みどちあ一生一緒にいてくれ「お疲れ様でした〜!お先失礼します!」
「お疲れ〜」と返すバイトの先輩の声に軽く会釈して、私は早足で従業員通路を通る。今日は何としてでも早く帰りたい。すっかり暗くなった夜道に数メートル間隔で街頭が辺りを照らしている。いつもなら疲れきった足取りで20分はかける帰り道を、今日は早歩きして10分で帰った。帰宅早々、テーブルの上に並べてあった夜ご飯をレンチンする。普段とは違うあまりにもテキパキとした行動に、まるで自分がロボットになってしまったようで思わず少し笑ってしまった。それもこれも推しのためだ。
レンチンし終わったご飯をタオルを使ってテーブルまで持ち運び、椅子に座る。「いただきます」と小さく呟いてから温めた味噌汁を啜り、一息ついた。時計を見ると、時刻は夜の9時50分。あと10分だ。期待と緊張でドキドキしていて、呼吸が早まる。
「夢じゃないよね……?」
お行儀が悪いけど、今日だけは許して!と心の中で両親に謝りながら私はSNSを開き、フォローのタブをスクロールする。探しているのは流星隊ラジオの公式アカウント。ちょうど一週間前に呟かれたお目当ての投稿を見つけて、凝視してしまう。
『今週もお聴き頂きありがとうございました!次回は8月31日(土) 夜10時放送です!
次回のメンバーは#守沢千秋と#高峯翠の二人です!お楽しみに!
#流星隊 #流星隊ラジオ』
夢じゃない。あと10分でみどちあラジオ始まっちゃう!
突然だが、私はアイドルグループ『流星隊』を推しているオタクである。流星隊を好きになったきっかけは数ヶ月前……なんてふとした瞬間にモノローグが脳内で流れ出すくらいには流星隊の沼にハマっている。その中でも特に推しているのが、流星グリーンの高峯翠くん。翠くんとの出会いは運命的だった……って、危ない危ない、またしても脳内モノローグが流れ出すところだった。あと10分でラジオが始まっちゃう緊張で現実逃避するところだった。
話を戻すと、数ヶ月前、翠くん主演の恋愛ドラマにどハマりし、翠くん推しになった私は、その流れで『流星隊』も好きになったのだ。翠くんの好きなところを上げだしたらキリがない。まず顔が良い!声が良い!謙虚で優しくてゆるキャラが好きなところが可愛くて、でもアイドルしてる時はめちゃくちゃキラキラしてて。ハマりたての頃、翠くんのファンの皆さんが「国宝級イケメンランキングに翠くんを殿堂入りさせたい!」と盛り上がっていて、微力ながら私も翠くんに投票して、次の国宝級イケメンランキングで見事一位を獲得した翠くんが、国宝級イケメンランキング殿堂入りに選ばれた時の嬉しさは今でも覚えている。翠くんを応援していたはずが、気づけば私まで嬉しくなって、元気をもらって。気づけば私は流星隊箱推しオタクでありながら、高峯翠強火オタクになっていた。
そんな私がこれだけ今日の流星隊ラジオに緊張しているのには理由がある。もちろん推しの翠くんがいるからというのもあるが、一番の理由は今日のラジオメンバーが『みどちあ』の二人だからである。
『みどちあ』とは高峯翠くんと守沢千秋くんの二人のコンビ名の愛称である。私が翠くんを推し始め、翠くん周りのことを色々と調べていた中で、同じ流星隊メンバーの千秋くんとのコンビが人気なことを知った。数年前、雑誌でベストコンビ大賞も取ったらしい。SNSで見る他の翠くん推しの人も、翠くんを推しながら、同時にみどちあコンビを推している人も多く、私も気になって調べるようになったのだ。SNSでは仲がいいと話題になっっていたが、実際見てみると想像以上だった。他の人が言うように「仲がいい」とか「まるでカップル」だとかももちろんそうなのだが、千秋くんといる時の翠くんは何だか他の人といる時と表情が違うのだ。それに千秋くんと一緒にいる時の翠くんの表情は、私にどストライクで刺さることが多い。かわいくて、カッコよくて、まさしく私の理想の高峯翠がそこにいて。何よりも私を惹き付けたのは二人のエピソード。数々の雑誌やインタビューなどで断片的に語られてきたエピソードによると、間違えてアイドル科に入ってしまった翠くんを千秋くんが流星隊に誘い、翠くんは流星隊として活動することになったのだ。つまり、千秋くんがいなければ、翠くんはそもそもアイドルにすらなっていなかったかもしれなくて。千秋くんには足を向けて寝られない。流星隊デビュー一周年の時の雑誌にて、「感謝を伝えたい人は?」という質問で、アイドルならばファンと答えそうなところを、翠くんは守沢千秋の名前をあげ、「普段は絶対にこんなこと言わないんですけど……守沢先輩には感謝してます。あの人が流星隊に誘ってくれたから今の俺があると思うし、守沢先輩から本当に色々なものを貰ったから」と答えていたことを知った時、私は私のオタク人生をかけて『みどちあ』を推そうと決めたのだ。
ファンじゃなくて千秋くんに感謝を伝えたいって言ったのを知った時、身近な人に感謝を伝えられる誠実なところにもっと翠くんのことが好きになったんだよなぁ……って結局脳内でオタク語りしちゃってるじゃん!みどちあのこと考えてるとすぐに感情が溢れだしちゃうな。
色々と大袈裟に話してはいるが、端的に言えばみどちあラジオはやばいのだ。毎週土曜日、夜10時放送の流星隊ラジオ。毎週流星隊メンバーから二人ずつランダムでメンバーがパーソナリティを勤める形式なのだが、これまでのみどちあラジオ回は軒並みすべてやばい。みどちあが話しているだけで尊いというのに、二人の発言でみどちあオタクに爆弾を落としたこと数知れず。二人きりの会話ということもあって、みどちあラジオには心してかかれ、というのはみどちあオタクの暗黙の了解である。
夜ご飯を食べながら「推しが尊い」という感情と、「今日はどんな爆弾が落とされるんだ」という相反する忙しない感情に浸っていれば時間が過ぎるのはあっという間だ。時計を見れば流星隊ラジオまであと2分。タイムラインを見れば、私と同じように流星隊ラジオを今か今かと緊張しながら待っている仲間が沢山いる。私も緊張している旨を呟いてからSNSを閉じ、ラジオ番組のアプリを開いた。イヤホンを付ければ、他のラジオ番組を元気の良い声の人が宣伝していた。毎週聴いているCMのはずなのに、いよいよラジオが始まる緊張感で胸がドキドキしている。夜ご飯はまだ食べ終わっていないけれど、ラジオ聴きながらご飯食べられるかな。たぶん無理だろうな。そんなことを考えていたらいよいよ流星隊ラジオが始まった。
音楽が流れ、みどちあの声でジングルが流れる。始まった。胸のドキドキは最高潮だ。みどちあの声が重なっているだけでもう尊い。
「さぁ、始まりました!流星隊ラジオ!今週はこのコンビでお送りするぞ……☆」
「どうも……っていうか守沢先輩、テンション高くない……?」
「当たり前だ!高峯、今日は何日だ?」
「えー……8月31日……?」
「そう……!つまり高峯の誕生日後、初ラジオだ……☆」
「いや、誕生日後の初ラジオって……。もう何回もやってるでしょ……。何年このラジオやってんスか」
「まぁまぁ、そう言うな、高峯!高峯の誕生日後初ラジオに俺と高峯が担当なんて、なんだか運命的なものを感じるぞ……!」
「うわぁ……。守沢先輩と運命とか全力で拒否したい……」
「高峯!?誕生日だというのに今日も高峯はいつも通り塩対応だな……。しかし、いつも通りの高峯で安心したぞ!」
「はぁ……。ラジオ始まってすぐなのになんかどっと疲れてるんですけど……。守沢先輩が俺の元気を吸い取ってくる……」
「ふはは!俺はいつだって元気だぞっ!せっかく俺と高峯の二人きりなんだ!高峯も元気を出してくれ!」
「気持ち悪い言い方すんな。あと二人きりじゃないから。外のブースにスタッフさんいるでしょ……?全くこの人は……。すぐこういうこと言う……」
「はは、すまんすまん!嬉しくてつい!……え?もう時間結構経ってる……?本当だ!高峯との回はつい沢山話し過ぎてしまうな?というわけで流星隊ラジオ、スタートだ……☆」
千秋くんの掛け声に合わせてCMが流れる。オープニング……一瞬だった……。二人の会話に全集中していたせいで、やはり夜ご飯は全く食べ進められていない。放心状態で右から左に抜けていくCMの最中に、先程までの二人のやり取りを反芻する。翠くんの誕生日にテンション上がってる千秋くん、かわいいな……。翠くん、こんなこと言ってるけど内心喜んでるよね。だって声のトーンがいつもよりちょっと高いもん。声のトーンがいつもよりちょっと高いとか我ながらかなり気持ち悪いな、なんて考えていたら一瞬でCMが開ける。このラジオは余韻に浸る暇すらないのだ。なんならまだオープニングである。もうこれだけでかなりお腹いっぱいだ。きっとタイムラインすごいことになってるんだろうな。後で追えるかな。とりあえず、今はこのラジオに集中しなければ。このラジオは片手間で聞けるようなものじゃない。再び流れ出した声に、私は戦場に向かうような気持ちで意識をそちらに戻した。
「改めて、流星隊ラジオ、今夜のパーソナリティは流星レッド!守沢千秋と!」
「流星グリーン、高峯翠です……」
「最初のコーナーは流星トークだ!近況や感じたことを二人でまったり話していくぞ!」
「守沢先輩といると全然『まったり』じゃないけどね……。俺がツッコミしすぎて逆に疲れる……」
「おお……!高峯!俺のツッコミ役の自覚があるんだな……!嬉しいぞ☆俺も高峯がいてくれるとヒーローネタにもつっこんでくれるから安心して話せる!」
「守沢先輩が無理やり見せてきた戦隊モノのせいで俺に無駄な知識が……?あと喜ぶポイントおかしいから。ツッコミ役の自覚があって嬉しいって何?俺はアンタのツッコミ役じゃないから。って、あぁ……またつっこんじゃった……」
二人の軽快なやり取りに思わず笑い声が漏れてしまう。みどちあってコンビとして尊いけれど、それだけじゃなくて普通に二人組みとして面白いんじゃないだろうか。この二人、単純にバランスが良いのだ。千秋くんがボケたら、翠くんがすぐにつっこんでくれて。翠くんはツッコミばかりで疲れるなんて言うけれど、私は千秋くんといる時の翠くんはいつもよりもよく喋ってくれるから嬉しかったりする。こういう所も私がみどちあを推せる理由なんだよなあ。いつか二人でのラジオ番組かレギュラー番組は私の密かな夢でもある。高望みしすぎ?でもみどちあなら行ける気がするんだよなあ、なんて。
二人の軽快なトークは続いていく。今週は翠くんのお誕生日週ということもあって、流星トークの内容も翠くんの誕生日の話題だ。
「改めて、今週の8月29日は高峯の誕生日だ!なんだかテンションが上がるな……☆」
「なんで俺の誕生日なのに守沢先輩の方がテンション高いんスか……」
「誕生日は誰のものでも嬉しいだろう!しかも高峯の誕生日だぞ!うぅ……高峯、大きくなったな……」
「アンタは親戚のおじさんか。毎年大袈裟なんだよ……」
「むう、大袈裟じゃないぞ!毎年毎年、高峯の成長に感動しているんだ!お父さんにとって息子の誕生日はいくつになっても嬉しいものなんだぞ!」
「アンタは俺のお父さんじゃないし、俺はアンタの息子じゃないから!ていうか、親戚のおじさんなのか、お父さんなのかはっきりしろ。キャラブレブレなんだよ」
「おお……!高峯、今日もツッコミが冴え渡っているな!年々、ツッコミが上手くなっていないか!?」
「うわぁ……。守沢先輩のせいで、いらないスキルが成長しちゃってる……」
ふふ、翠くん、楽しそうだな。ラジオなのに声だけで翠くんの感情が伝わってくる。言葉だけ聞いたら塩対応だけど、声のトーンはすごく優しいんだよね。翠くんのこんな一面引き出してくれる千秋くんには本当に感謝しかない。結局のところ、私はこういういつも通りのみどちあが好きなのだ。
相変わらず二人の軽快なやり取りは続いている。始まる前は緊張していたが、いざ始まってみれば二人のやり取りに普通に聞き入って楽しんでしまっていた。ああ、やっぱりみどちあ好きだなあ、なんて。そんなことを考えながらラジオを聞いていたらあっという間に流星トークのコーナーも終わってしまった。
CMが開けて、元気な千秋くんの声が聞こえてくる。まだまだ流星隊ラジオは続く。チラリと時間を確認すると、まだ放送始まってから10分しか経っていない。それなのにすでに内容が濃すぎて、聴き終わった後にタイムラインを追うのは不可能だなと判断した。
「続いてのコーナーはふつおただ!高峯!今日は高峯の誕生日後初ラジオだからな!高峯へのふつおたが沢山来ているぞ!」
「わざわざ送ってくれて……ありがとうございます」
「みんな高峯の誕生日を祝いたいんだな!分かるぞ……!俺も同じ気持ちだ……☆」
「はいはい……。分かったから早くメール読んでください。そんなこと言ってるから時間押しちゃうんでしょ……?」
翠くんが千秋くんに「ほら、これ。もう選んでるでしょ」なんて言って、千秋くんがそれに「ありがとう!」と返している。おそらくメールを渡しているのだろう。みどちあのこういうところ、もはや熟年夫婦みたいだな、なんて。こんな小さな会話にも萌えすぎて、大きく息を吸う。我ながらラジオを楽しむ才能がありすぎる。
千秋くんがふつおたを読み上げる。
「ラジオネーム『流星隊が好きすぎて夜も眠れない』さんから頂きました。千秋くん、翠くん、こんばんは。いつも流星隊ラジオ楽しく拝聴しています。そして、翠くん、お誕生日おめでとうございます。翠くんの誕生日の週にまさかのみどちあコンビでラジオということで、嬉しさのあまりメールを送っています。突然ですが、以前翠くんが雑誌のインタビューで『守沢先輩が新居に全然入れてくれない。あの手この手で言い訳言って逃げ続けるから、そろそろ突撃しようか考えてる』と仰っていましたが、あれから千秋くんの家には行けたのでしょうか?また、もし行けたのなら千秋くんの新居はどんな感じなのか教えて頂けたら幸いです。まだまだ暑い日が続きますので、体調にはお気をつけください。……メールありがとう!」
「あー……その話ですか。俺まだ根に持ってますからね」
「高峯!?あれはドッキリの企画だったと説明しただろう!?」
「それにしてもでしょ……。俺がしつこく誘うから守沢先輩、後半ちょっと冷たかったし……?」
