「で、俺が作ったご飯を美味しく食べてくれるのが嬉しくて〜」
「いいねいいねー、スカーはおとめだね!」
「普段はツンデレ?塩対応?なんだが、その時だけ美味しいってデレてくれるのが可愛すぎるというか、キュンってするというか」
「おお〜!それでそれで?」
「……なんかアンコに言うの恥ずかしくなってきた〜」
「なにそれー!」
……………………。
何、あれ。
日課の素材集めをしに朽ちた壑谷までやってきた。草木の採取や残像の討伐をしていると、開けた場所に出てきた。誰かの話し声が聞こえ、追放者か残星組織か、と茂みの中に身構えて身を隠していたところ。
「でも最近マンネリしてきて……頑張って作ってはいるが、レシピ通りにしか作れないからな……。美味しいものを食べてもらいたいけどバリエーションが、みたいな」
「ほうほう、お悩みだね〜。そんな時は星ナゲットがおすすめです!」
「えー、でも前も作ったぜ?」
「ふっふっふ〜。ナゲットはねー、なんとディップができるのです!」
「……言われてみれば!」
「あっさりお出汁ソースに、甘酢ソース、おとななピリ辛ソースも人気だね!でもアンコのおすすめはチョコソースかな!」
「アンコは天才か?」
「えへへ〜。もっと褒めてもいいよ!漂泊者のお兄ちゃんもきっと気に入ってくれるよ。美味しくて楽しいもん!」
「そんなことしたらもっと好きになってもらえるかもしれないな?どうしよー!」
「きゃ〜!」
色々あるが。
何より、仲良すぎる。
仲間の一人であるアンコがレジャーシートを敷いてその上に転がっている。
問題はその横だ。赤い服装に目立つ大きな傷のある顔はスカー以外にありえない。
最初は2人のシルエットが見えた時、アンコが襲われているのかと思った。見境無く力を振るうことに喜びを感じる性質だ。共鳴者とはいえ、幼い彼女にも躊躇無くその力を振るうのだろうと思ったのだが。
「ね、ね、スカーは漂泊者のどんなところが好きなの?」
「えー、それ聞く?」
「だって気になるもん〜」
「好きなところは……やっぱり格好良いところだな」
「たとえばたとえば?」
「全部好きだから困る〜。戦ってる時に必死な表情が格好良くて好き。でも、優しく笑ったり、たまに悪戯っ子みたいな顔をしたりとかも好き」
「きゃ〜!今のスカー、すっごくおとめだよ!」
「嘘、可愛い?どう?」
「すっごく可愛い!」
頭を抱えた。文字通り両手で頭を抱えている。
聞こえてくる話題はどう考えても恋バナというやつだ。攀花さんの食堂にたまに行くと、近くの席の女の子たちが時折話しているのが聞こえることがある。
その時に彼女たちが話していたこととほとんど同じことをスカーとアンコが話している。
スカーが少しでも不審な動きをしたら止めるつもりだ……けど、全然そんな素振りはない。今も2人で顔を覆ってレジャーシートの上をころころ転がっている。会話や素振りだけを見たら親しい友人同士の日常にも見える。
「う〜ん、2人を物語にしたらどんな風になるんだろう?」
「物語に?そうだな……とある所に格好良い黒猫と、そんな黒猫が大好きな黒ヤギがいました。黒ヤギは野を駆け、山を越えることができますが、黒猫はおうちから出ることが出来ません。そんなある日、黒ヤギは言いました。僕の背中に乗ってごらん、遠くに見える綺麗な山まで連れて行ってあげるよ。しかし、黒猫は黒ヤギの提案を断ります」
「えー!何で何で?」
「黒猫は猫らしく気ままな性格だったのです。黒ヤギは黒猫のそんなところも好きでした。いつか気ままに自分のお誘いを受けてくれることを願って、黒ヤギは毎日プレゼントを持ってお出かけのお誘いをします。原っぱで猫じゃらしを、森でまたたびを、川で魚を採っては黒猫にプレゼントしてお誘いをします。そしてついに、黒猫はおうちの窓を飛び越えて黒ヤギの背中に乗りました」
「やったね、よかったね!」
「黒猫にとってはただの気まぐれだったかも知れません。だけど、黒ヤギは嬉しくてたまらなくなりました。黒ヤギは言いました。君の気まぐれが変わらないうちに、きっと素敵な景色を見せてあげる。そんな黒ヤギに気ままな黒猫はこう言います。お腹がすいたから海にも寄ってほしいな。こうして、野を駆け、海を越え、綺麗な景色を黒猫にプレゼントする冒険が始まったのです!」
「冒険譚だ!いいね、ワクワクする!」
そういえばそんな共通項があったな。
楽しそうに物語を滔々と語るスカーを、アンコは目を輝かせて聞いている。その光景は微笑ましく見える。
黒ヤギはきっとスカーだろう。残像の姿になった時、黒い体毛に覆われた黒ヤギに似た姿に変わる。
……ということは、黒猫は俺?
