髪、猫、隙間髪、猫、隙間、
坤は、それに足音を立てないように近づく。
縁側で離が丸くなっている。
仕事着ではない衣を着た離の背中は、いつもよりずっと薄い。
「えーっと」
坤は離を覗き込んだ。
傾き始めた日の光は、すらりと通った鼻筋の美しさを照らしていて、その影で離のまつ毛の長さを教えている。
すう、すう、
健やかで穏やかな息の音と共に離の肋から脇腹にかけてが微かに上下していた。
坤はどきりとした。
恐ろしく綺麗な物は、人をいつも驚かせるのかもしれない。
「気の利く弟子は、こんなときどうするんだろ」
坤は首を傾げて、回り込んで、縁側から庭に降りる。
頭巾を被ってない離の頭は、縁側のヘリから少しばかり内側にあるだけだ。離が姿勢を変えたりすれば、たぶん頭が縁側から落ちる。
靴脱ぎ石に、ごちんと頭をぶつける師を坤はあまり見たくない。
「あぁ……失礼しますね」
内緒話の声音で言いながら、坤は縁側のヘリと離の頭の隙間に正座した。
離は幾分か窮屈になったのが嫌だったのか、きゅうと身体をさらに丸めた。
「ネコみたい……西洋のネコ」
坤は言って離の顔にかかった榛色の細くて柔らかく長い髪に手を伸ばす。
柔らかな毛を指先で上に流してやった。
気位が高くワガママなところも離は西洋の長毛のネコによく似ている。
髪を撫でるたび、坤の指はほんのりと離の体温を感じた。
「ひなたぼっこが好きでも落ちないでくださいね……俺の可愛いにゃんこさん」
坤は吐息でそっと言った。
大好きがここに在ると分かる温度だ。
指先を伝ってくるそれに坤は嬉しくて目を瞑る。
大好きは穏やかで、それでも絶えず坤のそばにある。
「……あいにく、落ちちまいましたぜ?」
小さな声に坤は黄色の目を見開いた。
離は丸くなったまま、青い目だけを坤にじっと向けていた。
坤が座っているので、当然、離の頭は落ちていない。
「何が?」
坤の声が上ずる。
「恋にですよ……私はもうあんたに落ちちまってる」
ふふっ、
離は笑ってまた幸せそうに目を閉じた。