そんなこともあったな。数ヶ月前のバラエティ番組を思い出して、また思わず笑い声がこぼれてしまった。とあるバラエティ番組で流星隊がドッキリをかけられることになり、千秋くんが仕掛け人になったのだ。ドッキリの内容は、千秋くんの新居が実は怪奇現象が起こる曰く付き物件だったら正義のヒーロー『流星隊』はどんな反応をするのか?というよくあるバラエティ番組のドッキリであったが、そのドッキリがあったため、千秋くんは一時的に流星隊メンバーを新居に入れないようにしていたのだ。当時の雑誌であの千秋くんが新居に人を呼ばないなんておかしいと流星隊メンバーから怪しまれてはいたが、中でも特に千秋くんの新居に行きたがっていたのが翠くんで、当時はあらゆる所で「守沢先輩が新居に入れてくれない。あの人絶対に何か隠してる」と根気強く言い続けていたのだ。あまりにも至る所でその話題を出すのでみどちあオタクは「どれだけ千秋の家に行きたいんだ……」と騒いだのも記憶に新しい。結局、ドッキリのためだったと何度千秋くんが説明しても翠くんが中々納得してくれなくて大変だった、なんてエピソードが後に明かされて、ここでもみどちあオタクのタイムラインはお祭り騒ぎだったのだ。こんなのは日常茶飯事で、みどちあオタクからすればただの痴話喧嘩に等しいので、本気で根に持っているらしい翠くんには申し訳ないが、拗ねている翠くんがあまりにもかわいすぎてますます翠くんのことが好きになってしまった。
あのドッキリ、流星隊メンバーよりも仕掛け人のはずの千秋くんが誰よりも怪奇現象にビビってて、結局後日、同じ番組で千秋くんだけ怪奇現象ドッキリかけられたんだよね。その時の仕掛け人してた翠くん、心の底から楽しそうだったなあ。あの時の涙目の千秋くんを見ながらニヤニヤしている翠くんの破壊力といったら……いやダメだ、今思い出しても萌えすぎてラジオに集中出来ないな。これは後で呟くとして、今はラジオに集中しよう。
「それに関しては本当にすまん!高峯がどれだけ断っても誘ってくるから、俺も心苦しかったんだぞ!」
「別にいいですよ……。守沢先輩は俺よりもドッキリを優先するってことが分かったんで……」
「高峯〜!誤解だ!俺は本当に心を鬼にしてだな……」
「で、質問なんでしたっけ……?あれから守沢先輩の家に行けたか……?あぁ……行きましたよ。なんならあのドッキリのあとすぐに守沢先輩が新居に誘ってきて、流星隊メンバー全員でタコパしました」
「あれ楽しかったなあ!またやりたい……☆」
「守沢先輩のことだから、絶対あのタコパのためだけにたこ焼き器買いましたよね……?本当そういうところだよ……」
「?せっかく来てくれるなら楽しんで欲しいじゃないか……☆あと、俺の新居はピカピカだぞ!」
「新居なんだから当たり前だろ。今行ったらどうなってるか分からないですよ……」
「そういうことなら高峯、俺の家に来るか!?今度は二人きりで熱い夜を過ごそうじゃないか……☆」
「何が『そういうことなら』だよ!意味分かんないから!!あと守沢先輩の家には行かないし、気持ち悪い言い方するな!!」
「うぅ……高峯が今日も冷たい……」
びっ……くりした……。一瞬本当に翠くんが千秋くんの家に行く流れかと思ってしまった。さすがに限界みどちあオタクの想像力が働きすぎた……。本当に千秋くんは翠くんのこと大好きだなあ。千秋くんは流星隊メンバーだけでなく、色々な人と仲良いし、誰からも好かれているけど、翠くんだけは何だか千秋くんにとって特別に見えてしまうのは限界みどちあオタク兼高峯翠強火オタの妄想だろうか?千秋くんからのアプローチをバッサリ断るという、もはやテンプレと化したいつものみどちあの流れに萌えつつも安心する。これ今ごろSNSで「みどちあ早く付き合って」とか書かれてるんだろうな。もちろん「付き合って」とか冗談だって分かってるけど、自担にはみんなから愛されていて欲しいので、その中でも翠くんを特別愛してくれている千秋くんには本当に感謝しかない。多分みどちあオタクの総意で、翠くんにはもう一回千秋くんの家に行ってもらいたいんだけどどうでしょう?
脳内では萌えの過剰摂取により、意味をなさない散文が無数に湧き出てくる。この時点でまだふつおた一枚しか読んでいない。きっと今ごろタイムラインはお祭り騒ぎだ。今日の夜は眠れないだろうな。そんなことを考えていると二枚目のメールが翠くんに読み上げられた。
「ラジオネーム『ピザポテト』さんから頂きました。……」
ラジオネームが読み上げられた瞬間、息が止まってしまった。これ、私だ……!どうしよう、推しにメールを読まれてしまった……!勢いで送ってしまったメールがまさか推しに読み上げられるとは思わず、全身から変な汗が湧き出てくる。突然のことに呼吸が荒くなるが、ラジオにはしっかり耳を傾ける。こういう時でも、いや、こういう時だからこそ、オタクとして推しの言葉は一言一句、しっかり聞き逃さないようにしなければ……!
「翠くん、千秋くん、こんばんは。流星隊ラジオが私の日々の楽しみです。突然なのですが、私は翠くん推しでみどちあが大好きです。今週のラジオのパーソナリティがみどちあのお二人だと知って、勢いでメールを送ってしまいました。しかも今週は翠くんの誕生日がある週ということで、とても楽しみにしています。そこで質問なのですが、以前千秋くんが『高峯の誕生日は俺が一番に祝うぞ!』と意気込んでいましたが、本当に一番に祝えたんですか?千秋くんのことだから有言実行してそうだな〜と思っていますが、実際どうだったのか教えていただけたら嬉しいです。これからも翠くん、そしてみどちあを応援していきます。……メール、ありがとうございます」
改めて文面を読み上げられると、今更恥ずかしさが込み上げてくる。書いた時はみどちあがいることの喜びで勢いで書いてしまったが、改めて聞き返すと内容浅いし、欲望全開すぎるな……。もっとちゃんと考えて送れば良かった……。しかしそんなことを言っていても私のメールが読まれてしまったことは変えられない事実。余韻に浸る間もなく、二人はすでにトークを始めている。
「このメールを送ってくれた人は『みどちあ』が好きみたいだぞ!嬉しいな、高峯!」
「俺は守沢先輩とワンセットみたいに言われるのすごく嫌ですけどね……」
「そう言うな、高峯!俺は高峯が好きだから、俺と高峯とのコンビをファンのみんなが好きだと言ってくれるのはすごく嬉しいぞ!」
「……はいはい。そう言うことすぐ言うんだから……。まあ誕生日なんで許してあげますけど」
「なっ!?許されるとかあるのか!?今まで俺は許されていなかったのか……?」
「そういうのいいから。こんなこと言ってるとまた時間押しちゃいますよ……?」
「はっ!そうだったな……。ええと、質問は高峯の誕生日を俺が一番に祝えたのか、だよな?」
千秋くんの「俺は高峯が好きだから」発言に息が止まる。これもしかしなくても私、お手柄じゃない!?千秋くんが、翠くんのこと好きって言ったけど!?私の脳内タイムラインがものすごい勢いで更新されていく。しかも好き発言の後の翠くん、少し間がなかった!?もしかして照れてる!?だとしたらさすがに可愛すぎない!?限界みどちあオタクの私の妄想の産物!?などと言って脳内で騒いでいないと正気を保てない。みどちあはいつも油断したところで刺してくるのだ。しかもラジオだから、こちらが動揺している間にもラジオは進行していく。みどちあラジオには心してかかれ、とはまさしくこのことである。衝撃に備えていてもこの二人の尊さを前にすれば、ほとんど意味は無いのだけれど。
「フフン!高峯!誕生日を一番に祝ったのは誰なんだ?」
「うわぁ……その顔腹立つ……。みんなにも見せてやりたいな……。今、守沢先輩がすごいドヤ顔して俺のこと見てます……」
「腹立つ!?今日の高峯はいつにも増して厳しいな!?しかし、みんな気になってるぞ……?ほら高峯、教えてあげたらどうだ……?」
「守沢先輩の期待に応えるみたいですごい嫌なんですけど……。でも質問者さんは気になってますもんね……。はぁ……守沢先輩が一番でした……」
「なぜそんなに嫌そうに!?ともかく、当然だ!0時ピッタリにメッセージを送ったからな……☆」
「その通りなんだけど、なんか腹立つな……。しかも守沢先輩、流星隊のグループメッセージと俺の個人メッセージ、どっちにも送ってましたよね?個人メッセージの方はすごい長文だったし……?」
「た、高峯……!それは言わない約束だろう……!?」
「長文で俺との出会いから振り返ってましたよね……?」
「た、高峯〜!」
「あ、守沢先輩照れてる。いい気味……♪」
萌えの過剰摂取で死にそうだ。顔を覆い、大きくため息をつく。大きく息を吐き出したところで、この収まりきらない萌えは簡単に消えたりしない。タイムラインでは今ごろ墓が大量に立っていることだろう。整わない呼吸に、さすがの私でもラジオに集中出来ない。意味の無い文字の羅列が口から漏れ出ている間に、ラジオでは二人がコーナーの締めに入ろうとしている。
これだからみどちあは尊いのだ。千秋くんが翠くんに積極的にアプローチしているように見えて、時折翠くんからのカウンターをくらい、照れている千秋くんがかわいいのだ。そして千秋くんをいじっている時の翠くんのなんと楽しそうなことか。楽しそうな翠くんの声を聞くだけで萌えと多幸感が溢れて止まなくなる。ラジオという声だけの媒体なのに、お互いがお互いにとって大切な存在であることが伝わってくる。みどちあ、生まれてきてくれてありがとう。出会ってくれてありがとう。きっとみどちあは運命なのだ。これからも私はオタク人生をかけてみどちあを推していきます。と、脳内オタク語りによりみどちあへの尊さが宇宙規模まで発展してしまえば、もはやラジオを聞いてはいても、内容の理解は出来ていない。これは後で聞き返さないとだな。このアーカイブ100回聞こう。なんなら文字起こしまでしてしまおうか。
イヤホンから二人の楽しそうな声が聞こえて
くる。この時点でようやく全体の半分ほどだ。もう夜ご飯はすっかり冷めている。これは明日のお弁当にしよう。そう思い、キッチンにタッパーを取りに行き、残ってしまった夜ご飯をつめる。体の中心が熱を持ったように熱い。良い意味でこの息苦しさが引く気がしない。タッパーにご飯をつめ終わり、冷蔵庫にタッパーをしまってから、再び椅子に座った。ラジオではCMが開けて再びみどちあ二人のジングルが流れている。みどちあは今日もかわいいな、なんて一周まわって冷静になった頭で私はSNSを開く。普段はラジオを全集中で聞くため、終わるまでSNSは開かないようにしているのだが、今日はこの溢れ出る感情を抑えられそうになかった。SNSを開いた瞬間、タイムラインが一瞬で一番上まで更新される。やはりみどちあオタクたちの熱いコメントでタイムラインは追えなくなったようだ。一番上の投稿のいくつかを読もうとして、その投稿のほとんどがうめき声だったり墓だったりと言葉として意味をなしていないものばかりなことに気づき、思わず笑ってしまう。みんな考えてることは同じだよね。
私も溢れ出る感情を抑えることが出来ないままに投稿ボタンを押した。
「みどちあ一生一緒にいてくれ」
◇
「お疲れ様でした!今日もありがとうございました!」
「お疲れ〜!いいラジオだったよ」
「ありがとうございます!またよろしくお願いします!」
ラジオの生放送が終わり、ラジオブースを出てスタッフさんに頭を下げて挨拶をする守沢先輩に俺も続く。ディレクターさんやスタッフさんもみんなニコニコと笑っている。良かった。特に問題はなかったみたいだ。守沢先輩はディレクターさんと世間話に花を咲かせている。何となく手持ち無沙汰になって、テーブルに置いてあったカゴの中の飴を物色するフリをした。
この人、本当こういうところちゃんとしてるんだよな。正義のヒーローユニットなんて銘打って、これだけ個性の強いメンバーが集まれば業界から色物扱いされたって不思議じゃないのに、そうならないのは守沢先輩のどんな現場でもスタッフさんとコミュニケーションを取る誠実な姿勢も関係あるんじゃないだろうか。このことファンのみんなにバラしたらまた怒られるんだろうな……。別に隠す必要ないと思うんだけど……?あくまでも、どんな時でもかっこいい正義のヒーロー、流星レッドでいたいらしい守沢先輩は、裏での真面目さや努力を表に発信しない。まぁ、それももう慣れたけどね……。アイドルとしてキャラが立ってる方が良いのは分かるし、守沢先輩はキャラじゃなくて、本気で正義のヒーローに向き合っている。未だに守沢先輩のことをそういうキャラを演じているだけだと思っている人がいるけど、守沢先輩のこと全然分かってない。オフの日まで戦隊モノの話をされ、特撮鑑賞会に付き合っていれば、嫌でも戦隊モノの知識がついてしまう。そのせいで無駄に守沢先輩のヒーローネタにつっこむことが出来てしまって、「やっぱり高峯さんがいると守沢さん、生き生きしてますね!」なんてこの間の番組でスタッフさんに言われちゃったし……?守沢先輩がやたらと俺に絡んでくるからファンのみんなが俺と守沢先輩をワンセットにして『みどちあ』なんてコンビ名まで付いちゃって、ベストコンビ大賞を取って以来、『守沢千秋』で検索をかけたら『みどちあ』まで出てくることが増えて、「二人は付き合ってるんじゃないか」とか言われてること守沢先輩はどう思ってるんだろう……?守沢先輩のことだから、そもそも知らないんだろうな。だから今日のラジオでも臆面もなく「みどちあが人気で嬉しい」などと言えるのだ。全然SNS見ない守沢先輩は知らないだろうけど、些細な発言や行動まで切り取られて「翠くん、千秋くんのこと好きすぎ!」なんて言われる俺の気持ちを考えて欲しい。思春期の多感な時期にそんな風にファンのみんなからはやし立てられたものだからら俺は守沢先輩になかなか素直になれなかったのだ。そう考えたら俺、守沢先輩に振り回されすぎじゃない……?なんだか腹が立ってきたな……。
やっとディレクターさんとの世間話を追えたらしい守沢先輩が、最後にもう一度頭を下げて挨拶をしてから俺たちは生放送のスタジオから出た。
「すまん、高峯!もしかして待ってたか?」
「別に……。全然待ってないです。何の飴が良いか選んでました……」
「そうか!ちなみに何にしたんだ?」
「……りんご飴」
「おお!良いじゃないか!俺にも一つくれないか?」
「守沢先輩の分はないから」
「なにっ!?そうだったのか……」
ああ、もう!そこで素直に落ち込むなよ!赤色見て、守沢先輩だなとか思ってる俺がバカみたいじゃん!