猫要素、あるだろうか。例えられるほど気ままでも気まぐれでもないが。むしろ好き勝手に人の後をつけたり、家に勝手に入ってきたりするスカーの方が気ままで気まぐれだろう。
いや、まあ、不法侵入してきた時は決まって美味しいご飯を振る舞ってくれるのは助かってはいるけど。ご飯どころかお風呂の用意や部屋の掃除までしてくれる。最近自分で掃除をした覚えもないし……。うーん、何かお礼をした方がいいのかもしれない。
「アンコも物語が大好きだからわかるよ。……ずばり、デートがしたいんだね?」
「も〜物語で隠したのに。言うなよー」
「ふふーん、アンコに隠し事はできないよ!どこに行きたいの?」
「考え中。でもデートはしたいんだ」
「ほほーう。ふたりで一緒にいることが大切ってやつだね」
「そう!アンコは乙女心が分かってるな」
「でしょ!」
「アンコのおすすめのデートスポットはあるか?」
「アンコのおすすめはねー、うーん……」
「あまり思いつかないか?」
「違うの……どこに行ってもふたりならお似合いだなーって思って、選べなくなっちゃった」
「嬉しすぎること言うなよ〜」
アンコには俺とスカーがどう見えているんだ。
聞きたくないような、聞きたいような。
きゃ〜!と高い声を上げながらレジャーシートを転がり続ける2人を、顔を覆った指の間から見つめる。
デートに行きたいと顔を赤らめて言うスカーをキラキラした目でアンコが見上げている。アンコの目にはさながらお姫様のようにでも写っているのだろう。
きゃ〜!と転がっていたのをスカーはぴたりと止め、地面に顔を伏せた。こちらまで聞こえてくるほどのため息に、アンコは心配そうに眉を下げて赤混じりの銀髪をぽんぽんと撫でている。
「でもデートに誘うのも少し勇気がいるんだ……。漂泊者、最近忙しいから会ってくれなくて……」
「むむ……なんだかきなくさい予感……」
「俺はすっごく会いたいんだ、なんなら毎日会ってお喋りしてぎゅーってしたいんだが」
「だが?」
「他の人から受けた依頼とか、残像を倒したりとか、そういうのばっかり……」
「それは寂しいね……よしよし、アンコがお話聞いてあげるよ」
「えー嬉しい〜……」
「もう!こんなに可愛いおとめを泣かせるなんて!今度アンコが怒ってあげる!」
「でもな、なんか、重くないかなって……好きな人に会いたいのは俺の我儘だろ?漂泊者の負担にはなりたくないんだ……」
「よしよし、スカーは頑張り屋さんの可愛いおとめだよ〜」
レジャーシートに突っ伏して泣く素振りを見せるスカーの頭をアンコが撫でている。
見る人が見れば完全に事案だが、2人は女子会をしている設定だから、年齢も立場も関係ない友達として当たり前のことをしているつもりなんだろう。
「完全に事案じゃないか……」
後ろから恐れ慄いている声が聞こえた。ゆっくり振り返ると、サングラス越しにも分かるくらい目を丸くしたアールトが俺の後ろで屈んでいた。
「漂泊者、何が起こってるって言うんだ」
「知らない、分からない」
小声だけど必死に聞いてくるアールトに、俺は全力で首を横に振って答える。俺が教えて欲しいくらいだ。
「アンコが勝手にまたどっかにフラフラと遊びに行ったから探しに来たんだが……何がどうなってるんだ……」
「……多分だけど、女子会をしてる」
「…………はあ?」
ほら、と2人の方を向く。サングラスを外したアールトがしゃがみながら俺の横に移動してきた。
「でもでも、きっと漂泊者も本当はスカーとデートしたいはずだよ!」
「そうか〜……?」
「元気なくなっちゃった。よしよし、アンコの星ナゲット食べていいからね〜」
「美味しい〜……」
アールトがさっきの俺みたいに文字通り頭を抱えている。それもそうだ。全てにおいて意味が分かりそうなところがない。
「というかだ!」
頭を抱えたままアールトがこちらを見る。
「2人とも付き合ってたのかよ!?」
「……まあ、うん」
「何がどうなってるんだっ……!」
俺も悩みの種のひとつになってしまった。
デート、デートか……。
言われてみれば、最近は難しい依頼を受けたり、在庫が無くなってきた素材を集めるのに必死だった。今日だってそうだ。
家に帰ればどうせ不法侵入したスカーが待ってるし、と思って日中は特に彼に対して何もしていない。少しでも気を許すと24時間ずっと付きまとわれ、ずっと抱きつかれて言葉の通りに身動きが取れ取れなくなる。だから、線引きとして日中は俺の時間、帰ったらスカーの時間、としていたのだが。
「やっぱり俺、重いのか……大好きなだけなのに」
「きっとそんなことないよ!だって大好きな人と一緒にいたいって思うのは当たり前だもん」
そんなことあるんだ、アンコ。
とツッコミに行きたい。
