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    ryonaka220679

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    ryonaka220679

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    高専五夏♀

    だから、この手を離さない 中編「お大事にどうぞー」

     受付の女性から薬を受け取り、間延びした決まりの挨拶を背に、病院を後にした。一歩、外に出るとすぐに汗が額に滲む。今日の気温は35度を超えて猛暑日になるでしょうと、病院のテレビのアナウンサーが熱中症対策について呼びかけていた。高専から2時間離れたこの街は、街路樹も少なく陽射しを遮るものがなく、手に持っていたキャップを深く被り直した。
     目的のものは手に入れたから、早く帰ろう。そう思っているのに、その足取りは重たかった。
     電車とバスを乗り継ぎ、高専の最寄りのバス停に着くと、古いベンチに座り、トートバッグから、処方された薬とミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。
     パチリと薬のパッケージを開け、白いタブレットのような錠剤を空にかざす。
     真夏の太陽がまぶしく、綿菓子のような白い雲と真っ青な空のコントラストが、かの男を連想させられた。
     この一粒で何もなかったことにできるなら、昨日起きた出来事を全てなかったことにしたかった。呪術師殺しの男との対峙も、理子と黒井の死と、悟の覚醒。そしてーーーー。
     汗をかいたペットボトルのキャップを外し、一息に飲み込んだ。
    「まず……」
     無味無臭のはずなのに、いつも飲みこんでいる呪霊のような味がする。込み上げてくる嘔吐感に、右手で口を抑えた。これでなにも起きない。全て元通りだ。今までと、同じ。
    ーーーー本当に?
     反転術式を習得した悟は、これからどんどん力をつけるだろう。自分は、悟が殺した男の、足元にも及ばなかったのに。たったひとり最強になった悟の隣に、私は並びえない。
     そして、あろうことか彼と身体をつなげてしまった。 
     拒否することも出来たのだ。本気で抵抗したなら、悟も引いただろうし、横っつらを引っ叩いて止めることだってやろうと思えば出来た。
     でも、出来なかった。

     気がついてしまった。あの呪術師殺しの男に、悟を殺したと告げられたとき。目の前が憎悪で赤く染まり、目の前の男を殺す事が脳を占領した。無惨に敗れ
    、意識が薄れゆく中で、浮かんだのは、悟の笑顔だった。そうだ、ずっと前から。

     (私は、悟が好きだったんだ)

     もっと早く気がついていれば、こんな事にはならなかっただろう。普通の高校生がするように、デートをして、キスをして、いずれ肌を重ねて、順を追って結ばれていたのに。当たり前のような青春を享受して、彼に幸福を与えてあげられるはずだった。
     悟の自分を見る目が変わったと気がついたのは、2年に上がる頃だった。
     硝子がいて、七海と灰原が入学してきて、毎日が楽しかったから、高専にいるうちは、いまの心地よい関係性を保ちたくて、向き合おうとしなかった。悟の気持ちと自分の気持ちに。
     そんな自分に都合の良いことばかりを考えていたから、少しずつ溜まっていた雨水がコップから決壊しそうなことにも気がつかなかったんだ。
    「傑! どこ行ってたんだよ!」
     高専に続く長い階段をあがり、鳥居をくぐると、すぐに悟が駆け寄ってきた。トレードマークのサングラスはつけておらず、この夏空にも負けないくらい透き通った青い瞳が不安げに揺らいでいた。
    「起きたらもぬけの殻だし、高専探してもどこにもいねーし!」
    「心配してくれたの?」
    「するだろ、そりゃあ……あんなことあった後だし」
     サングラスをしてないと、目が疲れると言っていたのに、それも厭わず探してくれたのか。よく見れば、寄れたTシャツにハーフパンツで、部屋着のまま飛び出してきたのだと分かる。昨日、行為のまま寝落ちたから、シャワーすら浴びていないかもしれない。それほどまで、必死に自分を探してくれた事が嬉しい。
     口角を上げて、左手に持っていた紙袋を掲げる。
    「ちょっと買い物。団子買ってきたよ。立川の駅ビルのとこにあるやつ。悟も好きだろ。灰原達もよんで一緒に食べよう」
     ことさらテンションを上げるような大きめの声を出したからだろうか、心配そうにお伺いを立てるように、悟は傑の顔を覗き込む。その顔は実年齢よりもだいぶ幼く見えた。
    「……傑、本当に大丈夫か?」
     可愛い男。
    (可愛くて、傲慢で、いつも私を振り回す。ーーーー大好きな人。)
     遠くない未来、彼は自分を置いてはるか高い場所へと上り詰めていくのだろう。せめて、それまでは、できる限り、彼の近くにいたい。
    「平気だよ。街まで降りたら汗かいちゃった。シャワー浴びたら、食堂に行くから待ってて」
    「うん……」
     大丈夫だ。今までと変わらない。普通の日常がまた始まる。