「……嘘ですよ。本当はあります……」
「……!高峯〜!」
「うわっ!いきなり抱きついてくんな!スタッフさんとかに見られたらどうするつもりなの……?」
「?別に何も問題ないだろう!おおっ!青りんご飴だ!高峯と色違いだな……☆」
守沢先輩のスキンシップ過多なところは学生時代から何一つ変わっていない。あんたがそんなんだからファンのみんなやスタッフさんたちから「今日もイチャイチャしてる」なんて言われるんだ。俺が青りんご飴を選んだ意図にすら気づかず、素直に「お揃いだ!」なんて喜んでいる守沢先輩を見ていると、さっきまで散々振り回されたと腹立っていたはずの気持ちも気づけばなくなっていた。守沢先輩のせいで腹立っていたはずが、守沢先輩に浄化されて……?って、これじゃ結局また俺が振り回されてるよね……。まぁ、これももう慣れたことだ。こんなことをいちいち気にしていたら身が持たないと、散々守沢先輩に振り回されれば嫌でも気づく。
放送局の廊下を二人並んで歩く。
守沢先輩はスタッフさんたちとすれ違う度に「お疲れ様です!」なんてニコニコと挨拶をしている。何人かの顔見知りのスタッフさんに「高峯さん!お誕生日おめでとうございます!」と声をかけられ、ぎこちなくお礼を返した。そうして数分歩けば放送局の地下駐車場に着いた。マネージャーさんが駆け寄ってきて、「タクシー呼んできますね!」と言い残してすぐにどこかへ行ってしまう。守沢先輩の「ありがとうございます!」という元気のいい返事を耳に入れながら、辺りを見渡す。こんな時間だから辺りは暗くて、人っ子一人いない。
チラリと横の守沢先輩を盗み見る。守沢先輩は「ふぅ」と一つ息を吐いて、すっと真顔になった。最初の方はあまりの切り替えっぷりに「怖い」なんて思っていたけど、今はこの瞬間の守沢先輩を見るのが俺の好きな時間になっている。守沢先輩だっていつだってニコニコしているわけじゃない。守沢先輩は普段の人前でのイメージとは反して、以外にもプライベートは静かな一面もある。別に元気が無いわけじゃない。ただ仕事の現場でそんな顔を見せないだけだ。数年間かかって、やっと知ることが出来た守沢先輩の素顔。スタッフさんたちの前ではあんなにニコニコしていた守沢先輩の素を見れている、そう思えばなんだか守沢先輩に気を許してもらえているようで胸がポカポカと温かくなったような気がした。
そんなことを考えながら守沢先輩を見ていたら、俺の視線を感じ取ったのか、守沢先輩とパチリと目が合った。守沢先輩が真顔のまま、数回パチパチと瞬きをして俺を見つめる。本当のオフモードの守沢先輩はこういう時の動作もゆったりとしている。何だか俺と守沢先輩の周りだけ時間がゆっくりと流れているように感じた。いつもならこんな時間も落ち着くんだけど、今日は気まずいかも……?
「………高峯?」
「ふぃっ!?べ、別に守沢先輩のこと見てたわけじゃないですよ!?」
「……?ああ、何か考え込んでいたようだから何を考えていたのか気になってだな」
「いや、べつに何も……」
「そうか……?」
守沢先輩が一歩近づいて俺の顔を覗き込んでくる。近い近い!学生時代よりも少し背が伸びた俺に対して、身長の変わらない守沢先輩は俺を見つめる時、必然的に上目遣いになる。何年経ってもこれには慣れない。なんだかソワソワして落ち着かなくなるのだ。それにいつもの守沢先輩じゃなくて、オフモードの守沢先輩っていうのもまずい。いつもみたいに突然抱きつかれるのにはもう慣れっこだけど、こんな風に気の抜けた表情で俺を見つめられると、思春期は乗り越えたとはいえ、俺も健全な男子、脳内に欲望が溢れ出す。ほんっ……とうにこの人はいつもいつも俺を無自覚に振り回す!
これでいて周りの人をよく見ている守沢先輩のことだ。きっと下手に誤魔化しても意味ないのだろう。悲しきかな、こんなふうに守沢先輩に普段から散々振り回されまくっている俺はこういう時の対処法も心得ている。
「あー……さっきのラジオの守沢先輩、嘘つきだったなぁって考えてました」
「なっ!嘘つき!?俺は何か嘘をついてしまっただろうか……?」
先程まで真顔だった守沢先輩が元から大きい目を更に見開いた。守沢先輩の表情を変えられたことに達成感を抱きつつ、俺の言葉を素直に受け止める守沢先輩にやっぱりチョロいなぁ、なんて考える。やっぱりオフモードの守沢先輩は返しが弱い!詰めればいける!なんて考えながら、守沢先輩をからかう時と騙す時だけは口がよく回る俺は、おそらく先程のラジオの自分の発言に何か問題があったのかと考え出した真面目な守沢先輩にすかさず追撃する。
「よく言うよね……。0時ピッタリにメッセージ送ったとか……」
「なんだ、そのことか。別に嘘はついてないぞ?」
「でもあの日、俺と守沢先輩一緒にいたじゃん」
「それは生放送で話すような話ではないだろう」
出た出た、守沢先輩のこういうところ。守沢先輩は俺だけじゃなく他の人にもそうなのだが、アイドルとして、必要以上にプライベートの情報を表に出さないことがある。俺はあまりプライベートのことを無闇に話して欲しくないタイプなのでそれはありがたいけど、時々「別に話してもいいのに」ってことすら隠すから、俺だけが守沢先輩とのプライベートの話題に触れる形になっていることがよくある。なんか俺が一方的に守沢先輩とのプライベートのこと覚えてるみたいですごい嫌なんだよなぁ……。そのせいでまたファンのみんなから騒がれるし……?
まぁでもあの日はいつもとはちょっと違ったもんね……。ちょうど今日から三日前、俺の誕生日の日のことを思い出す。
◇
8月28日。
その日はちょうど流星隊メンバーが全員集まる仕事の日で、仕事終わり、俺と深海先輩の誕生日もみんなに祝ってもらった。流星隊のみんなから誕生日プレゼントを貰い、スタッフさんにサプライズでケーキまで用意してもらって、感動で少し泣きそうになっていたら、俺以上に守沢先輩が大袈裟に泣くから涙が引っ込んでしまった。
「うぅ……高峯、奏汰……!お誕生日おめでとう……!!俺は今日という日を迎えられて本当に嬉しいぞ……!」
「はぁ……気が早くない……?本当に守沢先輩は大袈裟なんだから……。まぁ、自分の誕生日でこんなに泣かれるのは悪い気分じゃないかも……?」
「そんなこと言って〜!翠くん、少し涙目になっているでござるよ?」
「忍くん……!そう言うこと言わなくていいから……!」
「ふふ、みどり、てれてるんですね〜?」
「深海先輩まで……!茶化さないでくださいよ……」
「でも誕生日をみんなに祝ってもらえて嬉しい気持ちは俺も分かるっス!まぁ、守沢先輩が毎年大袈裟に泣くから逆にこっちが冷静になっちゃうのも分かるッスけど……」
「南雲!?大袈裟じゃないぞ!俺は純粋にみんなの誕生日が嬉しいんだ!」
「ぎゃー!抱きつかないでくださいッス!あついあつい!」
この人、人の誕生日は大袈裟に泣いて喜ぶくせに自分の誕生日は忘れてるんだもんなぁ……。なんて、鉄虎くんに抱きつきに行った守沢先輩に悲鳴を上げた鉄虎くんを、助けに入った忍くんが巻き込まれて守沢先輩に一緒に抱きつかれ、それを見た深海先輩が楽しそうに自分も混ざりに行って、後ろから鉄虎くんと忍くんに抱きついたのを見ながら思う。って……ちょっと感傷に浸ってたらすごいことになってる!?
