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    omaetoiuotokoha

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    8月9日
    ハグの日にちなんだロイエドのハグ話

    #ロイエド
    roied.

    愛情100%で 目の前に広げられる青い布を纏った自分よりも長い腕。
     地面と平行ではなく、すこし前に差し出すように広げられている。


    「鋼の」


     腑抜けた笑顔と共に呼ばれる自分だけの呼び方。砂糖を煮詰めたような甘ったるい声音と表情、仕草から察するに腕で囲えるところまで来いということなんだろう。抱きしめたいならてめぇから来いという話だ。しかし、それをやったら多分、いや確実にこの大人は拗ねる。口を尖らせるとかそんな可愛いもんじゃない。久しぶりに会えた恋人にこの仕打ちかね?だの、仕事のやる気がなくなっただのぶーぶー文句を言い始めるに決まっている。
     前者は無視を決め込めばいいだけの話だが、後者はそうにもいかない。なんせ軍部に顔を出せばやたら面倒を見ようとしてくれるホークアイ中尉やハボック少尉たちにも影響が及ぶのだ。
     ならばここは精神的に大人なオレが動いてやるべきだろう。


     さっそく行動に移そうにも、ここで一つ困ったことがある。
     どう動けばいいのかわからない。
     別にハグをしたことがないわけじゃない。ただ、いままではあっちが勝手に抱き込んできたのだ。だからただその流れに身を任せていれば良かった。
     でも今回は違う。
     自分からの動き方なんて知らない。
    もう何年もそんな風に人に抱き着いたりしていないのだから。
     ずっと前の記憶を引っ張り出したとしても、それは全くアテになってくれない。
     母親は自分の目線に合わせてしゃがんでくれた。幼い自分の身長にあわせるように。だから何も考えずにその温かい腕にそのまま飛び込めばよかった。抱きつけるところに抱きつく。ただそれだけ。
     しかし目の前の男はどうだろう。いつか身長なんて追いつくどころか越してやるとは思っているが、残念なことにまだその目標は達成できていない。大変癪だが、まだあちらの方が数十センチ上だ。


     飛び込む必要はないにしても、あいつのテリトリーに入ったらどうすればいい?
     自分も腕を回せば良いのか?でもその腕はどの位置に置けばいい?腰あたり?背中まで手を這わすべき?駅で再開を喜ぶ夫婦は?街中でいちゃついてるカップルたちは?どうしてたっけ。

     いや、でも待てよ。いつもスキンシップをとるときはあっちの家とかホテルとかだったからお互いラフな格好だったけど今回は軍服を着ている。下手に抱きついてシワとかできたらさすがにまずいか。なら何もしないのが正解か?


     頭をフル回転させても疑問が積もっていくばかりでなにも解決しない。
     思考する時間が長くなると、ようやっとこちらを向いてくれたあいつにバレてしまう。
     自分がハグの1つですら戸惑っている事実に。
     しかもこれは羞恥心が邪魔をしているとかそういうものじゃない。
     本当にどうすればいいのかわからない。
     こんなことですら恋愛の経験値の差が如実にわかってしまうのか。なにが精神的に大人だ。どこまでいっても自分には越えられない壁が大きい。
     分解は得意分野の一貫のはずなのにその手前の理解ができていないからどうしようもない。
     この体たらくさを知ったらあいつは笑って流してくれるだろうか?それとも呆れる?
     一回り以上年の違う自分と付き合ったことを後悔する?


     今、最後の感情を抱かれるのだけは嫌だな。
    呆れも後悔も一緒にいる日を重ねればいつかは抱かれる感情だと思っていたが、こんなに早くくるとは思ってなかった。
     もう少し恋人らしいことを楽しみたい。
     相手に悟られないようただぼんやりと前を向くことしかできないオレに誰か最適解を教えてくれよ。
     沈黙がつらい。
     緊張でカラカラになった喉には何かがへばりついているような気がしていつもの軽口ですら思うように言葉に乗らない。


    「っ……」


     たまには可愛い恋人から来てほしい、というただの願望だった。不貞腐れたように見せかけながら来てくれてもいいし、恥ずかしがって来なくても良かった。どんなリアクションが帰ってくるか気になっただけ。ただの好奇心。
     小さな恋人は、やれやれと言わんばかりのため息をついたもんだからこれは来てくれるパターンかと心が弾んだ。しかし、一向にその時は訪れない。

     以前、私の管轄でやんちゃなこの子がオイタをしたことがあった。
     いつもなら報告書の一枚で済ませてやれるがその時は他の管轄も絡んでいたからそうもいかず、一応軍の規定に則った取り調べを行った時のことだ。
     やったか、やっていないのか。それは故意だったのか、偶然なのか。どこまで関わっていたのか。淡々と問い詰めていくと君の瞳は魚か何かなのか?と思うほどの眼のおよぎっぷり。眼は心の窓というように何が嘘でどれが本当なのか、手に取るようにわかった。
     トラブルメーカーのくせに、これで今まで詐欺にあったことはないというのだから彼の強運には驚かされる。しかし、神さまに嫌われたという子どもがいつまでその運を持ち続けられるかはわからない。だから、君は動揺が眼に出やすいから気をつけなさい、と伝えた。