    ***
    「あんたたち、付き合い始めたの?」
    「え?」

     星漿体を巡る一連の事件から、3週間ほど経ち、ようやく高専の中も落ち着いてきた頃。悟は今日は単独任務で外に出ており、教室で二人きりになった頃を見計らって、硝子が話を切り出した。

    「なんでそう思うの」
    「五条の態度が違うからさ。今までも男女にしては異常な距離感だったけど、ボディタッチが多くなったし、それがすごい自然な仕草なんだよね」

     ずいっと机から身を乗り出して、「で、どうなの」ともう一度問いかけられる。その硝子の目が座っていて、ふいに傑は視線を逸らした。

    「あー……うん、たぶん」
    「どうしたの? あんたにしては、歯切れ悪い言い方じゃん」
    「好きって言われてないし、言ってもないけど、ヤッたから、たぶん、付き合ってる」

     ーーーー絶句。と言ったように、硝子は口をあんぐりと開け、その後、右手の掌で額を抑えた。

    「……そうだった。あんたら二人ともクズなんだった」

     ひどい言い様だ。でも、的を得ていると思う。

    「でも納得。最近夏油がよくスカート履いてるのもそうゆう事か」
    「…………」

     勘の鋭い女の友人ほど厄介なものはない。

     2回目は傑から誘った。衝動的に身体を重ねてから二週間後、悟の部屋でDVDを見ていた時の事だ。俳優本人がスタントなしで体当たりするアクションが売りのスパイ映画。最後、ヒロインを救出してビルの頂上でキスをする。なんて都合の良い脚本なんだろう。現実はこんなに都合よく物事は進まないのに。
     若干冷めた目で映画を見ていた傑に比べて、悟は真剣に見入っていたようで、テレビ画面に釘付けだった。その横顔を自分に振り向かせたくなった。エンドロールが流れ始めたころ、傑はふいに、身を乗り出して、隣に座っていた悟に、唇を寄せた。
     軽く合わせただけのキス。驚いたように固まる悟のサングラスを外して、もう一度。今度は更に深く。ぴちゃぴちゃと音を立てて交わる舌に、耳から侵されるようだ。
     自然に悟は、傑の腰に手をあてて、強く引き寄せた。
     傑は、悟の両肩に手をのせ、そのまま体重をかけ押し倒す。前回とは立場が逆転したかのように、馬乗りになって、仰向けになった悟の上に跨った。
     悟の顔には、少し驚きと大きな期待がのっていて、傑の口角がクッと上がる。最強の男が、自分に組み敷かれて、欲情している。
     このうえなく極上の優越だ。
     ゆるく勃ち上がったモノを、布越しに陰部を当てるように腰をゆする。

    「うぁ……ぁっ」

     そうすればその薄い唇から、色ののった声が溢れ、あっという間に中心が固くなる。傑はそれに気をよくして、着ていたTシャツを脱ぎ捨てた。
     身体の位置をずらして、悟のチャックをおろして、そろりと舌を這わす。大きすぎて、全部は加えきれないから、上の方だけ含んで先端を舌先で刺激する。

    「あっ、すぐる、それやばい……」
    「ひもひいい?」

     もごもごとくわえたまま問えば、コクコクと首をたてに振ってうなづく悟は可愛かった。
     もうこれくらいでいいかと、口を離してスウェットと共に下着を脱ぎ去ると、悟が慌てて上半身を起こして傑を止める。