「ちょっとみんな……!スタッフさんたちもいるから……!なにいつもみたいにスチャラカ集団やってんの……」
「高峯も来い……☆」
「えぇ……?」
守沢先輩が「ほら!」と満開の笑顔で俺に向けて手を広げる。周りのスタッフさんたちが見てるのに……。でも俺は守沢先輩のこの笑顔に弱いのだ。俺が逃げようとしたって消えてくれない強い光に、気づけば引力が働くようにそちらに引き寄せられていく。学生時代から何も変わってない。俺はいつも守沢先輩に振り回されて、でも振り返ってみればそれも悪くなかったかな、なんて思って。
おずおずと守沢先輩に近づけば嬉しそうに抱きつかれた。守沢先輩の体温は今日も高い。高鳴る胸の鼓動が「俺はお前たちを愛してるぞ〜!」なんて言いながら俺の肩口に頭をぐりぐりと押し付けてくる守沢先輩にバレないか、かなり長めに抱きつかれている間、ずっと心配していた。
ひとしきり守沢先輩が満足するまで抱きつかれた後、スタッフさんたちの温かい視線に見送られながら俺たちは解散になった。俺は一人タクシーに乗ろうとしていた守沢先輩を見つけて、慌てて守沢先輩を引き止める。
「守沢先輩!」
「……?どうしたんだ、高峯!」
何でさらっと帰ろうとしてるの!?今日が何の日か知ってるよね!?さっきまであんなに祝ってくれたくせに……。
「えっと、あの……。もし良かったら今日、俺の家に来ませんか……?」
顔が赤くなっている自覚がある。それもこれも俺のことを置いてさっさと帰ろうとする守沢先輩のせいだ。
「高峯の家に……?でも高峯は良いのか……?」
「俺は良いのかって何……?逆に守沢先輩は良いんですか?俺が良いなら俺の家に来てくれるんですか!?」
「た、高峯!落ち着いてくれ……!恥ずかしいのは分かるがそう詰められるとびっくりしてしまうぞ?」
「恥ずかしくないから!!いいから俺の家に来るのか、来ないのか早く答えてください……!!」
「い、行く行く!俺は高峯の大切な日だからご家族とかと過ごすのかと思ってだな……」
「なんだよそれ……。じゃあ守沢先輩も俺と一緒にいたいって思ってたってこと……?」
「当たり前だ!今日は高峯の誕生日だからな……☆」
「はぁ〜……それならそうと言えよ……。無駄に緊張しちゃったじゃん……」
「す、すまん?」
「はぁ、まぁ良いです……。変なところで遠慮するのが守沢先輩ですからね……」
守沢先輩が乗ろうとしていたタクシーにそのまま俺も乗り、運転手さんに俺の家の近くの住所を告げる。本気で守沢先輩が帰ってしまうんじゃないかと焦って、勢いで誘ってしまったため、変な汗をかいている。顔は熱いし、未だ胸の鼓動は収まりそうにない。チラリと横の守沢先輩を盗み見れば、きっと俺よりも顔を真っ赤にして自分の手元に視線を落としているものだから呆気にとられてしまった。振り回されてばっかだし、変なところで遠慮するしで噛み合わないことだらけだが、恋人のこんなかわいい姿を見たら全て許せてしまうような気がする。
学生時代からの長かった片思い期間を経て、思春期を乗り越えた俺が守沢先輩に猛アタックして、想いが伝わり、晴れてお付き合いを始めて数ヶ月。数年かかった片思い期間の関係から恋人関係に発展して分かったことは、守沢先輩は俺が考えているよりも、もっとずっとウブで超ド級の恋愛1年生ということだ。
「守沢先輩、もしかして緊張してる……?」
「ん!?な、何がだ!?」
「そうあからさまに意識されるとこっちも緊張しちゃうんだけど……?」
「い、意識なんてしてないぞ!あ!そうだ!帰りにスーパー寄ろう!せっかくの高峯の誕生日だからな!豪華なディナーにお酒があれば完璧だ!」
タクシーの窓の外に視線を外し、明らかに俺と目線を合わせようとしない守沢先輩に、俺はさっきまで緊張していたことを忘れて、口元が緩んでしまう。俺よりも2つ年上の恋人はいつまで経ってもそういうことに慣れてくれない。でもそれがかわいくて、ついついいじってしまうのだ。
「ふ〜ん……。ねぇ守沢先輩……今日の夜、楽しみにしててね……?」
守沢先輩の耳元に口元を近づけて囁いてみれば、耳元まで真っ赤に染まった守沢先輩は小さく息を漏らして、ふるりと体を震わせた。すぐに窓の方に体を90度曲げてしまい、守沢先輩の顔は見えない。けれどその後ろ姿が小刻みにプルプル震えているのが面白くて、ひとまず俺はこれくらいで勘弁してあげようと満足するのだった。
家の近くのスーパーで惣菜やらケーキやらお酒やらを買い込んで、俺の家に二人で帰る。スーパーでの買い物中、守沢先輩は「あれもいいなあ!これもいいなあ!」なんて目をグルグルにしながら挙動不審に歩き回るものだから、抑えるのが大変だった。ちょっと煽るのが早かったかな……。部屋に入って時計を見れば、時刻は夜の10時を少し過ぎた頃だった。うん、これくらいならご飯食べる時間もあるかな。
「守沢先輩、俺買ってきた惣菜チンするからソファ座って待ってて……?」
「あ、ああ!了解だ……☆」
「ふふ、そわそわしてどうしたんですか……?」
「い、いや、高峯の家久しぶりに来たな〜って……」
「あー……そういえばお互い仕事が忙しくて結構空いちゃいましたね……」
「うむ!……あー……、部屋綺麗にしてるんだなっ?」
「ああ、前に守沢先輩が来た時に部屋掃除してくれたでしょ?その時のままにしてます」
「そ、そうか!偉いぞ、高峯!」
レンジに惣菜を入れ、温めスタートのボタンを押して一息つく。ソファにいる守沢先輩の方を振り向くと、知らない人の家に来た子犬ように首をキョロキョロと動かしていた。ほんと、分かりやすいなぁ、この人……。まぁそういうところがかわいいんだけど……♪まだどことなく顔が赤い守沢先輩に頬が緩む。
ひとしきり惣菜を温め終わり、テーブルの上に並べる。守沢先輩が箸やグラスを持ってきてくれて、それもテーブルの上に一緒に並べた。何も言わなくても箸やグラスがどこにあるか分かってる守沢先輩にまるで俺のお嫁さんみたい、なんて。本人に言ったら、不思議そうに「?俺は男だぞ?」とか言うんだろうなぁ……。脳内で守沢先輩を思い浮かべてまた頬が緩んでしまう。今は守沢先輩が目の前にいるんだから気づかれないようにしないと。口元の緩みを抑えようと口を固く閉じれば、なんだか不自然に口角が上がっているような気がする。
「守沢先輩、温め終わったんでご飯食べましょう」
「あ、ああ!そうだな!」
俺の向かいの席に守沢先輩が座る。スーパーで買った缶ビールを開けて俺のグラスに注いでくれる。俺のグラスに缶ビール注ぐ守沢先輩、まるで俺のお嫁さんみたい……。なんて……もしかして俺テンション上がってる……?さっきから同じこと考えちゃってるよね……。
俺のグラスに缶ビールを注ぎ終わった守沢先輩は、今度は自分のグラスに缶ビールを注ぐ。もちろん守沢先輩は度数が薄めの缶ビールだ。
「よし!じゃあ、改めて!高峯、誕生日おめでとう!」
「まだ誕生日じゃないけど……ありがとうございます」
コツン、と軽い音を鳴らして、グラスとグラスをぶつける。俺の誕生日に俺の家で二人きりで守沢先輩と過ごすって数年前なら考えられなかったな……。我ながら思春期を乗り越え、よくぞこの超が付く鈍感の守沢先輩を振り向かせられたな……。あの時の俺、本当に頑張ったよね……。なんて過去を思い出し、懐かしむ。色々とあったけど、それも今振り返ればいい思い出だ。
守沢先輩のテンションはいつもよりも数割増で高い。人の誕生日だというのに、自分のことのように嬉しそうにしている守沢先輩を見て俺も頬が緩む。ほんと、暑苦しいなぁ……♪
「ほら高峯の好きなピザだぞ!沢山食べてくれ!」
「はいはい……。守沢先輩も一緒に食べるんだからね……?」
「もちろん俺も食べるぞ!いっぱい食べる高峯を見るのが好きなんだ!」
「もう、すぐそういうこと言う……。まぁそういうことならありがたくいただきますね……?」
「うむ!楽しいなあ、高峯!」
「……もしかして守沢先輩、もう酔ってる?」
「む?全然酔ってないぞ!なんだかふわふわして楽しい気持ちになっているだけだ!」
「それを酔ってるって言うんだよ……」
晩酌を始めて一時間ほど経って、守沢先輩のグラスを見れば、まだ三分の一程度しか減っていない。嘘でしょ……?この人ほんの3口くらいしか飲んでなかったはずなんだけど……?でも明らかに緊張してたもんな……。もしかしたらいつもより酔いが回るのが早いのかも……?
ただでさえお酒に弱い恋人が、緊張のせいかいつもより輪をかけて酔いが回るのが早いだなんて、かわいいけれど、この後のことを考えればあまり酔わせすぎるのは良くないだろう。
「守沢先輩、もうお酒終わり」
「む……?なんでだ?まだこんなに残ってるぞ!」
「守沢先輩が酔ってるからでしょ……」
「全然酔ってないぞ!」
「はいはい……。酔っ払いはみんなそう言うんですよ……。ほらこの後のことがあるでしょ……?」
「……この後?」
ぽけーっとして俺を見つめる守沢先輩に「マジか……」と俺はため息をつく。さっきまであんなに緊張してたのに、お酒飲んだらこれだ。酔いが回ってきたのか守沢先輩の首元はほんのりと朱色に染まっている。
「ほら、するでしょ……。俺の誕生日だし……」
「……するって何をだ?」
「分かるでしょ……エッチとか……」
「……?すまん、なんて言ってるのか聞こえなかった……」
「あーもう!!エッチするでしょって言ってんの!!分かったら早くシャワー浴びてきてください!!」
「あー……!あぁ、エッチ……うん……するよな……」
「何今更照れてんですか!!ほら早く!!洗面所に諸々必要なものは置いてあるんで!!」
「うん……分かった……。その、ありがとな?高峯……」
「何の感謝だよ!!そういうのいいから!!」
無事洗面所にフラフラとしながらも向かってくれた守沢先輩に、ようやく一息つく。なんだかどっと疲れてしまった。体中が熱いし、顔に熱が集まっているのを感じる。けれどそれ以上にエッチするんだと理解した時の守沢先輩の顔が、顔から火が吹き出るんじゃないかってくらい真っ赤で、俺まで赤くなってしまった。
数十分してから、俺が洗面所に置いた俺のパジャマを来て戻ってきた守沢先輩は相変わらず、いやさっきよりももっと顔を赤くして、これ以上どこを赤くするんだというレベルだった。俺のパジャマはオプションだ。どうせすぐ脱がすけど、せっかくなら俺のパジャマの袖が余って萌え袖になっている守沢先輩が見たい。晴れてお付き合いを始めて数ヶ月。何回かこの行為をしているというのに、いつまで経っても慣れないウブな年上の恋人に、俺がリードしてあげなきゃと使命感が燃え上がる。
「守沢先輩、おかえりなさい。俺、シャワー浴びてくるんで、寝ないでくださいね……?」
「うん……寝ない……」
大丈夫かな、この人……。さっきから全く目線が合わないし、口調もいつもよりもだいぶふわふわしている。こんな状態の守沢先輩を待たせる訳にはいかないと、烏の行水の如き速さでシャワーを浴びる。もちろん、汗はしっかり洗い流したし、匂いだって問題無いはずだ。
急いでシャワーを浴び、リビングに戻ると、てっきりソファの上で座って待っていると思っていた守沢先輩が何やら深刻な顔をしながらテーブルの周りをウロウロと歩いていた。守沢先輩はサイズが大きめの俺のパジャマを着て、袖をまくっているが、ぶかぶかなため歩く度に袖が落ち、その度にまたまくり直している。
「守沢先輩……?お待たせしました……?」
「……っ!た、高峯!おかえり!全然待ってないぞ!むしろ思ったよりも早かったなっ!?」
「それは守沢先輩を待たせたらいけないと思って……?ていうか何してるんですか……?座って待ってて良かったのに……」
「あー……いや久しぶりに高峯の家に来たからどんな感じなのか見ていて……いや、決して緊張している訳では無いぞっ!?」
守沢先輩はあわあわという効果音が似合いそうなほど必死に弁解している。なんだ……。思い詰めたような顔してテーブルの周りグルグルしてるから心配になっちゃったけど、蓋を開けてみればいつもの守沢先輩だ。うん、やっぱりこの人のことは俺がリードしてあげなきゃダメだよね……。
「ふふっ、隠さなくてもいいのに。守沢先輩が"そういうこと"に耐性ないの、俺知ってますから」
「うぅ……やはりいつまで経っても慣れないものだな……」
「慣れなくていいですよ……。あたふたしてる守沢先輩、面白いし……♪」
「おもしろっ!?いや、ダメだ!年上として俺が高峯をリードしてやりたいのに……!」
「はいはい……♪キスだけで涙目になっちゃう守沢先輩にいつかリードされる日は来るのかなぁ……♪」
「むう、高峯!年上をそうやってからかうんじゃない!」
「そういうことするのに、年上も何もないでしょ。ほら守沢先輩、ベッド行こ……?」
「俺が高峯をリードしたい」だなんて、一生かかっても叶わなさそうなことを言う守沢先輩にかわいいが溢れて止まらない。そうやって無自覚に俺を煽って、結果泣かされることになるというのに、この人はそんなことにも気づかずに今日も今日とて俺を煽るのだ。
初めてそういうことをした日から、寝室ではなくリビングで守沢先輩を待たせているのにも意味がある。俺が先に寝室に入って、守沢先輩を見つめる。守沢先輩は離れていった俺の距離に少し泣きそうな顔をして、それでも顔を真っ赤にしながら寝室には入ろうとしない。
「どうしたの……?守沢先輩……?」
俺の方が背は高いけど、上目遣いで甘えた声を出す。さっきそういうことをするのに年齢は関係ないだなんて言ったけれど、カッコつけたがりの守沢先輩にとっては年下という特権をフルに活用する方が効果覿面なことを知っている。年下に見られたくなくて、色々頑張って背伸びした結果、全て空回りした苦い思い出もあるのだ。きっと強がってしまう俺たちにはこれくらいがちょうどいい。
「高峯……」
そんな子犬見たいな顔で俺を見ないでよ!意思がぐらついて、守沢先輩を抱きしめたい衝動に駆られる。でもまだ我慢だ。ここでがっついて守沢先輩に引かれたくない。
「守沢先輩、おいで……?」
守沢先輩の瞳が揺れた。紅茶色の大きな瞳は今にも溢れんばかりの涙目である。あとちょっと。もう少し。守沢先輩に向けてゆっくりと手を伸ばす。顔を真っ赤にしながら、守沢先輩はおずおずと歩き出し、俺の方に手を伸ばした。リビングと寝室の垣根を越え、俺の手をギュッと握る。その瞬間、俺は守沢先輩の体を引き寄せ、寝室の扉を閉める。お互いの吐息を感じる。こうなったらもう逃がさない。守沢先輩は自分から俺の巣に飛び込んでしまったのだ。初めてそういうことをした時から毎回やっているルーティンのようなもの。ただ自分から寝室に入るだけなのに、守沢先輩は毎回毎回かわいい反応をしてくれる。いつだってカッコつけたがる守沢先輩の理性を崩すために、俺が一生懸命考えたおまじない。あくまでも合意の上で、優しく、トロトロに甘やかしてあげる……。
「守沢先輩……」
「…………」
「いっぱいイチャイチャしよ……?」
守沢先輩をベッドに押し倒す。抵抗することもなくされるがままだ。守沢先輩が着ている俺のパジャマの裾から手を忍び入れれば、守沢先輩が息を飲んだ。ゆっくりとパジャマをたくし上げていく。本当は今にもがっついてしまいそうだけど、ここはあくまで理性的に。守沢先輩を怖がらせてしまっては本末転倒だ。
「守沢先輩……バンザイして……?パジャマ脱がせるから……」
「ん……」
大人しく素直に従ってくれる守沢先輩の頭を優しく撫でて、上のパジャマを脱がせる。綺麗に付いた腹筋をつうとなぞってやれば、守沢先輩が大袈裟に跳ねて吐息を漏らす。
「守沢先輩、もう興奮してる……?ここちょっと大きくなってる……」
「…………ッはァ………高峯………」
パジャマ越しに既に少し膨らんでいる箇所を優しく撫でれば、守沢先輩は腰を浮かせる。
「ふふ、かわいい……まだちょっと触っただけなのに興奮しちゃったんですか……?」
「…………高峯の意地悪…………」
守沢先輩が涙目で俺をキッと睨んでくる。そんなかわいい顔して睨まれたって、全く怖くない。あ〜……かわいすぎる……。せっかく俺が理性を保ってあげようとしてるのに、この人はいつもそうやって俺を煽る。もうどうなっても知りませんよ……?
