リネット服のリネでリネフレ(ええと、ここをこうすれば…)
しんとした部屋の中、かちゃかちゃと工具を鳴らす音が響いている。
家族からリビングにある時計の調子が悪いと聞いたのはつい先日のことだった。針は問題なく進んでいるのに、何故か少しずつ時間がズレていって困ると。
自室の作業机で時計を分解して見てみると、なんてことは無い、パーツの隙間に汚れが詰まってしまっているだけだとわかった。簡単な掃除をするだけでも十分に動きそうだったが、意外と開いたことの無かった共用の時計の中身についつい夢中になってしまう。
つい目的を忘れかけてしまっている自分に気づいてほどほどのところで手を止めた頃には、時計の中身はすっかり綺麗になっていた。
分解した時計を元のように戻して、時間を合わせる。電池を入れ直せば、また音を立てて秒針が動き出したので、ようやく集中を解いてほっと息をついた。
「ふうよかった。ちゃんと動い…わっ!?」
「…」
動き出した文字盤から顔を上げると、ひやりとした感触のものに目を塞がれた。これは…革手袋をつけた手のひらだ。作業に集中していたからノックの音なんて全く聞こえなくて、思わず驚きの声をあげるも、革手袋の主は黙ったまま声を発しない。でも気配は見知った人物のもので…一瞬緊張してしまったものの、すぐに肩の力を抜く。
ぼくがノックに気づかないほど集中して返事を返せなくても部屋に入ってきて、さらにはこんな茶目っ気を見せる人物…うん、リネかリネット、2人しか思いつかない。
どっちだろう…と考えていると、腕が更に伸ばされて後ろから頭が包み込まれるように抱きしめられる。近づいた呼吸と温かな体温…それとともに後頭部にあたる柔らかな膨らみですぐに答えが導き出されて、顔が沸騰するように熱くなった。
「り、リネット…っ!?ちょっと…!」
「…」
「ね、ねえ…どうしたの…」
「…」
「…?」
背後のリネットは黙ったままぼくの頭を抱きしめ続けていて、咄嗟に感じた恥ずかしさがだんだんと疑問に変わっていく。どうしたんだろう、とまた考えて…もしかして、今日は甘えたい気分なのかな、と思い至った。
リネットは、ぼくにくっついて…猫みたいに甘えてくることがある。それは家で飼ってる猫たちの気まぐれと似たようなもので…いつ、どんなタイミングでくるのか予想することは出来ない。分かっているのは、そんな時は今みたいに口数が少なくて…肩口に頭を擦りつけたりして…肌に触れてアピールをしてくる。
今回みたいなパターンは初めてだけど…多分今は、ぼくが時計を直すのに集中していたから邪魔しないように待っていて…ようやく終わったので、つい悪戯がてら手を伸ばしてしまったのかもしれない。
そう結論づけて、黙ったままのリネットに向けてそっと口を開く。
「リネット…ここだと時計もあるし、撫でてあげられないよ」
「…」
「その、そこのベッドなら何も置いてないし、少しだけ…移動しよう?」
「…」
「…ね?」
「…」
優しく声をかけ続けると、ようやく腕の中から開放される。内心でほっと息をついて、椅子を引いて立ち上がる。
ちょっと待ってね、と背後にいるリネットに声をかけて、目の前の時計や工具を簡単に片付ける。修理で少しばかり汚れてしまっていた手を持っていたハンカチで丁寧に拭う。
手のひらを裏返してちゃんと綺麗になったことを確認してから、お待たせ、と声をかけながら振り返ろうとすると、腕が強く引かれる感覚がした。
「う、わっ」
バランスを崩して、ぼふりと音を立てて仰向けにベッドに倒れ込む。間を置かずに顔にふわふわとしたものがあたって、むずむずとしたくすぐったさを覚えた。
ベッドの上といっても、いつもみたいに膝の上でごろごろと喉を鳴らすリネットを撫でてあげるつもりでいたから驚いた。
そんなに待ちきれなかったのかな、と思いながら撫でてと言わんばかりに擦り付けられるグレーのピンと立った耳に、促されるままそうっと手を伸ばす。
「びっくりした…。もう、リネット…」
「…」
「…よし、よし」
目の前で揺れる緑のリボンを眺めながら、その感触を堪能する。相変わらずリネットの髪はさらさらで、耳はふわふわで…と味わいはじめるも、ふと違和感を感じた気がして手を止める。
「ん…?」
なんだろう、いつものリネットと同じはずなのに…何かが違う気がする。よく分からなくて、もう少し触ってみようとすると、ふとお腹に手のひらが触れる感覚がした。
「ん、ふ…っ、ふふっ」
コート越しにこしょこしょとくすぐられて、思わず声が漏れる。