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    00課事件物二次創作。完結したらpixivにまとめます。全三話想定。
    お借りした方は末尾およびリプツリーで。

    【00課陸】呪物蒐集家殺人事件【一】【1】

     十二月を迎え、雪が降り始めた頃合いのことだった。

     その日、乙成明也は疲労の蓄積した体を引きずりながら、署の正面入口を目指してトボトボと歩いていた。
     さる呪物コレクターが自宅にて不審死し、所有していた曰く付きの呪物約五万点が00課預かりとして押収されたのは今朝のことである。馬鹿の数だ! と悲鳴を上げた職員の声に無言で頷く者は多かった。以降、浄化能力を持つ職員を中心として、とにかくその日は人手が求められることとなった。コレクターの死にいずれかの呪物が関わっている可能性がある以上、無差別に浄化してハイおしまいという訳にはいかないのが、警察組織の辛いところであった。
     乙成も朝から働き詰めた一人だった。彼自身に浄化能力は無いと言って良かったが、それでも兎に角単純な人手が必要だった。人手として分類し運搬し識別し浄化しまた運搬し、調整班として保管用の倉庫の手配に配送用トラックの手配そのトラック及び運転手への呪物対策近隣住民への認識災害防止処置に情報統制何より現場シフトの調整調整調整調整。
     肩をポンと叩かれ、振り返った先では輝良々 初晴の整った顔が苦笑いを浮かべていた。時刻はいつの間にか15時を回っていた。
    「浄化班、ひと段落ついたんでコッチ入りますよ! 昼飯もまだですよね?」
     元アイドルの笑顔はこんな時でも眩く、ウインクは完璧であった。
     乙成は申し訳なさを感じながらも、ありがたくその申し出を受ける事にした。

     引き継ぎを終え、近場のコンビニに昼食を買いに出ようと入り口を通りかかった時、乙成はそれに気づいた。相談窓口の受付担当である一般婦警が、公立中学校の制服を着た二人組の少年と、何やら押し問答をしているようだった。
     補導か何かだろうか。
     興味本位で遠巻きに眺めていた折、耳に入った言葉に思わず足を止めていた。
    「だから! 00課に頼みてーんだってば!」
    「このままだとトッシーがマズいんだってマジで!」
    「でも、別にいまは何も起きてないんでしょう?」
    「今だけだって! 絶対これからヤバくなるんだって!」
     頭の悪そうな通報である。
     受付の婦警は案の定、困ったような面倒そうな顔をしていた。新設の00課と道警の連携は基より良好とは言い難いし、反面本日の00課の多忙は他部署にも知れ渡っている。受付の婦警自身、少年たちの駆け込み訴えが、本当に急を要するものなのかどうか、判断しかねているといった雰囲気だった。
    「……あの〜」
     おずおずと声を掛けていた。三者の目が乙成に集まる。その眼差しの色が不審に変わっていくのに気付き、乙成は慌てて懐から鬼灯の代紋を取り出した。
    「えっと、おじさんでよければお話、聞こうか?」