「ふァっ!?ん………ッはァ………高峯ぇ………!」
「……ん?」
「そんなところ舐めるな……ぁッ」
守沢先輩の乳首に吸い付けば、守沢先輩は一際大きく跳ねて、ベッドが揺れる。
「守沢先輩、しー……夜とは言え、ここマンションですからね……?」
「はぁ……もう……高峯のばか……!」
涙目上目遣いから発せられる守沢先輩の言葉のあまりのかわいさに口元が緩んでしまう。ここは芸能人が多く住んでいるマンションで防音対策もしっかりしているのだが、恥ずかしさのあまり顔が茹でダコみたいになっている守沢先輩は気づいていないんだろう。
「なにわらってるんだ……!」
「ふふ、ごめん、怒らないで?守沢先輩がかわいすぎるから、ついいじめたくなっちゃって」
「んん………ぁッ………やだ………ッ!全然嬉しくないっ………〜〜〜………ッ!」
守沢先輩のソコは先程よりも膨らんでいて、左手でパジャマ越しに撫でながら、右手で乳首をカリカリと引っ掻いてみたり、時折ギュッと摘んでみたりする。もちろんもう片方の乳首も舌で丁寧に愛撫してあげる。口ではそんなこと言っても守沢先輩のソコは兆しを見せているんだから、気持ちいいはずなのに、ほんと、かわいくないなぁ……♪早く理性なんて全然捨ててトロトロに溶けちゃえばいいのに……。そんな想いを込めて愛撫を続ける。守沢先輩の体から次第に力が抜けていく。さっきまで「いやいや」と抵抗していた声が、か細い喘ぎ声に変わっていく。あとちょっと。もう少し。先程よりも強めに愛撫すれば、守沢先輩はトロトロに蕩けた顔で俺を見る。そうやって理性を飛ばして、俺だけ見てればいい……なんて、本人には絶対に言わないが、胸の内に隠した独占欲が俺の中で暴れ出す。もっと泣いて、もっと蕩けて、ありのままの守沢先輩を俺だけに見させてよ……。
「んッ………たかみねぇ、まって……!まって、たかみねッ………ッ………みどり!!」
「………なんですか、守沢先輩?待ってって言われても止めてあげられませんけど……?」
守沢先輩に名前を呼ばれて、行為を中断する。ここからがいいところだったのに。若干の機嫌の悪さを隠すことが出来ずに、俺は守沢先輩の声に耳を傾ける。守沢先輩はまだ呼吸が整わないようで、涙目のまま、浅く呼吸をしている。俺は守沢先輩の胸が上がったり下がったりしている様を何となく見つめた。
「おれ、思い出したんだ。明日は高峯の誕生日だろう?」
「そうですけど、それが何か……?」
「おれ、高峯にメール書いてない」
「…………は?」
何を言っているんだ、この人は……?今まさに恋人同士の営みをしようとしているというのに"メール"?まるで文脈が読み取れなくて、俺の頭の中には「?」がたくさん浮かんでいる。
「えっと……何が言いたいのか全然分からないんですけど……?」
「高峯の誕生日のメールだ!おれが一番に送るって約束した!」
「たんじょうびのめーる……?」
そう言えばそんな話もあったような、なかったような……?俺の誕生日に一番にメールを送るのは俺だ!って守沢先輩が意気込んでたんだっけ……?いや、でもそれ今じゃなくない……?ムードもへったくれもないんですけど……。
「高峯、今メール書くからちょっと待っててくれ」
頭の中に「?」を浮かべたまま動揺している俺にお構い無しに守沢先輩は横に置いてあったスマホを手に取った。
はあ!?何なんだこの人!恋人とセックスしようって時にスマホ触るか、普通!?
「ちょ、ちょっと!守沢先輩!え、今どういうタイミングか分かってます……?」
「……?高峯の誕生日の10分前だ」
ぽやぽやとした顔で守沢先輩が答える。ああ、ダメだこれ……。この人全然分かってない……。そういえば守沢先輩、今酔ってるんだった……。酔ってる守沢先輩にムードを理解しろってのが無理な話なのかなぁ……?いやでも乳首まで触って、守沢先輩だって勃ってたじゃん……。
「それ、今じゃなきゃダメですか……?」
「高峯が誕生日を迎える瞬間は一瞬しかないんだぞ!」
「えぇー……だって目の前に俺いるじゃん……」
「目の前の高峯にも一番に伝えたいが、メールでもおれが一番がいいんだ!」
正直、俺のソコは今にも限界を迎えそうだし、目の前の据え膳を前にしてお行儀よく待てるほど俺はお利口じゃない。しかしこんなタイミングで「待て」をしてくる理由が俺の誕生日に一番にメールを送りたいから、では怒るに怒れない。それに何より、みんなから好かれて、同じくらいみんなを愛している守沢先輩から「俺が一番がいい」だなんて、かわいいことを言われてしまっては、複雑な気持ちにも恋人としての嬉しさが勝ってしまう。きっと以前の守沢先輩なら考えられなかっただろう。守沢先輩は以外にも相手を一番に考ええ、常に誰かのために動く人だ。こんなに自分勝手な守沢先輩、初めて見たかもしれない。俺が根気強く守沢先輩に接し続けたから気を許してくれたのかな……。気が抜けてしまった俺は守沢先輩の胸元に倒れ込み、体重をかける。
「はぁ〜〜〜…………」
「うぉっ!高峯?」
「早く誕生日にならないかな……」
「そう焦るな!誕生日前、最後の瞬間を楽しむのも大切だぞ!」
誰のせいでこんな盛大なため息ついてると思ってんだ、この人は……。俺に押し倒されながら、スマホと睨めっこし、ああでもない、こうでもないと眉を寄せる守沢先輩の顔を見つめる。目の前に俺がいるのに……。守沢先輩は10分後の俺に向けてメールを書いている。今の俺も10分後の俺も同じ俺なんだからいいだろうと言われてしまえばそれまでなのだが、今恋人同士のイチャイチャが出来ると思っていた俺からしたらたまったものじゃない。俺また守沢先輩に振り回されてるわけ……?なんか……腹立つな……。
「うひゃっ!?くすぐったいぞ、高峯!」
「守沢先輩はメール書くのに集中したらどうですか……?俺は俺で勝手にやるんで……」
「勝手にやるって何をだ……?」
「いいから早く書いてください。ほら、間に合わなくなっちゃうよ」
「あ、ああ、そうだな!」
スマホと睨めっこする守沢先輩の脇腹をくすぐってやる。これはさすがに守沢先輩が悪いでしょ……。何されても文句言えないからな。
「ふふ、高峯、くすぐったい」
「いいから早く書け」
「ん………ふふ………もう少しお利口に待っていてくれないか?」
「人を犬みたいに言うな」
守沢先輩の滑らかな体に一つずつキスを落としていく。跡が付いてしまえばいい。守沢先輩が俺に誕生日のメッセージを書いているって言うなら、これは俺からの「早くかまえ」っていうメッセージだ。ずっと脱がしていなかったパジャマのズボンにも手をかける。パンツごとお尻の下まで脱がせて、かなり際どいところにもキスマークをつける。
「ん………こら、そこはだめだろう……?」
「うるさい、嫌なら早く書いて」
「全く高峯は甘えん坊だなぁ」
守沢先輩がすごく愛しいものを見るような目と声で俺にそんなことを言うから、俺はムッとしてしまう。誰彼構わず抱きつく守沢先輩に言われたくないんだけど……?
カチンと来た俺は先ほどキスマークを付けた場所をペロリと舐めてやる。守沢先輩の収まりかけていたソコがフルリと反応した。
「…………ぁッ………こら、高峯」
守沢先輩のお尻の下に手を入れて、穴の縁をなぞる。たったそれだけで守沢先輩は吐息をこぼしてくねりと腰を動かすから、ほら、やっぱり守沢先輩だって期待してるんじゃん。
「んっ………ふゥ………もうすこしだけ、まって………あッ」
「ほら、は・や・く・し・て……?」
「もうすこし………あとちょっとだから………んぅ」
守沢先輩の股下に顔を近づけてわざと至近距離で吐息多めに話しかける。ふぅと息を吹きかけると、守沢先輩のソコがふるふると震える。
「はぁっ………たかみねぇ!あと……ッ……ちょっと、ッまって……ぇ!ふぁ……ッ」
「ほ〜ら、早くしてよ、ねぇ。もう俺我慢できなくて手出しちゃいますよ……?」
守沢先輩のすっかり大きくなってしまったソコを触ってやろうかと思い、手を伸ばした時、守沢先輩の切羽詰まった声がそれを止めた。
「………っ!0時だ!送ったぞ、高峯っ!」
「ふぃ……?」
守沢先輩の声に自分のスマホに目を向ければ、ちょうどそのタイミングでスマホの通知が鳴った。グループと個人、二つのメッセージ。送り主はどちらも守沢先輩だ。
「高峯!誕生日おめでとう!今年もおれが一番に祝えたな!」
「…………」
「た、高峯?高峯さん……?何か言ってくれないか!?不安なんだが……!?」
「………………」
「た、高峯……?もしかしておれが一番じゃなかった………ンぅ!?ん………ふゥ………」
守沢先輩がふにゃりと笑って「お誕生日おめでとう!」なんて言うから、別に一番じゃなくたって、今この瞬間、守沢先輩と一緒に居られたらそれだけで俺は幸せだったのに、守沢先輩が俺の一番なんだって思ったら、なんだか胸がいっぱいになってたまらなくて、思わず涙がこぼれてしまいそうで。俺はそれを誤魔化すように守沢先輩に口付けた。舌を絡めて濃厚なキスをする。この瞬間の守沢先輩の全てを俺のものにしたくて、余すことなく味わい尽くす。ふわふわと行き場をなくしていた独占欲が守沢先輩の手によって満たされてしまって、俺はもうどうしていいか分からなかった。
「ぷはぁっ………はぁ………はぁ………たかみね………?」
守沢先輩は先程までのふにゃりとした顔から一変して、とろりと蕩けきった顔をしている。守沢先輩のどんな表情だって見てみたい。その表情は俺にだけ見せて欲しい。俺はもう独占欲を隠そうともせず、守沢先輩に微笑みかけた。
「おめでとうございます。守沢先輩が一番ですよ……?」
「……!そ、そうか!良かった……」
「うん、だから、散々俺のこと待たせた代わりに、たっくさん俺の下でかわいく鳴いてくださいね……?千秋さん?」
「ひぇっ……た、高峯さん……?か、顔が全然笑ってないぞ……?」
「今日は誕生日だから、俺のお願い、聞いてくれますよね……?守沢先輩が俺に全部くれたから、俺も守沢先輩に全然あげる。ちゃんと受け取ってくれないと嫌ですよ……?」
「…………お………お手柔らかに頼む………」
その後のことはお察しの通りだ。まぁみんなからのお祝いのメッセージを午後に返すことになったとは言っておこう。
◇
「あー……あの日俺と一緒にいたって話したら思い出して恥ずかしくなっちゃうから話さなかったんですね……?」
「高峯!?そういうことをここで話すのは……!」
「え?"そういうこと"って何ですか……?俺は何も話してませんよ……?」
守沢先輩が顔を赤くして、「むうっ」とほっぺを膨らませて俺を見る。全然怖くないし、むしろかわいいんだよ。
「あんなことしておいてさぁ……よくラジオであんなに生き生きと話せるよね……。俺、守沢先輩のこともう信じられないかも……」
「なっ……!『あんなことしておいて』はこっちのセリフだぞっ!?俺はファンの人が質問してくれたから、それに答えただけだ!」
「『高峯の誕生日の瞬間は高峯の家でエッチしてました』なんて、アイドルが絶対に言えないですもんね……?」
「〜〜〜っ!高峯っ!」
「でもあの時の守沢先輩かわいかったなぁ……。俺の名前、いっぱい呼んでくれて、『みどり、好き好き』ってうわごとみたいに呟いてて……。どれだけ俺のこと好きなんだ……って、守沢先輩……?」
守沢先輩が俺の服の袖をギュッと握り、涙目で俺を睨んでいる。相変わらず全然怖くはないけど、ちょっと煽りすぎたかも……?それにしても袖掴んでくるとか俺の恋人、かわいすぎない……?
「ごめん、ちょっと煽りすぎた」
「ここ、外だぞ……」
「うん、ごめん……」
「俺だって……。ラジオであの話をしている時、本当は顔から火が出そうなほど熱かったんだぞ……」
「……え?本当に?そんなふうには見えませんでしたけど……?」
「それは周りにスタッフさんもいたから、頑張って隠したんだ!それなのに高峯は余裕綽々で、全然意識しているふうじゃないから、俺ばっかりこんなに意識してるみたいで……」
なにそれ……。守沢先輩、こう見えてめちゃくちゃ意識してたってこと……?不意をつかれた守沢先輩の発言に素直に嬉しさが込み上げる。口元がニヤけそうになるのを抑えるのが大変だ。
「そういう守沢先輩だって……。平気で『好き』とか言うから、守沢先輩の好きって軽いんだなって思っちゃいましたよ……?」
「なっ……!それは違うぞ!あれは仕事してる時の俺だから、普段の俺とは違うというか……いや、『好き』という言葉に嘘偽りは全くないんだが……」
「へぇー……守沢先輩って仕事なら『好き』って簡単に言えちゃうんだ……」
「語弊がある言い方をするな、高峯!俺は本当に高峯のことが好きで……」
「でも、それ信じられないなぁ……。守沢先輩、平気で演技出来ちゃう人だって知っちゃったし……?」
「そ、そんな……!俺の気持ちは伝わっていないのか……!?」
「守沢先輩がまた教えてくれればいいじゃん」
「………?どういう意味……」
「今日、俺の家来てよ。明日、仕事休みでしょ……?」
守沢先輩の目を見つめる。ゆったりと守沢先輩が俺と目を合わせる。パチパチと瞬きを数回する。ああ、じれったい。オフモードの守沢先輩はこういう時でもゆったりなのだ。早く返事してよ。冷たいような言葉選びは照れ隠しだ。内心ドキドキしているのを隠すように、守沢先輩の手を握る。俺の精一杯のおねだり。やっぱりまだ恋人の前ではカッコつけたいお年頃だけど、恥ずかしいけどこうやって俺から誘ってるんだから、守沢先輩も応えて欲しい……。
守沢先輩から目を逸らさない。お互い目を逸らせず、何も言わないまま数秒が経ち、気まずい空気が流れるかと思われたところに、静かだった地下駐車場に音が流れ込む。
「守沢さん、高峯さん!時間かかってしまってすみません!今、タクシー呼びましたんで……!」
守沢先輩がパッと俺の手を離し、マネージャーさんの方を向いてしまう。ああ、いつもそうだ……。この人はいつだって俺を振り回してとらえどころが無い。俺のもとに来てくれたと思ったらまたフラフラと他の人のところに行ってしまうのだ。俺はそんなあんたを繋ぎ止めるだけで精一杯だってのに、そんなことを露も知らないあんたはまた今日もアイドルとして、あんたのことが大好きな大勢に好きを振りまきにいく。せめて、守沢先輩の特別な『好き』は俺だけがいいのに……。
「お疲れ様です!ありがとうございます!」
「いえいえ!気をつけて帰ってくださいね」
「ありがとうございます!」と返す守沢先輩の声がどこか遠くに聞こえる。
守沢先輩、ほんとに俺を置いて帰っちゃうの……?