     それを珍しく素直に受け入れてくれたのだろう。
     金色の透き通った瞳が彷徨うことはない。
     その代わり、どこか虚空を見つめてる。

     網にかかった魚がない空間を求めて逃げ惑うように、金色の瞳が迷わないのは良い。
     そして眼を動かさなければ動揺はバレないと思っているのは聡明なこの子にしては珍しく馬鹿な発想で愛らしい。

     ビイドロでも琥珀でもはちみつでもない。この世のもので例えるのが難しいほどに美しい瞳はずっと見ていられる。この瞳を誰にも邪魔されることなく観察できるのなら腕なんていくらでも広げていられる。


     しかし、その瞳が見つめていた虚空は徐々に地面の方に移ったらしく、目線もそれにあわせて下げられていった。
     毎日こだわりをもって作成されているアンテナを眺めていてもいいが、せっかく対面できているのだ。顔が見たい。


    「鋼の」


     自分だけが呼べる名前を呼ぶと、勢いよくあげられる顔。
     不安そうな眉の形から察するに、声をかけてあげるタイミングは完全に出遅れたようだった。

    「すまない」

     どうした、大丈夫か、何か気遣いが足りなかっただろうか、そんな不安そうな顔をしないでくれ、思うことがあるのなら遠慮なく言って欲しい。

     伝えたい言葉はたくさんあるが焦りを乗せた声に阻まれる。


    「何?オレ何か間違えた?ちょっと気恥ずかしくなっただけだし、ハグくらいできるよ。少しくらい広い心で待っとけよな。オラ、腕広げろ」


     横柄な物言いよりも、間違えた?という初めの言葉がすべてだった。その言葉だけで自分が彼の瞳を堪能できるなど寝ぼけた考えをしている間に、様々な感情が彼を押しつぶしていたことに気づかされる。思いが通じ合った恋人との関りに間違いなどあるわけがない。
     何も間違ってなんていない。
     でもそれを伝えるのは今じゃない。きっと彼には彼のプライドがある。諭して、宥めて、無理に感情を引き出すよりも言われたとおりに動いた方がいいのだろう。


     先ほどよりもゆっくりと両腕を広げると意を決した顔で近づいてくる恋人は戦地に赴く兵と大差ない表情を浮かべている。
     慎重に自分の手の届く範囲にやっと来てくれた身体をそっと腕で囲うと胸にぽふりと埋められる顔。
     装飾やら勲章やら色々ついている服だ。頭のおさまりが良い位置を探しているのだろう。金色のアンテナがぴょこぴょこと揺れていたが、じきにおさまった。

     形のいい頭が自分のテリトリーに収まっている愛おしさと同時に物足りなさと腹部への違和感を抱く。少し顔をずらして違和感の先を覗き込むと、そこには行き場を失った腕が体の前で縮こまっていた。


    「鋼の。窮屈そうなこの子たちはこっちに来させてくれると嬉しい」
    「あ」


     腕をすくいあげて首の後ろにまわさせると最初は戸惑っていたようだが、探るように力が込められ、最終的にはぎゅっと首元に抱きついてもらえた。
     これだ。この満足感が欲しかった。


    「次から君の腕の居場所はここだよ。迷わずまわすといい。それと君の優秀な頭脳をくだらない思考で埋め尽くすのはやめなさい。もったいない」
    「うるせぇ。簡単にわかったような口を利くんじゃねぇ」
    「なにもわからないさ。私はエスパーじゃない。君が過酷な旅路を送る中、すぐ私に言えないことがあるのは理解している。だからなんでもすぐに伝えろとは言わないがね。恋人として過ごす時間の時くらいはなにも考えず言葉を発してくれ」

     日ごろの心配、労り、会えない時間が恋しいという思い、愛おしさ、少しでも君に向ける感情が多く伝わればいいと思いと共に力を込めた。



     なんていうこともあったのだ。
     それが今はどうだろう。
     恋人というカテゴリーは変わらないまま深くなった関係性。
     軍服と旅の装いから素肌同士の接触ができるようになった。
     2人の温もりを纏うシーツの中でむぎゅりと自分の首周りに巻かれる腕。髭がいてぇなんて苦情つきではあるが、頬擦りまでしてくれる。君だっていつかは生えるんだからな。


    「懐かしいな」
    「あ?なんの話だよ」
    「さぁ、どうだろうな」

     君が私に抱きついてくれることに慣れてくれて嬉しいという話だよ、なんて野暮なことは言わず、しなやかな身体を満たされた気持ちで抱きしめた。
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