    ◆◆◆


     婆谷峨鷲吏は食事を摂らない。
     これは彼を知る者であれば程度の大小はあれ知れ渡っていることだったし、枯れ枝か爪楊枝か歩く骨格標本かといった栄養失調半歩前のその容姿を見れば多くの者が容易に想像のつく事でもあった。
     ちゃんと飯を食えと忠告すれば、ちゃんと食べてると言って半分齧ったカロリーメイトを指差すような男に転機が訪れたのは、昼時に一人の青年が彼の元を訪れるようになってからである。
    「ヘイディア! レッツランチ! 私はとても空腹です」
    「日に日に誘い方が雑になってないかお前」
     そういうわけでその日も例に漏れず、鷲吏は相棒の春原祥馬に連行される形で昼食へと赴いていた。業務の多忙を訴え断ろうと足掻けども本日のそればかりは皆が同条件である。班長・段羅綜凱の大変美しい笑顔がそれを後押しした。その笑顔の意味はもちろん、時間の無駄だからさっさと抵抗を辞めてパパッと行ってこいの意味であった。
     かくして本日の婆谷峨鷲吏は多忙に反して大変健康的なランチタイムを過ごし、終え、署へと戻る道すがらである。春原祥馬の双子の兄弟、飯桐雅弥が見つけてきたという先週オープンしたばかりのイタリアンレストランのランチセットは大変美味しかったが、慢性過労で胃腸が弱って久しい30代男性の胃にはいささか辛いメニューと量だった。
     ずしりと重い腹をさすりながら署への帰路を歩む。ランチセットのピザをお代わりし、ジェラートまで追加注文して平らげた若人二人は、嬉々としながら昼食の感想を言い合っていた。世界よ、これが年齢格差というものだ。
    「鷲吏さんが分けてくれたリゾットも美味かったな〜、僕つぎあれにしたい」
    「私は今日売り切れていたパスタが気になります。売り切れには売り切れるだけの理由があるはず」
     間の抜けるほど平和な会話である。
     コートに身を包んだ彼らの後ろ姿は、街を行き交う大学生らと大差ない。齢を考えれば当然のことではあった。良くも悪くも実力重視才覚重視のこの仕事は、組織全体の年齢層が若い。若干19歳の二人の間でコロコロと飛び交う会話は、鷲吏の耳には家で待つ歳下の最愛達を思い起こさせ、悔しいことに思考を連想へとバグらせた。悔しい、癒される、とても悔しい。
     雪国のこの地には珍しく冬空は青く晴れ渡り雲一つない。昨晩の降雪はとうに除雪機により道脇へと除けられ歩みは快適。はて、自分が彼らぐらいの歳の頃には一体何をしていただろうか。そんな思考がふと脳裏を過り、瞬間的に込み上げる甘く苦い郷愁と、無関係の彼らとを比べる負い目とがあまりにも馬鹿馬鹿しく、鷲吏はすぐに考えるのをやめた。

     最初に異変に気付いたのは二匹の獣であった。
     祥馬の使い魔であるクー・シー、並びに雅弥の式神たるおじぃの二匹は、不意に足を止めると一点へと視線を向けた。耳はピンと張り詰め、金と蒼の瞳孔は緊張を帯びて見開かれている。高い知性を持つ精霊と山犬のその動きは、それでもやはり獣そのものであった。
     彼らの変化に気付く形で、契約者の若人二人、そしてその若人を眺めていた鷲吏が同時に異変を悟った。クー・シーとおじぃの視線の先にあるのは、一つの交差点……ではなく、その一角で進められていた道路工事現場であった。
     この国の公共工事の仕組み上、師走を迎えた今にその光景を見るのは珍しいことではない。しかし常ならば忙しなく手際よく仕事を進めている作業員たちがひとところに集まり、何事か覗き込みながら相談を進めている様は物珍しかった。
    「こりゃ一体なんだ?」
    「願掛けとかじゃねえか、なんか引き継いでねえの?」
    「箱……かあ?」
     先までの平和な空気が消し飛ぶ不穏な言葉が漏れ聞こえ、鷲吏は嫌な予感に襲われた。いや、むしろこのシチュエーションで嫌な予感を抱かない00課職員が居ようものならお目にかかりたいものである。不審物危険物の発見通報はどの地域でも建設会社が第一位だ。
     しかし署へ戻れば五万点の呪物の鑑定分類浄化処分隔離etcという気の遠くなるような処理が彼らを待っているのも事実である。何だ五万って。馬鹿の数か。それだけ集める時間と金があったらもっと何か出来ただろうが。さりとてコレクターという人種にそれは最も無駄な提言であった。
    「……聞かなかったことにしちゃダメか?」
    「行ってきます」
     言う頃には既に祥馬は駆け出していた。クー・シーがぴたりとそれに続く。ケタケタと猫のように笑いながら振り返った雅弥は、兄弟の即決を讃えているようにも、鷲吏との温度差を面白がっているようにも見えた。
    「未障班的には見過ごせないってことで! 先帰ってても良いですよ!」
     二人の若人の背は軽やかに遠のいていく。
     どちらも共に来いとは言わない。ランチには有無を言わさず引き摺り出すくせして、こういう時の判断は空恐ろしいほどに役割を理解し準じている。道行く学生らとさして変わらぬ背には、既に社会の一端が乗っている。鷲吏にはその聡さが時に忌々しくもあった。
     鷲吏は時計を見た。
     就労規約に記された休憩時間の終了まで、まだあと30分あった。
    「ああクソッ」
     悪態一つ吐き捨てて、婆谷峨鷲吏は二人の若者の後を追った。