守沢先輩が二台来たタクシーのうち、一台目のタクシーの近くまで寄る。「帰らないでよ……」なんて甘えられたら、きっと守沢先輩は帰らないでいてくれる。優しい人だから。だけどここにはマネージャーさんも居るし、さっき決死の思いで誘ったのに、さらっと流されたことが思いのほかショックで声が出ない。俺は守沢先輩の後ろ姿を見ていることしか出来ない。
ずっと守沢先輩の後ろ姿に恋焦がれてた。流星レッドとして、センターで歌って踊って、キラキラしてる後ろ姿。バスケ部主将として、一番前でみんなを引っ張ってくれた頼もしい後ろ姿。だけど、そうやっていつだって頼もしい守沢先輩の後ろ姿が、時々震えていることに気がついたから。いつだってカッコつけなこの人は、俺の前ではそれを隠そうとしてしまうから。「俺が支えてあげたい」とか、そんなかっこいいこと俺には到底言えないけど、せめて守沢先輩が『ありのまま』を見せられる相手になりたいって、そう思って何年も追い続けて、努力して、やっと俺に全部をくれたって思ったのは俺の勘違い……?
守沢先輩がタクシーの前で立ち止まる。帰るなら、早く帰って欲しい。なにのろのろ歩いてんだ。こういう時、オフモードの守沢先輩ほど憎いものはない。
ゆっくりと守沢先輩が俺に振り向いた。
「………高峯は帰らないのか?」
「はあ?帰りますけど!?」
「えぇっ!?なぜ怒っているんだ!?」
「怒ってないし!!」
「そ、そうか……?顔が怖いぞ……?」
「いいから早く帰れよ!守沢先輩が帰らないと俺も帰れないでしょ!!」
「……?ああ、だから一緒に帰ろう」
「…………へ?」
守沢先輩がふわりと俺に微笑みかける。そういう笑顔も好きだな、なんて、いやこれは今考えることじゃないよね……。え?今、守沢先輩なんて言ってた……?「一緒に帰ろう」……?守沢先輩、帰っちゃうんじゃないの……?俺の頭はオーバーヒートでフリーズしている。
「高峯……?どうした?どこか具合でも悪いのか……?」
守沢先輩が慌てて俺に駆け寄ってくる。
「高峯……大丈夫……って!?泣いてる!?」
「泣いてないし!!いいからこっち来て!!」
「え!?高峯!?あ、すみません!タクシーもう少し待っててもらってもいいですか!」
「全然大丈夫ですよ」と返すマネージャーさんの声が右から左へと流れていく。守沢先輩の手首を掴んで、引っ張っていく。「高峯、どうしたんだ?」とか何とか言ってるけど無視だ。マネージャーさんからは見えない角に守沢先輩を連れて行き、壁に押しつけ、両手を壁の方へ伸ばす。いわゆる『壁ドン』というやつだ。
「高峯……?」
「はぁ〜〜〜〜…………あんたって人は、いつもいつも……!」
「……?」
「そういうことは先に言え!!」
「す、すまん……?高峯、どうして泣いてるんだ?」
「泣いてないって言ってんだろ!!」
俺だってなんで泣いてんのか分かんないよ。守沢先輩が「一緒に帰ろう」って言ってくれた時、怒ればいいのか、喜べばいいのか、安心すればいいのか、感情が俺の中でぐちゃぐちゃになって、とにかく胸がいっぱいで、体の中心から何かが湧き上がるようなそんな感覚がして。守沢先輩が俺の顔に手を伸ばして、俺の瞳の涙を拭う。そんなことされたら、泣いてないって強がってたのに、余計に泣けてきてしまう。ああ、もう!格好つかないな!分かれよ、バカ!
「守沢先輩のせいですよ」
「えぇっ!?俺のせいなのか……?すまん……」
守沢先輩を睨みながら「怒ってますよ」という意思を伝えるけれど、俺の意思に反してポロポロ零れる涙は止まることをしらない。俺の涙を拭おうとしてくれた守沢先輩の手がどんどん濡れていく。守沢先輩が困ったような顔をして笑うから、また甘やかされることを察知する。
「なに笑ってんスか」
「すまん、そんなに泣きながら睨まれても全く怖くないなぁと思ってな」
「言ってろ。ベッドで守沢先輩のこと泣かせるから」
「ふふ、うん」
「冗談だと思ってるでしょ?俺本気ですから」
「ああ、高峯の好きにしてくれ」
守沢先輩が俺の頭の後ろに手を回し、俺をギュッと抱きしめた。守沢先輩の体温が温かい。俺の頭を撫でる守沢先輩の手がひどく優しくて、温かくて、胸がギュッと締め付けられて、体の中心からポカポカと温かさが広がる心地がする。溢れ出る感情をもう俺の中だけに留めておくことは出来なさそうで、俺は守沢先輩を抱きしめ返した。守沢先輩に泣き縋ったとも言えるだろう。
カッコつけようとしたって、カッコつかない。だけどそれでも良いんだ。学生時代から散々落ち込み、逃げようとした俺に守沢先輩は辛抱強く付き合ってくれた。守沢先輩のお日様のような温かさは日陰でうずくまっていた俺を照らしてくれた。ことある毎にこうして俺を抱きしめて、愛と温かさをくれたから、俺は俺のままでもいいのかなって思えるようになったんだ。こんな俺を見つけて、引っ張り出してきて、こんな俺じゃなきゃダメなんだと言われたあの日から、俺はきっと守沢先輩に俺の全てを受け入れてもらっていて。だからこの人の前でなら安心して泣けるんだ。
いつか貴方にプロポーズする人生で一番大切な日には最高に決めてみせるから、今は、今だけは守沢先輩に甘えさせて?
守沢先輩は何も言わず、俺の頭を撫でてくれた。数分その状態のままそうしていて、やっと涙も収まったころに、俺は守沢先輩の肩口に埋めていた頭を起こした。
「もう大丈夫か?」
「……はい。すみません、服濡らしちゃいました……」
「気にするな。やっぱりお前には笑っていて欲しいから。それと比べたら服なんてどうだっていいんだ」
「…………よくそういうこと平気で言えますよね……」
「?」
「ほら行きますよ!俺の家来るんでしょ!」
来た時と同じように守沢先輩の手首を掴んでずんずんと歩く。俺の顔が赤くなっていることは守沢先輩にバレていないだろうか。顔は熱を帯びて熱いけれど、不思議と俺の心は爽やかだった。
マネージャーさんに「待たせてしまってすみません」と言ってから、二人でタクシーに乗り込む。もう一台のタクシーにはマネージャーさんに乗ってもらった。
タクシーの中ではお互い一言も喋らなかった。けれど繋いだままの手は離さない。お互いに手をギュッと握ったり、逆に握る力を弱めたりしながら、視線は窓の外。意識なんてしてないフリをして、本当は意識しまくりだ。守沢先輩にもこの気持ちが伝わったらいいな、なんてそんな思いを込めて、繋いでいた手を恋人繋ぎに変えて結び直した。
◇
俺の横で規則正しい寝息をたてる守沢先輩のあどけない寝顔を見つめる。目元は真っ赤に腫れていて、頬には涙の筋がいくつもある。鎖骨周りに無数に散らばるキスマークは紛れもない所有欲の証だった。さすがにやりすぎちゃったかな……なんて思いながら、守沢先輩の目尻を優しく撫でる。子供のように幼い寝顔とさっきまでの艶やかに喘いでいた守沢先輩の顔を重ねて、守沢先輩のこんな顔が見られるのは俺だけなのかな……なんて好きの気持ちが溢れ出す。
好き……なんだけど……。
「はぁ〜〜〜…………絶対引かれたよね…………」
欲望のままに動きすぎた自覚はある。「好きにして」は「何でもしていい」じゃないことくらい、誰だって分かるのに……。俺は先程までの行為を思い起こしていた。
◇
タクシーを降りてからも守沢先輩の手を繋いだまま、俺の部屋まで引っ張っていく。守沢先輩の静止の声は聞こえないフリをした。俺の部屋の鍵を開けて、寝室に直行する。いつもなら守沢先輩が自分から寝室に入るのを待つのに、今日は強引に連れ込んでしまった。初めてそういうことをした日からずっと続けてきたルーティーン。今日初めて破ってしまって、内心動揺しながらも、もう後には戻れない。守沢先輩をベッドに押し倒す。守沢先輩が俺の名前を呼ぶけど、構わず服を脱がせる。
「高峯?高峯、待ってくれ!」
「…………」
守沢先輩の声に反応して顔を見れば、困惑した顔の守沢先輩。「あ、失敗した……」なんて思ってももう遅い。
「高峯、どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもないでしょ。ヤるんですよ」
「やる……?って何をだ?」
マジか、この人……。服まで脱がされてこれから何されるか分かんないことある……?さっきベッドの上で泣かせるって俺言いましたよね!?守沢先輩、俺の好きにしていいって言ったじゃん!
恋人の想像以上の恋愛1年生っぷりに思わず手が止まってしまう。さっきまで散々ヤル気満々だったのに、思わぬところで止まってしまい、俺はもう我慢出来なかった。
「こういうことですよ……」
「……?」
守沢先輩の両足を俺の肩に乗せて、守沢先輩に覆い被さる。両足が持ち上がったことで、守沢先輩の形のいい小ぶりのお尻が見える。俺の既に膨らみきっているソコを守沢先輩のお尻に押し付けた。そのまま小刻みに、挿入の時の動きを真似すれば、さすがに理解したのかみるみるうちに守沢先輩の顔が赤く染まっていく。小さく守沢先輩が吐息を漏らした。
右手で守沢先輩のソコを性急に刺激する。いつもならもっとゆっくり前戯するのだが、今そんなことをしている余裕はなかった。それに少しでも間を空けてしまえば守沢先輩から何か詰められそうで。一心不乱に右手を動かす。守沢先輩は恋愛1年生ではあるが、快楽には弱いことは織り込み済みだ。思った通り、守沢先輩のソコはみるみる大きくなっていく。でも両手で口元を覆ってしまって、声は出してくれない。
俺は焦った。守沢先輩も気持ちよくなってくれてるはずだけど、守沢先輩にはまだ理性がある。理性を飛ばしてからするいつもとは違う。"おまじない"を今日はしていないから……?どうしよう……もし守沢先輩から「辞めてくれ」とか言われたら俺やっていけないかも……。
しかしここまで来て後戻りすることももう出来ない。とにかく守沢先輩をもっと気持ちよくさせて理性を飛ばさせなきゃ……!
空いていた左手で守沢先輩が口元を覆っていた手をひとまとめにして頭上に持っていき、ベッドに押さえつける。焦って、かなり強めに押さえつけてしまった。守沢先輩が一瞬呻き声をあげて動揺したが、誤魔化すように再び右手で守沢先輩のソコを刺激する。何も口元を覆うものがなくなった守沢先輩は、それでもなんとか声を出さないようにしているみたいだった。しかしその抵抗も数秒ともたない。俺が守沢先輩のソコを刺激していた右手を先っぽに持っていき、親指でぐりぐりと刺激してやれば、たまらずといった様子で艶やかな喘ぎ声が漏れる。一度声が出てしまえば、固く閉ざされていた口からはひっきりなしに声が漏れる。守沢先輩の腰が小刻みに動いている。俺の手から逃れようとくねりくねりと腰を動かしているが、俺に両手を押さえつけられ、上にのしかかられているので、まともな抵抗になっていない。それどころかその動きがあまりにも官能的で、ますます俺を煽ってしまっている。
守沢先輩、お願いだから、そのまま流されて……?守沢先輩だって気持ちいいの好きでしょ……?
