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    do__kkoisho

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    do__kkoisho

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    漂要

    「今日一日でできる限り片付けるぞ」
    「出来るかな……」
    「片付けるぞ、おー!」
    「お、おー……」
    空元気を出して珍しくネガティブな相里に迫る。
    まあ無理もない。足の踏み場も無い部屋を片付けるのは誰だって億劫になる。
    事の発端は、モルトフィーからの依頼。いい加減あの無秩序の巣窟を何とかしてください、とのこと。積んであるものが崩れて相里が怪我をしたら、誰が首席と呼ばれる人の穴埋めが出来るんですか、と怒っていた。
    要するに、事故があった時に万が一相里が怪我をしたら心配だから、ということだろうと解釈した。当たりの強い口調だったが、いつも通りの優しくて視野の広い依頼内容だった。
    とはいえ、素人が見て判断できるようなものはひとつもなくて、相里には休みを取ってもらって一緒に片付けをすることにした。
    ほとんど休まず何十連勤と研究をしていた相里が休むとなって、他の研究員たちは「首席がやっとリフレッシュしてくれる!」とちょっとした騒ぎになっていた。どうやら休まなさすぎて周りから心配されていたらしい。
    「アブ、手伝ってくれ」
    「うへぇ〜我を雑用係にするなぁ〜」
    「手伝ってくれたら夕飯は好きなだけ食べてもいい」
    「本当か!約束だぞ!絶対だぞ!」
    食べ物で簡単に釣られ、するりと現れたアブを見上げた相里はぽかんとしてから笑った。アブに向かって手を差し出して「よろしく」と言い、アブはその手に握手で応えていた。
    「で、片付けるって言ったって、何から手をつけるんだ?」
    頭に乗ったアブは部屋を見渡してはぁ、と脱力した。家主を前に失礼だぞ、という気持ちと、無理もない、という気持ちが同じくらい沸き上がる。
    「不要なものは捨てるのは大前提として、同じ種類のものをまとめる所からだ。ただし、その『同じ種類』の判別は相里にしてもらうことになるけど」
    「そうだね、でも僕一人では見切れないから……そうだ」
    器用に、というか、慣れたように床に散らばっているものを踏まないようぴょんぴょん跳んだ相里はデスクの上にいたソウリとハクの電源を入れた。ふわふわと浮いた2人に相里は状況を伝え、また同じようにぴょんぴょんと戻ってきた。
    「漂泊者、久しぶりです」
    「久しぶり」
    「久しぶりだな。ハクはもう元気?」
    宙に浮きながらこくりと頷くように機体を傾ける。機械なのはわかっているけど、妙に人間味のあるソウリとハクにも友人のように接してしまう。多分、相里にとってソウリとハクは、俺にとってのアブのような存在なのだろう。
    「僕とソウリで物のカテゴライズをするよ。ハクは漂泊者とアブのサポートをお願い」
    そんな訳でチーム分けがされて、この無秩序の巣窟を普通の部屋にする大作戦が始まった。


    自分が作る料理の匂いでお腹が鳴った。
    本当に一日かかった。午前中の早めの時間から始めたのにもう夜の9時だ。随分遅い夕飯になってしまった。
    こんな時はぱぱっと手軽なもので済ませたいけど、アブに豪華な夕飯を約束してしまった手前、たくさん作らなければ。
    最後に雪蓮の揚げ菓子をお皿に乗せて完成。たくさんの料理にデザートまで付けたんだ、アブもこれで機嫌が良くなるだろう。
    「おまたせ」
    ダイニングに料理を持って向かう。
    真っ先に飛んできたのはもちろんアブで、つまみ食いをしようとしたからひょいっと避けた。
    「ちょっとくらい良いだろー」
    「ご飯が先」
    「ケチ〜」
    さて、家主は。
    料理を全てダイニングテーブルに置き、足元に気を使う必要が無くなった家を歩く。どこに行ったのかとリビングに行けば、ソファーで横になって寝ていた。
    屈んで肩を揺さぶる。相里、起きて、と声をかけると「まだ……」なんて声が返ってきた。
    相里要と言えば全ての研究者が一度は憧れるとも言える、首席という肩書きに相応しい実績を持つ天才。人柄も良くて、影のヒーローとして月樹屋で誰かの幸せのために全力を出せる。そんな理想を絵に描いたような人。
    だけど、自分の中ではだんだんと、その分ちょっとだけ抜けていてだらしない所もある、人間味が強い人というイメージになってきた。きっと彼と仲が良くなった証拠なんだろう。
    「相里、ご飯は?」
    「ん〜……」
    「それとも寝る?相里の分は分けておこうか?」
    「……んぇ……、え、あれ……漂泊者……?」
    「おはよう」
    寝ぼけ眼をぱしぱしと何度か瞬きさせる相里の髪が寝癖で乱れていたから指で梳いてあげた。強い癖はなくてすぐに真っ直ぐに戻った。
    「僕、寝てた……?」
    「爆睡」
    覚醒してきた相里は照れ笑いをしながらくすくす笑って。
    「君といると普段よりも気が抜けてしまうね」
    「そう?友達として最高の褒め言葉、かも」
    「……うん、そう。友達」
    少し言葉に詰まった気がしたが、寝起きだからだろうか。
    相里はダイニングテーブルの上に置かれた料理の匂いに気付いたらしい。ガバッと起き上がって料理と俺を交互に見た。そんなに料理ができなさそうに見えただろうか。
    「ごめん!一人で用意させてしまったね……」
    なんてことはなく、彼らしく真面目な反応だった。
    「気にしないで。社長に働かせる社員はいないから」
    「社長?」
    「月樹屋の。俺は社員だから、相里は社長」
    軽いジョークを言うと相里はきょとんとしてから笑った。
    「そうかもね。なら、社長として社員にお給料をあげないと。考えておくよ」
    手を貸して相里を立ち上がらせる。ダイニングへ向かうと少し減った料理と口元をソースで汚したアブが浮いていた。
    「食べたな?」
    「待たせたお前が悪い!」
    なんというわがまま。
    また汚れるだろうけど、ティッシュでアブの口元を拭って席に座る。
    「待たせてごめんね」
    と相里が言うとアブは「本当だぞ!」というものの、素直に自分の席に着いた。
    騒がしくなったのを感知したのか、スリープモードになっていたソウリとハクもふよふよと浮いてやってきた。彼らは食事を食べて楽しむことは出来ないけれど、視覚カメラは着いている。見た目だけでも彼らにとっての何かになればいいけど。
    「じゃあ、改めて召し上がれ」
    人間が2人、音骸が1体、機械が2機の不思議な食卓だったけれど、ここ最近で一番賑やかで楽しい食事だった。