    「傑! ちょ、ちょっと待って!」

     この雰囲気でストップをかけるなんて、なんて空気の読めない男なんだろう。そう呆れていると、傑の下から抜け出した悟が、クローゼットの中をゴソゴソと探し始めた。

    「えっと、確かここに……あ、あった!」

     はいっと手渡された、見覚えのある長方形の小さい箱を見て、傑は目を丸くする。

    「……この前は、余裕なくてごめん」

     もちろん、悟がそれを用意してくれていたことに、傑は嬉しかった。悟自身もあの事故みたいな一回で終わらせるつもりはなかったのだと。今日、傑が誘いをかけなくても、いずれは彼から誘いの声がかかったのだろう。そして、なにより。

    「君が買ってきたの?」
    「……そうだよ」
    「どこで?」
    「麓のコンビニ」

    あの五条悟が。コンビニエンスストアでコンドームを買う。一体どんな顔で買うんだろう。顔を赤くして? それとも澄ました顔で? 

    「今後、買いに行くところ見せて」
    「はああ!? どんな性癖だよ」
    「いいじゃん。減るものじゃないだろ。ほら、ゴムつけてあげるからさ」
    「ええー、なんか童貞からかう年増女みたい」
    「悟は童貞じゃないだろ」
    「うん。この前、傑に食ってもらったから」
    「……あれ、初めてだったんだ」
    「傑以外と、したいと思ったことねーもん。自分から触りたいって思ったのは傑だけだよ」

    もしかしたら、そうなのかもしれないと思っていた。悟は箱入り息子だし、恋という感情すら知らなかったから。
    しかし、年頃の男だ。溜まるものはあるだろうし、黙っていれば、大層モテる見てくれをしている。街中でちょっと遊ぶとか。御三家の旧態依然の酷い噂もきく。家のしきたりか夜這いとか、そういった経験はあるかもと少しだけ疑っていた。でも、キスもハグもセックスも傑が初めて。あの時も誰でも良かったわけじゃなくて、傑だから抱きたいと思った。これを聞いて、喜ばない女はいないだろう。
     少しの間黙り込んだ傑に、悟はなにかまずいことを言ったのかと焦った。

    「…………ひいた?」
    「ううん、全然。むしろ、その……ちょっと嬉しいよ」
    「……傑っ!!」

     その言葉にぱぁっと表情を明るくさせた悟が、愛おしくてたまらないといったように抱きしめる。その力があまりにも強くて、傑は息ができなくなった。

    「ちょっと、ちょっと、悟、苦しいよ」
    「だって、傑が可愛いこというから」
    「もう、これじゃゴムつけられないだろ……」

     抱きしめられると肌が密着して、すっかりいきりたった性器が存在を主張する。悟の腕から抜け出して、ゴムを袋からだすと、くるくると手早く付けてあげた。そして、被し終えたそれに跨がった。何度も往復して、傑も自分の気持ちがいいところに性器をこすりつける。
    一連の動作全てが煽情的で、さっき口でしごかれたこともあり、悟の限界は早かった。

    「……ううっ、あー、いきそっ」
    「我慢するなよ。はー、私も……っ」

     悟がぶるりと震えて達するのと、ほぼ同時に傑も中を痙攣させてイッた。二人の間に気だるい空気が流れ、どちらとともなく、口付けを交わす。
     そして、場所をベッドの上に移しての2回戦。
     ベッドの上の正常位でも、両腕を彼の背中に回して、爪を立てる。
     この時の傑は、悟がどこか、自分がいる場所から遠くに行ってしまう気がして、引き留めたくて、必死だった。自分の存在が楔になればいいと、そう思っていた。
     長かった夏がようやく終わり、2回目の秋がやってくる。


    ***
     9月も後半に差し掛かり、暑さもようやく和らいできた。東京のはずれのはずれ、高専の校舎がある場所は、どこよりも秋の訪れが早い。
     昨日と今日にかけて、交流会のために、京都校の生徒が訪れている。
     昨日は団体戦であったが、悟は急を要する任務で駆り出され、京都校の生徒に、人数の利があったにも関わらず、その実力を持ってねじ伏せられた。正しくは、放たれた呪霊のほとんどを傑が取り込んでしまい、あっという間に終わった。傑にとっては肩慣らしにもならない、実に退屈な団体戦だった。
     ただ、「だから夏油は出すなと言うたのに」という京都校の校長の苦々しい顔が見れたことだけには、満足している。
     今日もどうせつまらない一戦になるのだろうと、京都校の生徒たちの冴えない顔ぶれを、日陰から眺めていると、ふと隣に人の気配を感じて振り返った。