これだけ無理やりしたってきっと何だかんだ言いつつも守沢先輩は許してくれるんだろう。それを分かっていてこんなことをする自分の卑怯さに嫌気がさしてくる。それでもここまで強引に進めてしまったらこの行為を止めることは出来ない。「守沢先輩なら許してくれる」を免罪符に俺はただ一心不乱に右手を動かす。
「たかみね………ッ………まって………とまってぇ……ッ……!」
聞こえないフリをする。止まったらダメだ。早く守沢先輩の理性を飛ばさないと……。
「た、たかみ………ぁッ………たかみねぇ………」
守沢先輩の紅茶色の瞳は今にもこぼれ落ちそうなど涙が溜まっている。縋るような声にグラグラと心が揺れるがそれでも手を動かし続ける。お願いだから、早く流されて……。
「くゥ………はぁ………〜〜〜っ、みどりっ!!」
下の名前で呼ばれて、一瞬手を止めるがまたすぐに動かし始める。その手にはもう乗ってあげない。下半身だけじゃなくて、乳首も気持ちよくさせてあげた方がいいかな……。そう思い、守沢先輩の上半身に顔を近づけた時だった。
「〜〜〜っ!」
「…………?」
ふにゅ、という柔らかい感覚を突然唇に感じる。驚いて手を緩めてしまい、しまったと思った時にはもう遅い。守沢先輩の両手を押さえつけていた手を解かれて、守沢先輩の両手は俺の顔に添えられる。
守沢先輩が俺にキスをしている。
唇と唇を触れ合わせるだけの稚拙なキス。けれどまさか守沢先輩からキスされるとは思っていなかった俺は呆気にとられて手を止めてしまった。守沢先輩の柔らかな唇を感じる間もなく、唇はすぐに音を立てて離れていってしまった。守沢先輩は涙目で、肩で息をしている。突然の出来事に動揺したのもつかの間、俺は失敗したんだと落胆する。
今すぐにでもこの場から逃げ出したかった。守沢先輩は涙目で俺を睨んでいる。次の言葉は「なにしてるんだ!」か「最低だ!」か……。耳を塞ぎたいのに守沢先輩をベッドに押し倒しているせいで両手が塞がっていて、それも出来ない。守沢先輩は俺の顔に手を添えたままだ。
「すみません……。俺、ちょっとどうかしてて……?」
「たかみね!おれの顔を見ろ!」
「ふぃ……?見てますよ……?」
「みてない!さっきまでのたかみねは何を考えてるのか分からなくて正直ちょっと怖かったぞ……」
「…………ごめんなさい…………」
守沢先輩を怖がらせてしまった……。今まで怖がらせないようにって、必死で理性を保ってきたのに……。自分の浅はかな行動で全てを台無しにしてしまったことに、今更気付き後悔する。守沢先輩の顔を見れない。
「たかみね、おれの顔みて」
「………」
「たかみね」
「何ですか……?」
守沢先輩を見下ろすと、パチっと目が合い、それに嬉しそうに守沢先輩が微笑む。
「たかみね、おれはたかみねの事が、だい・だい・だいすきだぞ!」
「……!」
「たかみね、何をこわがっているんだ?安心しろ!どんなお前でもおれの気持ちが変わることはないから、良ければおれに話してくれないか?たかみねの気持ちが知りたいんだ」
「守沢先輩……俺……」
この人の言葉は魔法みたいだ。俺がどんなに落ちこぼれでも絶対に俺を否定しない。ああ、俺この人にすごく愛されてるなぁ……と感じるのだ。
守沢先輩はきっと愛の人。みんなからたくさん愛されてて、それ以上に守沢先輩がみんなのことを愛してて。俺はそんな守沢先輩を見てるのも嫌いじゃなくて。でも時々ひどく不安になる。みんなを愛し、みんなから愛される守沢先輩の『特別』に俺はなれてるのかなって。付き合ったのだって、半ば俺が押し切るような形だったし。守沢先輩は優しくてチョロい人だから、俺に流されただけなのかもって。守沢先輩に恋焦がれて、追い続けて、身長は伸びて、ファンの人以外の人からも知ってもらえることが増えて、芸能界でそこそこ売れたって、俺の中身は変わってない。守沢先輩のおかげで自分のこと少しずつ好きになれたし、守沢先輩が俺のこと大切に思ってくれてることも分かってるのに、たった二歳、歳が上なだけのこの人をいつまでも追い続けているような気がするのだ。
俺が話している間、守沢先輩は俺の話を遮ることなく、優しい相槌を打ちながら聞いてくれた。俺を見つめる表情は優しい。
「すみません……。俺、守沢先輩なら許してくれるって思って、無理やりあんなことしちゃって……」
「そうか。きっとたかみねは優しいから、おれを傷つけたんじゃないかと自分を責めてしまったんだな」
「…………怒らないの……?」
「?怒らないさ。おれはたかみねのことをそばで見てきて、たかみねが相手を思いやれる優しい子だって知ってるからな」
「…………」
「むしろ、俺はたかみねを不安にさせてしまっていたんだな。すまない」
「守沢先輩が謝るようなことじゃないでしょ……」
「ううん。『好き』も『愛してる』も言葉だけならおなじだからな。たかみねに伝えきれていなかったおれにも非はある」
「分かってるなら誰彼構わず好きを振りまくなよ……」
「すまん、それに関してはもう性分なんだ。だから、あらためて伝えさせてくれないか?」
俺の言葉に守沢先輩は一瞬困ったように笑ってから、すぐに穏やかな微笑みを浮かべた。守沢先輩が俺の目尻を優しく撫でる。今の俺は別に泣いてないのに、慈しむようなその表情と手つきに俺は既に胸がいっぱいだった。
「たかみね、おれはたかみねのことがだい・だい・だいすきだぞ!たかみねのかわいいところも、かっこいいところもだいすきだ!たかみねの優しいところも、ちょっと情けないところも知ってるけど、それもたかみねだと思うと愛おしいし、もっと色々なたかみねを知りたいんだ!はじめてたかみねを見たときから、たかみねはおれの『とくべつ』だと思ったし、こういう関係になってからはもっとも〜っとたかみねのことが好きになった!おれの『とくべつ』はたかみねしかいないし、たかみねの『とくべつ』もおれがいいんだ!世界で一番たかみねを愛しているのはおれだと自信をもっていえるぞ!!」
満開の笑顔を浮かべた守沢先輩が俺を抱きしめる。俺の頭を撫でながら「たかみね、だいすきだぞ〜」なんて追い討ちをかけてくるから、俺は真っ赤に染った顔を隠すように守沢先輩の肩口に顔を埋めた。守沢先輩がくすぐったそうに笑う。俺の耳元で守沢先輩のそんな笑い声が聞こえて、なんだか胸がキューンとなって、守沢先輩の肩口に頭をぐりぐり押し付けてやる。「ふは、たかみね、くすぐったい」なんて、相変わらず俺の頭を撫でながら言うから愛おしさが溢れて止まらなくなってしまった。守沢先輩の肩口に顔を埋めたまま、くぐもった声を出す。
「守沢先輩、俺も好き」
「ふふ、うん」
「好きで好きでもうどうしようもなくなっちゃうくらいあんたのことが好き」
「うん」
「あんたの全部を俺のものにしたい。あんたの『特別』は俺だけがいいし、ありのままの守沢先輩を俺だけに見せて欲しい」
「うん」
「俺こんな独占欲まみれなんです。いっつも素直になれなくて、あんたのこと傷つけて、そのくせずっと俺のこと好きでいて欲しいって思うわがままなんです」
「……うん」
「こんな俺で良いんですか?またあんたのこと傷つけるかもしれないよ……?」
顔を上げて守沢先輩の顔を見る。俺を見つめる守沢先輩の顔は、この世の優しさを全部この人に集めたんじゃないかってくらい優しくて、聞く前から答えが分かってしまった俺は全身が熱くなって、なんだか胸がいっぱいで苦しくなってしまう。それでも守沢先輩の言葉を、声を、絶対に聞き逃したくなくて、漏れ出そうになる声を抑えるように唇を噛み締める。この世界に俺と守沢先輩しかいないかのように、周りの音は何も聞こえない。ただ目の前の守沢先輩だけを見ていた。
「……うん。たかみねがいいんだ。たかみねじゃなきゃダメなんだ。」
いつの日か言われたあの言葉。だけどあの時とは意味もそこに込められた思いも違うって分かるから。溢れ出しそうな感情を守沢先輩にも伝えたくて、俺は守沢先輩に口付けた。唇と唇を触れ合わせるだけの稚拙なキス。守沢先輩がゆっくりと目を閉じたのを確認して、もう既に溢れ出ている感情の容器の中に、更に溢れんばかりに感情が詰め込まれる。溢れ出た感情を守沢先輩に渡すように、ゆっくりと想いを込めて何度も口付ける。
何度も何度も口付けて、ゆっくりと唇を離せば、「ぷはっ」なんて、こんな軽いキスですらいつまで経っても慣れない守沢先輩への愛おしさは増していくばかりで。至近距離で見つめ合う。お互いの吐息を感じる。蕩けきった瞳で俺を見上げる守沢先輩の顔には「高峯が好き」って書いてあるから、目は口ほどに物を言うとはこういうことなんだろう。守沢先輩への溢れ出る愛おしさに勝手に体が動き、守沢先輩の左耳に髪をかける。そのまま耳を柔くなぞれば、くすぐったそうに守沢先輩が身動ぐから、愛おしさのまま、耳の形に沿うようにゆるりゆるりとなぞっていく。守沢先輩が小さく声を漏らして、俺の名前の呼ぶから、そのまま守沢先輩の耳元に口を近づけ、吐息多めに囁いてやった。
「守沢先輩、抱いてもいい………?」
「………うん。たかみねのすきにして?」
俺の耳に届くか届かないかくらいの声量のその言葉に、俺の理性の糸がぷつりと途切れた音がした。
◇
守沢先輩の目尻をゆるりと撫でる。"そういうこと"に疎い守沢先輩に合わせて、今まであくまで理性的なセックスしかしてこなかったが、守沢先輩の言葉に理性の糸が切れてしまった俺は、それはもう欲望のままに動いた。結果、守沢先輩の「もうむりだ」の声にも応えず、それどころか守沢先輩のそんな声すら興奮材料になってしまった俺は、守沢先輩が気を飛ばすまで抱き潰してしまったのだ。
今日のお昼は守沢先輩の好きなポテトでも買いに行ってあげようかな、なんて考えながら守沢先輩の目尻を撫でていれば、ふいに守沢先輩が身動ぎをした。ゆっくりと目を開き、パチパチと瞬きをする。
「起こしちゃいました……?ごめん、もう少し寝てていいよ……?」
「ん……おみず……」
「お水……?ほら、これ飲んで……?」
「ん……ありがとう、たかみね」
守沢先輩の声はかすれてしまっていて、再び「やっぱりやりすぎたよなぁ……」なんて考える。守沢先輩は起き上がろうとするが腰の痛みに顔を顰めてしまったので、慌てて起き上がる助けをした。水を飲む守沢先輩の動く喉仏と、その付近の無数に散らばるキスマークに所有欲が満たされてしまう。水を飲み終わった守沢先輩は再びベッドに逆戻りしてしまった。俺もベッドに潜り込み、守沢先輩に素足を絡める。守沢先輩の頭を撫でれば、一瞬気にするような表情を見せたが、すぐにされるがままになった。セックスした後の理性を飛ばした守沢先輩はいつもよりもぽやぽやしていて可愛いけど、今日はいじめすぎたこともあって、いつにも増してぽやぽやふわふわしてて可愛いな、なんて守沢先輩に言ったらさすがに怒られるかな。
「ごめん、やりすぎちゃいました……」
「ふふ、うん。きょうのたかみねは、いつにもましていじわるだったなぁ……」
「嫌いになった……?」
「ううん。えっちしてる時のたかみねのかお、かっこよくてすきだ……」
「…………」
「それに、やさしいたかみねがそんなふうにいじわるするのはおれだけなのかなっておもうと、なんだかうれしいんだ」
「…………守沢先輩ってMなの?」
「……えむ?」
「あー……いや、ごめんなさい。照れ隠しです。俺もこんなにふわふわしてる守沢先輩は俺しか知らないんだ、って思うと嬉しいですよ……」
「うん……たかみねの……とくべつだ……」
「……守沢先輩、もう眠い?」
「うん……。ねむい……」
「ふふ、寝てていいよ。明日、俺が起こしてあげる」
「まって、おれたかみねにいってないことある……」
「ん……?何ですか……?」
「ふふ、たかみね、これからもよろしくたのむぞ」
ふにゃりと笑ってから守沢先輩は完全に夢の世界へ旅立ってしまった。
は〜〜〜…………ほんっ…………とうにこの人は!!
いつだって俺の一番欲しい言葉をくれるんだ。赤くなった顔はそうさせた当の本人がぐっすり寝てしまったために、誰に見られることもない。俺の気も知らずに穏やかな寝顔をさらす守沢先輩の唇に、俺の想いも込めてそっと口付けた。
◇
「ふふ、ふふふ」
「何ニヤニヤ笑ってんだ。気持ち悪い」
「いや〜、たかみね、"しっと"してたんだなぁ〜!かわいいやつめ〜」
「こいつ〜」とか言いながら俺の頭を撫でてくる守沢先輩に、俺はまた知らない守沢先輩の一面を見ることになった。散々抱き潰して、理性を飛ばした翌日の守沢先輩はさぞかわいかろうと思っていたのに、結果はこれだ。ぽやぽやふわふわはそのままに、いつもより俺への好きを全面的に隠そうとしないので、起きてからずっとこの調子で「たかみねはかわいいなぁ〜」なんて言われ続けている。その上、オフモードなことも相まっていつもより距離が近い!ぶっちゃけ俺的にはこれが一番の問題だった。先程からソファに座る俺の上に向かい合うようにして守沢先輩が跨り、俺の頭を撫でているのである。俺が少しでも離れようとすると「たかみね、どこいくんだ……?」とか上目遣いで聞いてくるのをやめてほしい。いつもよりも甘えモード全開の守沢先輩を前にして、俺は朝から理性を保とうと必死なのである。
「ふふ、たかみねは"どくせんよく"が強いんだなぁ……昨日のたかみねのことば、すっごくキュンキュンしたぞ」
「やめてください!!今思い出しても恥ずかしさで死ねる自信ある」
「死ぬなぁ!たかみねぇ!」
「あーもう!!死なないから抱きつくな!!」
さすがにあんだけ理性飛ばしたら、俺が守沢先輩をたくさん甘やかしてあげようと思ったのに、なんか思ってたのと違う……。いや、これはこれでかわいいんだけどさぁ……。なーんか、ずっと守沢先輩に振り回されてるって感じだよね……。気に食わないなぁ……。そもそも俺がこんなにカッコつかないのも、昨日の夜、守沢先輩が素直に「一緒に帰ろう」って言ってくれなかったからで……?