    ◆◆◆


     呪物五万点地獄に追われる者あれば、その真相を追う者もまたあり。
     如何せんその途方もない物量に惑わされそうになるが、本件の本質はあくまでその中で死亡していた呪物コレクター・東鎮館 礼観(とんちんかん・れいかん)氏の不審死に関してである。つまるところ、002課の担当案件であった。
    「……え、これホントに本名?」
    「信じがたいがマジのガチ、今のところは」
    「名前ネタはッ! 名前ネタは勘弁してやってつかァさいッ! ガキは名前を選べねえッ!」
     加納利彦から手渡された被害者の検死報告書を見遣りながら、竹川テオバルドは被害者の氏名に一抹の同情を禁じ得なかった。その背後では名前に一家言持つ相棒の金剛雲母がオイオイと男泣きに泣いていた。
     忙しなく人が行き来し悲鳴と怒号が押し合いへし合い時に手が出て足が出て、オイ誰か手が空いてるやつ寄越せ馬鹿野郎通常業務もあるんだぞ居るわけねえだろむしろ人員返せと和気藹々の2課のデスクの片隅にて。むくつけき男刑事(デカ)三人衆は額を突き合わせて資料を確認し情報を共有する。そういうことは会議室でやれ? どこも五万点で潰れたよ。
    「まー、しらみ潰しの候補絞りは浄化班や監察に委ねるとして、その間に俺たちは因果関係から絞っていこうって話だ。尊い犠牲に黙祷」
    「アーメン」
    「ソーメン」
    「冷やソーメン。アッごめん天井ちゃん違うのそんな目で見ないでハイ仕事します。……えー、改めて。被害者は東鎮館 礼観。43歳男性。職業フリーライター、死因は不明の要因による心停止、本日午前8時50分に自宅にて発見。第一発見者は打ち合わせのために被害者の自宅を訪問した編集者・関 慧音(かん・けいね)、25歳の女性。被害者に会うのは今日が初めてだったそうだ。……えー、留意すべき特記事項として、被害者の死体は、全身の骨が骨折し複雑に肉体を変形させた姿で発見された。まあ現場写真見てくれ、それでパツイチだ」
     ぱらりと資料を捲れば、そこには監察が撮影したと思しき現場写真と司法解剖の結果があった。多数のオカルティックな品物が所狭しと鎮座する狭い部屋の中央に、人間であったものの成れの果てがあった。
     言葉以上に奇妙な死体だった。全身の関節はもはや存在意義を成さず、肉を突き破っていくつもの折れた骨が表層へと突出している。あまねく障害を力技で排除しながら、ひとところで幾重にも円を描くように歪曲した肉体は、印象だけでものを言うのであれば蛇がとぐろを巻いている様に似ているように思われた。反面、その男の顔は穏やかであり、表情だけを見てとれば眠っているようにすら見える。
     加納の言葉が事実であることを見届け、テオバルドは痛ましげに目を伏せて資料を閉ざした。
    「死因が心停止ということは、肉体の変質は死後に?」
    「いや。監察の見立てでは変質自体は生前らしい。ストレス心筋症をはじめとした心不全の痕跡が全く無かったそうでな。周囲の血痕量から失血死は考えにくく、歪曲し突出した骨は奇妙なほど丁寧に臓器類を避け傷つけていない、それで不明の心停止。マジかよって感じだよな」
    「……エット、つまりどゆことっす?」
    「ガイシャは全身の骨をバキバキにへし折られて身体中を粘土みたいにコネコネされる激痛の中で心穏やかにお亡くなりになられたってこと」
    「ワーオ……オカルティック……」
     第一発見者は即座に警察へと通報、通報を受けた道警職員が現場を確認し、状況の異質さと被害者の周辺状況の双方が、本件を00課案件に決定づけた。かつては秘密警察も同然であった00課という部署も、設立から12年の時を経た今では変質しつつある。呪殺は殺人か否かの議論はワイドショーに好まれる話題と化して久しく、原因不明の霊障は解決可能な事故と認知されつつある。心霊現象に見舞われた際に寺院仏閣を頼るのではなく、まず公共機関たる00課へ通報を、という思考の変遷も徐々ではあれど見受けられつつある。
    「で、俺たちのアイドル五万点ちゃんと一緒にウチに来て、お祭り騒ぎのパーティが始まったって訳さ。楽しいね、パジャマ着てくればよかったぜ。テオちゃんキラちゃんおパジャマ何派ァん?」
    「シャネルの五番」
    「褌」
    「俺が悪かった」
    「……加納さん、アンタに進行を任せているとさっぱり話が進まない。まずは何から手をつけるつもりだ? それも現場判断か?」
    「いやいや、お前らに声かけたのには一応ちゃあんと理由があんのよ」
     空惚けたようにサングラスを正し、加納が資料を机へと放る。デスクの上で昼寝をしていた黒猫が腹でそれを受け止め、迷惑そうに一声鳴いた。
     にゃあん。
     加納は応えず、テオバルドへ向き直る。
    「ガイシャの死に様、お前ならどう見るよ憑依研究会班長・竹川テオバルド殿?」
    「……そういうことか」
    「ご覧の死に様だ。中に何か入りこんだって考えた方が辻褄が合う……んじゃねえかと思ったのよ。あと金剛も釣れると思ったし」
    「俺ぇ?」
     薄目遠目で検死解剖資料を読み解こうと奮闘していた金剛は、突然の指名に素っ頓狂な声をあげた。
    「なして自分を指名なすったかね。占いとか?」
    「いやいや、ちゃんと理由があんのよ。ガイシャんちにパソコンがあるんだけどさ、でも監察はみ〜んな五万点に持ってかれちゃってる訳でね。見たらアウトかもしれないモンを一般部署に回すわけにもいかないし」
    「おっと理解そして把握。任せてください、ガイシャの非公開ブックマークまで調べ尽くしてやりまさァ!」
    「それは出来れば知りたくないカナー」
     喧々諤々軽妙洒脱、かくして三人の刑事(デカ)は動き出す。
     昼下がりを迎えて間も無くの頃であった。