    「あ、あの、夏油先輩……」
    「……ええっと、君は京都校の一年生?」  

     見覚えのない顔だった。亜麻色のゆるくウェーブした髪に、身長は150センチそこそこの小柄な体型。長身の傑は、うつむく彼女の顔を確認するのに、少し背中を曲げなければいけなかった。去年の交流会で見た記憶はないし、昨日の団体戦にも参加していなかったが、京都校の集団の中にいた気がする。
     傑の問いかけに彼女は、小さく頷き、名前を名乗った。そして、すぅと呼吸を整え本題にはいる。

    「私は、五条家傍流の家の出身で……悟様、いえ、五条先輩の、その、婚約者候補……です」

     婚約者のあたりから、自信をなくしたような蚊の鳴くような小さな声になる。
     五条家が由緒正しいお家柄なのは、入学当初から聞いている。だが、婚約者云々の話は悟の口から聞いたことがなかった。親同士で決めた事なのか、あるいは、彼女の親が勝手に言っているのかもしれない。彼女がこの後つづけたお願いに、傑は、後者の可能性が高いかなと確信を持った。

    「夏油先輩は、五条先輩ととても仲が良いとおききしました、私を紹介していただけませんか?」

     きっと、親に交流会にかこつけて、悟との関係を深めてこいとでも言われたのだろう。
     悟の警戒心の強さと人見知り具合は、傑も入学した日に身をもって経験している。その分、ひとたびパーソナルスペースにいれてしまった時の距離感はとてつもなく近くなるのだが。特に対呪術師については、あたりが強い傾向があり、話しかけづらいオーラを発しまくっているので、彼女は藁をも掴む思いで傑に頼んできたのだろう。
     可愛い子だと思った。
     やっと顔をあげて傑と視線があった彼女は、小柄な体型と相まって、どことなく守ってあげたくなるような幼い顔だちで、あまり呪術師を志しているようには見えなかった。
     呪術師は職業柄、自分を含めて気が強い女性が多い。彼女みたいな一歩後ろを歩くような控えめなタイプの女性は珍しかった。

    「悟は、そういうの、好きじゃないと思うよ」

     自分が思ったよりも冷たい声がでてしまった。彼女がびくりと肩を震わせる様子をみて、傑は意識して優しい声をつくる。
     
    「普通に話しかけてみたら? 悟はとっつきにくいイメージかもしれないけど、丁寧に礼儀正しく話しかければ、普通に話してくれるよ」
    「でも、悟様……五条先輩、とは幼い頃から幾度か顔を合わせておりますが、未だ親しい関係にはなれていなくて。夏油先輩は、五条先輩と出会ってすぐに、とても親しい間柄になられたと……」

    (ーーーーなんで私なんだ。)
    硝子だって、なんなら歌姫だって、悟と気楽に接している。歌姫は今回引率の術師として来ているから、言い出しづらいのも察するが、何か少女の裏によからぬ企み事があるようで、傑は対応を決めかねていた。
    親しい間柄ってなんだ。抽象的な言い方にも含みがあるように思える。

    「親しい間柄って……他にも悟と仲良い人はいるよ」
    「いえ、あの……京都校の先輩方が…その、夏油先輩は五条先輩のお気に入りだと……」

    案の定というのか。お気に入りというキーワードに彼女がどういう連想しているのかも想像がつく。
    この子だけに罪があるとは思わなかった。良からぬことを吹き込んだ先輩方というのが、諸悪の根源だ。一方で、それを鵜呑みにし、あまつさえ本人に言ってしまうこの子の常識の無さは是正すべきだが。
    そう言えば、悟も出会った当初は一般常識が欠けていた。御三家の連中というのは、どれもこれも世間の常識から外れているのだろうか。

    「……全く、その先輩方には指導が必要だね。君はいいところの出身のお嬢さんだろう。下世話な先輩方に染まってしまっては、ご両親が悲しむよ」
    「そ、そうですよね、すみませんでした」
    「それに、そういう理由なら、尚更自分からちゃんと話しかけた方がいい。第三者から見たらフィルターがかかって本当の自分が出せなくなる。さっきも言ったけど、悟は礼儀を持って接する人間を無碍には扱わないよ」
    「は、はい! ありがとうございますっ」

