち始める。その頭の後ろに、髪のように長く伸びたものが揺れる。
     風信は雪に膝をつき、両手をついてその姿を見上げる。黒い妖気と斬馬刀の法力が押し合うようにせめぎ合っている。少しずつ漆黒の闇が薄れ、細い顔の輪郭が形を持ち始める。
     だが、そこまでだった。幾度もつかみ合いをしてきたあの姿はそれ以上は現れてこなかった。
    『——風信、無理だ』
     風信の目から、ふたたび涙が零れ落ちる。零れ落ちた先を風信は握った拳で叩きつけた。だが、拳は柔らかい雪に沈み込むばかりで、風信を嘲笑うように雫が跳ねるだけだった。
    『風信』
     顔をあげない風信の耳元に声が届く。
    『私ひとりでは無理だと言っている』
     風信は動きを止め、そしてゆっくりと顔を上げた。薄暗い姿に浮かぶ目がまっすぐに風信を見つめていた。言わんとすることを理解する。
    「だが……俺に……どうすれば」
     眉を下げて情けない顔をするしかない風信の前に、尖った黒い指がのび、何かを引き出すような仕草と共に、雪の上にぽとりと何かが落ちた。風信の弓だ。
    『わかっているだろう? どうすればいいか』
     静かにその声が言った。
     風信はゆっくりと立ち上がった。弓を構えると、そこに雷のように光る矢が現れた。
     斬馬刀を捧げ持つように立つ姿を見据えながら、風信はゆっくりと、ゆっくりと弦を引く。
     全ての法力を矢に注ぐ。
     玄真殿の失脚後、南陽殿の信徒は増えた。だが捧げられて増えていく法力は風信にとって呪いでしかなかった。
     いまこそ、それを使うときだ。
     目がくらむ程の法力が流れ込んだ矢はカタカタと震えはじめ、それを支える弓が軋む。
     だがまだ足りないものがある。
     風信は目を閉じ、自分の体の奥深くへ意識を伸ばした。そこにあるものを使えるのは自分だけだ。
     風信の胸から腕を伝って、赤く脈打つ光が矢に巻きつく。
    『慕情』
    『風信』
     二人の間で無言の言葉が交差し、そして矢を押さえていた風信の指が動く。
     真っすぐに空を切り裂いた矢は、黒い姿の胸を射貫く。
     斬馬刀から白銀の光が、胸を貫いた矢から金色の光が、迸り出る。
     何千もの金属を引っ掻くような耳をつんざく音が、周りの空気を捻りつぶそうとするように鳴り響く。
     風信は耐えきれず両手で頭を抑えながら雪の上にくずおれた。

     瞼に明るい光を感じ、風信はゆっくりと目を開けた。首筋に冷たいものを感じ、がばりと身を起こす。
     静寂に満ちた雪原の上には太陽と青い空が広がっていた。次第に頭がはっきりしてきた風信は、はっとあたりを見回した。
    「……慕情……? 慕情!」
     少し離れた雪の上に衣が見えた。風信は雪の上を這うように駆け寄る。
    「慕情!」
     衣に包まれたそれは人のかたちをしていて、見慣れた顔をしていた。
     目に熱いものが込み上げた風信の顔が歪み、笑うような泣くような表情が浮かぶ。
     慕情の顔は雪のように白く、その体は抜け殻のように魂を失っていた。
    「……慕情……慕情! 慕情!」
     その名を呼べば取り戻せるというように、風信は上ずった声で繰り返した。その体を両腕で力いっぱい抱きしめる。
     だが相変わらずくたりと人形のようなその体からは何も返ってこない。
     風信はその頭を両手で包み込み、そして、色を失った唇に自らの唇を重ねた。
     もう法力は残っていない。だが、法力は尽きても、決して尽きることのないものがある。
    さらに強く唇を押し付け、それを目いっぱい注ぎ込む。
     この何百年、ずっと心に抱いてきた想いを。
     風信の両頬を熱い涙が伝う。
     雪原に静寂が流れる。
     どれくらいたっただろうか。風信は何かが、とんと腰に触れたのを感じた。恐る恐る目を開けると、細く開かれた瞼の向こうから漆黒が見つめ返していた。
     この漆黒になら吸い込まれてもいい。いや、吸い込まれたい。
     ──その奥に秘められているものを知っているから。
    「慕情」
     さっきまでとはうってかわって柔らかい声が風信の喉から漏れる。
    「……風信」
     掠れた、人の声が返ってくる。
     自分だけはその本当の姿を知っている──。風信の唇に抑えきれない笑みが浮かぶ。
     いつしか、二人の体の温もりで、白く透明な雪は溶け始めていた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭👏👏👏🙏😭😭😭😭😭😭😭😭👏👏👏👏👏😭😭👏👏👏👏👏🙏🙏🙏👍💕💕💖💖😭😭😭😭😭😭💘💘💘💘💘💘💕💕😭😭😭❤❤👏👏🙏👏👏👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works