    ◆◆◆


     工事現場に颯爽と現れ、気さくに声をかけてきた見知らぬ若者二人の姿に、作業員たちは大いに戸惑ったらしかった。祥馬と雅弥は刑事であることを主張し、警察手帳を示しもしたが、今ひとつの不信感は拭われないようだった。彼らの若さはこうした局面で足枷となった。
     まずはお話合いからかなあ、と雅弥が覚悟を決めた時、背後からパチンと指を鳴らす音がした。それだけで、その場に漂っていた不信感は霧散してしまったらしかった。作業員たちは突然手のひらを返し、先程までとは打って変わって、若者二人の存在を当たり前のように受け入れ、頼もしそうに笑って立ち去っていく。「いや運が良かった! じゃあ、あとはよろしくお願いしますわ刑事さん!」その目元周辺の空間が僅かに歪んでいることに気付いたのは、この場では三人の霊能力者だけだった。
     それを見届け、雅弥はなるほどと納得した。これだけ個性的な外見をしている人なのに、街中では妙に視線を集めないなあと不思議に思っていたのだ。時々振り返る女の子たちはいたけれど、それは大体自分や兄弟を見ていたように思う。『そういうことにしている』のだろう、多分、普段から。
    「……話せば納得して頂けた筈」
    「時間の無駄だ。確認するんだろ? さっさとしろ」
     唇を尖らせる祥馬に、鷲吏は取り合わず、作業現場に開いた大穴を示した。未だ物言いたげな兄弟の背を、ちゃっかり者の雅弥がぐいぐいと押した。
    「今のうちに調べちゃお!」

     交差点の一角に開けられた大穴の最奥には、確かに土に埋もれた木の箱のようなものがあった。軽く振ってみれば中には軽い何かが入っているらしかった。
    「開けてみる?」
    「ダメです」
     好奇心に目を輝かせる雅弥に、祥馬は無慈悲に首を横に振った。その後ろでは鷲吏が同意を示すように肩をすくめている。ちえーと唇を尖らせはしたが、当初の目的である回収は完了している。署に戻って見ればいいかと、箱を持ち上げ身を起こした時だった。
    「あ」
    「あ」
    「あ」
     雅弥は転んだ。そりゃもう盛大にグキッと足を逝った。その勢いでバランスを崩してひっくり返り大穴の中に真っ逆さまあえなく後頭部直撃かに思われた。その時鷲吏が動いた。鷲吏は咄嗟に雅弥の後ろに結界を展開し彼を支えようとした。そして鷲吏の悪癖も同時に発動した。この男はこうした有事の際の序列を明瞭につけすぎるタイプだった。祥馬は突然の事態に動けなかった。彼はもとより運動に秀でた性質ではない。クー・シーは祥馬の動きに準じようとし、結果として出遅れた。山犬おじぃだけが最適な動きをしたが、獣の四本足では吹っ飛ばされる箱の蓋を抑えることまではできなかった。
     謎の箱の蓋が空中で開く。軽やかな音と共に飛び出したのは小さな頭蓋骨だった。倒れ行く視界の中で、狗の頭だ、と雅弥は気付いた。青空の下に飛び出したそれは、あわや反対車線に飛び出し無惨にも通行車両に踏み潰され──る直前でおじぃが回収に成功した。この場のMVPは間違いなくこの山犬であった。
     交通量の多い交差点(十字路)の下に埋まっていた狗の頭蓋骨。
    「犬神じゃあん!!??」
     雅弥は叫び、どてっと転んだ。その身を鷲吏の結界が支えた。おじぃはぺっぺっとまずそうに頭蓋骨を吐き捨てた。
     おじぃへと心配そうに駆け寄ったクー・シーは、傍に落ちた頭蓋骨に唸りをあげて威嚇する。しかしその最中、はたと我に返ったように周囲を振り返り、何かを察して主人の祥馬の名を呼んだ。
     その声の意味するところ悟り、祥馬は僅かに表情に乏しい顔の目を見開いた。彼はポケットから甘味を取り出すと、囁くように妖精との交渉の言葉を紡ぐ。