     お辞儀をして、パタパタと走り去っていく後ろ姿からすぐに視線を外すと、ハァと後方から、聞き慣れた声のため息が聞こえた。どちらかというと、ため息をつきたいのはこっちの方だ。自分が面倒見ている生徒くらいちゃんと手綱を引いていてほしい。

    「なにさっきの、本命の余裕?」
    「……歌姫先輩」

     京都校の生徒の引率で一緒にやってきた歌姫は、先ほどまで硝子と話をしていたはずだ。

    「硝子から聞いたわよ、五条と付き合い始めたんでしょ。それなのに、あんな敵に塩を送るみたいなアドバイスして。盗られるとかいう心配にはならないわけ?」
    「あー、喋っちゃたんだ、硝子」

     いつもはお喋りなほうではないのに、歌姫と一緒にいる時だけ、なぜか口が軽くなってしまうらしい。

    「硝子も誰にでも言ってるわけじゃないわよ。さっきもうっかりポロっと言っちゃったみたいな。私も他の人には言わないようにするから、許してあげて」
    「隠してるわけではないですが、そうしていただけると助かります」
    「そりゃあ、知られたくないわよね。五条と付き合ってるなんて。厄介ごとの予感しかしないもの」

     五条悟は、この世界ではあまりにも有名で、悟と付き合っていると周囲に知られれば、余計な問題ごとが降りかかってくるだろう。
     先ほどの少女も傑と悟が恋愛関係にあることを知らないから、傑に間を取り持ってほしいなどと頼んだきたが、恋敵だと知っていたら、もっと敵意を持って接してきたと思う。
     ーーーー面倒くさい。悟とこれからも付き合いを続けていくならば、山ほどの敵意と相対しなければならないのか。
     健全な始まりでなかったことも相まって、傑は大っぴらに言いたくはなかった。悟にも、無闇矢鱈と他人に言いふらさないように、念を押してある。知っているのは、硝子だ。七海と灰原には言っていない。同じ生活をしてる上で、七海と灰原にバレるのは時間の問題だが、二人が気が付いたときに、普通に教えようと思っている。
     
    「……あの子ね、私と同じ後方支援タイプの術式でさ。見た目的にもゆるふわって感じっていうか。高専内でも構人気あるのよ、周りにちやほやされてるわけ。でも、五条の好きなタイプとはかけ離れてるでしょ」
    「悟の好きなタイプ?」
    「あんたみたいな、タッパあって出るとこでてるみたいなのが好きでしょ。あの子とは正反対じゃない」

    もう成長期は止まったと思っていたのに、高専にはいってから、夏油の背はさらに伸び、胸部にハリが出るようになった。性的な意味でも男性からの視線が集まるようになったのは自分でも分かる。しかし、悟はそうではないはずだ。

    「悟は見た目で選ぶような人じゃないですよ」

    傑の零した一言に、歌姫は額を掌で抑え呆れ返る。

    「あのねぇ、夏油のそれって、無自覚?」
    「え? なにかおかしいこと言いましたか?」
    「……だって、それじゃ、自分は中身で選ばれたって言ってるようなもんでしょーが。無意識に煽ってんのよ」

    以前も冥冥に指摘されたことだった。傑にそんなつもりは1ミリもなかったのだけれど。

    「ま、それぐらいじゃなきゃ、あの五条の恋人なんかつとまらないか。お似合いよ、あんたたち」
    「何ひとつ褒められた気がしないんですが……」
    「そりゃ、褒めてないからね」

     歌姫は言いたいことだけ言って、さっさと去ってしまった。
    なんだろう。胸の奥がヒリヒリと焦げつくようだ。自信なさげにも悟の婚約者だと言い切れる少女に対して、自分はなんなのだろう。付き合っている、そうお互い断言したこともない。ただの友人? それにしては、不純な関係だ。友人の括りだったはずなのに、たまにセックスをするが加わって、ややこしくなってしまった。悟とするセックスは気持ちがいいし、心が満たされる。でも、時折、無性にやるせない気持ちになってしまう。
    太陽が動き、木の陰になっていた場所も陽の光がさすようになった。あまり陽に当たりたくない。昔は日焼けなど、気にしなかったのに、悟の隣に立つようになって、あの白い肌に少し憧れて、気にかけるようになった。
    傑は更に涼しい場所を探して、場所を移動する。校庭近くの水飲み場のベンチが涼しそうで腰をかけるとすぐに、悟の自分の名前を呼ぶ大きな声が聞こえた。

