飴飴
からん、からん、と金属の乾いた音がする。
離の薬売りは振り向く。
「いやぁ」
と、坤の薬売りは手のひらを見つめて首を傾げた。
「どうしました?」
「好きな味を全部食べちまったもんで」
坤の手のひらに橙や赤や黄色や緑の何かが載っている。
「飴なんですよ。どうです? おひとつ」
意外に大きなその手のひらから、離は橙をひとつ手に取って口に放り込む。
「みかん?」
口の奥にほのかな酸味と柑橘系の香りがする。
「そうそう。煙草を吸えない時代に行くときに持ってってるんです」
「ああなるほど」
昭和あたりまでは紙タバコを吸えたものであるが、平成以降のヒトはあまりタバコを好まない。毒の一種のようなものだという認識らしい。毒など関係ない薬売りにとっては、よく分からない感覚ではあるものの、目立つのはよくないから従うだけである。
「いっぱいありますから、いつでも言ってください」
といっても、今、薬売り二人がいるのは元禄である。キセルを出しても全く問題はない。モノノ怪を切るにも肝心の人間たちが出払っており、帰ってくるのを待っている、そんな感じである。
「ハッカ飴、探してこないと」
ぽつりと坤は言う。ちゃかちゃかと坤の口から音がするのは、飴玉のせいだろうか。
「ハッカ、好きなんです?」
離も口をちゃかちゃか言わせながら、問いかける。なるほど犬歯に飴に当たるらしい。
「ええ」
坤は頷きながら、背負子の引き出しを開けて、天秤を出している。
昔、坤が弟子だった頃、坤はときどき飴玉を離にくれた。
「食べてください」
金属の缶ごと押し付けるように渡してくるので、離はいつも坤の背丈に合わせて体を折った。
「食べられないんです、辛いから」
「飴ですか」
「飴なのに辛いんです。差し上げます」
坤の小さな顔は、困っている。
離は缶からひとつ取り出した。透明の平べったい飴玉だった。
離は口にそれを入れる。
「ハッカって言うんですよ」
「これ入ってないやつを買ってほしいです」
「これが好きなひともいるんだと思いますがねえ」
子どもに時間を計らせるときに、飴玉を渡してやっていた。
時計の見方も知らないし、口に物が入っていると静かに待つからだ。
「お……あっしは嫌いです」
現世では、あっしと言うように弟子はなぜか決めているらしいが、まだまだ上手くできない。
「そうですか」
この弟子は嫌いな物を師に押し付けてくるのかと面白くて、離はそれからもずっと缶に入った飴を買い、何かを待つときには弟子に与えるようになった。
「お前はずいぶん大人なんですねえ」
十本の手の指の上を順繰りに歩かせてやりながら、天秤の機嫌をとってやっている坤を見つめながら離はぽつりと言う。
「あっしなんてまだまだですよ」
みかんの飴は、あのつんと涼しく鼻を通る、「辛い」感じはしない。
だからもう、しっかりした一人前の薬売りはいても、目をぎゅっと瞑った困った顔の子どもはいないのだ。
あのお、
坤は離のほうに顔を向ける。
「どうしました?」
「もうひとつ、いかがですか? 飴。まだまだたくさんあって」
坤は綺麗な黄色の目をぎゅっと瞑って言った。