    「哀れな子犬に寄り添っておくれ。
     天へと導く羽を与えておくれ。
     それが叶わないなら教えておくれ。
     泣いている子はまだいるの?
     それが叶えばこの砂糖菓子は君のもの」

     かくして妖精はそれに応えたらしかった。形を成した光の蝶が姿を現し、それは花の蜜を吸うように目的の場を指し示す。
    「────」
     春原祥馬は絶句した。
     幾匹もの妖精たちが、直線上に等間隔で舞い降り、示す。
     その光の葬列は二十を越え、アスファルトで固められた四辻を遥か遠方まで埋めた。
     妖精たちはかくして示した。
     哀れに飢え死んだ子犬たちの頭蓋が、まだその下に埋まっているのだということを。


    ◆◆◆


     ピュウ、と冷たい風が吹いて、乙成は小さな声で悲鳴をあげて首を竦めた。雪も降っていないし天気も良いからいけるかと思ったが、やはり人目を気にせずに、コンビニのイートインスペースを活用するべきだったかもしれない。
     一度署に戻ろうかとも思ったが、いまの署は一般人を奥まで招き入れるにはちょっとおっかない伏魔殿の様相を見せている。仕方ないか、と覚悟を決めて、ベンチに腰掛けホットコーヒーのプルタブを開けた。
     間も無く夕方を迎えようとしている冬の公園に人気はない。乙成は傍に座る二人の少年を見遣る。
    「ごめんねえ、いま署の方バタバタしてて部屋の空きがなくって。寒くない?」
    「全然平気だぜおっちゃん!」
    「コーラゴチだぜおっちゃん!」
    「絶対ホットの方が良かったと思うんだけどなあ…」
     苦笑いする乙成の目の前で、二人の少年はコンビニで買い与えられた肉まんとコーラで喉と腹を満たしていた。若いというのはこういうことなのかもしれない。乙成にはとても真似できない。
     学校帰りというには早すぎる時間に、彼らが警察署にいた理由は、ここに至るまでの道中ですぐにわかった。道道では彼らと同じ制服を身につけた学生たちが帰路についたり、街中に遊びに出たりするのが目についたのだ。そういえばこれぐらいの時期だったっけ、と乙成も自身の子供たちのことを思い出し納得した。今日は終業式だ。
    「えーと、それで、なんだっけ。トッシーくんが危ないんだっけ」
    「そうなんだよ! やべえよまじ!」
    「トッシー以外もやべえけど、トッシーが一番やべえと思う!」
    「えっと…とりあえずトッシーくんって誰かなあ…?」
     少年たちが語ったことによれば、こういうことだった。
     先週の金曜日のこと。彼らのクラスメイトである之歳 久留利(ゆくとし くるとし)少年を始めとした五名の生徒が、ネットで噂になっていたという近所の心霊スポットへ遊びに行く計画を立てたのだという。少年二人も誘いを受けたが、家庭の方針でそういう場へ行くことを固く禁じられていた彼らはその誘いを断腸の思いで固辞。土産話の持ち帰りを依頼し、涙の別れと相なった。
     かくして翌週月曜日、学校で再開した之歳くんは「何もなくてつまらなかった」「ただの廃墟って感じ」「ヒデが瓦礫に躓いてコケた時が一番ビビった」などのありきたりな感想を土産話とした。言葉を信じるならば何も起きなかった廃墟探索、しかし少年たちの目にはそれは違うのではと思われて仕方なかった。
    「トッシーの背中にさ、なんかくっついてんだよずっと。黒っぽい……あれなに?」
    「なんかこう、細くてうねうねっとしてるのがいっぱいついててめっちゃキショいあの……あれだ! クソデカミミズ団子!」
    「それだー!! トッシーがでけえミミズ団子のお化けに憑かれたんだ!!」
    「は、はあ……ええと、君たちは幽霊とか見えるの?」
    「? 見えるよ」
    「おっちゃんも見えるんだろ?」
    「あー……うん、そうだね。それで?」
     少年たちの言うミミズ団子の幽霊は、之歳少年、そして同行した四名の生徒の背に姿を現したという。大きさは生徒によってまちまちで、之歳少年のものが一番大きなものだった。