俺も慣れて日常になってしまっただけで、普通の恋人は家に不法侵入したりしないし、外でも抱きついて離れないとかもないし、俺に近寄る人を片っ端から威嚇したりなんかしないんだ。記憶喪失になった俺でも周りを見ていればわかる。
「漂泊者……止めに、って訳じゃないけど、行くか?」
アールトが提案をする。しかし、あの2人はお互いに敵意は向けていないし、むしろ仲が良さそうだし。
スカーがあんなに誰かに自分の心の内を話しているのも珍しいし、アンコも普段話さない人と話せて楽しそうにしている。争いあっているのならいざ知らず、和やかに話して過ごしているだけなら邪魔をするのも無粋な気もする。
とはいえ、2人の会話に入ってはいけないということもない。
「悩むのもわかるぜ、漂泊者。女子会ってのは男子禁制だ。声をかけるのには覚悟がいるよな」
そういうものなのか、とアールトを見る。
「でも、色んな意味で何かあったら……って考てるとさ、そろそろお開きでもいいと思うんだよ」
納得はできる。スカーの低い沸点が暴発しないかの心配、アンコが巻き添えにならないかの心配。2人以外にも強力な残像が突然襲いかかってきてもおかしくはない。
アールトと頷きあって2人の会話が一段落したところで向かおうと決める。……が、ガサガサと自分たちとは反対方向から大きな音がする。会話を止めてその方向を見れば、スカーとアンコの向こうから黒棘熊が走ってきている。
「言わんこっちゃない!アンコ!」
「スカー!」
アールトと同時に茂みから立ち上がり、2人を助けるべく走り寄ろうとすると。
「アンコたちの」
「邪魔をするんじゃねえ!」
一瞬にして黒棘熊は燃え尽きてしまった。
白メェと黒メェ、カードの炎を一身に受けた黒棘熊は為す術もなく、小さな咆哮のみを残して消えてしまった。焦げた匂いが風に乗ってこちらまで届く。
先程までめそめそ泣いていたスカーも、それを慌てながらも慰めていたアンコも、見くびっていた訳では無いが共鳴者として確かな実力がある。そんな2人が息ぴったりに攻撃をすれば、いかに巨浪級とはいえひとたまりもないだろう。
「いぇーい!女子会、さいきょー!」
「恋の力って奴だな!」
言っていることはめちゃくちゃだが。
アールトと顔を合わせて安堵交じりのため息を同時についていると、「あっ!」とアンコの大きな声が聞こえた。女子会の方を見ると、スカーとアンコが何やら小声で話し合い、首を横に振り続けるスカーの背中を白メェと黒メェが押していた。
「ほら、漂泊者が来たよ!頑張って!」
「やだ、アンコが話してきて」
「も〜!当たって砕けろ、だよ!駄目だったらまたアンコがお話聞いてあげる」
「絶対約束な?」
「もちろん!ほらほら、漂泊者が待ってるよ」
白メェと黒メェに背中を押されたスカーが俯きながらおずおずと俺のほうに寄ってくる。目は合わせずに両手を胸の前で握って落ち着かなさそうにしている。
「あー、その、だな」
「頑張れ〜!」
「お前がとんでもなくお人好しなのはわかっているんだが」
「…………」
「そうじゃなくてだな」
デートのお誘いなのはさっき聞いていて知っているが、ここまで顔を赤くして、饒舌なはずの口はしどろもどろな言葉が並んで、少し小突けば後ろに倒れそうなくらい頼りなさそうなスカーは新鮮だ。可愛いよりも面白いが先に立つ。
「スカー」
「え、あ……待て、俺が話すから」
「……わかった」
助け舟を出そうとしたら待てを食らう。
「改めて言うとかなり気恥しいんだが」
「うん」
「……で、デート……しない、か……?」
「いいよ」
「いや、お前の都合が最優先で……え?」
「構わない」
目を丸くするスカーはみるみるうちに顔を赤くし、数歩後ろに下がったかと思えば走ってアンコの後ろに隠れた。
普段の家事のお礼もしたかったし、1日彼のために時間を使うのもアリだろう。いくらめちゃくちゃなやつとはいえ、俺のためにしてくれていることには間違いはない。そこにはちゃんと酬いなければ。
「やったね、よかったね!」
「……夢?」
「現実だよ。ほらほら、アンコの後ろに隠れてちゃだめ!勇気を出して漂泊者のお兄ちゃんの所に行かないと!」
「わ、わかってる」
女子会の影響なのか、いつもよりしおらしいというか、控えめというか。いつもこれくらいなら素直に可愛いと思えるのに。
アンコに近づいて目配せをする。ぱちぱちと何度か瞬きをした彼女は力強く頷き、背中に隠れるスカーをメェたちと一緒に前へ押し出した。
「ほら、デートするんだろ」
「する、するんだが」
今度は俺に抱きついて動かなくなった。いつもより暑い。かなり照れているらしい。
「アールト、これが恋愛物語?」
「いやいや、これは例外中の例外だぜ、アンコさん」