って、あれ……?そういえば昨日の夜、タクシー乗る前から守沢先輩、俺に「高峯の好きにしていい」って言ってたよね……?それなのにいざそういうことしようとしたら「何をするんだ?」とか聞いてきてさぁ……。
……あれ?よく考えたら俺、悪くなくない!?なんか優しい守沢先輩に許されたみたいな雰囲気になってるけど、許されたも何も最初に守沢先輩が「好きにしていい」って言ったんじゃん!最初から最後まで、ずーっと俺、守沢先輩に振り回されてんじゃん!!何だよそれ……。あー……なんか腹立ってきたな……。
「守沢先輩」
「む?………うわっ!」
俺の膝の上に跨っていた守沢先輩をソファの上に押し倒す。
「たかみね?」
「守沢先輩は意地悪な俺もカッコよくて好きなんですよね……?」
「そ、そうだがそれがどうかしたのか……?」
「どんな俺でも守沢先輩の気持ちが変わることはないんですよね……?」
「た、たかみねさん?えがおがこわいぞ……?」
「守沢先輩は俺のことが大・大・大好きだから一緒にいれたら嬉しいよね……?」
「あ、ああ。もちろんだ!!でも……」
「じゃあ、昨日の続きをベッドでしましょうか」
「え、や、たかみね」
にっこりと貼り付けたような笑みで守沢先輩に圧をかける。俺は散々守沢先輩に振り回されたんだから、守沢先輩も俺に振り回されてよね。
守沢先輩を姫抱きして、寝室に向かう。もういつものルーティーンはしない。あれは自信が無い俺の表れだから。正真正銘、守沢先輩から『特別』を貰った俺にはもう必要ない。
「た、たかみね!」
「暴れんな。危ないでしょ」
「む、むう……」
言葉や行動の乱暴さとは裏腹に、至極優しく守沢先輩をベッドに下ろす。守沢先輩は顔を真っ赤にして、ろくに動かない体で俺の手の内から逃げようとする。すぐに捕まえたいけど、もう少し我慢する。これは守沢先輩を慮っての行動じゃなくて、守沢先輩に対する悪戯心。腰をかばいながら、そろりそろりとベッドの上の方へ逃げていく守沢先輩を、獲物に飛びつく前に息を潜める肉食獣のように目を爛々とさせながらじっと見つめる。
何とか守沢先輩に覆いかぶさっていた俺の手の内から抜け出した守沢先輩は、産まれたての小鹿のようにプルプルと震えながら四つん這いの姿勢になる。守沢先輩の小ぶりの尻を見て、「こんな小さなお尻に俺のが入ってたんだ……」なんて思ったらもう俺の興奮は収まりそうもない。その上、さっきから少しずつ少しずつベッドから逃げようとしてる守沢先輩が、お尻をフリフリさせながら小さく声を漏らすから、たまらなくなって少し空いてしまった守沢先輩との距離を詰めて、再び守沢先輩の上に覆い被さる。守沢先輩のお尻に俺の興奮しきったソコを押し付ければ守沢先輩の動きが止まる。ゆっくりと俺の方を振り返った守沢先輩は期待と恐怖が入り交じったような顔をしていた。
「た、たかみねさん……?さすがにきょうはもうむりだぞ……?」
「大丈夫ですよ……♪守沢先輩、Mだから……♪」
「えむってなんだ!?もりさわのMか!?」
「…………はいはい、ソウデスネ。守沢先輩のMですよ」
「ぜったいおもってない!」
「ふふ、守沢先輩のかわいい顔、た〜くさん見せてくださいね……?」
「ひぃっ!た、たかみね……!これいじょうはおれ、おかしくなっちゃ……」
「おかしくなってよ。大丈夫。怖がらないで……?俺が先輩のこと優しくトロトロに甘やかしてあげますね……♪」
守沢先輩、怖がらせちゃってごめんね?でもこんな俺を受け入れてくれたのは守沢先輩だから。守沢先輩に振り回されるのも悪くないけど、守沢先輩も俺に振り回されて欲しい。そうやって弱いところを見せあったら、お互いのこと今よりももっと好きになれると思うから。守沢先輩が俺の全部を受け入れてくれたみたいに、俺も守沢先輩の全部を受け入れてあげたい。だから、少しずつでいいからお互いの知らない一面を知っていこう。
強がりなあんたと臆病な俺は、今まで散々遠回りしちゃったけど、それもあんたと一緒なら悪くなかったかな、なんて。きっとこれからも二人一緒なら回り道だって楽しめる。そうして二人一緒に進んで行った先はきっとどんな景色だってキラキラして見える、そんな気がしてやまないのだ。
きっと俺にとって守沢先輩と出会ってしまったことが運の尽き。守沢先輩と出会わなければ平々凡々な人生を送っていたかもしれないのに、守沢先輩が俺の運命を変えてしまったのだ。だから、責任とって、これからも俺と一生一緒にいてね、守沢先輩……♪
◇
あのみどちあオタクの中で伝説となった流星隊ラジオから数ヶ月。ラジオ放送後、感無量で語彙力喪失オタクと化したままSNSを開けば、「#流星隊ラジオ」がトレンド一位、「#みどちあ」がトレンド二位にランクインしていたあの時の熱と興奮は記憶に新しい。SNSにはあのみどちあラジオの文字起こしや、ファンアートで溢れ、みどちあオタクのタイムラインはしばらくお祭り騒ぎであった。他にも「#守沢千秋」や「#高峯翠」、「公開イチャイチャ」、「夫婦漫才」など関連するハッシュタグやワードが軒並みトレンド入りし、私も興奮のままにスクショを撮ったりしたのである。
あれから数ヶ月は経ったが私の中での高峯翠、及びみどちあへの熱は全く冷めていない。それどころか熱は増していくばかりで、最近は流星隊のライブ行きたいな〜なんて考えている日々である。
しかし、これだけみどちあオタクが騒いだ流星隊ラジオもみどちあの二人的には通常運転らしく、それ以降もテレビや雑誌では相変わらず翠くんにアプローチするも、すげなく断られる千秋くんといった様子を見せていた。
まあこれが『みどちあ』だよね。翠くんが千秋くんにいつも塩対応なために、あまり供給のない中で日々みどちあを推しているオタクたちからすれば、もはや塩対応ですら美味しくいただけるのであまり関係ないのである。それはそれとして供給は欲しいけれど。『みどちあ』って需要と供給が見合ってないんだよな〜なんて。さすがに高望みしすぎだろうか。
そうして高峯翠兼みどちあオタクとして日々のオタクライフをエンジョイしている今日この頃。私は自宅のテレビの前にあるソファに座っていた。理由はもちろんテレビを見るためである。しかもただのテレビではない。みどちあが出るテレビである。しかし不思議なのが、その番組は放送欄に「守沢千秋」と「高峯翠」の名前こそあるものの、みどちあの二人がどんな風にその番組に出るのかは予告などでも一切明かされていないのである。どうやらその番組は過去に数回ゴールデンタイムに特番が組まれていたらしいが、今回の放送時間はお昼時の30分。予告の映像を確認した感じだと、街行く人にインタビューをして、その人の叶えたいちょっとした夢を応援するという趣旨の番組らしい。予告映像にはテレビではお馴染みの芸人さんが数人映っていたが、この番組とみどちあに何の関係があるのだろうか。SNSではいよいよレギュラー番組なんじゃないかとか、次回の特番のゲストがみどちあなんじゃないかとか、色々な意見が飛び交っている。レギュラー番組だったら嬉しすぎるけど、高望みしすぎて違った時に落ち込みたくはない。期待と緊張でドキドキとする胸を抑えながら私はテレビのCMをぼーっと見る。あと2分ほどで番組は始まってしまう。緊張しすぎてCMの内容は一ミリも頭に入ってこなかった。
番組が始まってから現在約25分。
最近漫才トーナメントで優勝してよくテレビで顔を見るようになった芸人コンビが無事に街で出会った人の夢を叶えられたところでVTRは終わり、スタジオの芸人さんたちがVTRのコメントをしている。番組は終わりに向けていい空気感になっている。いよいよ本当にみどちあが出るのか不安になってきたところでタイミング悪くCMに入ってしまった。もしかして今ので終わりだったのだろうか。だとしたらなんとなく締まりがない終わり方だったような気がするが、時計を見れば番組開始から27分は経過している。この番組は30分番組だから、放送時間はあと3分しかないことになる。もしかして本当に一瞬だけ映ったみどちあを私が見逃した?隅から隅まで見逃すまいと凝視していたはずだが、さすがにここまでみどちあが出てきていないとなると不安にもなる。私は慌ててSNSを開く。もしかしたら私以外の人がみどちあを見ている可能性があるかもしれない。
タイムラインを軽く遡ってみるが、私以外の他の人もみどちあがまだ出てきていないことにモヤモヤしているようだった。もしかしてテレビの放送欄が間違っていた?予告などにも一切出ていなかったわけだから可能性としてはあるのかもしれないが、さすがに地上波のテレビでそんなミスするだろうか?
どことなくモヤモヤとした気持ちが胸の中に留まっているのが気持ち悪くて、私も呟こうと文字を入力した時だった。目を離していたテレビ画面から突然大きな音が流れる。驚いて画面を見れば『地上波ゴールデンタイムレギュラー番組化決定!!』の文字がデカデカと映っていた。なんだ、みどちあじゃないのか……と肩を落としたところで次の文字が映された。
『次回のレギュラー番組初回からは新メンバーが参加!!その新メンバーとは……』
え?うそうそ、うそだよね?そんな夢みたいなことあっていいの……?地上波ゴールデンタイムのレギュラー番組だよ……?
私の動揺をよそに画面が切り替わる。そこに映されたのはおそらくテレビ局の楽屋だろう。四人掛けのテーブルに二人隣り合わせでぴったりとくっついて座っている男性二人の後ろ姿。顔はまだ見えていないが、服装や髪型から一瞬でみどちあだと理解し、私は思わず叫び声をあげてしまった。家族が怪訝な顔を私に向けた気配がしたが、もはや慣れっこなので特に何も言ってこない。それに私もそちらに構っている余裕がない。
カメラの画角や画質的に隠し撮りの映像だろうか。そんなことを回らない頭で考えていたら画面が切り替わり、先程まで放送していた番組のMCの芸人さんが『レギュラー番組決定!』と書いてあるプラカードを持っているのが映された。一瞬で全てを理解した私はまたもや叫び声なのか呻き声なのか判別できない声をあげてしまう。MCの芸人さんが、番組のレギュラー番組化が決定したこと、レギュラー番組に際しての新メンバーとして『みどちあ』が選ばれたこと、これから二人にサプライズで報告しに行くことを説明する。私はもはや感情のダムが決壊し、静かに涙を流していた。静かに泣いているのは、テレビの音を一音たりとも聴き逃したくないからである。
再び画面は隠し撮りカメラに戻っている。今度の隠し撮りカメラはみどちあのド正面からで、映し出された映像に私は一瞬息が止まってしまった。
後ろ姿もぴったりくっついていたが、正面から見ると、お互いの顔と顔がくっついてしまうんじゃないかというくらいに顔を近づけている。あまりの距離の近さに思考が停止するが、みどちあが話し出したので意識を無理やり起こして、テレビに全集中する。
「守沢先輩、この間俺が見てたゆるキャラ番組に出てたゆるキャラの真似して?」
「ん?ゆるキャラ?どの子だ?」
普段の千秋くんよりも声のトーンは低めで、でもすごく優しい声で翠くんに聞き返している。翠くんは翠くんで、今までに聞いたことがないレベルのゲロ甘ボイスで千秋くんに首をコテンと傾けながらおねだりしている。か、かわいい……!
「ウサギの子♪」
翠くんの言葉を聞いた千秋くんが両手をスっと頭上に持っていき、頭の上にウサギの耳があるようなポーズをとり、ニコッと笑顔になる。
か、かわいい…………!
「翠くん、今日もお仕事お疲れ様!い〜っぱいお仕事頑張ってる翠くんに、このふわふわほいっぷのお耳の綿毛をあげるピョン!」
「…………うっ……わぁ〜〜………全っ然かわいくない……♪2点かなぁ〜♪」
「に、2点!?低くないか!?ち、ちなみに何点中の2点なんだ……?」
「100点満点中……♪」
千秋くんのゆるキャラの真似?に、辛口な評価をしながらも翠くんの表情はデレデレである。目の前の画面で起きた一瞬の出来事に私は萌えすぎて、もはや嗚咽を漏らしていた。しかし余韻に浸る間もなく、画面は再びMC芸人さんに映り変わり、今まさに二人の楽屋に突入しようというところで、『今回の放送はここまで!続きは次回のレギュラー初回放送でお見せします!』の文字が映し出される。再び画面が切り替わり、次の番組が始まった。
私はあまりの出来事に呆然としてしまい、タイムラインを開くことすら出来ない。
え……?何今のやり取り……?カップルいた……?幻覚……?限界みどちあオタクの私が都合よく作り出した幻覚なの……?
試しに頬を軽くつねってみるが、ちゃんと痛い。幻覚じゃない……。
放送終了から15分。
たった数秒のやり取りを永遠に頭の中で反芻し、ようやく少し落ち着いてきた頃に、私はタイムラインを開いた。一瞬でタイムラインが上まで更新される。このたった数分の間にみんなどれだけ呟いたんだろう。タイムラインを軽くスクロールすれば、みんなが同じ投稿を共有している。
『ご覧いただきありがとうございました!
地上波ゴールデンタイムレギュラー番組化決定!!そして新メンバーも発表です!!新メンバーは#流星隊の#守沢千秋さんと#高峯翠さん!スタジオメンバーとどんな化学反応が起こるか今から楽しみですね♪』
内容を読む前から何に関する投稿なのかを一瞬で理解し、いいねと共有ボタンを押す。相変わらずタイムラインはものすごい速度で更新されていき、みどちあレギュラー番組決定を多種多様な表現で祝っていたり、たった数秒間のやり取りに萌えすぎて死人が出ていたりしたが、今の私はまだまだ胸がいっぱいで、とてもじゃないが大騒ぎ出来そうにない。大きく深呼吸して、一文字一文字ゆっくりとスマホに打ち込んでいく。
「みどちあ一生一緒にいてくれとは言ったけど、ここまでとは聞いてない」