    食事が終わってアブが俺の体内で眠り、ソウリとハクもコードに繋がれてスリープモードに切り替わった。
    俺も彼らと同じように休んで……という訳にも行かず、綺麗になった部屋を維持するためにその日のうちにと食器を片付けてい。楽しい食事だった分、時間もあっという間にすぎてしまった。もうすぐ日付が変わる夜更けになっているはず。
    「食器洗いまでごめんね」
    「気にしないで。多分今洗わないと相里はやらなさそう」
    「……何も言えないね、気をつけます」
    布巾で手を拭いてリビングに座ると、目の前のテーブルにホットココアが入ったカップが置かれた。どうやらさっきキッチンに来たのはこのためだったらしい。
    隣に座った相里も同じくホットココアを飲んでいた。チョコとミルクの甘い匂いが忙しなかった一日の締めくくりを穏やかにさせる。
    「今日は本当にありがとう。床なんていつぶりに見たんだろう」
    「気をつけて、と言いたいけど研究で忙しいのがわかったから強く言えないな。また散らかったら呼んでくれ」
    「ふふ、君は優しいね。駄目だと分かってるのに頼りたくなるよ」
    「友達のお願いなら構わない。その代わりにたまに遊んでくれたら」
    カップをテーブルに置いた相里は、ソファーにもたれかかって壁にかけられた時計を見あげた。時刻は22時37分。もうすぐ日付が変わる頃だった。
    「良かったら泊まっていく?」
    「いいのか?」
    「もちろん。むしろここまでしてくれたお客さんを夜中に帰すなんて出来ないよ」
    「なら、お言葉に甘えて」
    貰ったココアをひとくち飲む。暖かいものが疲れた体に沁みてふわぁ、と大きなあくびが出てしまった。それを見た相里がくすくすと小さく笑った。
    「先にお風呂入って。僕はメール確認とかしたいから」
    「今から研究……?」
    「しないよ、本当に確認するだけ」
    体が疲れた一日とはいえ休みは休み。なのに仕事をしようとしているのでは、と訝しむ視線を送ると、相里はふるふると首を横に振った。
    それなら安心。
    ココアを飲みきって立ち上がる。
    「着替えとか借りてもいい?」
    「問題ないよ。場所は……えぇと……」
    「片付けてる時に覚えた」
    「そっか。なら、サイズも変わらないだろうし好きなのを持って行って」
    快く許可を貰えた。カップをキッチンで洗ってから着替えを、と考えて数歩踏み出した脚を戻す。相里の横に戻って頭を撫でた。
    驚いた相里は丸くした目をぱしぱしと瞬きしながら俺の方に向ける。けれど、すぐに照れくさそうな笑顔に変わった。
    「今日はまだ撫でてなかった」
    「ありがとう。確かに、今日はなんだか物足りない気がしてた」
    ソウリを撫でてからというもの、一緒に遊んだ日は1回は相里の頭を撫でるのがルーティンになった。最初はいつも誰かのために努力して結果を出す彼を労いたかったのもあった。でもそれが繰り返されて最近は一日に一回撫でないと落ち着かないし、彼も彼で物足りなさを感じるようになった。
    十分撫でてからキッチンへ向かう。遅いからシャワーだけですまそうか、それとも疲れたから湯船に浸かろうか。相里にも聞いた方がいいかとカップを洗いながら考える。
    「相里、お風呂なんだけど」
    「……えっ、何かな?」
    「邪魔した?」
    「ううん、少しだけ考え事」
    そんなにココアを飲んで体が温まったのだろうか。髪から覗く耳が少し赤くなっていた。