     最初は時間経過により消えるのではと淡い期待を抱いたが、二日三日と経ち、それが消えるどころか巨大化していることに気付き、不安に思い00課を頼った……というのが先の騒動の顛末であったらしかった。
     幽霊が見えると自称する少年たちが、心霊スポットに遊びに行った同級生が呪われたからどうにかしてくれ、と頼りに来た。しかも具体的なトラブルが起きているわけではない。少年たちの言葉を借りれば、今は、まだ。
     なるほど、これは受付の婦警もさぞ困ったことだろう。
    「ははあ、なるほどなあ。うん、よくわかりました。教えてくれてありがとう。この話はおじさんの方でも調べてみるね。念の為、二人のお名前と連絡先を教えてもらってもいいかな?」
     とはいえ、せっかく頼ってきてくれたのだから、断るわけにもいくまい。
     明確な調査案件にはならずとも、未障班に連絡してパトロール先に加えてもらうなどのやりようはあるはずだ。
     乙成はせめて少年たちを安心させようと、そう言ってペンとメモ帳を手渡した。よく似た顔の双子の少年はそれだけで顔を輝かせ、しきりに感謝を述べながら名前を記し始める。
     その様子を眺めながら、乙成はふと疑問を抱いた。
    「そういえば、二人はどうして、00課に連絡を入れようと思ったの? お寺とか神社とかの方が親身に話を聞いてくれたかもしれないよ」
    「え、そうなん?」
    「うーん、多分…?」
    「そういうので困ったらとりあえず00課に通報しとけって兄貴が言ってたからさあ」
    「へえー…」
     珍しいこともあるものだ、と乙成は思った。もしかしたら過去に霊障絡みの事件に巻き込まれたことがある人物だったのかもしれない。もしそうなら、自分達の活動は無駄ではないのだなあと思えて、冬の冷気に冷えた胸がちょっぴり暖かくなった。
    「書けたぜ! 読めねえってよく言われるからルビも振っといたぜ」
    「はい、ありがと……あーあーああー!!??」
     受け取ったメモ帳に記された名前に乙成は本日一番の素っ頓狂な声をあげ、これまでのやりとりの全てに納得し、その様を見た今時珍しいイガグリ頭の双子の少年は顔を見合わせ首を傾げた。
     メモには汚い文字で、しかし確かに、「婆谷峨」の姓が記されていた。


    ◆◆◆


    「えぇ……それマジだよね?」
    「いやあ……一切合切マジっすねぇ……」
    「これも……時代かぁ……」

     加納、テオバルド、金剛の三人は、暗いモニターの前で頬を引き攣らせた。
     被害者自宅に設置されたデスクトップコンピューターの前に位置取り、三人の刑事は眉間を抑える。金剛は今し方、パソコンへのサイコメトリーによって読み取った金属の記憶を同僚たちへあらためて伝えた。

    「このガイシャ、メルカリで呪物転売してます」

    【続】



    【主な拝借】
    乙成明也さん
    春原祥馬さん
    飯桐雅弥さん
    加納利彦さん
    金剛雲母さん
    竹川テオバルドさん
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    hasami_J

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    hasami_J

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     そこに演出意図はなかった。ただスタジアムに満ちていた闇を照らすことだけを目的とした光だった。かくして夜の己護路島内に、けばけばしいほどの光に包まれたオノゴロ・スタジアムが浮かび上がる。

     スタジアムの全ての照明が灯ったことを確認し、ラムダは制御システムをハッキングしていたラップトップから顔をあげた。アナウンスルームに立つ彼女からは、煌々と照らされたスタジアムの様子が一望できた。天井からは己護路エキスポの垂れ幕が悠然と踊り、超人種の祭典を言祝ぐバルーンが浮いている。
    20127