    「すっぐるー!!」

    大好きなその姿を目にして、傑はふわりと自然に笑みを浮かべる。

    「あれ、悟、帰ってきてたんだ」
    「そっこーで終わらせてきた。朝戻って、部屋で一眠りしてきたとこ」

     予定では、今日の昼頃に戻ると聞いていたが、巻いて仕事を終えてきたらしい。夏に差し掛かるころに、反転術式を習得した悟は、ほんの少しの睡眠でも十分に回復するようになった。今までもショートスリーパー気味だったが、最近はそれに拍車がかかっている。
     傑の左隣に座り、ごく自然に傑の腰に右手を回す。身体が密着する暑さは気にならないようだ。

    「俺たち個人戦でないって」
    「あ、そうなの?」
    「レベルが違いすぎて、勝負になんねーじゃん。手抜くわけにもいかねえし。昨日、傑が無双したのもあるかもな?」
    「誰から聞いたのさ」
    「夜蛾。京都の学長に嫌味言われたらしいけど、京都の連中の鼻を明かして、内心スッキリしてんじゃねえの。俺も見たかったな」

    全ての呪霊を叩いて、取り込んでしまったのは、大人気がなかったか。ちょっとだけ気恥ずかしくなって、顔を背けた。

    「じゃあ、個人戦は七海と灰原だけ?」
    「そ。急いで帰ってきたのに、意味なかったなー」
    「ここまで実力差があるとね。いっそ全然関係ないことすればいいのに」
    「なんだよ、関係ないことって」
    「呪術と関係ないことだよ、野球とかサッカーとか」
    「ふはっ、なにそれほんとカンケーないじゃん」

    悟の笑う姿を横で見ると、ひりついた心が徐々に癒されるのを実感する。

    「それよりさ……会うの久しぶりだよな」

    明確な意思を持って、右手が腰をなぞる。性的な意味が込められたその仕草に、背中にビビビと電流が流れるようだ。
    二学期以降、任務に行くのは一人で行くようになり、すれ違いでゆっくりと顔を合わせるのは、2週間ぶりだった。

    「……寮まで戻る時間ないよ」
    「そうだけどさー!」
    「七海と灰原の試合もみてあげないと……」
    「あいつらなら、大丈夫だって」

    それは、そうだけど。京都校の生徒たちには悪いが、階級は同じでも、実力は七海と灰原が上だ。きっと大した怪我もすることなく終わるだろう。

    「ね、いいでしょ」

    サングラスをずらして、下から覗き込むように見上げてくる上目遣い。
    これだから、自分の顔の良さが武器になると自覚している男は、手に負えない。
    悟の欲がこもった瞳に、傑も釣られるように下腹部が熱くなる。

    「もう……一回だけだよ」
    「じゃ、じゃあこっち、こっち来て傑!」

    仕方なく、といった体を見せて、手を引く悟に着いていく。その間も奥底はキュンキュンとずっと喘いでいた。

    「んあっ、あっ、つっ……」
    「マジでやばいんだけどっ、すぐる、いつもより濡れてない?」
    「あっ、わからなっい、そ、そこ」
    「ここ?」
    「う、んんっ、気持ちい……」

    イレギュラーな場所だからかもしれない。
    ほとんど使われていない体育倉庫は、バスケットボールの入った籠や体操用のマット、跳び箱、ごく一般的な学校で使われている道具に、呪術高専らしく呪具も転がったりしている。
    重なったマットに背中を預けて、正面から悟を受け入れた。崩れそうなマットと不安定な体勢ゆえに、傑は悟にしがみつく。必然、ベットでヤる時よりも密着度は上がる。
    誰かに見られるかもしれない。
    制服は脱がず、傑は下着だけ脱ぎ、悟も前を寛いだだけ。肝心な部分は、傑のスカートの中に隠されているが、誰かに見られたら、どうしよう。
    そんな羞恥心も合わさって、感度が上がっている。

