海ラジオから今年の最高気温が更新されたと声が聞こえた。
しかし潮風のせいかそこまでの暑さは感じない。じわりと汗は滲むが、風がそれらをさらってゆく。
昼もとうに過ぎ、時刻は17時を回っていたせいか普段は人で溢れかえっているであろう砂浜に海水浴客の姿はまばらだった。
「うわっ海めっちゃ久しぶり!」
大袈裟に声を上げ、ルカを見れば「俺もだ」と零れ落ちるような呟き。
紫色の瞳は波に釘付けだ。
「もう17時なのにまだ明るいのな」
「ああ、けど直に暗くなる…行こう!」
パラソルやシートはない。
任務の帰りに海が見えたから寄ったので、荷物と言えばスマホと怪具ホルダー、小銭入れくらいだ。
ルカの足が先に海へと走り出す。
「待てよ!」
言いながら、スマホをポケットの奥に押し込み、後を追う。
波打ち際が迫った辺りでブレーキをかけ、スニーカーを蹴飛ばし、靴下に手をかけると「わっ!」と子供のような声が聞こえた。
革靴のまま、ズボンの裾も捲らずルカが海に浸かっていた。
「ちょ!おまえ!」
革靴、海水に濡らしていいのかよ?
帰り道どーすんだよ!?
と内心ツッコミ、追いかけようと必死に靴下を引っ張るが、汗で張り付いたそれはなかなか脱げない。
ルカは水などないかのように、振り向かずに沖へと歩を進める。
「ルカ!」
怖くなり声を上げるが、波音に紛れて届かない。
このまま相棒が海に飲まれてしまうような恐怖を感じ、喉がカラリと渇いた。
スポン、と脱げた靴下を丸めてスニーカーに突っ込み、ズボンの裾を捲り上げ、再び叫ぶ。
「ルカ!!」
そこでようやくルカが振り返り、慌てて追いかけて来る魁斗を見て微笑んだ。
「靴を丁寧に揃えて、自殺する人間みたいだ」
それは、おまえの方だろ?
「縁起でもないこと言うなよ」
ぬるい海水が押し寄せては引いてゆく。
足の下の砂が波に合わせてうごめき少し気持ち悪い。
ルカの横に並ぶ。せっかく裾をまくり上げたのに残念なことにパンツまでびしょ濡れだ。
「気持ちがいいね」
遠く沖を見つめたままルカが呟く。
「ん」
「誰も俺達を見ていない」
言われて周りを見る。そもそも人が少ないのもあるが、みんな自分のことに夢中で、制服のまま海に浸かっている男二人を注視するような者はいない。
「気持ちがいいね」
先ほどと同じ事を口にする。
ふと、先日の夏祭りを思い出した。グールへ向けられる視線を。
「そうだな」
「また…今度はもっと明るい内に来よう」
ルカが遊びの提案をするなんて珍しい。
海の家に連れて行こう、小さいテントを買おう、クーラーボックスも…一瞬で2人で出掛ける絵を思い浮かべ、頰を緩ませた時、一際大きな波がヘソまで濡らした。
何より水着で来よう。
「そんで…ルカ、すげー濡れたけど、どうする?」
「さぁ、どうしようか?」
いたずらっぽく笑って、ルカが首を傾げる。
なんも考えてなかったのかよ。
じゃあもうしかたねぇじゃん。
魁斗は、海水を掬い、大袈裟な動きでルカの顔面目掛けてそれを放った。