    ソファーに横になっていると、お風呂から上がった相里が上から覗き込んできて「あっ」と少し大きな声を出した。
    「駄目だよ、きちんと乾かさないと。せっかく綺麗なのに」
    なんの事かと思ったら、相里は背中に流れた髪を摘んで、ほら、と少し湿気が残っていると見せた。
    相里は洗面台からドライヤーとブラシを持ってきた。促されるまま相里に背中を向けて座り、髪に温風とブラシが当てられた。
    ドライヤーの音のせいで会話をしてもよく聞こえないから2人とも黙ってしまう。たかが数分とはいえ、暖かい風と気の許した友人に全てを任せた感覚が元からほとんどなかった緊張感を崩していく。ふぁ、と欠伸をしてしまう。夕飯前の相里もこんな感覚だったのだろうか。
    「はい、出来た」
    「ありがとう。ちゃんとドライヤーは洗面台に」
    「も、もちろん。この綺麗な家を維持しないとね」
    きっと言わなかったらテーブルに置きっぱなしにしていたんだろうな、と彼のずぼらなのところが見えた。
    洗面台から戻ってきた相里の耳元が電気の反射を受けてきらりと光った。あ、と思う。それは普段付けているゴールドのシンプルなものじゃなくて、月をモチーフにした飾りがぶら下がっているもの。
    月追祭の時に露店で買ったお揃いのピアス。相里がゴールドで、俺がシルバーのもの。
    「これ」
    隣に座った相里の耳を触る。微かにかちゃりと音が鳴った。
    「ん?ああ、そう。君が来てくれるから嬉しくて付けたんだ」
    自分の耳にはいつもの黒いピアスだった。自分の耳を触ってはあ、とため息を吐く。それを見た相里は気にしないで、と笑った。
    「友人と遊ぶ、というのが本当に……本当に久しぶりで嬉しくなったんだ」
    「普段遊んだりしないのか?」
    「うん。……というより、友達を作らないようにしてたかな」
    いつも穏やかな表情筋をしている相里から笑みが消えた。
    「もしかして、パスカルの……」
    「うん。彼の件以降、誰かと仲良くなるのが少し怖くなったんだ」
    かちゃ、と握った義手を左手で包んだ相里は俯いた。
    「ごめんね、暗い話をして。でも、あのソノラでの出来事でパスカルとも仲直り出来たし、君とも仲良くなりたいと思ったから来年の月追祭も約束したんだ。だけど、わからなくて」
    「わからない?」
    少し屈んで髪に隠れた目を見ようとしたけど、洗いたてのセットされていない前髪が無造作に隠していた。代わりにピアスが彼が動く度に揺れて光る。
    「友達って何するんだったかなって。変な話をしてごめん。でも、院のみんなとは友達というか仲間って意識で……」
    なるほど、研究者らしい悩みだと思う。
    感覚よりも思考を優先するからこそ、彼らの研究の産物が生まれている。だけど、人と人との関わりはそれとは別だ。
    俺は彼のように賢くない。けれど、たくさんの友人に恵まれている。
    「正直、俺もそれは分からない。記憶も無いし」
    「あ……ごめん、その」
    「でも、それでもいいと思う。わからないなりに俺もたくさん友達が出来たし、仲良くしている、と思ってる。もちろん、相里とも」
    「分からなくてもいいの……かな?」
    ようやくこちらを向いた相里は不安げな目をしていた。どうにかそれを取り除いてやりたくて笑って頭を撫でてあげる。
    「俺とあなたが違う性格、違う考えを持っているように、人との関係もそれぞれなんだと思う。だから、相里は今まで通り俺の事を頼ってくれていいし、俺はこれからも相里と遊んだりしたい。たったこれだけでいいと思ってる」
    不安そうな目が一度深く閉ざされる。次に開いた目はいつもの柔和な、けれど今日よく見た緊張感のない優しげな感情を表していた。
    「考えすぎていたかな?」
    「うん、何事ももっと軽く捉えていいんじゃないかな」
    「そっか。ふふ、ごめん。変なことに巻き込んでしまったね」
    「そういうことを相談できるのも友達なんじゃないか?」
    最後に頭をぽんぽんと撫でて手を離す。くすくすと笑う彼の動きに従ってピアスがキラキラと揺れた。
    「かもしれないね。じゃあもう1つついでに聞いていいかな?」
    「何でも」
    「君といるとリラックスして気が抜けてしまうのに、同じくらい緊張してしまうのはどうしてだろう?幼馴染たちと一緒にいた時はこんなこと無かったのに」
    「それは……何だろう?」
    風呂上がりだからか、相里の頬は昼間より紅潮していた。
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