    「さ、悟、私もう」
    「うん、傑、俺も、イキそお」

    体育倉庫の埃の匂いが身体に棲みつくよう。傑が絶頂に至ったすぐ後に、悟のうめく低い声が聞こえて、彼も果てたのが分かる。
    そして、傑のなかから熱いものが抜け出して、胎の奥が再び恋しくなった。ふと、傑はいたずらを思いついた子供のように、意地悪な笑みを浮かべる。

    「ねえ、まだゴム持ってる?」
    「あるよ」
    「もう一回してほしいな」
    「えー、一回だけって言ったの、傑なのに?」

    そう言いながら、嬉しそうに口角を上げて、ズボンのポケットからいそいそとゴムを取り出す。
    今度は立ちバックの対位で。背中から悟が覆い被さり、また陰茎が押しこまれる。
    埃のたつマットに爪を立てて、背後から与えられる甘い快感に身を委ねた。
     窓のはしに、なにか人影が横切ったような気がするが、きっと気のせいだ。亜麻色の何かだったみたいだけど、そう、きっと気のせい。白昼夢の情事を垣間見て、彼女が何を思うのか想像すれば、傑の鬱々とした気持ちは少しだけ晴れた。


    「夏油さん、俺の活躍見てくれました!?」

    灰原の元気の良い声に、傑はヒクリと頬を引き攣らせる。
    多少のかすり傷はあるものの、大きな怪我はなく個人戦は終えたようだった。体育倉庫でコトを終えてから身支度を整えて、みんなの元に戻った時には、ちょうど個人戦が終わるところだった。

    「あー、その、ちょっと用事があって見れなかったんだ」
    「えーっ! 夏油さんにいいとこ見せたくて、頑張ったのに」
    「あなた達、どこでなにをしてたんですか」

    七海の問いの返答に困る。体育倉庫でセックスをしていました。なんて馬鹿正直に、純真無垢な後輩達に言えるわけもない。硝子は察しているようで、呆れた顔から「このクズども……」という心の声が聞こえてきそうだ。

    「ごめん、ごめん。お詫びにさ、灰原と七海の完勝祝いを兼ねて、打ち上げに行こう」
    「賛成〜、カラオケ行こうぜ」
    「先輩たちの奢りですか」
    「もちろん。二人のお祝いだからね。悟も出すんだよ」
    「へいへい。硝子と歌姫も行く?」
    「私は京都校の子達の引率があるから、ここに残るわ。硝子は行っておいでよ」

    東京校の生徒たちにとっては、楽勝のふた文字だが、京都校の生徒たちには課題ばかりが残る二日間だった。コテンパンにやられてしまった生徒たちにはフォローが必要だろう。

    「残念〜。歌姫先輩めっちゃ歌上手いから一緒行きたかったなぁ」
    「また、今度一緒に行こうね」

     わいわいと連れ添って、階段を降りていく5人は本当に仲が良くて。その背中を見送る歌姫の心は翳りが落ちる。

    「また、今度、か……」

    歌姫は、彼らよりも少しだけ呪術師の人生、と言うものを多く知っている。
    仲の良い彼らの後ろ姿を見て、心が少し痛む。5人でいられる期間は、あとどれくらい残っているのだろう。誰か一人でも欠けるのならば、この平和の偶像は崩れてしまうのではないだろうか。そんな未来はこないでほしい。でも歌姫は知っている。それが叶うのはとても難しいことだと。

    そう、遠くない未来。
    歌姫の悪い予感は的中することなる。
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    msk11170808

    DONEワードパレット「ネコヤナギ」をお借りして書いた話のやっくん視点。
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    涼し気な音とは裏腹に日本の夏ってやつは日が落ちたこんな時間になってもじとりと暑いままだ。
    効きすぎた空調の中で身体を冷やしたくはなくて、夜だから平気だろうとテラス席を陣取ったけれど、日本の暑さを舐めていたかもとちょっと後悔し始めていた。
    てか、あいつが遅いのが悪くね? なんて思えてきて、出てくるまで待っていようと思っていたのに早々にスマホに手を伸ばした。
    『仕事何時に終わる?』
    すいすいと画面上に指を滑らせ、メッセージを送る。すぐ既読のついた割に、返答までは少しの間があった。
    まだ仕事中かぁと少しぬるくなったアイスティーをずずっと啜る。その音がやたら不満げで自分の気持ちの代弁みたいだと少し笑ってしまった。
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